Lonely Daedalus 1

「はい?」

女性士官はにこやかに聞き返した。
デスクチェアで辛そうにお腹をさすっている上官のベネディクト少佐は、胃痛の薬を探して引き出しをガサガサ漁りながら返事をする。

「いやあ、君の言いたい事は分かるよ。うん、分かるけどね、これも仕事だから」

お、あったあったと引き出しの奥から茶色い小瓶を取り出す。蓋を捻ると手のひらに適当に数粒放り出した。

「あ〜、すまんが水を一杯貰えないか」

インターフォンを押してベネディクト少佐が呼び掛けると、すぐに薄い扉を開いて金髪巨乳の下士官がお尻を振り振り入って来た。手にはなみなみと水を湛えたコップを持っている。
ベネディクト少佐は笑顔で「ありがとう」とコップを受け取ると、白いタブレットをまとめて口に放り込み、コップの水を一気に飲み干した。

細い目を更に細めて、女性士官はその様子を眺めていた。
真横を金髪巨乳の下士官が通り過ぎる。
すれ違いざま、金髪巨乳は指先をヒラヒラとさせて挨拶したが、細目の女性士官はにこやかにそれをスルーした。

ふん、おっぱい豚め

部屋を出て行く金髪の後ろ姿に心の中で毒突きながら、細目の女性士官は一歩前へと進み出る。
テンプレートな微笑みを浮かべた顔で上司への意見具申を試みた。

「正直に申し上げますと、任務の内容にいささか疑問点が御座いますが」

「ああ、そうだろうとも。私もそう思うよ」

胃痛にお腹をさすりながら、ベネディクト少佐はヘラヘラと笑った。

「でもそれも仕事だ、疑問点は自己解決してくれ給え」

その返事に、ほんの一瞬女性士官の細い眉尻が上がったが、ベネディクト少佐は気が付かなかった。

「君も知っての通り、我が軍広報の仕事は多岐に渡る。丸一日子供向けのイベントで風船配りをしているかと思えば、深夜には政治家の接待に借り出される。翌朝には早くから基地反対派の会合で地元住民に説明をしなくちゃならない。怒号と叱責を頂戴しながらね。
まったく広報部なんざただの何でも屋だよ。都合のいい丁稚奉公と言う訳さ。そうは思わないかね」

今年52歳になるアングロサクソン系白人のベネディクト少佐は、笑いながら若い中国人の部下に同意を求めた。
壁のようにほぼ垂直の薄い胸を張って、女性士官は「全ての任務にやり甲斐と責任を感じます」と直立姿勢で答える。
ベネディクト少佐はハハハと渇いた笑いで応じた。

「まあ、君のやる気は買っているよ。来週からはもっとデカイ山が控えているから、それまでの繋ぎ程度に考えておいてくれ給え。
ぶっちゃけて言うと…」

ベネディクト少佐は下手くそなウィンクをした。目の動きに合わせて口が開くのが不器用さを感じさせる。

「人手が足りんのだ。今、君、担当ないだろう?頼むよ一つ」

軍隊において上官の命令は絶対だ。
心中はともかく表面的にはにこやかに「畏まりました」と15度の敬礼で女性士官は恭しく命令を承った。


こうして、新統合軍広報部所属のリン・チーリン中尉は「マクロスに幽霊が出る騒動の調査」という、一風変わった任務を拝命したのである。

アラスカ、厳冬の1月。
一条輝に出会う3ヶ月前の出来事だった。




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Lonely Daedalus 2

「ダイダロスに幽霊が出る」

そんな噂がマクロス司令部内を流れ始めたのは、いつ頃からだったろうか。

非科学的な現象に小指の先ほども興味のないリン・チーリン中尉にとって、それはまったく食指をそそられない話題だった。なので、改めてその噂を正式な任務として下知された時には、思い出すのに数秒を要したものである。

確か士官用サロンでそんな話を聞いた。喋っていたのは誰だったかしら。
どうせこんなロクでもない噂話をペラペラ喋る奴と言ったら相場は決まっている。噂好きで口が軽くてオツムもカラカラなステレオタイプの若い女。ついでに巨乳だったりすれば最悪だ。

「ああ、そうかあなただわ」

ため息を吐きながら、リン・チーリンは目の前の愛くるしい顔を眺めてそう言った。
言われた方は不思議そうな顔で「何が?」と当然の質問をする。しかし面倒くさかったチーリンは「別に」とやる気なくはぐらかすだけだった。


アデリナ・モンドラゴン少尉はメヒコ人だ。チーリンとは同期の入隊で、同い年の25歳である。いわゆるボンキュッボンのナイスバディで、インディオ独特の浅黒い肌が醸し出すセクシーさはポルノ女優も顔負けの迫力だった。
「巨乳とは友達になれない」と公言していたチーリンだが、同期のよしみでアデリナとはグズグズとくされ縁が続いている。

豊満な肉体を活かした奔放な生活を送るアデリナは、入隊1年目にして早くも「ペラ・スダカ(ビッチな賎しいメキシコ女)」の二つ名を冠していた。良識ある女性将官などが彼女の名前を聞くと、大体が眉をひそめたものである。
現在は職場の上司と不倫中なのだそうだ。別にもう好きにしたらいいとチーリンは思うのだが、厄介ごとの尻拭いだけは御免被ると常々この悪友に釘を刺す事は忘れなかった。

その「ペラ・スダカ」ことアデリナ・モンドラゴン少尉は、仕事よりプライベートを大切にする信念を持っている。
つまるところ遊ぶ時間が欲しいのだ。
よって、忙しく華やかな職場を希望したチーリンと違い、総務部衛生課という地味で退屈な部署に所属していた。主な仕事はマクロス艦内のトイレタリーの管理だと言う。
笑いながら「どこそこの個室は広くて人が来ないから逢い引きにピッタリ」などと語るアデリナを「本当にバカっているんだ」と思いながらチーリンは細い目を更に細めて眺めていた。

「何よ、言いなさいよ」
「いいってば。あなたが気にする事じゃないから」
「ふん。お偉い中尉殿には、下々には分からないお悩みがあられるのね」
「あら、少尉殿に他人の悩みが理解出来るとは意外でしたわ」

お互いにベーと舌を突き出し合う。
チーリンとアデリナ。2人の階級に違いがあるのは、単純に学歴の差だ。北京国家防衛大学のチーリンと、メキシコ州立自治大学のアデリナとでは色んな面で扱いに差があった。
いつの時代にも人の評価とは経歴によって測られるのだ。逆に言えば、それが最も効率の良い人事評価制度なのかも知れない。何事もメンツとコストを重視する軍隊らしい物差しと言える。

「で、その新しい任務って何なの」

薄く焼かれたパンケーキにプラスチックナイフを差し込みながら、アデリナがアジア人の友人に問い掛ける。小麦色の肌に、まぁるい鼻と大粒の瞳。真っ黒なくるくるの巻き毛が短くカットされていて、プレーリードッグか何か小動物のような印象を受ける。
決して美人とは言えないが、何というか、中南米独特の生命力に溢れた明るい魅力を持った女子だった。
チーリンは、このお喋りな友人が数日前に話していた「幽霊」に関する情報を思い起こしながら、ゆっくりとティーカップをソーサーに戻す。

「話したくないわ」
「えー何で?」
「くだらないからよ、マジで」

吐き棄てる様に呟く。「私の仕事よりはマシじゃん?」と軽く言うアデリナの鼻先に、チーリンは人差し指を突き付けて言葉を返した。

「いつも言ってるでしょ。あなたの仕事はね、自分で思ってるよりも重要なのよ。人は生きている間中、食べて寝て、化粧室でリラックスをして過ごすの。
化粧室が狭くて寒くて汚くて鏡が割れててペーパーすら無かったらどうするのよ」

「…それって最悪」

「でしょ?分かったら真面目にやんなさい」

そう言って、チーリンは化粧ポーチを掴むと立ち上がる。「ちょっと化粧直しに行って来る」と告げると、慌ててアデリナも「私も、私も」とプラ製の食器を放り出して立ち上がった。


意識高い系を自認するチーリンと、自分の武器を良く理解しているアデリナとが並んで歩くとかなり人目を引く。しかし学生時代からスクールカーストの上位に君臨し、そうした目線に慣れている2人は堂々とした態度で混み合う士官用サロンの中を進んで行く。
途中、何度か下品な口笛を吹かれてアデリナが反応しそうになるのを、チーリンが肘で小突いて止めながらレディースルームへと向かった。

通路に出た所で、ふと気が付いてチーリンはアデリナの横顔を見た。 モデル顔負けのスラリとしたシルエットが自慢のチーリンと比べ、幾分どっしりとした印象を受けるのは、下半身のビッグ・ピーチ(お尻)のせいだろうか。

「そう言えばあなた、総務部よね」
「うん」
「グエン・バン・ヒュー中尉って知ってる?」
「んー、インテリ・グエンの事?」
「…何それ?」

アデリナは、両手を頭の後ろに組んで口を尖らせた。

「総務部じゃ有名人よ。6ヶ国語が話せるインテリで司令部内報の責任者なんだけど、よく部外の仕事なんかであちこちヘルプに呼ばれてるわ」

「ふ〜ん…」

「何か知らないけれど、中米の何とかって都市であったゼントラーディ人の反乱を、武器を使わずに平和的に解決したって言いふらしてるのよね。あたしの見る限り、そんなタマじゃないと思ってるんだけどね〜」

「何それ」

「どこだったかな〜。確かメヒコより南だったよ。サンなんとか…覚えてないや」

言い終えて、今度はアデリナが丸顔の自分とは違う、細面なチーリンの顔を見詰める。

「何でインテリ・グエンの事なんか?」

「うーんとね」

チーリンは顎に手を当て、少し考えてから話し出した。

「どうも今度の任務、その司令部内報に載るらしいのよ。で、担当者と一緒に仕事へ当たる事になりそうなんだけれど…」

「あー、そういや『明日から新しい任務がある』って張り切ってたわ。それかな?」

「それね」

アデリナは、気の毒そうな表情を隠そうともしなかった。

「面倒くさい男よ。特に女に対しては」

「…あーそう」

その一言だけで、何となく「インテリ・グエン」の人となりを理解出来たような気がして、チーリンは小さな胸の上にため息を吐いた。そして真面目な顔になって悪友を見返す。

「…まさかそいつとは寝てないわよね」

「さーどうだったかな」

口笛を吹きながら、大きなビッグ・ピーチをフリフリ先を歩く「ペラ・スダカ」を、呆れた顔で追いかけるチーリンだった。




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Lonely Daedalus 3

チーリンが「インテリ・グエン」と待ち合わせたのは、マクロス司令部の第15ミーティングルームだった。

ガラス張りの小さな打ち合わせ室で、通路に面している為よく人目につく部屋だ。予定より早く到着したチーリンだったが、お相手は既に室内で待機していた。

アデリナの人物評から面倒くさいタイプを想像していたが、グエン・バン・ヒュー中尉は至極まともな(もしくはそう見える)人物だった。
名前からして恐らくベトナム系と思われる。大学で言語学を専攻していただけに多文化に精通し、通訳などにも駆り出されているという。話してみると品の良さや知性的な物言いが感じ取れる。なんだ、良い人じゃんとチーリンは肩透かしを食らった気分だった。

敬礼と握手で挨拶を交わすと、お互いに向かい合って席に着く。チーリンは手持ちのファイルを目の前に置いたが、相手はその数倍分厚い書類をデスクに広げ出した。

「…準備がよろしいのですね」
「なぁに、ほんの一部です」

グエンは平然とした顔で応える。年は30代前半といった所だろうか。仕事は確かに出来そうな雰囲気だが、資料が無駄に多い奴ほど意外に偏屈で使えなかったりするので注意が必要だ。

「今回の件ですが、グエン中尉はどこを着地点に報告書を作成されるお考えでしょうか」

チーリンは命令書の内容を復習しながらグエンに問うた。
階級が同じとは言え、相手は年上の男性だ。男女同権運動などに興味のないチーリンは、相手を立てて仕事をスムーズに運ぶ術をしたたかなOLレベル程度には心得ていた。
今度もバカな男の自尊心を満足させる為に、一応お伺いをたてる格好で趣旨の確認を計ってみる。

部署は違うものの、広い意味では同じ後方勤務の間柄である。内容の違う報告書が上に上がらない様に、ゴール地点を煮詰めておく必要があった。
チーリンはこの馬鹿げた任務の落とし所をグエンがどう考えているのか知りたくて尋ねたのだが、相手の任務への捉え方は少々違ったらしい。

「着地点も何も、幽霊を見つけて彼…いや、彼女かも知れませんが、とにかく幽霊の話を聞いてみない事には」

「…はあ、幽霊の話を」

「ええ。幽霊はいかにして幽霊となったのか、そして現世で彷徨っている理由は何なのか。マクロスとはどういった関係なのか。素性は?死因は?本人の希望は?成仏出来るのか出来ないのか?確認する事はたくさんあります」

大量のファイルをめくりながら、グエンは「それらしき容疑者」という幽霊候補者の説明を始めた。

強襲揚陸艦ダイダロスが、太平洋防衛艦隊に所属していた頃の艦長
たまたまフォールド事件当時にダイダロスへ乗艦していた政府の要人
統合軍でも五本の指に数えられたコック長
マクロスとのドッキング後にダイダロス勤務となり、ゼントラーディの襲撃で死亡した若い女性士官
宇宙を航行中に、絶望の末無理心中したカップル
居住区から行方不明となり、後日ダイダロス内で遺体で発見されたボーダー・コリー犬

「幽霊は人間だけとは限りません。容疑犬のボーダー・コリーは非常に優秀なショードッグだったそうです。
この場合、犬との意思疎通が魂のレベルで可能かどうかの検証が必要となり…」

淡々と下調べの結果を述べるグエン中尉の話を、チーリンは笑顔で黙って聞いていた。
頭の中ではアデリナの言っていた「面倒くさい男よ」と言う言葉が延々とリフレインされていて、内容のほとんどは頭の中に入って来なかったのであるが。




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Lonely Daedalus 4

SLV-111ダイダロスは、人型形態における強攻型マクロスの右腕を形成する大型強襲揚陸艦だ。左腕の空母プロメテウスと対になっている。
マクロス自体は、アラスカの復興が進むにつれ次第にその役割を変えつつあった。かつては全人類の統合機関としての役目を担っていたが、地上の都市部に政府官庁が移設され、シティ郊外に空軍基地が完成した事によりバルキリーやゴーストといった正面装備のほとんどはそちらに移ってしまった。

いまやマクロスはかつての戦いの記憶を留める為のシンボルであり、シティの守り神、もしくは観光名所としての扱いとなっている。
空母プロメテウスには移送用のヘリが着艦する他は、観光用のセスナがチラホラ見受けられる程度で、使われなくなった蒸気式カタパルトなどは劣化事故を避ける為にデッキから外されてしまった。
強襲揚陸艦としてデストロイドマシンと呼ばれる大型陸戦兵器を収容していたダイダロスも例外ではなく、郊外の基地への防衛機能移設に伴い、そのほとんどはもぬけの空となっている。

かつて民間人が暮らしていた両脚部分の居住区も、長い間使われずに閉鎖されたままだ。
今日のマクロスは、胴体部分の新統合軍司令部以外はほぼ廃墟となっていたのだ。

「確かに、不気味といえば不気味だわ」

エネルギー節約の為、通常の半分ほどの照明になっている薄暗いダイダロス艦内をチーリンとグエンは歩いていた。
青白い光に照らし出された通路は人気もなく、うすら寒い照明の列が一定の間隔を置いて延々と続いている。ところどころ水漏れしている様で、足元に水溜りが出来ていた。ポチャン、ポチャンと遠くで雫の垂れる音が聞こえる程、辺りはシンと静まり返っている。

普段仕事をしている自分達の足元に、こんな虚無な空間が広がっているとは思わなかった。全長488mあるダイダロスの中はとても広く、何かを探そうとしてもたった2人で何かが出来るとは到底思えない。

「グエン中尉、今日はもう引き上げましょう。闇雲に歩いても効率が良いとは思えません」

チーリンはわざとらしく痛そうに脚をさすって見せた。今日は先月買ったばかりのミドルヒールを履いて来ている。スウェード素材でネイビーカラーをしている可愛いパンプスだ。
シュヴァンニュストリートの人気セレクトショップで、色違いを二足買うからと一足40ドルで購入した。出来ればこんな当てのない廃墟の捜索で傷めたくない。

不平を顔に浮かべるチーリンを、しかしグエン・バン・ヒューは勇気付ける様に声を上げる。

「聞き込みで確認した現場をまだ3箇所しか回っていませんよ。今日中に全部見て回りましょう」

「…全部ですか」

「ええ、全部です」

グエンはにこやかにチーリンに答えて見せた。その真っ直ぐな視線に、チーリンも思わず愛想笑いを返す。


幽霊調査の第一段階は、まず噂の出処を確認する所から始まった。
報告に上がっている幽霊の目撃証言を集め、目撃者らに直接会ってそれぞれ聞き込みを行った。その結果、幽霊の目撃は艦首に近いデストロイド収容区画に集中している事が分かった。

「声がするんです、誰もいない筈のダイダロスの中で声が…」
「確かに人影を見ました。でも何ヶ月も閉鎖されたままのダイダロスに人が住める筈がありません」
「明かりが動いて見えたので、近付こうとすると『引き返せ』って声が…ああ、もう2度とあそこには行きません」

聞き取りの最中、チーリンは笑いを堪えるのに必死だった。
大の大人が揃いも揃って、青い顔をして震える唇で恥ずかし気も無く「お化け」の話をしているのだ。
真冬のダイダロスに人影ですって?暖房を切られた零下の廃墟艦内に?
キョンシーか何かがいるとでも言うのかしら。何なら中華街でありがたいお札でも貰って来てあげようか。

真面目な顔で目撃者(という名の妄想者)達の証言をボイスレコーダーに収めているグエンの背中を眺めながら、この茶番劇とも言える任務に何ら生産性を見出せないチーリンは小さく肩を竦めた。
グエン・バン・ヒュー。この男もこの男だ。どこまで本気でこんな与太話に付き合うつもりなのだろう。そのうちプロトンパックを担ぎ出して、中性子ビーム銃を振り回しながら「ゴーストバスターズ!」などと叫び出すかも知れない。
その様子を頭の中に思い浮かべて思わずプッと吹き出したチーリンを、聴取を受けていた整備班の軍曹がムッとした顔で睨んだ。チーリンはンッンッと咳払いをして誤魔化す。


そして、くだんのダイダロス艦内である。チーリンはレイ・パーカーJrの歌を頭の中で歌いながらグエンの後に続いていた。
グエンはモバイルタブレットに納めたデータを確認しながら、幽霊の目撃現場を一つ一つ洗い出している。

かつて賑わっていた大食堂
使われなくなって久しい艦橋
主人のいない艦長室
娯楽施設のフィットネスジム
来賓用の特別室

どこも廃墟らしく、埃に塗れ、ボロボロに荒んでいた。ゴム素材の部分は劣化して崩れ落ち、塗装が剥げて剥き出しの金属部位は赤茶色に錆びれている。様々なよく分からないゴミが散乱し、照明も所々破損して灯りの用を満たしていなかった。

こんな廃墟ツアー、絶対人気出ないわ

チーリンは学生時代に友人らと回った話題の廃墟を巡るツアーを思い出す。あっちはキャアキャア騒いで楽しかった。
しかし今思えば、廃墟のクセに随分と歩きやすく整備されていた。やはり観光用に用意された廃墟と本物の廃墟とでは利便性に天と地ほどの差があると思う。

スウェード素材のパンプスに付いてしまった汚れを見つけてため息を吐く。一体いつまでこんな事をやらなくてはならないのだろう。今回は本当に貧乏クジを引いたものだ。
チーリンは恨めしそうに、薄暗い通路の先を行くグエンの背中を睨みつけた。


やがて2人は、目撃事件が最も多く起きている最注目のエリア、ダイダロスの艦首部分へと到着する。
そしてそこには想像を絶する光景が待っていたのである。




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Lonely Daedalus 5

「何これ…」

一言述べた後のチーリンは、絶句してその光景に見入っていた。

ダイダロスに艦載されていた陸戦兵器は、戦後に建設された郊外の基地へほとんど移送されてしまった。
従ってハンガーとして使われていたダイダロスの艦首部分は、当然ながらもぬけの空であり、ただっ広い空間が広がっている……筈だった。

「これがあるから、ダイダロスは廃棄されないのでしょう」

冷静に語るグエンは、総務部としてこの実情を知っていたのかも知れない。2人が立つ空中通路の眼下には、暗くて見えないハンガーの先の先まで、巨大なコンテナが無数に積み重なって続いている。

元々薄暗いハンガー内は、照明を半分以上落とされ、暗闇に支配されて寒々しくも不気味に静まり返っていた。
その中で、かつてトマホークやモンスターといったデストロイド兵器が賑々しく動き回っていた空間を、今は錆びれた貨物用コンテナが静かに埋め尽くしていたのである。

人工物の放つ金属質な鈍い光沢の海。それは一種荘厳な光景にも見て取れた。
延々と続くコンテナ達を見下ろして、チーリンは小さく呻く。

「…これ、何の荷物?」
「非常用の備蓄資材ですよ。殆どは今や用無しのゴミですがね」

事情を良く知っているらしいグエンの言葉が引っかかり、チーリンは「インテリ」の顔を見返す。

「ゴミって…どういう事です?」
「必要ないんですよ。これだけ世界中の農畜産と流通が復興している時代に、何も古臭い非常食を食べたいとは誰も思わんでしょう」

グエンはあっさりとそう答えた。
つまり、これらのコンテナの中身は古びた小麦粉や加工レーションなのだ。
戦後すぐは食糧事情も切迫していて、食うや食わずの日々が続いていた。しかし、今や政府が熱心に取り組んで来た自然再生化計画のお陰で、世の中には新鮮な農作物が出回るまでに人々の生活は改善されている。
未だ世界中の貧富の差が解消されたとは言えないが、少なくともここアラスカにおいてこれら備蓄食は「いらない物」となっていたのである。

ハンガーの端の方は、照明も切れていて真っ暗闇だ。その更に奥まで続いているコンテナ群を眺めて感嘆の息を漏らしていたチーリンは、ふと気になってグエンに視線を戻した。

「…この資材、一体いつからここにあるんです?」

何となくチーリンの言いたい事を感じ取ったのか、グエンは少しだけ重苦しい顔になって口を動かす。吐いた息は白かった。

「戦後すぐからです。政府は結局最後まで、この備蓄食を一般開放する事は無かったんですよ」

答えを聞き、チーリンの表情は硬くなった。
この膨大なコンテナ全てが食料だとしたら、一体今まで飢えで死んでいった世界中の人々をどれだけ救えた事だろう。

政府のやり口は分かっている。食料事情をコントロールする事そのものが、彼らにとってのガバメントパワーとなるのだ。その為には世間は常に飢えている方がいい。

チーリンは思わず薄桃色の下唇を噛み締めた。彼女自身は中国の貧しい農村の出身である。まるで親に売られる様に軍隊に口減らしに出され、しかしそこで優秀さを認められて大学校まで進学させて貰えた。
両親は喜んでくれたが、チーリンにとっては複雑な気持ちが残った。貧乏が私から家庭を取り上げた。両親が私を捨てた理由は貧乏だからだ。

世界は常に、力のある者にとって都合の良い仕組みになっている

成長したチーリンが学んだのはそれだった。いま、目の前にあるコンテナの海はまさにその残滓だ。
飢えて死ぬ子供達よりも、権力者の立場を守る方が優先されるのがこの世の現実なのである。

チーリンは決して正義感が特別に強い訳ではない。学生時代はズルもしたし、ルールもたくさん破って来た。清濁合わせて生きる、普通の一人の人間だった。
だが、何故か今は吐き気が止まらなかった。

「リン中尉、大丈夫ですか?」

顔色の悪いチーリンを気遣って、グエンが声を掛ける。チーリンは青白い照明に照らされた無表情な顔を、三たびグエンに向けた。

「…平気です。仕事を続けましょう」

チーリンはそれだけ言うと、グエンを追い抜いて空中通路にヒールの音を響かせた。




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Author:びえり 
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FC2の機能がよく分からないので、何か変だったら教えてください(´・ω・`)

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