チョコと僕らの水曜日 4

輝は放課後の校舎でマックスを探し出すと、女生徒から預けられたチョコレートを手渡した。
当然のように隣りにいたミリアには無茶苦茶睨まれたが、マックスは「ありがとうございますと伝えてください」と堂々と受け取ってくれた。高校生のくせにティアドロップ型のサングラスなんかをしているキザ野郎だが、こいつのこういう所は俺でも惚れる。

「先輩もミンメイちゃんから貰いました?」

マックスの一言に、輝は怪訝な顔をした。

「は?ミンメイがくれる訳ないだろ」
「あれ?おかしいな」

マックスははてと顎に手をあてる。そのマックスの脇腹をミリアが肘で突付いた。

「なんだ?どうした?」
「あ、いえ、何でもないです」

マックスはニコリと笑う。その横で、いつもの様に無表情なミリアが「そうすると一条先輩はチョコレートなしか」と呟いた。輝は思わずムッとなる。

「おいおい、誰がチョコなしだって…」

言いかけた輝の肩をポンと肩を叩く者がいた。振り向くとそこには、巨体の男子が涙を流しながら立っている。

「ですよね!一条先輩!お、俺も、俺もゼロなんですぅぅ〜」
「か、柿崎?!」

厳つい四角顔に眉なしの三白眼。見た目だけなら立派なヤンキーの柿崎速雄は、マックスと同じ1年生の後輩だ。何故か最近輝はコイツに妙に慕われていて、それが微妙に気に掛かっている所だった。

もしかしてだが、俺はコイツに同類と思われているのだろうか?こいつは今、「ですよね」と言いやがった。つまり、コイツは俺のことをチョコなしの0個、“0の人間”だと思っているという訳だ。

はっきり言って心外である。俺だって決してイケメンという訳ではないが、お前クラスまで落ちぶれたくはない。
輝はそう思いながら冷たく柿崎を突き放した。

「柿崎、お前と一緒にすんな」
「ええ〜!先輩そりゃ酷いっスよ!」
「俺とお前、どちらかとキスしなくちゃならないような状況になったとしたら、きっと女子は『あなたの方がマシよ!』とか言って俺とキスをするに違いない」
「?何すかそれ??」
「いや、何でもない」

俺は咳払いをしながら、ポケットに隠していた赤い箱を取り出す。緑のリボンが掛かったその小箱を見て、その場の3人は目を丸くした。

「え、先輩がチョコ…⁈」
「どうだマックス、恐れ入ったか」
「それはどこで買ったのだ」
「…ミリア、お前顔しか良い所無いよな」
「そんな!先輩!!」
「そういう訳だ柿崎。悪いな」

輝は得意満面になると、「じゃあな」と肩で風を切って廊下を歩き出した。その後ろ姿をマックス、ミリア、ハンカチを噛む柿崎の3人が呆然と見送る。

「マックス、あれはミンメイのあげた物では無いのか」

ミリアがマックスに耳打ちする。東ヨーロッパ・スラヴ系のミリア・ファリーナは細身の超美人だ。まるでスーパーモデルのようなスタイルをしていて、日本の学生服を着ているとまるでコスプレをしているようにさえ見えた。
そのミリアの言葉に、マックスは不安そうに頷く。

「うん、多分違うと思うよ。…さて、どうしたものか」

思案顔のマックスなどに気付かず、人生で初めて貰った「バレンタインのチョコレート」に浮かれた輝は、鼻歌を唄いながら家路を急ぐのだった。




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チョコと僕らの水曜日 3

「悪いわね、待たせてしまって」

そう言って、早瀬未沙は輝に向き直った。彼女が静かにテストの採点に没頭する姿をボーッと眺めていた輝は、急に振り向かれて慌てて視線をそらす。

「お、おう」

妙に偉そうに返事をする輝。それを余裕のある笑みで受け止める未沙の顔を見て、輝はなんだか自分が恥ずかしくなるような想いだった。
我ながら子供っぽい態度だと思う。しかし、歳上の女性にどういう態度で接していいのかまるで分からない。

目の前にいる女性は、とても大人びた表情をしていた。落ち着いて、柔らかな雰囲気。たった2つ歳が違うだけでこんなにも自分とは違うものなのだろうか。
シンプルなライトベージュのスーツに、襟の広いホワイトシャツを着ている。細い首元がチラリと見える開襟タイプだ。タイトスカートに包まれた脚を、膝を揃えて斜めに置いている。とても綺麗な脚だった。

「呼び出された理由、分かる?」

未沙は幾分笑みを含んだような微妙な表情で輝に問いかける。輝は「さてね」とそっぽを向いたが、心当たりは有り有りだった。

「これの説明を聞きたかったの」

未沙が卓上の紙片を一枚手に取る。今日の午前中に行われた英語の小テストだ。

「英語の得意なあなたが、こんな解答を寄越すだなんて不思議だと思わない?」

未沙はテスト用紙を指し示す。テストの解答欄は全て未記入、白紙解答だった。
輝はとぼけて返事もしない。未沙は困り顔でため息を吐く。

「私はただの教育実習生で、長年あなた達を指導なさってこられた先生方には遠く及ばないわ。でも、だからと言ってこれは貴方のためにならないんじゃない?」

真剣な眼差しで問い掛ける未沙。本気で気に掛けてくれているようだった。
しかし輝は素直になれない。「別に、分かんなかっただけですよ」と顔をそらすだけだ。

海外生活が長かった輝にとって、高校の英語テストなど簡単なものだ。他の教科はほとんど赤点だったが、英語だけは成績が良かった。
しかし、今回は何も記入しなかった。理由は目の前にいる人だ。

「大体大袈裟でしょ?英語のテストなんて何の役にも立たないもんだし」
「そんな事はないわ」

鼻で小さく息を吐きながら、未沙は腕組みをした。袖から覗く尺骨が、何故か輝の胸をドキリと鳴らした。

「小さな日々の積み重ねが大切よ。こうした定期考査がある事で、自分の現状が把握できて進路修正が出来るの。得意な分野ほどそうした事が大事なのよ」
「でも俺、英語話せるし」
「正しい文法を学ぶのも重要なことだわ」
「いらないよ」

輝はあっさりと切って捨てる。この辺は、それなりに海外生活を送ってきた自分の経験が強気の原因となっていた。

「大体さ、学校の勉強って何なんだ?英語だけじゃない、微分積分やイオン結合の知識なんて将来本当に必要なのか?オタク、俺より歳食ってるけれど実生活で使ったことある?」

輝は未沙の鼻先に指を突きつけてそう問うた。今まで、この質問をされて明確な答えをくれた教師はいなかった。どいつもこいつも「それは屁理屈だ」とか「世の中がそう決まっているから」などと適当な返事で誤魔化そうとする。義務教育なら中学生までで終わっている筈だ。今、自分が日本の高校生として退屈な毎日を過ごすことに一体何の意味があるというのだろう?
それは、輝が常々疑問に思っていたことだった。しかし答えはどこにも転がっていない。
親父が事故死する直前に「輝、お前は日本へ帰って学校へ通え」と言い残していなかったら、今すぐこんな所はやめて海外でレース・パイロットになるために働きたかった。
輝には夢があったのだ。それは父親の跡を継いで、パイロットになる事だった。

輝の問いかけに、未沙は一瞬鼻白んだように見えた。しかしすぐに笑顔に戻り、輝の質問を反芻するかのように何度も頷く。そして、静かに口を開いた。

「一条君は、他の同級生たちよりほんの少し大人なのね」

ほっとけよ、と輝は思った。そりゃあ、両親を亡くし、天涯孤独の身になりゃあ誰だって大人ぶった生き方になるさ。だからこそ自分なりに今の境遇を納得させてくれる返事が欲しいといつも願うのだが、所詮誰もそんな都合の良い答えを持ち合わせてなどいないのだ。ましてこんな”女子大生もどき”に俺の気持ちが分かってたまるか…そう思った輝だったが、未沙は冷静に輝の疑問について語り始めた。

「勉強は嫌い?」
「別に。必要性を感じないだけさ」
「じゃあ、あなたの言う”役に立たない”微分積分を誰がどういう理由で編み出したか知ってる?」
「は?そんなの知る訳ないだろ」
「そうよね」

未沙はクスリと笑う。

「積分法の原点はね、紀元前1,800年にまで遡るの。エジプトのピラミッド建設にだって使われていたのよ。信じられる?現代の高校生が四苦八苦している学問を、4,000年前の人たちはもう実生活の中で活用していたの」

えっと輝は顔を上げる。意外な話の内容に戸惑い気味の少年を、”女子大生もどき”は楽しんでいるかのようだった。

「西暦1,200年頃にはインドで微分法が生み出されたわ。今から800年前の事よ。800年前ってどんな時代か分かる?日本はようやく武家社会が生まれた程度の時代だわ。まだ源頼朝が幕府を開いたとか、そんな頃の話よ」

へーと会話の流れを忘れて輝は感心する。未沙はそんな輝の素直な反応が嬉しかったらしい。そっと手を伸ばすと、輝の両目をその細く白い両手で覆った。突然のことに驚いた輝だが、特に抵抗したりはしなかった。

「目を閉じて、想像してみて。この微分積分ひとつがあなたの持つ教科書に載るまで、一体どれだけの壮大なドラマがあったのかを。人類の歴史4,000年分がギュッと凝縮されたこの小さな計算式が生み出されるまでに、一体どんな人たちが努力し、研鑽し、想いを積み重ねていったのかを」

正直に言うと、輝としてはそんな事を想像するどころの話ではなかった。
自分の顔に触れる未沙の手のひらの感触に、17歳の少年の心臓は今にも爆発寸前の状態だったのである。
とてもすべすべしていて、ほんのりと温かい。そして少し良い匂いがする。
目を塞がれて視覚以外が鋭敏になっている輝にとって、歳上の女性のその感触はあまりにも刺激が強すぎた。

輝が密かに鼻息を荒らしくていると、ふいに視界が明るくなる。瞼を開くと、両手をどかした未沙の顔がすぐ目の前にあった。輝は心臓が口から飛び出すかと思った。

「人類の叡智というのは、とても長い年月をかけてようやく生み出されたものなのよ。それをたった十数年の学生生活で学べるなんて凄いことだと思わない?私はこれに気づいた時、感動して夜も眠れなかったわ」

未沙は笑った。前歯が白くて綺麗だ。
特徴的な翠緑色の瞳が輝を捉える。とても深くて、濃い光を湛えた双眸だった。

「だからね、一条君」

名前を呼ばれて我に返る。輝は真赤になった顔を背けた。

「勉強というのは、あなたが21世紀の現代人になるための儀式なのよ。これを経過して、初めてあなたは”現代人”になれるの。昔の人たちが多大な努力の末に作り上げてくれた『人類の英知』の後継者として、あなたはついに認められるのよ」

その話を聞いて、輝は不思議な高揚感に包まれる。もしかしたら話の内容よりも、この人の口から語られたからなのかも知れないが、今までこんなに真剣に自分の疑問に応えてくれた人は他にいなかった。

「だから、勉強頑張ろう?」

未沙がポンと輝の肩を叩く。輝は必死に自分を取り繕って「お、おう」とぶっきらぼうに答えた。
密かに心中で輝は反省する。今度から、この人の授業は真面目に聞こう。英語も、ちゃんと文法から学び直そう。

「分かってくれたなら大丈夫。次のテストは期待してるわ」

未沙はそう言って、輝のクシャクシャの癖っ毛頭を撫でた。輝はもう限界で、このままだと卒倒してその場にぶっ倒れるか、目の前の歳上の女性を興奮のまま抱きしめてしまいそうだった。

「わ、分かったよ」

そう言って、輝は逃げるように立ち上がる。床に置いていたペラッペラの学生カバンを乱暴に掴むと、足早に準備室のドアへと向かった。その後ろから未沙が「あ、一条君忘れ物よ」と声をかける。
振り向くと、未沙は右手に小さな箱を持っていた。グリーンのリボンが掛かった、平べったい手のひらサイズの赤い箱。

「みんなには内緒よ」

そう言って、未沙はウィンクした。輝は耳まで真っ赤になりながら、未沙の手からその箱を粗雑に奪い取る。
そのまま駆け出すように扉から出ていく。そんな男子高校生の後ろ姿をクスクスと眺めていた未沙が「さて、仕事を終わらせなきゃ」と机に向き直ったところで、輝が準備室に戻ってきた。

「なあに、どうしたの?」

未沙が優しく聞くと、輝は少し口ごもった後に「その…テスト、悪かったよ」とそっぽを向いたまま呟いた。そして再び後ろも見ずに駆け出す。
一陣の風のように走り去る輝。そんな少年の言動が可愛らしく感じられて、未沙はしばらく顔から笑みが取れなかった。




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チョコと僕らの水曜日 2

「あ、一条君!」

放課後、教室を出ようとした所で、輝は同じクラスの町崎健一に呼び止められた。
町崎はいわゆるオタク系男子というヤツだ。勉強はそこそこ、運動はまったくの音痴という典型的なイケてない男子高校生である。
良くは知らないが、アイドルの追っかけなんかをやっているらしい。
特に仲が良い訳でもないのでそんなに話した事もない。意外な相手に声を掛けられて、輝は訝しそうに振り返った。

「なんだよ、町崎?」
「さっき先生が呼んでましたよ。外語クラスの準備室へ来てくれって」

町崎の言葉に、輝はゲンナリとした表情になる。一方、町崎はと言えば恍惚とした表情で両手を揉みしだいていた。

「ああ、あの清楚で可憐な先生が、この僕に声を掛けてくださったんだ。町崎くん、町崎くんって!この僕の名前を覚えていてくれただなんて…」

「はいはい、そりゃ良かったね」

輝は適当に片手をヒラヒラとさせてさっさとその場を後にした。
今日は最悪な一日だ。学園のアチコチで新しいカップルの誕生という嫌な瞬間を目撃してしまった。
こんな日は、とっととウチに帰って部屋でエアレース・チャンピオンシップのビデオでも見るに限る。
ただでさえ、夕食時はきっとミンメイの自慢話を聞かされるハメになるだろうし…

にも関わらず、帰路につく直前に教師の呼び出しを受けてしまった。教師と言っても、相手はいわゆる教育実習生だ。肩書きこそ先生なんて呼ばれてるが、実際はただの大学生である。聞けば自分と2つしか歳も違わないと言う。

「中高と飛び級したの。いま大学三年生よ」

あまりに若いので、生徒からその事を質問されるとサラリとそう言ってのけた。
よほど優秀なのだろうか。マックスら海外からの留学生とも普通に他国言語で会話していた。
留学生を積極的に受け入れているこの幕露須学園へ実習にやって来るくらいだから、それなりに外語学科の自信はあるに違いない。

「嫌味な女」

輝はフンと鼻を鳴らす。英語しか取り柄のない輝は、自分より英会話が下手な英語教師を授業中からかって良く遊んでいた。
それで予め目を付けられていたのか、教育実習生は初日から積極的に輝に絡んで来た。授業中の問題は輝に当てまくるし、小テストの採点も無茶苦茶厳しい。細かな文法もいちいち指摘されるし、現地のスラングを独学で学び育った輝にとっては何とも厄介な相手だった。

「つーか会話が成り立ってるんだから別にいーじゃん」

輝はそう思ったが、あまりに相手が綺麗なクイーンズ・イングリッシュで話して来るので、何となく気圧されていつも反論出来なかった。
この相手に比べたら、自分の英語など猿の鳴き真似のような気分にさえさせられた。


「呼び出して悪いわね、一条君」

準備室の扉をくぐると、教育実習生の先生は一人でテストの採点をしていた。

「少し座って待っていてくれる?すぐ終わるから」

教育実習生としてやって来たこの女子大生は、恒例のごとく男子高校生からは人気の的になっていた。
日本人としては珍しいダークグリーンのヘイゼルの瞳、色素の薄い天然のライトブラウン・ヘア。
そしてまるで陶器のように白く滑らかな肌は、まるでその人が異国の地からやって来た異邦人であるかの様に、興奮した少年たちの目には鮮やかに映っていたのである。

準備室の窓から差し込む夕陽を受けて、その異邦人…早瀬未沙は全身オレンジ色に染まっている。机に落ちかかる長い髪をかき上げ、指先で細長い耳へそっと掛けた。
その静かな仕草が、見つめる17歳の少年の胸を不思議な息苦しさで締め上げる。

人気のない放課後の学校。二人きりの準備室。テストを採点するサラサラとした赤ペンの音だけが、心臓の高鳴りを抑えられない輝少年の耳を優しく穏やかに撫でていた。




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チョコと僕らの水曜日 1

「輝くん、ちょっといい?」

廊下の角を曲がろうとして、少年は呼び止められた。その独特なくせっ毛を揺らして振り返ると、同級生の女子生徒が立っている。手にはピンクの包装紙に包まれた可愛らしい小箱。

「あの、これ」

女子生徒は頬を赤らめて小箱を差し出す。くせっ毛の少年は目を見開き、ゴクリと唾を飲み込んだ。

「え?お、俺に?」
「マックスくんに渡してくれる?」
「…あ、ああ、うん」

よろしくね、とにこやかに去って行く女子生徒。渡されたピンクの小包みを片手に呆然と立ち尽くすのは、幕露須(マクロス)高等学園2年3組、一条輝17歳だ。
平凡な男子高校生の日常に、ピンク色の非日常が飛び込んで来たかと思いきや、そこはお約束というオチが待っていた。予想通りの裏切りに、輝は小さくため息を吐いてトボトボと廊下を歩き出す。

今日は2月14日、聖バレンタインデー。女子がチョコレートを渡して意中の男子に愛の告白をする、少年少女にとって特別な意味を持つ一日である。女子は意味深な紙袋を手に伏し目がちにモジモジし、男子は朝から意味もなく校内をウロつきながらソワソワしていた。何とも微笑ましく、何とも許しがたい空間が今まさにここにある。

輝も、期待が無かった訳ではない。男子高校生であれば一度は夢見るシチュエーション。女子に校舎裏へと呼び出され、手渡される小さなプレゼント。箱を開けば中にはハート型の手作りチョコレートが。

「輝くん、好きです」

妄想の中の女子は耳まで真っ赤にして俯いている。輝は白い歯をキラリと光らせて微笑んだ。

「ありがとう、嬉しいよ」

こうして2人は結ばれる。今まさに夢色の学園生活の始まりである。

…が、現実はそう簡単ではない。
この手にあるのは自分ではなく、他人のために用意されたチョコレートだ。そして実は同じパターンがこれで三人目。みんな後輩のマックスに当てたチョコレートだった。

「凄いじゃん、輝」
「わわっ!」

不意に、傍からニュッと現れた藍色の頭に驚く輝。思わず手にしていたチョコレートをバタバタと取り落とした。

「ひーふーみ、チョコが3つもある!輝、意外にモテるのね〜」
「ミ、ミンメイ…」

自分より頭一つ低い位置にある、藍色のくりくり巻き毛。大粒の星空のように輝く瞳。形の良い耳。長いまつ毛。
輝より1つ歳下でまだ幼い顔立ちをした少女、リン・ミンメイがそこにいた。

「ち、違うよ」

輝は廊下に転がった色とりどりの箱を拾い集める。口を尖らせながらミンメイに向き直った。

「全部、マックスの分だ。頼まれたんだよ」
「あ〜、なるほどね〜」

小さな顎に手を当てて、ミンメイはウンウンと頷いた。

「マックス君モテるもんね〜。でも、ミリアちゃんがいるからチョコを渡すのも命がけ…」

「で、俺の出番って訳さ」

輝は肩をすくめる。後輩のマックスは幕露須学園始まって以来の秀才として有名だ。勉学に限らずスポーツ万能、人柄も優秀。先生から先輩たち、同級生に至るまで受けが良く、まさに学園みんなの人気者である。
ヨーロッパからの留学一年生で、同じく留学生であるミリア・ファリーナと付き合っている。

「輝、マックス君と仲良いもんね」
「う〜ん、最初にアテンドしてから懐かれちゃってな」

輝はポリポリとくせっ毛頭を掻く。輝は幼少期、今は亡き父親に連れられて世界中を旅して回った過去があった。父はショー・パイロットという特殊な職業だったので、子供時代からアチコチの国を連れ回されたのだ。なので他の教科はともかく、語学だけは優秀だった。
そんな輝が留学生の面倒を押し付けられたのも、仕方ないと言えば仕方ないのかも知れない。結局、天才君は日本語もペラペラだったので、自分が手助けする必要も大して無かったのだが。

「じゃ〜自分の分は無しか〜。悲しいね〜、男子高校生」
「う、うるさいな」

輝はムッとなってマックス宛てのチョコレートをポケットに押し込む。それを愉快そうにミンメイは見ていた。

「そういう自分はどうなんだよ」
「え?」

輝はミンメイの鼻先を指差す。

「自分は、チョコを渡す相手もいないのか?学園のアイドルも現実は寂しいもんだなぁ」
「まあ、あげてはいないんだけどさ」

ミンメイは後ろ手に持っていた紙袋をパッと開いて見せた。輝が覗き込むと、袋の中には大小様々な包みがいっぱいだ。

「…何これ」
「チョコレート」
「配るのか?」
「ううん、貰ったの」
「お、男から?」
「そんな訳ないでしょ、女子から」

輝は目をまん丸くする。袋の中の小包は10個以上はありそうだった。
リン・ミンメイはチャイニーズハーフで、横浜中華街の出身だ。そのキュートなルックスやあどけない仕草から、幼い頃より周囲に可愛がられて育った典型的な「愛され少女」である。
昨年の春、1年生になる彼女が入学して来た時は学園中が騒然となった。

「誰だ1年のあの子は⁈」
「か、可愛い…」
「お人形さんみたい!」

あまりに話題になり過ぎて、輝は自分が彼女と同じ家へ居候している事をすぐには言い出せなかった程である。
輝は母親を早くに亡くし、数年前に父親も亡くしていた。天涯孤独のまま日本へ帰って来た彼は、とある事件を経てミンメイの親戚が営む中華料理店『娘々』に一室を借りる事となったのだ。
この辺についてはまた別の話となる。

そんな『学園のアイドル』ミンメイだから、男子からの注目度は全学年でピカイチだった。彼女がバレンタインの今日、誰にチョコを渡すのか?意中の相手はいるのかいないのか?まさにそれを全校中が注目している所なのである。

しかしそれ以前に、ミンメイ自身がチョコを受け取っていたらしい。異性はもとより、同性からもこうした人気が出るのは高校生ならではの“ノリ”なのだろうか。

「で?」

ミンメイはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。

「輝は誰かから貰える予定あるの?」

明らかに分かっていて聞いている表情だ。輝は仏頂面になってそっぽを向く。

「さあな、そんなのいちいち考えてないよ」
「ふ〜ん、随分余裕なんだ〜」
「違うよ、そんなのに興味がないんだよ」
「またまた〜」

ミンメイはコロコロと笑う。笑うと大粒の瞳が猫のように細くなった。その笑顔を見るたびに輝は胸の奥がドキリと高鳴る。

「と、とにかくほっとけよ」

輝は振り払うように腕を振り上げ、廊下を速足で歩き出した。
後ろから「あ、ちょっと輝〜」とミンメイの声が追いかけて来たが、輝は無視して歩き続ける。ポケットに手を突っ込もうとしたが、マックス宛てのチョコレートが詰まっていて指先を弾かれた。
輝は舌打ちすると、首をすくめながら廊下の角を素早く曲がった。




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私のバカな(未来の)彼氏 3

「世の中はおっぱいだ」

彼のその第一声を聞いた時、未沙は血の気が引いて卒倒しかけた。

「大きさや形は関係ない。男として生まれた以上、あの柔和なシルエットには無条件降伏するしかないと深く深く本能に刷り込まれているんだ。ハリウッド映画を見てみろよ、映画の後半1時間からはヒロインの白人女は必ずタンクトップで泥まみれだ。誰も映画なんか見ちゃいない、みんな揺れるおっぱいに釘付けさ」

さも自慢げにそう語るくせっ毛少年の誇らしげな表情に「ついにこの人は頭がどうかしてしまったんだわ」と恐ろしいものでも見るかのように青ざめた視線を向ける未沙。
しかしそんな彼女の心配をよそに、対面から颯爽と対抗馬が名乗りを上げる。

「いやいや隊長、そりゃ違いますよ」

柿崎はその大きな手の平をずいと前に突き出して見せた。身体も大きければ声も大きい。柿崎速雄17歳、彼は彼なりに主張したいところがあるらしい。

ここはマクロス内の士官用サロン。一息つこうと訪れたこのラウンジで、たまたま顔馴染み達が1つの席に会していた。最初は何気ない世間話を交わしていたのだが、ネット配信のゴシップニュースに「あなたはおっぱい派?それともおしり派?」という死ぬほどくだらない記事が載っていたのをキッカケに、性少年達は不毛にして激アツな議論を戦わせようとしていたのである。

「結局のところ、女は顔でしょう。体なんて抱ければどうでも良い。可愛い子ちゃんのキラキラした笑顔に敵うものなんて、この世にありゃあしませんよ」

鼻の穴を大きくして声を張り上げる柿崎。そのあまりに品性のない発言に、未沙は足元から彼ら戦友達への信頼感が崩れ去って行くのをひしひしと感じてしまっていた。
そんな未沙の心持ちをあざ笑うかのように、横から冷笑を浴びせかける者がいる。いや実際には柿崎の発言を笑ったのだが、未沙にはもうどちらでも同じ事だった。

「柿崎君は子供だな」

そう言って鼻で笑うのは、ティアドロップ型のサングラスを鈍く光らせるマクシミリアン・ジーナスだ。天才パイロットと名高い少年は高々と足を組み、優雅にティーカップから立ち昇る湯気の香りを楽しんでいる。

「なんだよマックス!お前だってミンメイちゃんみたいな可愛い子が迫って来たら堪らないだろう⁈」

拳を振り上げて詰問する柿崎。そんな雄弁も、天才はサラリと躱して余裕の表情だ。

「そりゃあ勿論そうだよ。でもね柿崎君、抱ければそれで良いなんて女性の良さをキチンと理解していない証拠さ。女性はやはり腰だよ腰。こう、抱き締めた時のあの腰の肉感、細さ、柔らかさ。まるで生きた宝石箱さ。その点、僕のミリアの腰つきは絶品だね」

マックスの隣りに座るライムグリーンの長髪をしたゼントラーディ人に、一斉に視線が集まる。男たちの討論をただ大人しく聞いていただけのミリアは「なるほど、そうなのか」と分かっているのかいないのかしきりに頷いている。

未沙も心中頷く。たしかにミリアはスタイル抜群でシルエットもスラリとしている。男性からしたら抱き心地も良いのだろう。でも、私だってスタイルはそう悪い方じゃない。バストもウェストもそれなりに…
未沙は意中の相手をチラリと盗み見るが、くせっ毛の少年は会話に夢中で気が付かない。胸だ、いや顔だと喧々轟々男同士で最低な話題を繰り広げている。相変わらずの様子に密かにため息を吐いていると、唐突に豪快な笑い声がそんな未沙の憂鬱を吹き飛ばした。

「ガハハ、せいぜいガキどもはママのおっぱいでも咥えてるんだな!」

偉そうにそう宣うのは黙って話を聞いていたロイ・フォッカーだ。浅黒い肌のエース・パイロットは金髪の前髪をピンと指先で弾きながら、小僧どもへの女体指南を繰り広げる。

「いいかガキども!女を見るのに一番大事なのは尻だ。人間は原始時代は猿だった。猿のオスはメスの何を見て興奮する?赤く発情した尻だろうが!」

含蓄があるのかないのかよく分からないフォッカーの発言に、まだハイティーンの少年たちはへーとかほーとか言いながら感心している。それに気を良くしたのか、スカル大隊長はラウンジを見回すと一人の若い女性士官を指さした。ラティーノ系だろうか?上背のある良い体格をしている。

「見ろ、ああいうブルンとした丸い尻こそが最高だ!男と女、2人きりになったらやる事なんざただ一つだ。無理矢理押し倒してあのデカ尻をひっつかんでだな…」
「む、無理矢理はちょっと」
「馬鹿野郎!多少の強引さがなくてどうする!そんなんだからお前らはいつまでたっても童貞なんだ。見てろよ、俺が手本を…」

立ち上がりかけたフォッカーだが、何者かにその肩を掴まれる。なんだ、止めるなと振り向いたエース・パイロットは、しかし相手の顔を見るなりしおしおと大人しく席に座り直した。

「オフタイムでも後輩の指導にご熱心なのね」

落ち着いた声色でそう語りかけるのはブリッジの主任オペレーター、クローディア・ラサールだった。チョコレート色の整った顔立ちに、ボリューミーで真っ赤なリップが笑っている。

「何をどう手本を見せてくれるのかしら?」
「あ、いや、その」
「別室で詳し〜く聞かせてもらおうかしら。男と女、2人っきりになってね」

フォッカーが引きつった笑いを浮かべる。クローディアは優しく微笑み返すと「じゃあねみんな」とその場の面々に挨拶し、フォッカーの襟首を掴み上げた。そのまま、スカルリーダーはズルズルといずこかへと引きずられて行ってしまった。残された面子は震え上がりながら顔を見合わせる。

「怖ぇ〜な、クローディアさん…」
「俺ちょっぴりチビっちゃいました」
「大隊長が腎虚気味だって噂、案外本当だったりして」

消え行くフォッカーを見送る三バカトリオ。それらの様子を眺めていた未沙は深く深くため息を吐く。彼にもそんな強引さがあったらどんなにいいか。いや、そもそも男と女という概念を持ち合わせていない可能性すらある。未沙は大きく肩を落として、女性の目の前で女性の身体の話で盛り上がる無神経なセクハラ少年達をどう戒めるべきか頭を悩ませていた。
すると「あの〜」と小さな声で手を挙げる者がいる。その場で未沙だけがそれに気が付き「どうしたの町崎君?」と問いかけた。

「ぼ、僕は女性はやはり脚だと思います」

あ、ここにもバカが一人いた。未沙は顔に無数の縦線を引いた暗い目で、おかっぱ頭の町崎を見つめた。

「僕の夢は、脚のキレイな女性にハイヒールで踏ん付けられながら罵られる事なんです。網タイツか、真っ赤なガーターベルトが似合うようなハイソな女王様に…」

言いながら、思わずよだれが溢れて手の甲で拭っていた。ウヘヘと町崎の目尻がグングン垂れ下がって来る。
その目が自分を見つめている事に気が付いて、未沙は全身の毛が逆立つのを覚えた。

「ちょ、ちょっと町崎君。そんな目で見ないで頂戴」
「す、すみません。でも早瀬少佐は僕の理想の女性で…」
「あ〜、確かに少佐は女王様とか似合いそうだよな」

未沙と町崎のやり取りを聞いていた輝が何気なくそう呟いた。瞬間、未沙の表情が凍りつく。マックスがさり気なくハンドサインで輝を止めに入るが、編隊長はまったく気が付いていない。

「…なにそれ、どういう意味?」
「だってさ、早瀬少佐と言えば”鬼より怖い首席の少佐”だろ?女王様でも裁判官でも氷の魔女でも、何でも似合いそうじゃんか」

無神経な輝のコメントを必死に押しとどめようとするマックスはフル回転でハンドサインを送りまくるがまったくの無意味だった。隣りのミリアが「どうしたマックス、ダンスの練習か」と呑気に問いかけただけである。

「なんなら町崎のこと踏んであげたらどうです?網タイツとか履いてさ」
「そりゃあいい、きっと似合いますよ少佐!」

考えなしの輝、無邪気にはしゃぐ脳内小学生の柿崎、ウヒヒと気持ち悪い視線を送ってくる町崎、それらを止められないマックス、旦那にしか興味のないミリア。未沙はお腹の底からふつふつと熱い何かが湧き上がるのを感じ、それと同時に周囲の空気が冷たく凍っていくのを強く意識していた。
どこからか、冬の冷気が風に乗ってラウンジに流れて来る。輝は「ん?空調の故障かな?」などと呑気な感想を述べているが、マックスだけが青い顔になって必死に輝に合図を送り続けていた。

「あなたたちねぇ〜…」

未沙はゆらりと立ち上がる。その身体からは、絶対零度に匹敵する氷の凍気が冷たく溢れ出していた。

「いつまでバカっ話に興じているつもりなの〜!!!とっとと任務に戻りなさ〜い!!!!!!!」

爆発した氷の姫の迫力に、テーブルにいた者たちだけでなくラウンジ全体が震え上がった。まるで蜘蛛の子を散らすかのように、士官サロンから全ての人間が一目散に逃げて行く。あまりの恐ろしさに、休憩していた者どころかサロンの従業員まで逃げ出していた。

人っ子一人いなくなったラウンジで、未沙はハアハアと肩を震わせる。大きく一つ息を吸い込み、吐き出した。それだけで瞬時に冷静さを取り戻すのはさすがの一言といえるだろう。
通路の向こうに慌てて去っていくくせっ毛頭を遠くに見て、未沙は「私だって少しは…」と自分の女性らしく膨らんだ胸にそっと手を添えるのだった。



「こえ〜、やっぱり一番怖いのは早瀬少佐だったな」
「いや、ある意味隊長の方が怖いです」
「?なんでだよマックス」
「その鈍感っぷりが一番の恐怖ですよ」
「2人ともなんの話??」




テーマ : 懐かしいアニメ作品
ジャンル : アニメ・コミック

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iPhoneで書いているので「輝」と打てません

FC2の機能がよく分からないので、何か変だったら教えてください(´・ω・`)

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