MCC -4-

冬のアラスカは、太陽と縁遠い季節だ。

緯度の高いアラスカでは、日照時間が夏と冬とで大きく異なる。夏は太陽そのものが沈まずに白夜となるが、冬は逆に太陽がまったく姿を現さない日もある暗黒の季節である。

アリューシャン列島から押し寄せる低気圧の影響で、アラスカの空は今日も暗黒の雲に覆われていた。気温は氷点下に達し、北極圏からの風は強烈に吹き荒れる。雪は横薙ぎに道行く人々の頬を叩き、アラスカの夜空にそそり立つマクロスを白く雪化粧して行った。

時刻はすでに20時を回っている。闇の中の猛吹雪を窓の外に見ながら、一人の女性士官が薄暗いマクロス司令部の通路を足早に通り過ぎようとしていた。

宇宙空間を航行する目的で作られたこのマクロスの強化ガラスは、吹き荒れる風の音も、最大マイナス50度まで下がる吹雪の冷たさも、完全にシャットアウトしてくれる。
しかし、闇の中をぐるぐると黒い雲が蠢くその不気味さまでは防いでくれない。プリヤンカ・チョープラー准尉はなるべく窓に目を向けないように、小柄な身体をさらに小さく縮めながら、緊張した面持ちで歩を速めていた。

太く硬い黒髪を、大きな髪留めで丸く纏めている。濃いめの眉、筋の通った鼻、浅黒い頬。額には、彼女がヒンドゥーである証の小さな紅い印が見て取れた。
インド・ムンバイ出身のプリヤンカは今年18歳を迎えたばかりである。大都市の裕福な家庭に生まれた彼女は幼い頃から英才教育を受け、才能開いた15歳の頃には飛び級でインド工科大学へと進学していた。
「数字の王国インド」において、数式の天才児として持て囃された典型的な新世代ITインディアの一人だった。

しかし、あのゼントラーディ大艦隊の襲撃によって人生はガラリと変わってしまう。学び舎も家族も故郷も失い、それまでの慣習は全て崩壊した。
かろうじて生き延びたプリヤンカは戦後も学び続けるために、もっとも安定して援助を受けられる軍学校へと志願して軍人となる。今は主にOTM(オーバー・テクノロジー・オブ・マクロス)の解析にその知能の全てを注いでいた。

今日は次世代可変戦闘機の選考について意見交換会があった。軍需系重工業のオーテック社へと出向き、現行バルキリーの次に制式採用される機種のテクノロジーについて話し合って来たのである。
プリヤンカはオーテック社の会長であり、OTMの権威であるビル・チャップリン博士との談義に夢中になり、すっかり帰りが遅くなってしまった。(会長の話し方がゆっくり過ぎたから、と言うのも理由の一つだ)

薄暗い通路は人気もなく、不具合なのか電灯の一部が点いたり消えたりしていて妙に寒々しい。
プリヤンカは最近良く聞く「マクロスに幽霊が出る」という噂を思い出し、技術部のデスクへと帰る足をドンドン速めていた。

細く長い通路に、カツン、カツンと自分の足音だけが響いている。完全にエアーコントロールの効いている筈の空気が変に肌寒い。

「き、気のせいです、気のせい…。21世紀の科学の時代に、何をそんなに怖がるっていうんですか」

プリヤンカは、褐色の頬をヒクつかせながらも無理に笑おうとする。
インドにも当然ながら霊魂という概念は存在する。それは悪霊として様々な伝説に登場し、善良で平凡な人々を恐ろしい目に合わせ、地獄の底へと引き摺り込むのだ。

それは河の向こう岸からやって来る。
聖なる河の対岸は、不浄の地として誰一人近寄らない。しかし、夕陽に濡れる川面を伝って、下半身だけ反対を向いた優しげなおじいさんがヒタヒタ、ヒタヒタと川辺で遊ぶ子ども達の所へとやって来るのだ。

…プリヤンカも、見たことがある。
インド人として生まれたからには、一生に一度は聖なる大河を訪れるものだ。
大きく開けた河岸では沢山の死体が焼かれていた。聖なる河は、巡礼地であると共に人生の終焉の地でもある。インド人は大地で生まれ大地で死に、死後は河岸で荼毘にふされたのち聖なる河に流される。
そのもうもうと立ち昇る煙りの向こうに、薄汚れた身なりの老人がこっちを見て笑っていた。

…その老人は、下半身だけが前後逆さまだった。

何を馬鹿な事を。
子供の見間違いだ。初めての光景に気が動転していたに違いない。
この世は陽子と陽電子で出来ていて、生命などただの電気信号の集積結果である。そもそも人間を初めとした生き物自体がただの水素と炭素の塊りに過ぎないのだ。
あらゆる事象は科学的かつ化学的に説明が可能なのだ。幽霊だの霊魂だのと言った民間信仰や非科学現象など心の底からバカバカしい。

幼い頃から数式と共に成長して来たプリヤンカは、そう自分に言い聞かせて胸を張って歩き出した。
このマクロスに幽霊?宇宙空間を飛ぶ戦闘艦に??そんな事を、みんな本気で言っているのかしら。

プリヤンカがちょっと可笑しくなって笑みを浮かべた瞬間、ピリリと鋭い電子音が薄暗い通路の静寂を切り裂いた。
30cmほど飛び上がるプリヤンカ。

「がぎゃ!あ⁈け、携帯!携帯の着信音!!」

突発的に跳ね上がった心拍数は200を超えそうな勢いだった。プリヤンカはドキドキと痛む心臓を押さえながら、震える手で胸ポケットの携帯電話を取り出した。
軍用のシンプルでミニマムなモバイルフォン。着信画面にはよく見知った名前が表示されている。
プリヤンカはオドオドしながら携帯電話の受話をタップした。

「な、なんでしょうバルトロウ中佐」

プリヤンカのいつに無い弱々しい声に、しかし電話の相手はまったく意に介した様子は無かった。

『あなた今どこ?今日の会議の報告を待ってるんだけれど』

冷めた声が携帯電話から聞こえて来る。愛想のない、いつもの調子の上官の声で、プリヤンカは少し冷静さを取り戻す事が出来た。

「も、もうじき技術部です。中佐、私を待っていて下さったんですか」

少しだけ泣けてきた。夜も遅い冬のアラスカ。薄暗い通路にひとりぼっちのプリヤンカ。誰であれ、待っていてくれる人がいるというのは本当に嬉しい事だった。
しかし、電話の相手は期待したのとは違う反応を見せて来た。

『あなたの事はどうでもいいの。明日こっちにいないから、今夜のうちにオーテックの話を聞いておきたいんだけれど』

「あ、はい…」

プリヤンカはちょっとだけ小さく肩を落とした。
技術部主任のバルトロウ中佐は、ちょっとキツ目の言動が人から恐れられている航空機部門のエース技師だ。
プリヤンカにとっては同じセクションの上司に当たる。

いわゆる昔ながらの技術屋で、人間よりも航空機に取り憑かれた変態科学者…もとい、大変深い見識を持つ事で知られている。
クールでセクシーなルックスからもちょくちょく(主に男性陣の)話題に上がる有名人で、同じ女性であるプリヤンカとしても、その白衣の下のナイスバディにはまさに息を飲む迫力があった。

何でも近々に退役して民間軍需企業に天下るらしい。明日いないと言うのも、きっと移籍先との打ち合わせか何かだろう。給料がそんなに良いのだろうか?偉い人は選択肢が豊富で羨ましいものだ。
効率重視で無駄を嫌う性格なため、色々細かく言われてちょっと窮屈だったけれど、女性ながらに気難しい男性エンジニア達を怒鳴り散らすその豪放ぶりを、密かに尊敬していたプリヤンカとしては少し残念な気分だった。

「あ、あと10分、いや5分で行きます。待てますか⁈」

『待つわ。急いで頂戴』

それだけ言うと、電話は切れた。プリヤンカは「悪霊なんかより生きてる人間の方がよっぽど怖い」と呟いて、トボトボと薄暗い通路を歩き出した。




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No title

そうですね・・生きている人間の方がよっぽど怖いのです・・

下半身が・・のところで、犬上家の一族。。ヤツハカムラの祟りじゃ~の、下半身がひっくり返って河から突き出ている光景が、先に浮かびました。

MMCには、たくさん素敵な女の子がいますね(#^.^#)

ありがとうございます。びえりさん!ひさびさのバルトロウにワクワクしています。

Re: 聖なる川に

www

ちゃいます、上下逆さまじゃなくて、前と後ろが逆なんですって。下半身だけ。顔は前向いてるのに、爪先は後ろを向いてるんですよ。
日本人には想像しづらいですよねww

Re: No title

ちゃいますってw
書き方が悪かったな〜、みんなあのイメージなんですねww
まあ、そこはどうでも良いのでスルーしてくださいw

輝ちゃんや未沙がバリバリ活躍してるその裏で、その他大勢の人たちも生きてるんだよ〜というお話です^ - ^

> そうですね・・生きている人間の方がよっぽど怖いのです・・
>
> 下半身が・・のところで、犬上家の一族。。ヤツハカムラの祟りじゃ~の、下半身がひっくり返って河から突き出ている光景が、先に浮かびました。
>
> MMCには、たくさん素敵な女の子がいますね(#^.^#)

Re: タイトルなし

すいません、出番これだけなんですがww

でもバルさん好きでいて下さってありがとうございます^ - ^


> ありがとうございます。びえりさん!ひさびさのバルトロウにワクワクしています。
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