MCC -1-

「ありゃ、こんな時間か」

左手首にかかる細身の腕時計を見て、ユアン・アイフェイは「ん〜っ」と一つ大きく伸びをした。

ピンクのバンドに小ぶりで上品な長方形をした腕時計。繊細な針の動きを見ていると、何だかいつまでも飽きずにぼうっと眺めていられるから不思議だ。
戦前に流行ったカルティエタンクの復刻モデル。ピンクゴールドの照りがとってもキュートで、ユアンが最近お気に入りのアクセサリーの1つだった。

まつ毛の長い瞳を上げる。ふとセンター正面のビッグウィンドゥに視線を移せば、薄暗い灰色の空と激しく流れる雲海とが目に入った。
冬のアラスカは一日中暗い雲に覆われている。外は割りと激しめに雪が降っていて、地表から800メートルの高さに位置するここからの視界は、氷と雪で出来た分厚い流動雲によってすっぽりと覆われていた。

ここは世界の中心、マクロス指令センター。通称MCC(macross military command center)。かつて宇宙を飛翔した超時空要塞マクロスの頭部に位置し、1秒刻みで地球上のあらゆる情報が集まる総合オペレーションセンターだ。
北米をはじめ、人類の空の安全を一手に担っている。今日もどこかで何かが起きていて、センターでは24時間体制で不眠不休の臨戦体制が敷かれていた。

灰色の雪雲が右から左へと激しく流れる様を見ていると、意味もなく心がザワついて来る。漠然とした不安感に身を浸しながら、ユアンはすっかり冷めてしまったコーヒーカップに口を付けた。
太陽が見えなくなってこれで幾日が過ぎただろう。いつも薄暗くて気分が滅入る。
これが夏だったら、ビッグウィンドゥからは燦々と太陽の光が降り注ぎ、青い山々が視界の果てまで続いている。アラスカの美しい光景に、忙しない中でも気分が晴れやかになるのだが…

レッドアラートに気が付いて、ユアンは視線を手元のモニターへ落とした。またスクランブルの要請が出ている。慣れた手つきで素早く該当地区への指示を打ち込むと、インカムで処理更新した旨を連絡した。

戦術情報オペレーターであるユアン・アイフェイ少尉は、中国黒竜江省出身の29歳だ。長い黒髪に色白の肌。長く整ったまつ毛が自慢のパーツで、笑った顔がチャーミングだ(と自分では思っている)。
ここMCCにおいて、早朝から夕方に掛けての8時間に渡る昼勤務をまもなく終えようとしていた。今日も実に忙しい1日だった。

中指を折り曲げ、こめかみをグリグリと刺激する。目が疲れた。最近眼精疲労がとても気になる。身体も疲れやすくなっている気がするし、これも歳のせ…いやいや、私はまだ若い。気のせい気のせい。

頭に浮かんだ言葉をブンブンと振り払って、ユアンは乱暴にキーボードを叩いた。こんなつまらない考えが浮かぶのもきっとこの冬のせいだ。冬季のアラスカは自殺者が急増するというデータも出ているが、人間にとって太陽の光がいかに大切かを切実に実感する。そもそも太陽光を浴びないとセロトニンが効率良く精製されないのだ。

勤務の残り時間も少なくなり、空になったコーヒーカップを眺めてお代りしようかどうか悩んでいると、視界の隅に細身の女性士官が歩いて来るのが映った。こちらににこやかに手を振っている。

「Hi レイチェル、早いのね」

ユアンは立ち上がり、ブルーアイズの女性士官に軽く敬礼した。相手は答礼してから親しげにユアンに微笑みかける。

「あなたの交代勤務に遅刻出来ないでしょ」

2人は軽くハグを交わす。気の知れた友人同士、軽く頬を触れ合ってお互いの調子を確かめ合う。
軍隊という規律の厳しい世界において、ここMCCだけは少し勝手が違う部分がある。勤務するオペレーターの殆どが若い女性士官である為か、キリリと綱紀の厳しい現場というより女子社員の多いオフィスルームといった風情だった。

「これもマクロスの伝統よ」

オペレーターフロアの統括を務めるキャビロフ中尉はそう言って笑っていた。ユアンよりずっと歳下で、少年のような風貌をしたショートカットの可愛らしい上官である。
ああ見えて例の宇宙戦争を戦って生き延びた歴戦の勇者だと後で聞かされた。人はなんとも見かけによらないものだ、とユアンは感じたものである。

「今日の調子はどう?」

レイチェルがその特徴的なブルーアイズでモニターを覗き込む。友人の綺麗な横顔を見ながら、ユアンは鼻で息を吐いた。

「ここ1時間でスクランブルの要請が6回。西アフリカじゃ3個中隊がずっとCAP(空中哨戒)しっ放しよ。お陰でトイレに行く暇も無いわ」

「つまりいつも通りって訳ね」

ユアンの不満気な態度に、レイチェルはお茶目にウィンクして見せた。
最近は帰化ゼントラーディ人の暴動が各地で頻発していて、航空部隊の出撃回数も年々増え続けている。かつてのカムジン事件ほどの規模ではないが、マイクローン化していないゼントラーディ人が暴れれば、単独犯であっても大きな損害を生み出しかねない。

そうした対テロ事案の増大を懸念して、新統合軍ではMCCの戦略情報部門の強化育成に力を注いでいた。ユアンらはまさにその最前線に立っている。

「事件の数に対して、こっちの手が足りないのよ」
「帰化ゼントラーディ人の人口を考えると無理もないわ」
「数に質で対応するのは後手後手で効率良いとは思えないけど」
「お陰で勤務時間が早く経ってありがたいじゃない」

レイチェルが冗談まじりに呟く。ユアンは大きく両手を広げて唇を尖らせた。

「その代わり、勤務明けはドッと疲れが来ておばあになった気分だわ」

なにそれ、とブルーアイズの友人は笑った。まつ毛の長い中国人は軽く肩をすくめて見せる。
MCCの戦略情報部門と言えば、激務中の激務現場として知られている。24時間休みなく、世界中で各エリアごとに割り当てられた空路・海路・陸路・宙路の管制監視から運行管理、治安維持、指揮統率をこなすまさに地球の心臓部だ。それは世界の治安を守る司令塔であり、人類を脅威から救う神の守り手である。
ここに配属されるという事は、軍人としてその能力を高く評価されている証でもある。エリートの集まる専門の教育機関を経て、ふるいに掛けられた一部の者だけがその席に座る事が出来るのだ。

その栄誉ある席…強化繊維で編み上げられたシンプルなオペレーターチェアから腰を上げて、ユアンはレイチェルへと当番勤務を交代した。レイチェルは印象深いブルーアイズをモニターに走らせながら、顔を見ずに歳上の友人に話し掛けた。

「少し早いけれど、もう上がったら?」

「ありがとう。一応報告書の写しだけアップしておくわ」

サブデスクに移動したユアンは軽くコンソールを操作する。17時でユアンの昼勤務は終了だ。ここからは夜勤務にバトンタッチする事になる。

「お茶淹れる?」
「うん、お願い」

ユアンは本日最後の仕事をやりに給湯室へと向かった。その後ろ姿を見送って、レイチェル・クック少尉はその特徴的なブルーアイズをモニターへと戻す。
液晶画面に五指を触れて指紋照合をすると、補佐AIが「Welcome,Rachel」と迎えてくれた。

「今日もよろしくね、ボーイ」

レイチェルは物言わぬ画面に向けてウィンクした。すると液晶モニターはレッドアラートでそれに応える。

「早速か〜い」

ブルーアイズのオペレーターはそう呟いて、素早くキーボードを叩き出す。
時刻は16時49分。今日も忙しいMCCの夜間勤務が始まった。




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MCC -2-

MCCには2人のレイチェルが在籍している。

一人は戦略部のレイチェル・クック少尉。旧合衆国シアトル生まれで、印象深いブルーアイズを持つ女性士官だ。

もう一人のレイチェルは情報部に所属している。ウェーブヘアの金髪で、ツリ目にソバカスという少し特徴的な風貌をしていた。

「ヤンポルスキー少尉」

名前を呼ばれて、レイチェル・ヤンポルスキーはキーを打つ手を止めて振り向いた。肩まで伸びたウェーブヘアがふわりと揺れて、セクション2の電灯をキラキラと反射する。

「…なにか」

猫のようなツリ目で、自分を呼んだ相手を凝視する。集中していた作業を中断されて不機嫌そうな表情を隠そうともしない。
厳しい視線で見つめられた男性士官はビクリと身震いしたかと思うと、途端にオドオドし出した。

「あ、いや、あの」

「……」

少しキツめな猫の目でじーっと見つめられると、その男性士官…MCCのアイドル(自称)こと町崎健一准尉は、怖いのか恥ずかしいのか照れるのか何なのかよく分からない感情に襲われた。
ようは異性に接し慣れていないのだ。おっかなびっくり、手にした書類をそ〜っと差し出す。

「さ、さっき、四角い顔した男の人がこれを情報局の誰かに渡してくれって…」

妙にハスキーな声で町崎は要件を述べる。猫目にソバカスのレイチェル・ヤンポルスキー少尉は、差し出された書類をじーっと見つめていた。

…見つめているだけで、なかなか手に取ろうとしない。町崎は町崎で、差し出した手を引っ込めるのも変だとばかり、そのまま何も言わずにボーッと手を伸ばしたまま突っ立っている。

何処かで何かの電子音が聞こえる。忙しない人々の会話の声。カーボン製の床を歩く軍靴の音。頭上を過ぎる艦内放送。

レイチェルと町崎の間に、空白の時間がしばし流れた。

「…あの〜」

そろそろどうでしょう、と言った態で町崎が恐る恐る声を発した。書類を持つ手がプルプル震えている。どうやら限界も近そうだ。
それをじっと見ていたレイチェルは、ようやくその細腕を伸ばして町崎から書類を引ったくった。

書類の表紙には『GCCに関する調査報告書』とある。報告者の署名は『A.A』となっていた。

「あ、それじゃ、よろしくです」

町崎はへへへと愛想笑いをしながらその場からフェードアウトして行く。レイチェルはそんな事には気にも止めずに、書類をペラペラと数枚めくった後にポイとテーブルへと放り投げた。

実につまらない事に手間を取らされた。レイチェルはそのまま無表情に自分の作業へと戻る。
今の彼女の仕事は、新たなはぐれゼントラーディ人によるテロ行為の可能性指標を数値化するという物で、ここ数ヶ月をこの難しい作業に費やしていた。
お陰で今日も残業だ。ふと正面のビッグウィンドゥを見れば、青灰色の雲が渦を巻いて凄い勢いで流れている。このフロアの高さでは、天気が悪いとスッポリ雲の中に覆われてしまい外界からの光はほとんど届かない。まだ18時を過ぎたばかりだと言うのに、ウィンドゥの外はまるで真夜中のような暗さだった。

いかにも冬のアラスカらしい悪天候に、レイチェル・ヤンポルスキー少尉は猫の目を細める。ソバカスだらけの高い鼻がヒクヒクと蠢いた。

「…変な空気」

小さく呟くと、再びコンソールの作業に意識を戻す。しかしまたしても作業の邪魔が入った。

「あの〜、もし良かったら」

町崎健一だ。何故かまた戻って来たらしい。
圧倒的に不機嫌な顔でレイチェルは振り返る。しかし少しだけ、その猫の目が見開かれた。
町崎准尉の手には、2つのティーカップが温かな湯気を立てていた。

「少し休憩しませんか?その、顔怖いですよ」

少し緊張した感じで町崎は笑う。とても失礼な物言いだが、彼らしいと言えば彼らしい。

「オレンジジャム入れたんです。その、ヤンポルスキー少尉はロシアご出身でしたよね?昔、ムーミンがよくジャム入りのお茶を飲んでたから…」

レイチェルはじーっと湯気の立ち昇るティーカップを眺めている。透き通った赤茶の綺麗な液体が白磁のカップの中でゆったりと揺れていた。町崎はへへへと愛想笑いしながらひたすら待つ。やがてゆっくり、ゆっくりと猫の目が町崎の顔へと移動した。

「ど、どうでしょう」

町崎はゴクリと唾を飲み込んだ。レイチェルはじーっとその町崎の目を見つめながら、その小さく尖った唇を開く。

「ムーミンはフィンランドよ」

あ!と町崎が声を上げた。しかしレイチェルは怒った様子もなく「いただくわ」と手を伸ばしてティーカップを一つ受け取った。

一瞬、指先が触れる。町崎はドキリと心臓が大きく昂ぶるが、レイチェルはまったく意に返さない様子でティーカップに口を付けた。

「…美味しい」

吊り上がった猫の目が、ほんの少し微笑んだような気がした。ソバカスだらけのレイチェルの顔を見ながら、町崎健一は「僕、グッジョブ」と心の中でガッツポーズをしていた。




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MCC -3-

今年26歳を迎えるケイト・アップトンが航宙士を目指したのは、人類初の移民艦に乗って『未知なる新世界への挑戦』を果たしたい…などという高尚な理由がある訳では、特に無かった。

単に付き合っている同じ軍属の彼氏が、メガロードへの配属を下命されたからだ。

人類初の星間移民艦メガロードは、ブリタイ率いるゼントラーディ艦隊が地球へ襲来するずっと前から、月面アポロ基地において建造が進められていた。ケイトの恋人は星間移民計画の重要ポストに抜擢され、まだ建造途中にあったメガロードへの乗艦が早い段階で決まっていたのである。

「一緒に宇宙へ来てくれるかい?」

優男の腕枕で囁かれたケイトは「もちろんよ」と微笑んで、翌朝すぐさま移民艦への志願を申し出た。

ハッキリとした顔立ちで、ぷっくりとした唇とボリューミーなブロンドヘアがセクシーさを際立たせている。軍服のシャツでは隠しきれない胸元が豊かな丘を形作り、基地内の通路を歩くたびに男性職員が残らず彼女を振り向いた。
その容姿から方々で噂にあがる事の多いケイトだが、士官学校を上位で卒業するなど軍人としても職務優秀な人材だった。なのでどこでも好きなポジションを選べたが、星図を読み取る航宙士の仕事にロマンティックなものを感じてこれに狙いを定める。

それがケイトが航宙士養成課程へ進んだ理由だった。元々、大層な動機などカケラもなかったのである。
実際に学んでみて、航宙士の仕事はそんなヤワな代物では無かった訳だが、年末に愛する彼氏からプロポーズを受けて浮かれていたケイトにとって、その程度の障壁などなんら問題にもならなかった。


「いいなぁケイト先輩。宇宙に行けて」

そんな彼女を先輩と慕うジン・ティエン曹長は、同じ航宙士養成課程にある後輩下士官だった。
183cmと女性としてはかなり上背がある。腰まであるスーパーストレートな漆黒の髪を頭の後ろで束ね、くりくりとした黒い瞳をキョロキョロと動かしている。
まだ駆け出しの士官候補生で、19歳と非常に若い。幼い顔立ちやあどけない仕草から、軍人と言うよりはまるで学生のような風貌をしていた。

小さな頃から星々の写真や神秘的な宇宙の映像を見るのが大好きで、可愛らしいお人形よりも父親の望遠鏡に噛り付いては夜空を見上げているような変わった子供だった。
お気に入りはX線を反射して赤紫に輝くマゼラン星雲だ。

「あなたもきっと行けるわよ」

ケイトは艶やかな笑みを浮かべてウィンクしてみせる。ケイト自身は栄光ある移民第一陣に参加が決まり、配属先も希望通りとなり、恋人との幸せな未来も約束されていて、人生に何の不満もない状態だった。
こんな時、人は他人に優しくなれるものだ。ケイトは慰めるように歳下の下士官の肩を叩いた。

「次の移民艦か、その次の次くらいにはね」

「やだ〜、そんなの何年も先じゃないですか〜」

ティエンはムスッと膨れる。そんな様子が面白くて、ケイトは背高のっぽな後輩のアタマを、腕を伸ばしてヨシヨシと撫でてあげた。

「仕方ないわ、メガロードの定員は決まってるのよ。こればっかりは競争だから」

多少嗜める意味も込めてケイトはそう言葉にする。私は実力で新造艦での航宙士の地位を手に入れた。それが欲しい者がいれば、この私に勝って奪い取るしか方法はないのだ。

背の高い中国娘はシュンとなる。ケイトは嫌味のない笑みを浮かべてティエンの広い背中を撫でてあげた。後ろで結んだ長い黒髪がツヤツヤと若々しく輝いている。

しかしこの子といい、メガロードの艦長になる予定の早瀬大佐といい、今のアラスカにはチャイニーズ系が多過ぎる。あのリン・ミンメイだってそうだ。
ケイトは周りを見回して、フロア内にいるアジア系の人数の多さに思わず鼻で息を吐いた。何でも戦前は人類65億人に対してチャイナ系民族は13億人いたらしい。実に世界の5人に1人がチャイニーズだったという計算だ。何という恐ろしい繁殖力だろうか。まるでネズミかプレーリードッグの様だ。
このままでは戦後のアラスカはチャイニーズによって占領されてしまうかも知れない。

正確には早瀬大佐は日本人だし、リン・ミンメイは日本と中国のハーフなのだが、ゲルマン系アメリカ人のケイトにはその区別は難しかった。
ケイトには北京と東京の区別も付かなかったし、何より典型的な南部白人の例に漏れず、彼女らに対して少なからず偏見の目を持っていた。それは蔑みであり、恐怖であり、憐れみであった。
勿論、そんな様子はおくびにも出さなかったが。

「さあ、行きましょう。MCCでの研修の時間だわ」

ケイトは腕時計を確認する。そろそろ19時近い。今夜はマクロス指令センターにおいて、シミュレータを使用した訓練をする予定になっている。
乗艦予定のメガロードが、MCCの三層構造システムを基本設計として流用していたからだ。

しょぼくれるティエンの背中を押しながらケイトは歩き出す。その進む先に、小柄なアジア人の女性士官が歩いて来るのが見えた。
あれは確か…MCCのセクション2統括官をしている人物だ。襟の中尉の階級章が通路の電灯を受けて輝いている。

ティエンとケイトは上官に敬礼をして道を譲った。相手は軽く敬礼を返して足早に通り過ぎて行く。
ショートカットのボーイッシュなアジア人。名前は何と言ったか…キミーだかキムだか。きっと彼女もチャイニーズに違いない。

心中はともかく、ケイトはあちこちに居るチャイニーズ(とケイトには見えている)に対して友好的に振舞いながらMCCを目指した。




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MCC -4-

冬のアラスカは、太陽と縁遠い季節だ。

緯度の高いアラスカでは、日照時間が夏と冬とで大きく異なる。夏は太陽そのものが沈まずに白夜となるが、冬は逆に太陽がまったく姿を現さない日もある暗黒の季節である。

アリューシャン列島から押し寄せる低気圧の影響で、アラスカの空は今日も暗黒の雲に覆われていた。気温は氷点下に達し、北極圏からの風は強烈に吹き荒れる。雪は横薙ぎに道行く人々の頬を叩き、アラスカの夜空にそそり立つマクロスを白く雪化粧して行った。

時刻はすでに20時を回っている。闇の中の猛吹雪を窓の外に見ながら、一人の女性士官が薄暗いマクロス司令部の通路を足早に通り過ぎようとしていた。

宇宙空間を航行する目的で作られたこのマクロスの強化ガラスは、吹き荒れる風の音も、最大マイナス50度まで下がる吹雪の冷たさも、完全にシャットアウトしてくれる。
しかし、闇の中をぐるぐると黒い雲が蠢くその不気味さまでは防いでくれない。プリヤンカ・チョープラー准尉はなるべく窓に目を向けないように、小柄な身体をさらに小さく縮めながら、緊張した面持ちで歩を速めていた。

太く硬い黒髪を、大きな髪留めで丸く纏めている。濃いめの眉、筋の通った鼻、浅黒い頬。額には、彼女がヒンドゥーである証の小さな紅い印が見て取れた。
インド・ムンバイ出身のプリヤンカは今年18歳を迎えたばかりである。大都市の裕福な家庭に生まれた彼女は幼い頃から英才教育を受け、才能開いた15歳の頃には飛び級でインド工科大学へと進学していた。
「数字の王国インド」において、数式の天才児として持て囃された典型的な新世代ITインディアの一人だった。

しかし、あのゼントラーディ大艦隊の襲撃によって人生はガラリと変わってしまう。学び舎も家族も故郷も失い、それまでの慣習は全て崩壊した。
かろうじて生き延びたプリヤンカは戦後も学び続けるために、もっとも安定して援助を受けられる軍学校へと志願して軍人となる。今は主にOTM(オーバー・テクノロジー・オブ・マクロス)の解析にその知能の全てを注いでいた。

今日は次世代可変戦闘機の選考について意見交換会があった。軍需系重工業のオーテック社へと出向き、現行バルキリーの次に制式採用される機種のテクノロジーについて話し合って来たのである。
プリヤンカはオーテック社の会長であり、OTMの権威であるビル・チャップリン博士との談義に夢中になり、すっかり帰りが遅くなってしまった。(会長の話し方がゆっくり過ぎたから、と言うのも理由の一つだ)

薄暗い通路は人気もなく、不具合なのか電灯の一部が点いたり消えたりしていて妙に寒々しい。
プリヤンカは最近良く聞く「マクロスに幽霊が出る」という噂を思い出し、技術部のデスクへと帰る足をドンドン速めていた。

細く長い通路に、カツン、カツンと自分の足音だけが響いている。完全にエアーコントロールの効いている筈の空気が変に肌寒い。

「き、気のせいです、気のせい…。21世紀の科学の時代に、何をそんなに怖がるっていうんですか」

プリヤンカは、褐色の頬をヒクつかせながらも無理に笑おうとする。
インドにも当然ながら霊魂という概念は存在する。それは悪霊として様々な伝説に登場し、善良で平凡な人々を恐ろしい目に合わせ、地獄の底へと引き摺り込むのだ。

それは河の向こう岸からやって来る。
聖なる河の対岸は、不浄の地として誰一人近寄らない。しかし、夕陽に濡れる川面を伝って、下半身だけ反対を向いた優しげなおじいさんがヒタヒタ、ヒタヒタと川辺で遊ぶ子ども達の所へとやって来るのだ。

…プリヤンカも、見たことがある。
インド人として生まれたからには、一生に一度は聖なる大河を訪れるものだ。
大きく開けた河岸では沢山の死体が焼かれていた。聖なる河は、巡礼地であると共に人生の終焉の地でもある。インド人は大地で生まれ大地で死に、死後は河岸で荼毘にふされたのち聖なる河に流される。
そのもうもうと立ち昇る煙りの向こうに、薄汚れた身なりの老人がこっちを見て笑っていた。

…その老人は、下半身だけが前後逆さまだった。

何を馬鹿な事を。
子供の見間違いだ。初めての光景に気が動転していたに違いない。
この世は陽子と陽電子で出来ていて、生命などただの電気信号の集積結果である。そもそも人間を初めとした生き物自体がただの水素と炭素の塊りに過ぎないのだ。
あらゆる事象は科学的かつ化学的に説明が可能なのだ。幽霊だの霊魂だのと言った民間信仰や非科学現象など心の底からバカバカしい。

幼い頃から数式と共に成長して来たプリヤンカは、そう自分に言い聞かせて胸を張って歩き出した。
このマクロスに幽霊?宇宙空間を飛ぶ戦闘艦に??そんな事を、みんな本気で言っているのかしら。

プリヤンカがちょっと可笑しくなって笑みを浮かべた瞬間、ピリリと鋭い電子音が薄暗い通路の静寂を切り裂いた。
30cmほど飛び上がるプリヤンカ。

「がぎゃ!あ⁈け、携帯!携帯の着信音!!」

突発的に跳ね上がった心拍数は200を超えそうな勢いだった。プリヤンカはドキドキと痛む心臓を押さえながら、震える手で胸ポケットの携帯電話を取り出した。
軍用のシンプルでミニマムなモバイルフォン。着信画面にはよく見知った名前が表示されている。
プリヤンカはオドオドしながら携帯電話の受話をタップした。

「な、なんでしょうバルトロウ中佐」

プリヤンカのいつに無い弱々しい声に、しかし電話の相手はまったく意に介した様子は無かった。

『あなた今どこ?今日の会議の報告を待ってるんだけれど』

冷めた声が携帯電話から聞こえて来る。愛想のない、いつもの調子の上官の声で、プリヤンカは少し冷静さを取り戻す事が出来た。

「も、もうじき技術部です。中佐、私を待っていて下さったんですか」

少しだけ泣けてきた。夜も遅い冬のアラスカ。薄暗い通路にひとりぼっちのプリヤンカ。誰であれ、待っていてくれる人がいるというのは本当に嬉しい事だった。
しかし、電話の相手は期待したのとは違う反応を見せて来た。

『あなたの事はどうでもいいの。明日こっちにいないから、今夜のうちにオーテックの話を聞いておきたいんだけれど』

「あ、はい…」

プリヤンカはちょっとだけ小さく肩を落とした。
技術部主任のバルトロウ中佐は、ちょっとキツ目の言動が人から恐れられている航空機部門のエース技師だ。
プリヤンカにとっては同じセクションの上司に当たる。

いわゆる昔ながらの技術屋で、人間よりも航空機に取り憑かれた変態科学者…もとい、大変深い見識を持つ事で知られている。
クールでセクシーなルックスからもちょくちょく(主に男性陣の)話題に上がる有名人で、同じ女性であるプリヤンカとしても、その白衣の下のナイスバディにはまさに息を飲む迫力があった。

何でも近々に退役して民間軍需企業に天下るらしい。明日いないと言うのも、きっと移籍先との打ち合わせか何かだろう。給料がそんなに良いのだろうか?偉い人は選択肢が豊富で羨ましいものだ。
効率重視で無駄を嫌う性格なため、色々細かく言われてちょっと窮屈だったけれど、女性ながらに気難しい男性エンジニア達を怒鳴り散らすその豪放ぶりを、密かに尊敬していたプリヤンカとしては少し残念な気分だった。

「あ、あと10分、いや5分で行きます。待てますか⁈」

『待つわ。急いで頂戴』

それだけ言うと、電話は切れた。プリヤンカは「悪霊なんかより生きてる人間の方がよっぽど怖い」と呟いて、トボトボと薄暗い通路を歩き出した。




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MCC -5-

「行方不明機?」

その報告に、ハサウェイ中尉は白く秀麗な顔を歪ませた。
事件報告に対しての反応ではない。何故その報告がここMCCに上がって来たのか?それを不思議に思っての反応だった。

「そんな話、シティの空軍基地で処理すればいいでしょう」

ハサウェイ中尉はその分厚い身体で、報告して来た部下に向き直る。ただそれだけで、威圧的な物を感じて部下はゴクリと息を飲んだ。

女性ながら肩の三角筋が盛り上がるように発達して、肩幅が異様に広い。上腕二頭筋が膨れて軍服の袖がパツンパツンになっている。その大きな胸も、バストなのか大胸筋なのか見た目ではまるで区別がつかない。きっと触れば岩のように硬いに違いない。

ペイジ・ハサウェイ中尉の趣味はフィットネスだ。それもエアロなんて可愛いものではない。ガチガチのハードマッチョスタイルである。
軍服の上からでも分かる完全なる逆三角形の身体をしていて、筋肉質な人特有の「身体が分厚くて両腕が開いちゃう」姿勢をいつもしていた。
背は低いが広大な背中をしており、その大きな背筋はベンチプレス100kgをリフトすると言われている。
こんな女、遠くから見てもシルエットだけで誰だか丸分かりだ。

一部で「メスゴリラ」との愛称を冠された事もあったが、あまり定着しなかった。ゴリラ呼ばわりするには、ハサウェイの顔がとても端正に整い過ぎていたからだろう。

「その、空軍基地からの要請なんです」

部下は勇気を出して返事をした。ハサウェイ中尉は「どういう事?」と耳に付けていたインカムを外す。
ゴツい腕に、細いインカム。ほんの少しハサウェイが力を入れて握り込めば、オモチャのように潰れてしまいそうだった。

ここMCCは地球全体の治安管理を統括する部署である。かつてはアラスカをはじめ、北米大陸の治安管理も行っていたが、シティ郊外に空軍基地が出来てからはそうした地域業務は全てそちらに移管されている。

マクロスの左腕に当たる、航空母艦プロメテウスのカタパルトデッキ。当時の航空機部隊はここからアラスカの空へ次々に飛び出して行ったものだが、新統合空軍がこれを利用しなくなってもう2年近く経つ。
宇宙空間ならまだしも、この重力圏下においてわざわざ危険な艦載機発進をする理由などないからだ。
どうせ土地だけは死ぬほど余っているのだから、さっさと郊外にアスファルトを引いて滑走路を作った方が事故防止にも繋がる。ついでにハブ空港も隣りに作って空の玄関口の出来上がりだ。

従って、アラスカのように地域を限定した航空管制業務は全て郊外の空軍基地の仕事なのだ。MCCはそうした地域ごとの管制状況を世界規模で監督する立場にある。

分かりやすく例えると、MCCは日本国政府であり、その下にある各地域の空軍基地が都道府県庁という事になる。
東京都や大阪府の仕事を霞ヶ関に持ち込まれても困るのだ。

「この雪で、空軍基地に待機していた部隊は救援活動の為にみんな出払ってしまったそうです。数が足りないので、他の地区から捜索隊を出して貰えないかと」

部下の報告に、ハサウェイは眉尻を上げる。そしてその視線をMCCのビッグウィンドゥへと移した。

大窓の外は相変わらず雪が降っている。アラスカの冬となれば見慣れた光景だ。
宇宙を航行する為に作られたこのマクロスの中なら、地上の天候ごときで揺らぐことはない。しかし外界はそうはいかない。豪雨や竜巻、干ばつなどで多くの一般市民は簡単に生命の危機に晒される。
緯度の高いここアラスカでは、当然ながら冬季の天候が大きな問題となっていた。

そもそも、マクロスが飛んで移動出来るならこんな北の辺境に世界首都など作らなかったのだ。かつての統合政府が切り札としていた超エネルギー砲「グランド・キャノン」。破壊されたその発射口の穴に、現在のマクロスはすっぽりと収まっている。
残念ながら損傷が酷く、今後このマクロスが飛んで移動する事は不可能らしい。エンジン機関や重力制御装置を修理したとしても、耐久性の下がった筐体自体が保たないのだ。

だから、人類がもし温暖な気候を求めて世界首都を遷都させるならば、このマクロスを捨てて行く事になるだろう。
現行ではとても無理な相談だが。

「遭難信号は出ていないの?」

ペイジ・ハサウェイ中尉は太く盛り上がった首を曲げて手元のモニターを見る。そこには、行方不明になった民間航空機の予定ルートが映し出されていた。

「Maydayのコールはここ1時間ほど確認されていないそうです」

「バンクーバーを出たのがちょうど1時間前か。もうとっくに到着している頃ね」

ハサウェイは腕時計を確認する。時刻は21時を過ぎていた。

「カウフマン曹長」

呼ばれて、ハサウェイの右手前方に居る背の高い青年が、返事と共に立ち上がる。

「東区のアラート待機している部隊をリストアップして頂戴。予備機のある基地も別枠で候補に入れてね。プランク軍曹」

今度はハサウェイの左手前方の部下が立ち上がった。

「今後24時間の間に発生が予想される自然災害の規模とエリアを観測班から提出して貰って。緊急だから中央コンピュータのAIを使用して良いと言って頂戴」

プランク軍曹は敬礼して命令を復唱する。ハサウェイは頷くと、最初に報告して来た部下に向き直った。

「天候の様子を見て、捜索部隊を東区から回して貰えるよう上に進言してみるわ。でも、正直生存希望は薄いでしょうね」

言われた部下は頷きながら、視線をハサウェイから斜め上にズラす。ハサウェイもつられて後ろ上方を振り返った。

MCCは三層構造になっている。ハサウェイら管制オペレーターチームが居るのは第二層、セクション2と呼ばれるエリアだ。
その上の段…第一層のセクション1に、意思決定権を持つ高級士官が鎮座ましましている。

ペイジ・ハサウェイ中尉は手元の受話器を掴むと、内線のショートカットキーを押して待機した。数秒の呼び出し音の後、「Yes」と相手が返事をする。

「レイヤード大尉?航空管制部門のペイジ・ハサウェイです。折り入ってご相談が…」




テーマ : 懐かしいアニメ作品
ジャンル : アニメ・コミック

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iPhoneで書いているので「輝」と打てません

FC2の機能がよく分からないので、何か変だったら教えてください(´・ω・`)

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