早瀬の家は、代々優れた軍人を排出してきた名家だ。
その歴史は100年にも及び、それぞれの時代において政治的軍事的に世の中へ広く影響を及ぼしてきた。
歴史に詳しい従兄弟によると、早瀬の姓は岡山県を中心に栄えた古代史族なのだという。そんな昔の話にまったく興味はなかったが、自分の血縁が世の中に貢献してきたというのは、幼い未沙にとって頰が紅潮するくらい誇り高い事だった。
本家の父には、自分しか子供がいなかったため、親戚中こぞって未沙を可愛がってくれた。
自分が特別な存在のような気がして、幼い頃の未沙は早瀬の家が好きだった。大人達の思惑まではよく分からなかったが、未沙にとってはみんな優しい親戚のおじさんおばさんだったのだ。
なので、男児に恵まれない父や母の苦しみを理解出来たのは、随分大人になってからだ。
未沙には、年の離れた仲の良い大好きな従兄が5人いた。
早瀬の分家の男達は、当然の様に皆軍人だった。優しく頼もしいお従兄さま達。
ライバーの存在が無ければ、戦争が無ければ、ひょっとしてこの中の1人と縁談を組まされていたかも知れない。
成長した未沙を見て、その美しさに従兄たちは心打たれたものだった。
5人の従兄のうち、統合戦争で2人、その後の星間戦争で2人が亡くなった。
母を病で、反発していた父も星間戦争で失った未沙は、早瀬本家の唯一の生き残りとなり、数少なくなった一門の将来を背負う事を期待された。
士官養成所を出た頃から、父への反発もあり早瀬家と距離を置き始めた未沙自身は、もはや家名に縛られる事を厭うていたが、なんの力もない残された早瀬姓の人々を見捨てるには、彼女は情が深すぎた。
未沙にとって、早瀬の血は歩んできた人生の半分以上を占めていたのだ。
「こんな格好で御免なさいね」
新統合軍の中枢、マクロス指令センターの中で未沙のその格好は確かに浮いていた。
丈の短い黒い上着に黒いタイトスカート、襟から覗く白いシャツはほんのりパール調に輝いている。
「黒は女を美しくみせる」とは昔の言葉らしいが、なるほど見慣れた士官用の制服以上にこの日の未沙は艶めかしく、センター内の男性スタッフの視線を独占していた。
「い、いえ、あの、むしろ光栄です」
普段とは違う上官の可憐な?装いに、オペレーターの町崎健一はドギマギして見当違いの返事をしていた。
未沙の背後から後光が差しているようで、とても目を合わせられない。
「なあに、それ」
未沙がクスクスと笑う。
そんな様子まで、指令センターの他の男性スタッフがチラチラ覗き見ているのを、航空管制主任のシャミーがぷりぷりと湯気を立てて怒っていた。
「やぁね、男連中ったら。
中佐を見て鼻の下伸ばしちゃって」
「まぁ、中佐の無自覚な色気も問題だけどねー」
シャミーの怒気を受けて、隣りのキムが頬杖をついて応えた。
女のキムから見ても、最近の早瀬中佐の大人の色気は凄い。
別に元から美人だったが、あの一条大尉と付き合いだしてからは女に磨きがかかりまくりだ。恋とはこうまで人を変えるものなのか。
「私も素敵な恋がしたい…」
ため息混じりにキムが呟く。シャミーがなにそれ、と不思議そうにキムを見やった。
未沙は本当なら、今日は非番だった。
早瀬の家の法事に出席する為に、フォーマルウェアで出掛けた矢先に指令センターから呼び出されたのだ。
現場で判断しかねる案件だったので、未沙が顔を出してくれてセンタースタッフとしては助かったのだが、普段とは違う未沙の淑やかな出で立ちに、主に男性スタッフの挙動不審振りが目立っていた。
キムは「お前らの恋仇はあの一条ヒカルだぞ!」と、一人一人怒鳴りつけてやろうかと思った。
「じゃあ、あとはお願いね」
町崎の肩をポンと叩き、未沙は指令センターを後にした。町崎が嬉しそうにデレデレしているのが我慢出来ずに、キムとシャミーは後ろから椅子を蹴り飛ばす。
指令センターに、椅子の倒れる音と可哀想な町崎の悲鳴が木霊した。
軍関係者の多かった早瀬の家では、地球上の人類のほとんどが死に絶えた星間戦争の後でも、月面アポロ基地に居て難を逃れた親族たちがまだ結構残っていた。
マクロスシティに程近いヨークシティでは、難を逃れた日本人が多く生活を営んでいて、早瀬の家の墓もそこにある。もちろん、墓標だけで中身はない。
今日が誰かの命日というワケではないけれど、立て続いた戦争で多くの命を失った遺族達が一堂に会する日として大叔父が呼び掛けたのだ。
父母の墓前に立つ機会を、忙しさにかまけて作れなかった未沙はこの日、非番を調整して向かっていた。
飛行機でものの一時間もかからず、ヨークシティに降り立った。よく整備された空港だったが、角角には銃を携帯した軍服が目立つ。
まだ世の中は治安維持の力を必要としている。悲しい事実だが、自分達が必要とされている以上は力の限り働くしかない。
未沙は心の中で敬礼して兵士の前を通り過ぎた。
初夏の日差しの中、タクシーに揺られて目的の墓地を目指す。
ヨークシティの郊外に位置する巨大な墓地園は多くの軍関係者が眠っていた。
車窓から外の景色を眺めると、意外に樹木が多いことに驚く。再生計画がうまく行っている証拠だ。この様子なら、あと数年で以前の世界に近い景観を取り戻せるかも知れない。
「たまには外に出てみないとダメね」
司令部でデータとばかり睨めっこしている日常を思う。未沙はいま、この外の世界の新しい刺激の数々を楽しんでいた。
しかし車が墓地園に入ると、居並ぶ十字架の多さに気が重く沈んでゆく。
ほとんどは戦争で亡くなった犠牲者の墓標だ。その大半は早瀬の家と同じく中身のない墓標だろう。
ボドル基幹艦隊の砲撃で、地球上の町々は一瞬にして蒸発してしまった。墓に入れる遺体などない。
軍属、民間人、政治家、子供、老人、家族、恋人たち…
様々な人の魂がここに祀られている。
未沙の父と母も…
「しっかりしなきゃ」
不意に涙が滲んできて、未沙は自分に驚いて叱りつけるように声を出した。
運転手が怪訝そうな顔をしたのがミラー越しに見えたが、特に声を掛けてきたりはしなかった。
車は墓地園の高台に向かっていく。
そこには、早瀬の家の者たちがすでに集まって未沙の到着を待っていたのである。
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