MCC -5-
「行方不明機?」
その報告に、ハサウェイ中尉は白く秀麗な顔を歪ませた。
事件報告に対しての反応ではない。何故その報告がここMCCに上がって来たのか?それを不思議に思っての反応だった。
「そんな話、シティの空軍基地で処理すればいいでしょう」
ハサウェイ中尉はその分厚い身体で、報告して来た部下に向き直る。ただそれだけで、威圧的な物を感じて部下はゴクリと息を飲んだ。
女性ながら肩の三角筋が盛り上がるように発達して、肩幅が異様に広い。上腕二頭筋が膨れて軍服の袖がパツンパツンになっている。その大きな胸も、バストなのか大胸筋なのか見た目ではまるで区別がつかない。きっと触れば岩のように硬いに違いない。
ペイジ・ハサウェイ中尉の趣味はフィットネスだ。それもエアロなんて可愛いものではない。ガチガチのハードマッチョスタイルである。
軍服の上からでも分かる完全なる逆三角形の身体をしていて、筋肉質な人特有の「身体が分厚くて両腕が開いちゃう」姿勢をいつもしていた。
背は低いが広大な背中をしており、その大きな背筋はベンチプレス100kgをリフトすると言われている。
こんな女、遠くから見てもシルエットだけで誰だか丸分かりだ。
一部で「メスゴリラ」との愛称を冠された事もあったが、あまり定着しなかった。ゴリラ呼ばわりするには、ハサウェイの顔がとても端正に整い過ぎていたからだろう。
「その、空軍基地からの要請なんです」
部下は勇気を出して返事をした。ハサウェイ中尉は「どういう事?」と耳に付けていたインカムを外す。
ゴツい腕に、細いインカム。ほんの少しハサウェイが力を入れて握り込めば、オモチャのように潰れてしまいそうだった。
ここMCCは地球全体の治安管理を統括する部署である。かつてはアラスカをはじめ、北米大陸の治安管理も行っていたが、シティ郊外に空軍基地が出来てからはそうした地域業務は全てそちらに移管されている。
マクロスの左腕に当たる、航空母艦プロメテウスのカタパルトデッキ。当時の航空機部隊はここからアラスカの空へ次々に飛び出して行ったものだが、新統合空軍がこれを利用しなくなってもう2年近く経つ。
宇宙空間ならまだしも、この重力圏下においてわざわざ危険な艦載機発進をする理由などないからだ。
どうせ土地だけは死ぬほど余っているのだから、さっさと郊外にアスファルトを引いて滑走路を作った方が事故防止にも繋がる。ついでにハブ空港も隣りに作って空の玄関口の出来上がりだ。
従って、アラスカのように地域を限定した航空管制業務は全て郊外の空軍基地の仕事なのだ。MCCはそうした地域ごとの管制状況を世界規模で監督する立場にある。
分かりやすく例えると、MCCは日本国政府であり、その下にある各地域の空軍基地が都道府県庁という事になる。
東京都や大阪府の仕事を霞ヶ関に持ち込まれても困るのだ。
「この雪で、空軍基地に待機していた部隊は救援活動の為にみんな出払ってしまったそうです。数が足りないので、他の地区から捜索隊を出して貰えないかと」
部下の報告に、ハサウェイは眉尻を上げる。そしてその視線をMCCのビッグウィンドゥへと移した。
大窓の外は相変わらず雪が降っている。アラスカの冬となれば見慣れた光景だ。
宇宙を航行する為に作られたこのマクロスの中なら、地上の天候ごときで揺らぐことはない。しかし外界はそうはいかない。豪雨や竜巻、干ばつなどで多くの一般市民は簡単に生命の危機に晒される。
緯度の高いここアラスカでは、当然ながら冬季の天候が大きな問題となっていた。
そもそも、マクロスが飛んで移動出来るならこんな北の辺境に世界首都など作らなかったのだ。かつての統合政府が切り札としていた超エネルギー砲「グランド・キャノン」。破壊されたその発射口の穴に、現在のマクロスはすっぽりと収まっている。
残念ながら損傷が酷く、今後このマクロスが飛んで移動する事は不可能らしい。エンジン機関や重力制御装置を修理したとしても、耐久性の下がった筐体自体が保たないのだ。
だから、人類がもし温暖な気候を求めて世界首都を遷都させるならば、このマクロスを捨てて行く事になるだろう。
現行ではとても無理な相談だが。
「遭難信号は出ていないの?」
ペイジ・ハサウェイ中尉は太く盛り上がった首を曲げて手元のモニターを見る。そこには、行方不明になった民間航空機の予定ルートが映し出されていた。
「Maydayのコールはここ1時間ほど確認されていないそうです」
「バンクーバーを出たのがちょうど1時間前か。もうとっくに到着している頃ね」
ハサウェイは腕時計を確認する。時刻は21時を過ぎていた。
「カウフマン曹長」
呼ばれて、ハサウェイの右手前方に居る背の高い青年が、返事と共に立ち上がる。
「東区のアラート待機している部隊をリストアップして頂戴。予備機のある基地も別枠で候補に入れてね。プランク軍曹」
今度はハサウェイの左手前方の部下が立ち上がった。
「今後24時間の間に発生が予想される自然災害の規模とエリアを観測班から提出して貰って。緊急だから中央コンピュータのAIを使用して良いと言って頂戴」
プランク軍曹は敬礼して命令を復唱する。ハサウェイは頷くと、最初に報告して来た部下に向き直った。
「天候の様子を見て、捜索部隊を東区から回して貰えるよう上に進言してみるわ。でも、正直生存希望は薄いでしょうね」
言われた部下は頷きながら、視線をハサウェイから斜め上にズラす。ハサウェイもつられて後ろ上方を振り返った。
MCCは三層構造になっている。ハサウェイら管制オペレーターチームが居るのは第二層、セクション2と呼ばれるエリアだ。
その上の段…第一層のセクション1に、意思決定権を持つ高級士官が鎮座ましましている。
ペイジ・ハサウェイ中尉は手元の受話器を掴むと、内線のショートカットキーを押して待機した。数秒の呼び出し音の後、「Yes」と相手が返事をする。
「レイヤード大尉?航空管制部門のペイジ・ハサウェイです。折り入ってご相談が…」
その報告に、ハサウェイ中尉は白く秀麗な顔を歪ませた。
事件報告に対しての反応ではない。何故その報告がここMCCに上がって来たのか?それを不思議に思っての反応だった。
「そんな話、シティの空軍基地で処理すればいいでしょう」
ハサウェイ中尉はその分厚い身体で、報告して来た部下に向き直る。ただそれだけで、威圧的な物を感じて部下はゴクリと息を飲んだ。
女性ながら肩の三角筋が盛り上がるように発達して、肩幅が異様に広い。上腕二頭筋が膨れて軍服の袖がパツンパツンになっている。その大きな胸も、バストなのか大胸筋なのか見た目ではまるで区別がつかない。きっと触れば岩のように硬いに違いない。
ペイジ・ハサウェイ中尉の趣味はフィットネスだ。それもエアロなんて可愛いものではない。ガチガチのハードマッチョスタイルである。
軍服の上からでも分かる完全なる逆三角形の身体をしていて、筋肉質な人特有の「身体が分厚くて両腕が開いちゃう」姿勢をいつもしていた。
背は低いが広大な背中をしており、その大きな背筋はベンチプレス100kgをリフトすると言われている。
こんな女、遠くから見てもシルエットだけで誰だか丸分かりだ。
一部で「メスゴリラ」との愛称を冠された事もあったが、あまり定着しなかった。ゴリラ呼ばわりするには、ハサウェイの顔がとても端正に整い過ぎていたからだろう。
「その、空軍基地からの要請なんです」
部下は勇気を出して返事をした。ハサウェイ中尉は「どういう事?」と耳に付けていたインカムを外す。
ゴツい腕に、細いインカム。ほんの少しハサウェイが力を入れて握り込めば、オモチャのように潰れてしまいそうだった。
ここMCCは地球全体の治安管理を統括する部署である。かつてはアラスカをはじめ、北米大陸の治安管理も行っていたが、シティ郊外に空軍基地が出来てからはそうした地域業務は全てそちらに移管されている。
マクロスの左腕に当たる、航空母艦プロメテウスのカタパルトデッキ。当時の航空機部隊はここからアラスカの空へ次々に飛び出して行ったものだが、新統合空軍がこれを利用しなくなってもう2年近く経つ。
宇宙空間ならまだしも、この重力圏下においてわざわざ危険な艦載機発進をする理由などないからだ。
どうせ土地だけは死ぬほど余っているのだから、さっさと郊外にアスファルトを引いて滑走路を作った方が事故防止にも繋がる。ついでにハブ空港も隣りに作って空の玄関口の出来上がりだ。
従って、アラスカのように地域を限定した航空管制業務は全て郊外の空軍基地の仕事なのだ。MCCはそうした地域ごとの管制状況を世界規模で監督する立場にある。
分かりやすく例えると、MCCは日本国政府であり、その下にある各地域の空軍基地が都道府県庁という事になる。
東京都や大阪府の仕事を霞ヶ関に持ち込まれても困るのだ。
「この雪で、空軍基地に待機していた部隊は救援活動の為にみんな出払ってしまったそうです。数が足りないので、他の地区から捜索隊を出して貰えないかと」
部下の報告に、ハサウェイは眉尻を上げる。そしてその視線をMCCのビッグウィンドゥへと移した。
大窓の外は相変わらず雪が降っている。アラスカの冬となれば見慣れた光景だ。
宇宙を航行する為に作られたこのマクロスの中なら、地上の天候ごときで揺らぐことはない。しかし外界はそうはいかない。豪雨や竜巻、干ばつなどで多くの一般市民は簡単に生命の危機に晒される。
緯度の高いここアラスカでは、当然ながら冬季の天候が大きな問題となっていた。
そもそも、マクロスが飛んで移動出来るならこんな北の辺境に世界首都など作らなかったのだ。かつての統合政府が切り札としていた超エネルギー砲「グランド・キャノン」。破壊されたその発射口の穴に、現在のマクロスはすっぽりと収まっている。
残念ながら損傷が酷く、今後このマクロスが飛んで移動する事は不可能らしい。エンジン機関や重力制御装置を修理したとしても、耐久性の下がった筐体自体が保たないのだ。
だから、人類がもし温暖な気候を求めて世界首都を遷都させるならば、このマクロスを捨てて行く事になるだろう。
現行ではとても無理な相談だが。
「遭難信号は出ていないの?」
ペイジ・ハサウェイ中尉は太く盛り上がった首を曲げて手元のモニターを見る。そこには、行方不明になった民間航空機の予定ルートが映し出されていた。
「Maydayのコールはここ1時間ほど確認されていないそうです」
「バンクーバーを出たのがちょうど1時間前か。もうとっくに到着している頃ね」
ハサウェイは腕時計を確認する。時刻は21時を過ぎていた。
「カウフマン曹長」
呼ばれて、ハサウェイの右手前方に居る背の高い青年が、返事と共に立ち上がる。
「東区のアラート待機している部隊をリストアップして頂戴。予備機のある基地も別枠で候補に入れてね。プランク軍曹」
今度はハサウェイの左手前方の部下が立ち上がった。
「今後24時間の間に発生が予想される自然災害の規模とエリアを観測班から提出して貰って。緊急だから中央コンピュータのAIを使用して良いと言って頂戴」
プランク軍曹は敬礼して命令を復唱する。ハサウェイは頷くと、最初に報告して来た部下に向き直った。
「天候の様子を見て、捜索部隊を東区から回して貰えるよう上に進言してみるわ。でも、正直生存希望は薄いでしょうね」
言われた部下は頷きながら、視線をハサウェイから斜め上にズラす。ハサウェイもつられて後ろ上方を振り返った。
MCCは三層構造になっている。ハサウェイら管制オペレーターチームが居るのは第二層、セクション2と呼ばれるエリアだ。
その上の段…第一層のセクション1に、意思決定権を持つ高級士官が鎮座ましましている。
ペイジ・ハサウェイ中尉は手元の受話器を掴むと、内線のショートカットキーを押して待機した。数秒の呼び出し音の後、「Yes」と相手が返事をする。
「レイヤード大尉?航空管制部門のペイジ・ハサウェイです。折り入ってご相談が…」
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