『焼き魚ていしょく』 目次

過激化してゆくメガロード反対運動。人類に希望があるのは宙(そら)か大地か。

基本的に三毛猫の性別はメスであるが、ごくまれにオスの三毛猫が産まれることがある。
その希少性は30000匹に1匹程度とされる。



  1 焼き魚ていしょく




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焼き魚ていしょく

小春日和の一日。

古く寂れた定食屋「わげん」の店頭に置かれた、錆の浮いた出前用の自転車。前カゴが四角い、昔ながらの不必要なくらい大きなサイズの銀色の自転車だ。
実際にはもう何年も使われていない。

後ろの荷台は猫の寒三郎の指定席になっている。天気の良い日は決まってここで日暮れまでの時間を過ごす。丸々と太った猫は、寒々しい名前とは別にぬくぬくとした擬音のよく似合う、遺伝的に珍しいオスの三毛猫だった。


うたた寝をしていた寒三郎はピクンと髭を揺らして目を開く。来客だ。昼下がりの空いた店内に、一組の男女が入っていく。
カップルだろうか?
変わっていたのは、男も女も色眼鏡を掛けていた事だ。

なんだろう。
最近の流行りなんだろうか。


2人は店内の隅っこに腰を落ち着ける。なんだかコソコソした感じが怪しい。
寒三郎は大きな欠伸をひとつ、次いで顔を前足でカリカリと掻くと、指定席の荷台を飛び降りた。開け放しの扉をすり抜け、店内へと移動する。


客は先ほどの男女だけだった。
無愛想な年寄りの店主は「いらっしゃい」と言った限りで水も出しに来ない。テーブルの2人は、ヒソヒソと古臭いメニュー表を見て何やら相談していた。

寒三郎は近くの椅子に飛び乗り、また大きな欠伸をした。閑散とした店内に、やがて若い男の声が響く。

「焼き魚定食2つ」

その言葉に、最初に反応したのは寒三郎だ。伏せていた耳がピクリと垂直に立ち上がる。
老いた店主が「はいよ」と返事をしてノロノロと寂れたパイプ椅子から離れた。
寒三郎は椅子を飛び降り、シトシトとその後について行く。


ヤキザカナテイショク


その音を寒三郎は耳で覚えていた。その音の後には、あの何とも言えない芳しい香りがやって来る。そして、うまく行けば贅沢な分け前に預かれるのだ。寒三郎は興奮のあまり毛が逆立った。


店主が巨大な業務用冷蔵庫を開く。寒三郎は一瞬身を固くした。以前、食材を追ってこの中に閉じ込められた事がある。
もはや老齢ゆえ注意力も散漫な店主はいちいちこの小さな居候の事など気にしてはいない。
その日はたまたまもう一度扉を開いたから良かったものの、そうでなければ寒三郎ならぬ氷三郎になっていただろう。それ以来、この銀色の怪物には近寄らない。


冷蔵庫の中から、例のブツを2つ。


店主は取り出したブツを、脂のひいたフライパンで火にかける。下処理は冷蔵庫に収める前に済ませてあった。すぐに魚の脂がパチパチと小気味良い音を立てる。

春の魚は痩せていて貧相だ。だが、小ざっぱりとした味を好む店主はそんな事は気にしない。と言うか、客が選んで食うのだから旨い不味いは客の責任だ。
嫌ならカツ丼でも頼めばいい。


立ち昇る極上の香りに、寒三郎は陶酔の面持ちだ。店主は魚が焼き上がるまでの間に大振りの大根の丸切りを取り出し、器用に包丁で皮をむく。
おろし金に添えると、ゴシゴシと音を立てておろし始めた。

丸く、円を描くようにゆっくり、ゆっくり。

大根の細胞を破壊すると、化学反応によりアリルイソチオシアネートが発生する。これがいわゆる辛味成分というヤツだ。
大根の細胞を沢山破壊すると、大量のアリルイソチオシアネートが生まれ、大根おろしは辛くなる。甘くするコツは、ゆっくり、優しく擦り下ろす事だ。

ホカホカと湯気の立つご飯を、大きめの茶碗によそる。
炊飯器の蓋を開けると、キラキラと光るお米達は立っていた。よく蒸らされた証拠だ。蒸気の通り道となったカニ穴もたくさんある。
店主のこだわりで、ご飯は炊き立てを常に用意している。ある程度時間のたったご飯は捨てられてしまう。小ロットで、短時間で入れ替えを繰り返す。勿体無いが、店主の生まれ故郷である日本の人間ならこの味の違いが分かるのだそうだ。
シティ生まれの寒三郎には何のことやらさっぱり分からない。

魚を裏返す。干物ではない生の「あじ」。
脂の爆ぜる音と鼻腔をくすぐる香りに、寒三郎は興奮を抑えきれない。ジタバタと店主の足元で暴れるが、無表情の店主は全く相手にしない。
そのうち「邪魔だ」とでも言わんばかりに尻尾を踏まれた。声にならない叫びをあげる寒三郎。


魚が焼き上がる。
綺麗な焼き色だ。
笹の葉に、大根おろしを盛って軽くポン酢を垂らす。カットした柚子を添えて出来上がり。

寒三郎の興奮は最高潮に達した。ギニャーとふとましいボディに似合わぬ俊敏さで店主の腰履きに飛びかかるが、簡単に片足で蹴飛ばされた。


「お待ち」

テーブルに運ばれる焼き魚定食。女の方が「おいしそー」と軽く声を上げる。男は微笑んで、古びたテーブルの隅に置かれた割り箸入れを手に取った。まず女に一本、ありがとうと礼を言われて、今度は自分に一本。

器用に二本の箸を操る。
薄い皮は焼けて脆く、魚肉ごと木の棒の圧力に負けて容易に引き裂かれた。温かな湯気が鼻腔をくすぐる。
ふわりと香る空気にさえ、旨味が溶け込んでいるかの様だ。

白く厚みのある魚肉は、箸でつまむと弾力を感じられる。一度皿に降ろし、ポン酢の染みた大根おろしをちょっぴり乗せた。男女はほぼ同時に箸を口元へ運ぶ。顔を見合わせて、一緒に微笑みあう。

「おいしい!」

「だね」

続いて茶碗に手を伸ばす。キラキラと光るお米はモチモチとしていて瑞々しかった。口に運ぶと、お米の甘味が口腔内いっぱいに広がり脳をとろけさせる。

「ん〜しあわせ!」

「日本の味だね」

美味しい物を食べるというのは、人生にとって幸せを生む一番の条件だ。
美味しい物を美味しいと感じられる事は本当に素晴らしい事だと思う。

なので、分けてくれ。


寒三郎はニャーニャーと激しくアピールを開始した。女の足元に近寄る。
こうした場合、大抵女の方が気前よく分け前を恵んでくれる。寒三郎は精一杯自分なりのダラダラとした可愛らしさを発現し、自己流のもっちりしたチャーミングな仕草でズリズリと女の足に頬ずりした。

「やだ、この猫ぶさいくでかわいい〜!」

女の言葉に密かに傷付いた寒三郎だったが、手応えはあった。女は身をかがめて左手を差し出す。その手の平の上には…キター!!!


寒三郎は夢中でムシャぶりつく。女の手の平を舐めて、舐めて、舐めて、舐め尽くした。

ああ、芳醇…

ヤキザカナテイショク…この恍惚は、神の為せる技か…

「ぶさ猫、かわいい〜」

女は笑顔でお代わりをくれた。うむ、なんだただの女神か。
もはや理性すら無くしてその手に発情寸前の寒三郎。

「あんまりやると、懐いちゃうよ」

「ん〜でも猫かわいい!飼いた〜い!」

「そんなの、忙しくて面倒見れないでしょ」

男はどうやら寒三郎にとって敵の様だ。寒三郎は眼を細めて睨みつけるが、そのコロコロとした容姿からは何ら迫力がない。

「はい、手を拭いて」

「は〜い」

男がハンカチを渡す。女は受け取って、左手を拭き拭きした。なんとなく傷付く寒三郎。

しかし取り敢えず極上の味覚にありつけた寒三郎は、満足そうに前脚で顔を撫でる。多幸感に包まれて、幸せなあくびをした。足元の丸々とした猫の様子に女はまたも嬌声を上げる。

「猫、かわいい〜!飼いたい!」

「家に居ない間はどうするのさ」

男の問いに、女は頬をぷーっと膨らませた。

「だって可愛いんだもん」

「はいはい、そうだね」

男はまるでワガママな子供をあやす様な目で女を眺めて、優しく笑った。なんと言うか、愛情の篭った視線だった。赤の他人の寒三郎にも分かるくらい男の気持ちが溢れ出ている。

「さ、食べようよ」

「うん」

男女は再び目の前のご馳走に箸を走らせる。経験上、これ以上のお零れが難しい事を知っている寒三郎は、ほんの少し残された奇跡を信じて女の足元にうずくまった。
取り敢えず省エネモードに入る。猫として当然の立ち振る舞いと言えよう。


「魚、美味しいね」

「うん」

「今日はちゃんと帰るんだよ」

「うん」

「薬、もうやめなよ」

「…うん」

「…また来ようね」

「…うん!」


支払いを男が済ませると、男女はそのまま帰って行った。
気怠げな店主の「まいど〜」という声に見送られたが、多分あの2人がこの店の暖簾をくぐったのは今日が初めてだろう。


寒三郎は再び、表の錆びれた出前用自転車の荷台に飛び乗る。いくらふくよかとは言え、猫なら朝飯前の跳躍距離だ。


あくびをひとつ、昼下がりの春の日差しにプレゼント。

今日も何事もなく、平常通りに一日が過ぎようとしている。


次のヤキザカナテイショクはいつになるだろう。それだけが寒三郎の目下の関心事だった。





焼き魚ていしょく おわり


テーマ : 懐かしいアニメ作品
ジャンル : アニメ・コミック

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