I heard the sound of falling in love with her. -1-

「オープニングイベント?」

マックスにプライベートで呼び出された輝は、手渡された二枚のペーパーチケットを眺めながらギュッと両の眉を寄せて見せた。

「ええ。シュヴァンニュの新しいフィットネスジムなんですけど、凄く綺麗で洒落てるらしいです。今月中はプレイベント期間なので、良かったら行ってみて下さい」

マックスが伸ばした手の先には、A4規格のフライヤーが挟まれていた。輝は反対の手で受け取って、印刷面をマジマジと眺めやる。

『New Open!! COLD GYM Svanne Ave.』

真っ赤なフライヤーの中には黄色い極彩色のフォントが踊り、筋肉質で引き締まったナイスボディなフィットネスガールが満面の笑みで親指を突き立てている。結構可愛いな、などと思いながら輝はテーブルの上にフライヤーとチケットを放り投げた。

「で、何でマックスがそんなのに関わってんだ?」
「関わっているという訳じゃないんですが、まあ色々ありまして」

マックスはコーヒーの湯気を顎に当てながらのんびりと返事をした。
マクロスシティ、ラカンダストリートはマックスの新居。最近、マックスは軍の官舎を出て新しい借家を借りたのだ。小綺麗で清潔な広めの一軒家で、妻でありウィングマンでもあるゼントラーディ人のミリアと二人で暮らしている。

輝は今日、そのマックスの新しい愛の巣へと呼び出されていた。たまの非番に、引越し見舞いを兼ねて訪ねて来たのだが、呼び出された用事が「新しいフィットネスジムの招待券」だったとは予想外だ。

「ほら、僕ら有名人でしょう?何かって言うとパーティーやら式典やらの招待状が届くんですよ。みんな、マスコミに取り上げて欲しくて少しでも話題性のある物に飛び付きますからね」
「軍の広報を通せって突っ撥ねればいいじゃないか」
「これはこれで、得する事もあるんですよ。まあそれは置いときまして」

マックスが白磁のコーヒーカップをゆっくりとソーサーに戻すと、薄手の陶器が触れ合うカチャリとした音が心地良く輝の耳をくすぐった。

アラスカ、秋の昼下がり。
開け放たれた窓からは、柔らかな涼風が吹き込んで二人の男の頬を撫でて行く。庭に視線を向ければ、紅葉に彩られた樹木の鮮やかさが観る者の目へと沁み入った。
その滲むような色彩世界の中で、ビビッドレッドのカーディガンに身を包んだミリアが、サクサクと早枯れの落ち葉の上を歩いている。彼女のライムライトのロングヘアが風になびき、赤と黄色の風景の中に絶妙に溶け込んで、何とも言えない対比を醸し出していた。

「この招待券も、そんな脈絡のないアプローチの一つとして送られて来たんです。ミリアと一緒に行くつもりだったんですが、実は彼女、妊娠してたのが分かりまして」

「…え⁈」

さらりと言われたので、輝は危うく聞き逃す所だった。マジマジとかつての部下の顔を見やる。

「え?ミリア、え??」
「妊娠しました。いま三ヶ月だそうです」
「…あ〜、そう」
「ビックリしました?」
「うん、した。…いや、そりゃするだろ!」

マックスは、薄暗いティアドロップ型サングラスの下で嬉しそうに笑う。と言うか、今日の本当の目的はそれか。

「凄いな。それって、それって凄い事じゃあないか。地球人とゼントラーディ人、いやあ、凄いや。そんなこと想像もしてなかったよ」

「まあ、やる事はやってますから」

ニヤリと返すマックスが、妙に自分より大人びて見える。
視線を庭先へ移せば、ミリアが足元の落ち葉を踏む感触を無邪気に楽しんでいた。とても静かで、絵になる光景だった。

そうだ、こいつらやる事はやってんだよな

夫婦なのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、何だか生々しい想像に輝は鼻をポリポリ掻きながらついと視線を逸らす。何だか、急に自分だけ取り残された様な気分になった。
俺はマックスより年上だし、ほんのちょっと前まで軍でも上官だった。でも、今では色んな意味でマックスの方が先輩だ。

「…ていうかお前、父親になるのか」
「そうなりますね。実感ないです」
「だろうな」
「ですよねぇ」

マックスはさして気にも止めず、テーブルの上のフライヤーを手に取った。

「そんな訳で、ミリアを連れて行く訳には行きませんし、良かったら先輩に行ってもらえればと」
「いいよ、そんなの興味ないし」
「あ、いや、先輩だけの話じゃないんです。早瀬さんとどうぞ」
「…なんでそこで少佐が出てくるんだ」
「またまた」

マックスは「分かってますよ」と言わんばかりの表情だ。輝は何か誤解があるんじゃないかと唇を尖らせた。

「つまんない噂でも聞いたか?」
「はい、聞きました。何でも早瀬少佐が先輩の家に通い妻状態だって」
「通い…何だって⁈」
「先輩の家で男物のパンツを干してる姿を見たって、ウチの隊の奴が涙ながらに語ってましたよ。さすが先輩、あの“氷の姫”にそこまでさせてるとは」
「お、おい、ちょっと」

輝は慌ててソファから体を起こした。
身に覚えがない…訳ではないが、大変な誤解を生んだものだ。
彼女とはそんな仲ではない。たまたま、男やもめな輝の生活を不憫に思って非番に家事を手伝ってくれているだけである。それだって別に俺が頼んだ訳じゃない。どちらかと言うと「おしかけ母さん」みたいなもんだ。

「そ、そんな話になってるのか」
「そうです。あれ、違いました?」
「違う違う!俺は何もしてない!」
「凄いですね、何もしてないのにあの“氷の姫”をそこまで躾けたんですか」
「いや、躾けてない!あれは未沙が勝手に…」
「成る程、押しかけ女房って訳ですね」
「いやいやいや、何か大きな誤解があるぞおい。俺が早瀬少佐に手を出した事になってるのか」
「出してないんですか?」

マックスが、サングラスの下から薄目で睨んで来る。明らかに信用していない顔だ。輝は酷い癖っ毛の頭をブンブンと振ってその視線を払い落とした。

「バカ言うな、あの鬼みたいな女に、誰が」
「そうですか?てっきり先輩と早瀬さん、そういう関係だと思ってました」
「そんな訳ないだろ!投げ飛ばされるぞお前」
「そうかな〜。僕の見る限り、早瀬さんの方はそうは見えないですけど」
「お前、怖いもの知らずだな…」
「早瀬さん綺麗だし人気あるし、先輩と凄くお似合いですよ」
「人気ある?綺麗?誰が??」
「早瀬少佐ですよ。“氷の姫”のファンクラブ、ウチの隊にも居ますよ」
「…さっきから何なんだ、その氷のなんちゃらとやらは」
「“Ice Princess”、早瀬さんのアダ名です。氷の様に冷たくて、透明感があって、身持ちが堅いって意味らしいですよ」
「ふむ、言い得て妙…ってそうじゃなくて」

輝は膝に手を付いて立ち上がった。鼻で息を吐く。

「バカバカしい。その、泣いてた部下に言っとけ。俺と少佐とは何の関係も無いってな」
「言わないで置きます。後で『やっぱり嘘でした』ってなりそうな気がしますから」
「…お前な…」
「何にしても、早瀬さんにお世話になってるのは変わりないでしょう?日頃のお礼も含めてお誘いしたらどうです?」

帰ろうとする輝に、マックスは改めてチケットをグッと差し出した。

「実は仲の良いオペの子が教えてくれたんですけど。早瀬さん、指令センター長なんて新しい任務に就いてからストレスが溜まってるんですって。結構参ってるみたいですよ、気が付いてました?
ここ、女子に話題の最新スポットですから、誘ったら早瀬さんも喜んでくれるんじゃないかなぁ」

マックスの言葉に、何とはなしに輝は足を止めて聞き入った。

「世話になるだけなって、なりっ放しは気持ち悪いでしょう?ねぎらいもたまには必要ですよ」

振り返った輝は、じっとマックスの差し出すチケットを見つめる。
確かに、未沙には何から何まで世話になりっ放しだ。掃除洗濯皿洗い、ほとんど一人暮らしの大学生のアパートへやって来る母親みたいに甲斐甲斐しく面倒を見てくれている。
父親一人に育てられ、母親にそうした世話を焼いて貰った経験のない輝としてはそれはとても心地良いもので、新鮮な気持ちで彼女の好意を受け入れていた。
それが“都合の良い女”としての扱いだなんて、そもそも女性経験の無い輝にとっては思いもしない事だったのである。

そう、何しろ彼はまだ童貞なのだ。

マックスの顔を見る。サングラスから透けて見える目はにこやかに微笑んでいた。
輝は諦めた様にため息を吐くと、マックスの手からチケットを奪い取ってポケットへとねじ込んだ。

「ちゃんと周りの誤解は解いておけよ」
「はいはい、了解です」

何とも締まらない捨て台詞と共に、新統合軍のエースパイロット同士の会合は終了した。




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I heard the sound of falling in love with her. -2-

“winter storm watch(吹雪注意報)”

マクロス指令センターにおける隠語の一つである。

「今日、W.S.W 何%?」
「う〜ん、80%かな?」
「げ、高!ついてな〜い」
「ご愁傷様、私はもう上がりだから」
「ひ〜ん、お助け〜」

今日も指令センターには寒気が吹き荒れている。
宇宙機動要塞であるマクロスがアラスカの大地に墜落して以降、この宇宙からの落し物は動かぬ指令本部ビルディングとして、人類復興の中心地となっている。
当然、地球全体の治安防衛を担う軍隊(戦後は“新”統合軍と呼称)の指揮所もマクロスの中に設置された。

そして、その指令センターの初代センター長を任されたのは、マクロスの主任オペレーターを務めた歴戦の女傑、純血のエリート士官、「鬼より怖い」早瀬未沙少佐である。



「説明して頂戴」

アラスカはいま秋の筈だが、真冬の吹雪に勝るとも劣らぬ冷たい風が、指令センターの最上段セクション1に吹き荒れていた。
下段のセクション2でその声を洩れ聞いたスタッフ達は、自分達に関係ないにも関わらず思わず肩をすくめる。

「出た、少佐の『説明して頂戴』」
「今度は誰が犠牲の羊??」
「あれ、通信部のヤーニン中尉よ。さっきの通信障害の件じゃない?」
「お気の毒さま、ありゃ30分は立たされるわね」
「う〜怖。私だったら呼び出されただけで泣いちゃう」

通信部のヤーニン中尉は45歳の中年男性だ。三人の子持ちで、部局内では柔和なマイホームパパとして知られている。
外見的な特徴は髪の薄さ少なさ、そして盛り上がった肥満性のお腹という極ありふれた普通のおじさんだった。
そのヤーニン中尉が、額に脂汗をびっしりと浮かべながらヘコヘコしている相手は、年齢で言えばヤーニンの半分以下…それこそ娘でもおかしくない若さの女性である。

「アラスカ全空の航空管制を担う当指令センターにおいて、通信網が途絶えるなどとあってはならない失態です。指令センターは7分もの間、目隠しをされていたも同然だわ。事故が起きなかったのは不幸中の幸いですが、もし人命を損なうような大事件が起きていたら、これは人災と言っても過言ではないでしょう。あなたには事の重大さが理解出来ているの?そもそも…」

冷たく強烈なブリザードが、残り少ないヤーニン中尉の前髪を吹き上げる。中尉はあまりの寒気に猛烈な目眩いにすら襲われた。

寒風の発生元は早瀬未沙少佐だ。
若干20歳ながら、新統合軍のエリート幹部生として軍中枢の作戦指揮を一手に担っている。頻発する帰化ゼントラーディ人の反乱や各地での暴動事件など、警察の手には負えない大規模なトラブルの収束と監視を主な役割としている。
さらりとした栗色のロングヘアに切れ長の翠緑の瞳。長い睫毛とほっそりとした腰が印象的な女性だが、その表情はいつも険しく、額には深い皺を寄せていた。

早瀬少佐は完璧主義者だという噂だ。
突出して仕事の出来る人に見受けられる傾向だが、自分が構築した円滑に最適化された世界観を破壊される事を極端に嫌う。そして自分のシステムワークに付いて来れない低レベルな相手を忌避する。

要は足を引っ張られると怒るのだ。それも烈火のごとく怒る。
いや、この人の場合は猛吹雪のごとくと言うべきか。

「少佐、そろそろ出ませんと市長との会合に間に合いません」

もはや凍死寸前のヤーニン中尉を見かねたのか、未沙の補佐役を務めるレイヤード大尉が助け舟を出して来た。声を掛けられて、未沙は「明らかに言い足りない」という顔のままヤーニン中尉を釈放する事にした。

「いいわ、とにかく報告書を上げて頂戴」
「し、失礼いたします」

這々の体で、アットホームダディのヤーニン中尉は指令センターを後にした。未沙が腕時計を確認すると、15時の市長との会合にはまだ大分余裕がある。

「…随分慎重なタイムスケジュールね」
「すみません、1時間間違えたみたいです」
「まあいいわ」

未沙は、指令センターの最上段であるセクション1から下段フロアを見下ろす。こちらの様子を窺っていたスタッフ達が一斉に下を向いて視線を逸らした。

「まったく、どいつもこいつも…」

あまり上品とは言えない呟きと共に、未沙は熱くため息を漏らす。

未沙がここ「マクロス指令センター」の長に任命されて半年が過ぎようとしている。
マクロスが荒れ果てた地球へと帰還してから、グローバル艦長は臨時政府の頭首として軍を離れてしまっていた。クローディアはその補佐役として活躍している。
マイストロフ大佐ら幕僚達は別として、今や現場の前線指揮官としては未沙が唯一責任を負う立場にある。

自分の背負っているものは大きい

宇宙戦争をかろうじて生き残り、消えかけたロウソクの火の様な今の人類を、あらゆる危険から的確に守らなくてはならない。
その為の前線基地であるこのマクロス指令センターでは、どんな些細なミスでも許されないのだ。いつ、どんな小さな失敗が、生き残った人々の存亡を揺るがす大きな災害に直結するとも限らない。


その為なら、私は鬼でも悪魔にでもなれる


未沙の張り詰めた表情に、指令センター内のピリピリとしたムードは益々加速していくばかりだった。




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「ああ、レイヤード大尉」

士官用サロンで輝がヴァネッサを見つけたのは、その日の夕方遅い時間だった。

マクロスが宇宙を飛んでいた頃から輝は未沙との親交があったが、ヴァネッサ・レイヤードとはあまり接点らしい接点は無かった。
同じブリッヂクルーで「利発で優秀なレーダー員」という話は、前々から未沙には聞いていた。しかし正直なところ輝の印象としては、いつもつるんでいる姦しい3人娘の一人に過ぎず、「気取ったメガネのフランス女」程度にしか相手を認識していなかったのである。
ただ、未沙が褒めるだけあってかなり仕事は出来る人物らしい。現在は、指令センター長である未沙の補佐役を務めているのだと言う。実質的な指揮所のNo.2だ。
階級も自分と同じ大尉に昇進していた。現場一筋の輝と違い、後方勤務のエリートは出世の速度も早いのだろうか。

「あら、一条大尉。ご無沙汰してます」

その「気取ったメガネのフランス女」は、一人で携帯液晶タブレットをいじっている所だった。ちょっとした息抜きにコーヒーを飲みに来たらしい。輝は「よう」と軽く右手を上げて挨拶し、丸テーブルの反対側のイスを引いて腰掛けた。

「一条大尉、聞いて下さいよ。このサロン、エスプレッソの淹れ方も知らないんですよ」

ヴァネッサは大振りのコーヒーカップを片手に渋い顔をして見せる。確かに、そんな大きなカップにエスプレッソを入れて寄越す店はあまりないだろう。これではショートブラックではなくロングブラックだ。
どちらかというと西海岸風の薄味なコーヒーばかり飲んでいて、濃く淹れたエスプレッソの苦味が嫌いな輝は、興味無さげに「アメリカ流だねハハハ」と軽い愛想笑いでスルーした。

「みんな元気でやってるかい?」
「ええ、キリキリ働いてますよ。いや、ピリピリかな?」
「噂は聞いたよ。なんか忙しいらしいね」
「もう朝から晩まで指揮所に詰めっぱなしです。ああ、可憐な乙女の貴重な日常がこうやって浪費されて行くんだわ。数少ない出会いのチャンスも奪われてお婆ちゃんまっしぐら。気が付けば仕事が恋人代わりですのよ」

ヴァネッサは芝居じみた口調で天を仰ぎ、オーバーアクション気味に嘆いてみせる。
こうして面と向かって話をした事が無かったので分からなかったが、一見クールで品行方正に見えるヴァネッサも、いわゆるフランス女らしいフランス女だった。大袈裟で、感情豊かで、物言いはハッキリしており、一度喋り出すと止まらない。頭の上から足のつま先まで全部が口になったかの様に、彼女の言葉の弾丸は片時も止むことはなかった。

「それでね、人員が足りないって言えば工夫が足りないって。時間が足りないって言えばスケジュール管理が杜撰だからって。そんなこと言われたってこっちはこっちでいっぱいいっぱいな訳ですよ。どうして管理職のお偉方って言うのはああ頭が固くて理解力が低いのか。大体自分達に出来ない事を私達に押し付けてるクセに何でも分かった様な事ばかり…」

「あ〜ハイハイ分かった分かった」

輝は両手を突き出してヴァネッサの言葉の洪水を堰き止めた。このままだと明日の朝まで延々と愚痴を聞かされかねない勢いだ。

「で、何の用です?私に声を掛けてくださるなんて」

まだ喋り足りなさそうなヴァネッサだったが、今度は少し興味深げに細縁メガネを直しながら輝に向き直った。成る程、察しのいい子なんだなと輝はちょっとだけ用心して話し出す。

「その、早瀬少佐の事なんだけど」
「少佐ならいま指令センターにいますよ」
「う、うん、それは知ってるんだけどさ」

輝はポリポリと癖っ毛頭を掻いた。そのハッキリしない態度に何か感じる部分があったのか、ヴァネッサは「ハハーン」と声に出さずに呟く。

「少佐が気になってます?」
「いや、別に。そんな事はないんだけど」
「隠さなくたっていいじゃありませんか。共に死線をくぐり抜けた者同士、友情以上の物が芽生えてもおかしくありませんよ」
「バカなこと言うなって」

輝は右手でヴァネッサの言葉を払うような仕草をした。ヴァネッサはまたも言い足りなさそうだったが、取り敢えず口を閉じる。

「少佐が、疲れてるって話を聞いてさ。少し心配になっただけさ」

輝はぶっきらぼうに言い放った。充分気になってるじゃんと思いつつも、ヴァネッサは少しだけトーンを落として輝に問いかける。

「そんな話題が出てるんですか?早瀬少佐」
「う、うん、確かオペレーターの子に聞いたって言ってたな」
「う〜ん、まあ、確かにちょっと最近カリカリしてますね」
「やっぱそうなのか」
「何というか、余裕がないと言うか。以前みたいな安定感が無いんですよね。一人でみんな抱え込んじゃってる感じ」
「う〜ん」

輝は思わず腕組みをする。マックスの適当な言葉に、ほんの少し引っ掛かる物を感じて念のためヴァネッサを捕まえてみれば、どうやら予感は当たっていた様だ。

「あの人、生真面目だからなぁ。任されると全部背負っちゃうんだろうなぁ」
「ですねぇ」

輝とヴァネッサはしみじみと頷き合う。

「でもそれじゃ本人も周りももたないだろうに」
「ですねぇ。誰か、少佐を気分転換にでも外へ連れ出してくれたらいいんですけど」

そこまで言って、ヴァネッサはじーっと輝の顔を正面から見つめる。変なプレッシャーを感じて、思わず輝は背筋を後ろに反らせた。

「ああホント、誰か助けてくれないかな〜。少佐に一言声を掛けられる、頼りになる人がいればな〜。そんな人が居たら、まさか見て見ぬフリなんてしないだろうしな〜」

「ハイハイ、分かった分かりました。何とかすりゃいいんだろ」

輝はヒラヒラと右手のひらを振って見せた。ヴァネッサは「よろしくお願いしま〜す」と軽い感じでウィンクして見せる。
取り澄ましたお堅い女かと思っていたが、やはりあのシャミーとつるんでいるだけの事はある。お調子者のフランス女を相手に、輝は心中密かに舌を巻いた。

「因みに、何て声を掛けるんですか?」

大きなコーヒーカップを口に運びながらヴァネッサが何気なく質問する。輝はマックスに貰ったチケットの事を思い出し、その事を素直に話した。ヴァネッサはエスプレッソの苦味とは違う意味合いの渋い顔を見せる。

「それ、まさかそのまま言わないですよね」
「何だよ、おかしいか?」
「おかしくはありませんが、もうちょっと色気のある誘い方の方がいいんじゃありません?」
「何で少佐を誘うのに、色気が必要あるんだ」
「バカだなーもう。あ、これ心の声です」
「…聞こえてたら意味ないだろ」

ヴァネッサはグッと人差し指を突きつける。輝は再び背筋を後ろに反らせた。

「どうせ少佐に“あんた最近評判悪いから少し落ち着けよ”とか言うつもりなんじゃありません?」
「正直に教えてやりゃいいだろ?」
「ホントにバカだな〜。これは本心です」
「…おたくわざとやってるだろ」
「いいですか、少佐だって女の子です。傷付く時は傷付くんですよ」
「あの氷の女がか?」
「…多分“氷の姫”の事を言いたいんでしょうけど、まあいいです。一条大尉も男だったら、その辺の女の子のデリケートな部分をよく考えてあげて下さい。あなたが、早瀬少佐を、誘いたいから誘うんです。それで万事収まります。D'accord??」

「ダ、ダコール」

何となくヴァネッサの勢いに押されて輝は頷いた。それに満足して、ヴァネッサは椅子から立ち上がる。

「じゃあ、よろしくお願いしますね。私は仕事に戻りま〜す」
「お、おう」

去って行く「気取ったメガネのフランス女」のお尻を見ながら、輝はテーブルの上に頬杖を付いていた。


ああ、おしゃべりな頭のいい女ってやりずれぇなあ




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- と言う訳で、作戦が決行される模様 -

- 時期は? -

- 不明。近々としか -

- 作戦内容を精査した上で、期待値は如何程であろうか -

- それも不明。何分ターゲットのボスレベルが高過ぎる故 -

- しかしかのプレイヤーであれば攻略は可能と我は思う -

- 同意 -

- なれど油断は禁物なり -


リアルチャットのグループトークで繰り広げられる意味不明な会話。
かつてSDF-1マクロスが宇宙を航行していた頃、ブリッヂクルーとして活躍した三人の士官…ヴァネッサ・レイヤード、キム・キャビロフ、シャミー・ミリオムらのやり取りである。

指令センターへ私用の携帯電話を持ち込む事は禁止されている。センター内で使用できるのは軍配給のモバイルタブレットのみだ。
しかし電子戦の専門教育を受けたスタッフで、その配給品を悪用する者も中には居る。キム・キャビロフもその一人であった。

三人が利用しているリアルタイムチャットはキムによって設定された。軍のイントラネットを利用しているが管理キーが無く、他の者が外から覗き込む事が出来ない。その為、何処にいても堂々と無駄話を繰り広げる事が出来る。
勿論、服務規程違反だ。


- プレイヤー来襲 -

ヴァネッサの書き込みが表示される。他の2人はチラリと下段のセクション2から、上段のセクション1を仰ぎ見る。
険しい表情の指令センター長、早瀬少佐が何者かに呼ばれて後ろを振り向く所だった。

- ラスボスの機嫌はどうか -

- 変化なし -

- 時期尚早なのでは -

- しばし待て -

無音のまま、チャット上のやり取りが続く。少しすると、早瀬少佐が監視ポジションを離れ、セクション1から姿が見えなくなる。

- プレイヤーの奇襲に効果アリ。ラスボスの誘き出しに成功 -

- 廊下の会話を聞き取れそうか? -

- 困難と思われる -

- そのまま待て -

たった今セクション1裏の通路では、この指令センターの未来を決める(かも知れない)重要な会談が行われている。
共にセクション2の重要ポジションを任されているキムとシャミーは固唾を飲んで背後上方のセクション1の様子を見守った。

そのまま、5分ほど静かな時間が流れた。


- ラスボス帰還 -

ついに、ヴァネッサのコメントが上がる。セクション2の2人は、モバイルタブレットの画面を食い入るように見つめた。

- ラスボスの様子はどうか -

- …変化なし… -

期待していたのとは違う方向の答えに、キムとシャミーは失意の顔を見合わせる。
あの癖っ毛野郎、失敗しやがった。まったく役に立たない男だ。本番に弱いタイプなんじゃないのか。ちょっとイケてるとか思ってたけどとんだ勘違いだった。いやあねぇ。

セクション2の統括主任であるキム中尉と、航空管制主任であるシャミー中尉は、左右の各方向からセクション1を見上げた。
そこには、いつもの監視ポジションに起立する早瀬少佐の厳しい表情が見て取れる。
これではまったく今までと変わりが無い。

深く深く、失意のため息を吐く2人だが、手元のモバイルタブレットの報告には続きがあった。

- 待て -

ヴァネッサの書き込みは続く。

- …少佐がステップを踏んでる… -

驚愕の報告に、2人は同時にセクション1を振り返る。
相変わらず怖い顔をした早瀬少佐の肩が…確かに微妙に揺れている。

- 大事件。あれはもしや軽いフィットネスのつもりではないのか -

- マジか。ではプレイヤーの誘い出しは成功したのではないか -

- ほぼ間違いなくそう思われる -

東南アジア人とフィンランド人は歓喜の顔を見合わせた。

- 諸君、雪解けは近い -

そう報告を締めくくったヴァネッサの耳には、早瀬少佐の鼻歌までが聞こえて来ていた。




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フィットネスを流行り廃りで語るには、現代人の健康意識は普段からちょっと高過ぎるんじゃないだろうか。
ズラリと並ぶ色とりどりのサプリメント群を前に、一条輝は何とも言えない嘆息を漏らした。

タブレット、グラニュー、リキッド、ジェリー、スティック、クッキー。あらゆる形状の健康食品が所狭しと並ぶ陳列棚には、大小様々なプラスチックボトルやアルミニウムバッグ、セロファンパックなどが参列し、刺激的で勇ましい謳い文句に装飾されて自己主張を繰り広げている。

何だかもう見ているだけで健康になれそうだ。手近なボトルの一つを手に取ると、マジマジと眺めながら新統合空軍の現エースパイロットは、極彩色のパッケージにプリントされた大げさなキャッチコピーに思わず肩をすくめて見せる。
自分も体調管理の為にサプリメントは飲むけれど、さすがにここまで大袈裟だと逆に引いてしまう。例えばコレ「飲んだだけで10キロ痩せる!」とか書いてあるけれど、そんなの毒以外の何物でもない。というかこの説明、どう考えても薬事法に抵触してるんじゃないだろうか。

「一条君、何してるの?」

不意に、後ろから声を掛けられる。
聞き慣れた声なので、誰のものかはすぐに分かった。輝はその酷いくせっ毛を揺らせて振り向く。するとそこには、思いも掛けない眩いばかりの光景が広がっていたのである。

蛍光グリーンのミニタンクトップから、形の良い双丘がツンと突き出ている。ブラックでピッチリとしたタイトパンツはプリンとしたお尻の丸みが強調されていて、腰まわりにはマーブルオレンジの配色が鮮やかな色付けとなっていた。
足元のネーブルオレンジのスニーカーも洒落ていて華やかで、幾重にも重なる靴紐がピンポイントのライムカラーになっているのが彼女のセンスを感じさせる。

でも本当はそれらの事なんかどうでも良くて、18歳の少年が何より心から感じていたのは、その女性的なシルエットというか、丸出しの“女体感”に対する「突き上げる衝動」と言う至極原始的なものだったのである。

「何か買うの?プロテインチューブならあるわよ?」

これからの運動の為に、ライトブラウンのロングヘアをアップスタイルに纏めている早瀬未沙少佐は和かに微笑みながら歩いて来る。
輝は彼女の艶かしいうなじの照りにゴクリと生唾を飲み込んだ。

「あ、いや、暇だったんで」
「あらヤダごめんなさい。着替え待たせちゃったわね」
「い、いや、そんな事ないよ」

何となく慌てて、ノッポの青年はサプリメントコーナーから早足で飛び出した。しかし彼女のじっと見つめる視線により、自分の手に持ったままのサプリメントボトルの存在に気が付く。
急いでコーナーへと引き返し、元の陳列棚にボトルを戻した。こちらを横目で見ていた店員には「ハハハ」と愛想笑いで誤魔化しておく。

「待たせて悪かったわ。さあ、行きましょう」
「う、うん」

2人は連れ立って歩き始める。
シティの流行発信地シュヴァンニュ・アベニュー。そこで最近オープンした話題の新フィットネスジムは、前評判通りに賑やかで洗練された施設だった。
ビルの三層分を丸々利用して、ウェイトトレーニング、ランニングマシン、エアロバイク、ダンススタジオ、ショートプールなどが併設され、ボクササイズやヨガクラス、0Gダンスまで幅広い運動がフォローされている。

輝と未沙は、マックスから貰った招待チケットのお陰でゲスト待遇で迎えられた。特別感のある賓客としての扱いに、気難しいと思われた早瀬少佐殿も相好を崩す上々の滑り出しだ。

「今日は誘ってくれてありがとう。身体を動かすのも久し振りだわ」

未沙の笑顔が妙に眩しい。輝は何故か落ち着かず、ワザとらしく咳払いなんかをしてみたりする。

「んっんっ、だ、だろうと思ったよ。あんな指令センターに引きこもりっ放しじゃ、絶対身体に良くないぜ」
「本当ね。スタッフの体調は気遣えるのに、自分の健康となると気が回らないみたい」

未沙は笑顔で応える。普段は指令センター長として気丈に振る舞う彼女の打って変わった素直な言動に、輝は少し胸の鼓動が早くなるのを意識した。
いつもビシッと凛々しく決めているあの軍服姿が、今日はこんなにも扇情的なスタイルで目の前を歩いている。
冷たいエリート女性士官の、見てはいけないプライベートを覗き見た様な感覚に、輝は心中密かに興奮していた。

思えば、未沙との付き合いも結構長い。マクロスが宇宙に飛び立ったあの日、初めてモニターで見た彼女をおばさん呼ばわりしてしばらく根に持たれた。
あの頃の未沙は、地味というか質実剛健というか、とにかく「仕事と呼吸だけして生きてます」といった感じのオールドミスのオーラに満ち満ちていた。実際、本人の語ったところに寄れば、ひたすら仕事一筋に生きて来たらしい。
その変な生真面目さが彼女の強さであり、同時に弱みにもなっていた。それが今の輝になら分かる。

「士官学校でね、格技の訓練を良くしたの。あなた程じゃないけれど身体は鍛えていたのよ」

隣りを歩く未沙が、笑いながら力こぶを作って見せた。とにかく今日は良く笑う。不覚にも「可愛い」なんて思ってしまった。ちょっとだけ、本当にほんのちょっとだけだけど。
未沙が差し出した細腕の力こぶは、しかし大した大きさにはならなくて、彼女の女性らしい柔らかな曲線を確認出来ただけに留まった。
輝は「そ、そうだね」と適当に相槌を打ちながら、チラチラと未沙の全身を覗き見する。
軍属であれば、それなりに女性兵士のあられもない姿と遭遇する事も少なくない。ノースリーブシャツ一枚でブラもせずに歩き回る粗野な恰好の女性兵士などザラにいる。
しかし今目の前にいる人は、そういった「身体を使う」タイプの兵卒ではないのだ。デスクに座り、お茶を飲みながらキッチリと制服を着込んで肌など見せない。普段隠しているだけに、こうやって唐突に見せつけられるとそのギャップに参ってしまう。
更に、彼女のスタイルの良さは火星やゼントラーディ艦での宇宙服で確認済みだったけれど、こうやって改めて見るとその腰の細さに驚きを禁じえなかった。自分などが触れれば簡単に折れてしまいそうだ。

二人の身長差から、彼女の胸の谷間も覗き込めた。際どい切れ込みのミニタンクトップの下には、紺色のドライタイプのアンダーウェアが見て取れたが、それだけでは彼女の双丘の存在感を隠し通す事は不可能だった。
今まで彼女をそうした目で見た事が無かっただけに、これには余計に衝撃を受けてしまった。

他にも無防備な脇の下や、ミニタンクトップからはみ出すおヘソなどの微妙な露出に、まるで今から出撃するんじゃないかという程に心拍数が高まっている自分がいる。
いつもなら、シンプルで飾り気のない軍服に身を包み、眉間に皺を寄せ、仕事の鬼と化して部下を叱るイメージだが、そうした喧々囂々としている「早瀬少佐」とは、今日は明らかに雰囲気が違う。
違和感と戸惑いと昂奮とがごちゃ混ぜになって、輝の頭の中をグルグルと渦巻いて更に混乱を深めさせた。

「柔軟体操する?」

そんな自分の様子には全く気付かず、平面マットへと向かう彼女。輝は慌てて先に行こうとする未沙の二の腕を取った。
柔らかな、彼女の温もりが手のひらに広がる。思わずハッと息を飲む。

「ま、待った待った。ストレッチは運動前にやるもんじゃないよ」
「どうして?怪我をしないように身体をほぐさなきゃだわ」
「いやいや、それは動的ストレッチの事で、静的ストレッチは運動能力を下げちゃうんだよ」
「ええ、何それ⁈初めて聞いたわ」
「例えばさ、ブラジル体操って知ってる?」

たわいもない会話を交わしながら、一面のガラス張りの前にズラリと並べられたランニングマシンへと2人は向かった。タオルや携帯をパレットに置き、パネルのクイックスタートを押すと足元のベルトがゆっくりと動き出す。それに合わせて2人は軽やかに走り出した。

走りながら、輝は横目でチラチラと未沙の様子を確認する。彼女はスポーティなアップスタイルに纏めた栗色の毛先を躍らせ、白いうなじを見せて息を弾ませていた。
形の良い綺麗な耳には、水色のワイヤレスイヤホンが刺さっているのが見える。何の曲を聴いているのだろう?自分があまりそういった分野に詳しくないので、「普段どんなアーティスト聞くの?」なんて洒落た会話はした事がない。
輝が聴くとしたら、唯一ミンメイのアイドルソング位のものだ。そんな話をしようものならほぼ間違いなく不興を買ってしまうだろう。

それより何より、蛍光グリーンのミニタンクトップをユサユサと大きく揺さぶる肉球の存在感が、今までにない感動と衝撃を宇宙戦争の英雄に与えていた。
あまりに凝視し過ぎて未沙に気付かれてしまうが、未沙は未沙でそうした事に鈍いのか「良い景色ね!」とガラスの向こうに広がるシティの景観に笑みを零す。
「そ、そうだね」と慌てて視線を逸らす輝は、誤魔化すようにパネルのスピードアップをタップした。慌てて速度を上げすぎたので足元を掬われ、そのままコントの様に前のめりにすっ転ぶ。
倒れたまま、ベルトの上をスルーッと運ばれてポイっと放り出されてしまった。

「ちょ、ちょっと大丈夫⁈」

未沙が驚いて駆け寄る。輝はとにかく恥ずかしくて、寝転がったまま「いやあ、最近のマシンは反応いいね」などと訳のわからない言い訳をするのが精一杯だった。


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Illustrated by michy.

テーマ : 懐かしいアニメ作品
ジャンル : アニメ・コミック

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iPhoneで書いているので「輝」と打てません

FC2の機能がよく分からないので、何か変だったら教えてください(´・ω・`)

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