『Glory in my mind -前編-』 目次

過激化してゆくメガロード反対運動。人類に希望があるのは宙(そら)か大地か。

少年は成長し、兵士になった
今再び戦場へと旅立つ

一条輝 最後の戦い


  1 「これが少佐の検査結果です」

  2 一条輝は、メガロードの大隊長に任命された。

  3 10月初旬。

  4 「ほどほどにしとけよ」

  5 「お茶を淹れましたのでどうぞ」

  6 メガロードと地球防衛艦隊の会談は

  7 自室に戻った未沙は、広めのソファに寝そべると

  8 時を少し遡り、アラスカは8月の初め。

  9 グローバル総司令の容態は改善されなかった。

 10 「で、結局仲直り出来ないままってワケ?」

 11 「そういう訳で」

 12 「まずサターン計画について話さねばならない」

 13 ミンメイをメガロードに乗せないと言い出したのはヒカルだ。

 14 9月9日。

 15 『防宙大隊長に任命する』

 16 10月9日。

 17 ヨークシティに到着する寸前で、

 18 ヨークシティの郊外には軍属の墓標が多く並んでいる。

 19 「一条少佐!」

 20 ヨークシティからマクロスシティへと戻った輝は、

 21 旧カワサキの骨董品

 22 「ミンメイと別れたそうだな」

 23 10分ほど走り続けて、

 24 娘娘のオバさんは、

 25 カイフンと大喧嘩をやらかした翌日

 26 懐かしさと共に湧き上がる感情に

 27 軽いめまいがする。

 28 メガロードと共に地球へ降りていた未沙は

 29 「ゴメン、待たせちゃったかな」

 30 「だから今は移民艦に乗ってる」

 31 送ってくよと輝はヘルメットを手に取った。

 32 アラスカ、深夜1時。

 33 「じゃあ、それがケンカのきっかけだったんだ」

 34 人類初の星間移民艦SDF-2 メガロード艦長

 35 かつての生徒であり、今は心強い仲間である2人の艦長

 36 最初に顔を合わせた時、

 37 休暇の最終日。

 38 「到底信じられませんね」

 39 輝がグローバル総司令の見舞いに訪れたのは

 40 意識の戻らないグローバル総司令だが

 41 アム=パチャラパー・チャイチュアは

 42 「この映像を見ている皆さんこんにちは」

 43 輝とアバックは、

 44 「そんな訳で、あの女の身柄はアバックに預けた」

 45 「野党の連中のはしゃぎっぷりには」

 46 その年の12月の初め。

 47 忙しいスケジュールを縫って

 48 1年前のこの日

 49 「 Glory in my mind 」 中書き




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「これが少佐の検査結果です」

「これが少佐の検査結果です」

渡されたプリントに目を落として、早瀬未沙は顔を緊張させた。
専門的な事は分からない。しかしその波形の下に書いてある解説の内容を読んで、胃の底に重たいものを感じる。

「…本人は、これを?」
「はい、ご存知です」

軍医は頷く。本来ならば検査結果を他人に見せるなどとは決して許されない事だが、相手は元婚約者だ。しかも内容が内容なだけに責任の取れる誰かに伝えておかなくてはならない。

「一条少佐の脳波は、軍の空戦規定に照らし合わせますとパイロットとしての資質を失っています。度重なる頭部へのダメージの積み重なりが、言わばボクサーのパンチドランカーの様に脳を侵食しているのです」

軍医はMRI写真をモニターにスライドさせる。未沙が見てもさっぱり分からない。

「ごく軽くですが脳が腫れた跡が窺えます。内圧を逃せなかったので、それも大きな障害を生んでいるでしょう。これ以上彼が、少なくとも戦闘機パイロットとしてやっていくには無理があります」

未沙は手が震えるのを自覚した。絞り出した声はまるで老婆の様だった。

「ひか…一条少佐は…何と…?」

軍医は未沙を見る。渋い表情でこう告げた。

「黙っていろ、と。
本来であれば報告義務がありますが、知らない仲でも無いので…。せめて、あなたにお伝えしておかねばと思いました」

未沙は頷く。口の中が乾いていた。

「…ドクター、教えてくださってありがとう」
「いえ、お役に立てませんで」

軍医は暗い顔で答える。未沙は手にしたプリントを軍医に返すと、ふらつく脚で立ち上がった。

「…大丈夫ですか、大佐?」
「ええ…平気よ…平気…」

青い顔のまま、未沙は呟く。身重の体を庇いながら、ゆっくりと部屋を後にした。


輝が…飛べなくなる…


ジュノーTVでの負傷や、報告書で読んだ世界最大デモにおける暴徒襲撃の際の怪我については知っていた。
でもまさか、そんな酷い後遺症を患っていただなんて…


ヴァーミリオン作戦から奇跡の生還を果たした後、アフリカで療養していた輝はよくこう愚痴っていた。

「人間の体なんて不便だな。映画や漫画のように一瞬で元に戻ればいいのに」

バカね、そんな訳ないでしょと未沙は聞くたびに笑っていた。でも、今きっと彼はもっと深刻な顔でそう願っているかも知れない。


輝…あなたに会いたい…
会ってあなたを慰めたい…


未沙は込み上げる熱い想いを抑えるかのように、通路の壁に寄りかかったまま胸に手を当てて瞳を閉じた。

再び歩き出すには、少し時間がかかりそうだった。




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一条輝は、メガロードの大隊長に任命された。

一条輝は、星間移民艦SDF-2メガロードの第一防宙大隊の大隊長に任命された。

それに伴い、階級も少佐に昇進した。かつて旧スカル大隊を率いたロイ・フォッカーと同じ地位に、いま青年は立っている。

再編成により新設された第一防宙大隊のコールサインは未定であったが、大隊長就任の際に意見を求められた輝は当然「スカル大隊」と答えた。
慣習では、軍のコールサインは何かしらの武器の名称を使う事が多い。レイピア小隊、ハルバード中隊などがそれだ。しかし決められたルールがある訳でもないので、輝の案がそのまま採用され、メガロード防宙団に新生スカル大隊が誕生する。


これを聞き及んだかつての旧スカル大隊の生き残り達が輝に連絡を寄越した。昇進への祝福、大隊結成への活入れ、やっかみ、冷やかし、そして地球を去る輝への別れの挨拶…

「坊やがスカルリーダー様とはな、時代も変わったもんだ」

からかい半分のヒゲ男カッツェからの電話に、懐かしさと共に少年時代の反発心も思い起こす。輝は「あんたはそろそろ引退したらどうだ」とやり返したが「お前は昔からそうやって可愛気がない」と余計にグチグチ言われただけだった。

寡黙な男チャベスからの電話は珍しかった。そして会話に上がった話題も意外なものだった。

「ボリが死んだらしいな」

クリスチャンのチャベスは、同性愛者のボーリゾンをあまり快く思っていなかった筈だが、輝は正直に彼の死を説明した。
チャベスは「そうか」と返事をしただけで、それ以上ボーリゾンについては何も言わなかった。

皆、宇宙で死線を共に潜った戦友達だ。
声を聞けば鮮明に顔を思い出す。
マクロスで過ごした軍人としての日々。胃をすり減らす戦いの毎日。死にゆく仲間。薄れゆく希望。遥かに遠いわが故郷。
でも、口を開けば減らず口ばかりだった。タフなパイロット連中。不死身の男に率いられた、危険で陽気な愚連隊スカル大隊。
輝の、戦闘機乗りとしての原点のすべてがそこにあった。


新しく制式採用されたVF-4ライトニングⅢの垂直尾翼にペイントされたドクロマークを見上げて、パイロットスーツ姿の輝はそっとその新しい機体に指を触れた。

特別な装飾が施された隊長機。
通常、戦闘機はメンテナンスの効率性からパイロットはシフトを組んで各機を乗り回すのが当たり前だが、一部の者に関しては「愛機」と呼べる固有機体の存在が黙認されていた。
星間戦争の英雄であり、大隊長の地位にある輝もその例にあやかっている。

冷たい金属の感触が、グローブを外した指先を通じて身体の中に吸い込まれて行く。
自分はまた、この宇宙の戦場に帰って来た。死と隣り合わせの暗闇と真空の世界。
音も無ければ熱も無い。ただ、またたく破滅の閃光だけが自分達が生きている事を教えてくれる。

何故戦うのか

輝はもうその答えを持っている。
だからヴァーミリオンにも乗った。
軍を辞めず、今も戦闘機に乗り続けている。


「大隊長!召集です」

部下に声を掛けられる。
輝は片手を上げて答えると、一度だけスカルマークを振り返り、そこに敬礼して踵を返した。

それは、去っていったかつてのスカルメンバー達への哀悼の敬礼だった。




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10月初旬。

10月初旬。

北半球の多くは落ち葉の清掃に追われ、南半球ではサーファーが明け方の海を目指して群がり始めるこの頃、衛星軌道上では間もなくこの星を去りゆく移民艦SDF-2メガロードが、地球防衛艦隊とランデブーしていた。

メガロードはすでにテスト的に市街地を開放して移民希望者を受け入れている。
メガロードの出発は12月25日のクリスマスと正式に定められた。それまでにメガロードでの居住体験を提供する事と、宇宙空間におけるあらゆるストレステストを兼ねたこの航行は、今のところ特に問題も無く概ね良好な感触を得ていたのである。


そんな中、勤務時間を終えたメガロード防宙大隊長一条輝少佐は、親しくしている部下数名とメガロード内の繁華街に繰り出していた。

すでに多くの人間がメガロード内で定住を始めていたが、人種の分類としては4割程度がゼントラーディ人だった。
本来はもっと多くのゼントラーディ人移民希望者が居たのだが、適性検査で6〜7割が落とされている。居住区の治安の問題もあり、最終的にギリギリのバランスを保てる人口比に設定されていた。

「あまりハマりすぎるのも怖いもんだな」

女性が接客につくタイプの高級サロンで、輝達一行はくつろぎの時間を過ごしていた。
同行した3人の部下達は黒人、白人、赤人と肌の色にバリエーションがあったが、全員地球人である。接客に着いた女性達も皆地球人だったのだが、彼女らにメガロードでの景気を聞いたところゼントラーディ人の客がとても多いとの返答を受けた。
こうした、女性達と接するお店の経験が少ない彼らは、安っぽい誘い文句にも簡単にのめり込んでしまうのだという。

「ゼントラーディ人は童貞ばっかだからな、ガキも同然さ」

差別的な発言をしてはよく上官に窘められるポーランド系白人の部下は、隣りの女性の太ももをさすって平手打ちを食らったところだった。痛そうに頬を撫でながらもニヤニヤしている。きっと自分が面白い事を言ったと勘違いしているのだろう。

「でも、ゼントラーディ人は女もいいですよ。なんていうか、素朴で、スレてなくて」

赤人の部下が言う。この中では一番年若のアメリカインディアンだが、実は隠れてゼントラーディ人女性のパイロットと付き合っているのを輝は知っている。

「それじゃまるで、こいつらがスレっ枯らしみたいじゃないか」

なあ?と同意を求めながら、ポーランド系白人は両隣りの女性と肩を組んだ。その指先がスルスルと胸元に降りて来て、それを察知した両側から揃って肘鉄を食らう。

その様子を見て失笑する輝に、隣りの女性がグラスについた水滴を拭いてくれた。輝はお礼を言って受け取り、水割りを一口含む。

「少佐はどうです?おモテになるでしょうから、地球人とゼントラーディ人のどちらがお好みですか?」

微笑みながら、女性はやんわりと尋ねる。
若くして高い階級にある輝は、ここではちょっとした有名人だ。しかも数々のゴシップ誌によると、最近公表された「メガロード女性艦長の妊娠」のお相手だとされている。あのリン・ミンメイの彼氏だとも書いてあった。
一体どんなプレイボーイかと思いきや、なんとも大人しそうな童顔の優男だった。こんな純朴そうなヤツでも、あのカタブツの女艦長や世紀のアイドルを堕とせるものなのか。周りは不思議でしょうがない。

輝は「さあね」とだけ答えてもう一口水割りを口に含んだ。上品で芳醇なウィスキーの香りが鼻腔内に広がる。

「無理無理、少佐を狙ったって無駄だぜ、やめときな」

ポーランド人の部下が軽い調子でひらひらと手を振る。輝の隣りに座る女性が少しだけムッとした顔になった。

「シマノフスキ中尉には聞いてません」
「ハイハイ、すいませんねどうも」

ヘラヘラ笑っているポーランド系白人カロル・シマノフスキ宇宙軍中尉は、輝のとなりの女性に向かってアカンベーをして見せた。

「その少佐殿はな、あのリン・ミンメイを振った男だぞ?どうやったら君みたいなのがあのミンメイに勝てると思えるんだ?」
「おい、よせって」

横から口を挟んだのはアフリカ系黒人の部下だ。あまりに饒舌過ぎる同僚に少し不快感を抱いたらしい。

「口が過ぎるぞシマノフスキ、俺と一緒に官舎に帰るか?」
「勘弁しろよ、白黒パーティでもやろうってのか?そういう趣味はないぜ」
「なら少佐に謝罪しろ。お前の無神経さは隣りで聞いていて腹が立つ。俺の気を鎮める為に少佐に謝罪しろ」

アフリカ系黒人がポーランド系白人を指差し怒りの表情を向けると、おどけながらもシマノフスキ中尉は上官に頭を下げた。

「すいやせん少佐、モテない男の僻みです。忘れてやってください」

ああ、いいよと輝は軽く応じた。しかし元弁護士という異色の経歴を持つアフリカ系黒人のガガアラ・ワ・ワンジャウ中尉はまだ憤りが収まっていない様子だ。生真面目な彼は、いつも無神経なポーランド人同僚の態度に腹を立てていたのだ。

しかし周りが気にかける程、輝はミンメイの事を話題にされたりからかわれたりするのを気にしてはいなかった。
何しろマクロスでミンメイがデビューした頃からの慣習だ。今さら言わたところで新たな感慨も沸き起こらない。

だが、ミンメイの名前を出されて彼女の事を思い出し、思わずしんみりしてしまった。あの子は今ごろワールドツアーの真っ最中だ。マイアミの浜辺で別れてからもう一月以上経つ。
元気だろうか。もうツアーは南米を終えてヨーロッパに入った頃かも知れない。
これから季節は冬に向かう。欧州は急激に寒くなるから、体調を崩さなけりゃいいけれど…

そんな輝の様子に、気を使ったアメリカインディアンの赤人が話題を変えようと声を上げた。
彼は輝よりも若く、まだ18になったばかりの少年で、戦後に軍隊へ志願したいわゆる「戦後兵」と呼ばれる存在だ。

「そう言えば、来月少佐の誕生日ですね!」

少年の明るい声に、輝の隣りの女性は手をポンと合わせて大袈裟に反応した。

「まあそうなの⁉︎お祝いはココでしてね少佐」
「それはそれこそサービス次第なんじゃないの」

すかさずシマノフスキが女性の胸の丘陵に手を伸ばすが、やはり直前で撃退されてしまう。

アメリカインディアンの中でも由緒あるポンカ族の血を引くカレタカ准尉が輝の誕生日を覚えていたのは、自分の誕生日とわずか三日違いだからだ。しかし特にその事は言わずにいる。自分の誕生日はいま密かに付き合っているゼントラーディ人の彼女と2人きりで過ごす約束をしているからだ。
下手に「お祝いしてやる」なんて街に連れ出されたら、せっかくの脱童貞のチャンスを棒に振る事になる。

「ね、少佐。みんなでお祝いさせて」

輝の右腕に両手を添える女性に、輝は「シフトが合ったらね」と軽く答えた。その返事に女性は喜色満面になる。
約束を取り付けたとまでは言えないが、仕事がなければ来てくれる…それはつまり、今この青年には誕生日を一緒に過ごす決まった相手はいないという意味だ。

明らかに浮かれた表情をしているその女性を眺めて、シマノフスキ中尉は「知らねえぞ、おっかねえ艦長殿に目ぇつけられても」と小さく呟くのだった。




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「ほどほどにしとけよ」

「ほどほどにしとけよ」

次の店に行こうとしつこく絡むポーランド人を適当にあしらって、輝は部下3人を見送った。

程よく気分がいい。肝臓のアルコール分解能力は生涯変わらないと言うが、酔った状態に体が慣れるのはまた意味が違うらしい。それとも他に理由があるのか、最近の輝は以前の様に泥酔する機会はほとんど無くなった。
火照った頬を擦りながら、秋仕様で少し肌寒く設定された居住区の人工風を鼻で嗅ぎつつ輝はゆっくりと歩き出す。

見上げると、天井一面を覆う長大なモニターは満天の星空を映し出していた。この時間はリアルタイムで外界の映像を反映しているので、ある意味本物の夜空と言える。しかも現在メガロードは地球衛星軌道に浮いているので、空気などの層が無い分星の瞬きはより美しく人々の視線を捉えた。

空を見上げるという習慣は、幼少の輝が父親に教わったものだった。その父が死に、天涯孤独になってからもずっと続けている。
朝起きて、玄関を出るとまず空を見る。夜勤の時もまず夜空を見上げてから出勤する。基地を出る時、戦闘機を降りた時、駐機場に足を踏み入れる時。
よく松木に「また空を見てる」とからかわれたものだ。それがやがて、あの人を恋しく想いながら月を見上げる様になり、今は宇宙からさらなる宇宙を見上げている。

いつだって空は大きく雄大だ。
人間だけがちっぽけな存在なのだ。

輝は軽い目眩に襲われる。酔ったせいではない。最近たまにある現象だった。かなり疲れが溜まっているのだろう。

「明日は休みか…寝て過ごすかな」

溜まっている洗濯物の事が頭を過ぎったが、今は取り敢えず一休みする事だけで精一杯だ。深く考えずに輝は割り当てられた官舎への道を歩いて行った。


メガロードに乗艦してからそろそろ一ヶ月になる。当初、未沙との過去の関係からあまり中央司令室に関わりのない職場に飛ばされると思っていた輝だったが、楽観的な予想は外れ、防宙大隊長という重責を任される事になった。
当然、艦長である未沙とも既に何度か顔を会わせている。

職務上の彼女は至極冷静で、余計な感情を差し挟む様子は無かった。用事があれば輝にも普通に話し掛けてくる。ただ、決して2人きりで会う事はなく、掛けられる声の中には以前のような愛情の微粒子の一欠片も感じられはしなかったが。

「あなたはただの他人です」

そう未沙は言っているようだった。
輝は失意の念を表情に出さないのが精一杯で、気の利いた言葉ひとつ思い浮かばない。そんな様子に周囲も気を使ってか、特に2人の事については何も触れて来なかった。それが輝にとってはまだ救いだったと言える。


通い慣れた道を歩いていると、自分の士官用官舎の前に見覚えのある顔が立っていた。
若い女だ。宇宙軍の軍服を着ている。
輝は軽く眉を顰めた。

「ズザーナ、ここには来るなと言ったろう」

「は、少佐。しかし…」

キリリとした目鼻立ちの女性士官。鍛えられ、引き締まった身体のラインが服の上からでもよく分かる。

「少佐のお部屋の清掃など、6日ほどしておりません。少佐は明日は非番ですし、今夜のうちにさせて頂ければと思いまして」

「俺は家政婦を頼んだ覚えはないぞ」

「少佐殿の身の回りのお世話をさせて頂く事は、正式にお許しを頂いておりますので」

あくまでも真面目というか融通の利かなさそうな女性士官の態度に「まるで帰化したばかりのミリアみたいだ」と輝は小さく愚痴をこぼした。

大隊長とはいえ、輝はここメガロードでは新参者だ。着任早々に「宜しければ私が身の回りのお世話を」と申し出てくれた同じ大隊の女性パイロットに、郷に入っては郷に従えと軽い気持ちで「よろしく頼むよ」と答えたばかりに、今や通い妻状態だ。
輝としては仕事面でのフォローをお願いしたつもりだったのだが、何故か彼女は官舎の掃除から洗濯、時には食事の世話まで焼いてくれている。
最初は軽い考えで彼女の好意に甘えていた輝だったが、最近は妙な噂を立てられるようになってちょっと慌てている昨今だ。

正直に言えば、なんやかやと面倒を見てくれる彼女に昔の未沙との関係を思い出して居心地が良かったのだが「さすが一条少佐は手が早い」的な噂話を飲みの席で聞かされてから、態度を慎重に改めざるを得なかった。

「とにかくもう帰れ。お前は明日も宿直だろう」

輝は女性士官の隣りを通り過ぎ、カードキーを取り出してドアのロックを解除した。そのまま室内に入るが、さも当然という風に女性士官も後から入って来る。

「お、おい、帰れって」

「洗濯物が酷いですね」

輝の脇をするりとすり抜けて、女性士官…スカル大隊所属のズザーナ・ライト少尉はバスルームの洗濯カゴの前に進む。

「あまり溜め込むと菌が繁殖して空調に影響が出ます。今すぐ処理しましょう」

「いいって、後でやっておくから」

「今すぐ処理が必要です。少佐は窓を解放しリビング周りの整理をお願いします」

「え?あ、うん…」

東ヨーロッパ系カナダ人のズザーナは本来黒髪だが、根元までハイブリーチをして金髪にしている典型的な欧米人だ。
そのウェービーなロングヘアは戦闘機コックピットに乗り込む際には危険になるので切れと言われているのだが「具体的に危険である事を裏付ける累積データを提示してくださらないと納得出来ません」と公然と命令を跳ね除けるという手強い相手だった。

クロアチア系かチェコ系かセルビア系らしいが、本人も先祖の事はよく知らないらしい。
とてもはっきりとした顔立ちで、綺麗といえば綺麗なのかも知れないが、女としてはちょっと表情が険しすぎるんじゃないだろうかと輝などは思ってしまう。ロリータベイビーフェイスのミンメイや、明らかに意識高い系美人を自認していたチーリン、清楚で淑やかな未紗など、タイプは違えど「女らしい女」と付き合ってきた輝としては、ズザーナの猛禽類のような凛々しい風貌はちょっと険が強過ぎて多少腰が引けていた。

「な、なあ、もうそろそろ帰ったらどうだ?」

ズザーナのペースに乗せられ、ついには便所掃除までやらされている輝は最初の頃の勢いはどこかへ消え、恐る恐るお伺いを立てていた。
しかし清掃軍の指揮官殿は窓のサッシを拭きながら「なら早くバスルームの掃除まで終わらせてください」とこちらを見もせずに冷たく言い放つだけである。

「俺疲れてるんだけどな…」

輝は小さく呟いて、アルコールの混じった呼気を吐きながら、虚しく便所ブラシで便器を擦るのだった。




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びえり 

Author:びえり 
iPhoneで書いているので「輝」と打てません

FC2の機能がよく分からないので、何か変だったら教えてください(´・ω・`)

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