MCC -6-

アラスカ標準時間、午後22時。
夜間巡回の警備兵が総務部のフロアに足を踏み入れると、普段は閑散としている深夜の部署は、まるで戦場のような有様だった。

書類が乱れ飛び、ファイルの束が頭上を行き交い、ペンとマウスとコーヒーカップが卓上でタップダンスを踊っている。
誰もかれもが必死の形相でモニターに向かい合い、五本の指はキーボードを激しく叩く。その音に被せるように、口々に呪詛の念と神への冒涜と放送禁止用語とが口汚く連呼されていた。

そのあまりの喧騒ぶりに、警備兵は踏み出した一歩をそろりと引き戻す。そのまま踵を返すと、こっそりエレベーターホールへと消えて行った。
フロアのスタッフは誰一人その気配に気がつかなかったのである。


「スミス少尉、現状の最前線は何処か」

新統合軍総務部総務課長のフランツ・ザウネル少佐は、数字と文字列とを愛する白髪頭の平和なデスクワークマンだ。毎朝8:45分きっかりに出勤し、18:00丁度に執務室を後にする。
温かな我が家には、愛する妻と可愛い愛犬。成人した二人の子供はとっくに家を出て行ってしまったが、このラブラドール犬のお陰で寂しさはない。
勤務中はキッチリと仕事をこなし、帰宅すれば良きハズバンド。絵に描いたような「総務畑」の官僚軍人である。

…が、今日ばかりは勝手が違った。ドイツ人のザウネル少佐は元から青かった顔を更に青くさせ、紫色に変色した唇を細々と震わせている。テカテカとポマードで固めたオールバック。そこから流れた前髪が、額に掛かる度に神経質そうにそれをかき上げていた。
時計を見れば時刻は既に22時を過ぎている。本当なら今夜は妻との結婚記念日を我が家でお祝いする筈だったのに。なのに、こんな時間まで自分はこのデスクで残業を強いられている。

そりゃ、若い頃はザウネルも残業は沢山したものだ。総務と言えば、軍隊で一番喧騒とは縁遠い部署であるが、新統合軍という巨大な組織を運営する上でやる事は山の様にある。
兵站関係から福利厚生、陳情の受け付け、基地内のインフラ整備、人事評価や兵士の給料計算まで。毎晩日付が変わるまでクタクタになって働き、家にはシャワーだけ浴びに帰ってすぐに職場へとんぼ返り。家族と食事をする暇もなかった。あの地獄の日々に比べたら、3年前のゼントラーディ大艦隊の襲撃だって屁みたいなものだ。

…が、自分も歳を取った。もうじき60を迎えようとしている。
少佐という階級は、職業軍人にとって1つの頂きだ。どれ程戦争で活躍しようとも、大体の軍人はこの『少佐』の階級までが栄達の上限となる。
これより上は、勝ち残ったキャリア組が数少ない席を奪い合う熾烈な椅子取りゲームになっている。そっちは総務畑の叩き上げであるザウネルには関わりのない世界の話だった。
少なくとも、自分はこうやって佐官にまで登り詰める事が出来た。そして今、総務課の長としてここマクロス・ベースの総務を取り仕切っている。

ここまで来たら、残業などしない。勤務時間の間に大まかな決済だけ済ませ、細かな作業は若い連中に任せて定時きっかりに席を立つ。これには「残業を減らして職場環境を改善しよう!」という、(上が勝手に決めた)スローガンを自分が率先して守ってみせる必要もあったからだ。
何にしてもザウネルがこの課長の椅子に座ってからというもの、毎日18時には薄くて不味いコーヒーをキチンと飲み終えて鞄を手に取るのが日課であった。それが58歳を迎え、平和な日常と温かな家庭を愛するザウネル少佐の生き様である。

…なのに、なのに今日は違うのだ。
昼間でさえけっして賑やかとは言えないここ総務課の区画は、夜も深まる時間帯だと言うのに喧々轟々大勢のスタッフが入り乱れ、さながら戦争が始まったかのような興奮状態だった。

「現在GF-43区画で漏水を確認しています。恐らく右脚部の付け根辺りは完全に全滅かと」

呼ばれた黒人のスミス少尉は、色黒な肌に玉の汗を浮かべながら振り返った。疲労からか、肌と対照的に真っ白な結膜が赤く充血している。

「課長、このままですと右脚部の旧居住区にまで影響が及びます。あそこはバカ広いので、一度広がるとカビや腐食の後始末が…」

ザウネル少佐の渋い顔がさらに渋くなる。

「機関部に連絡して重力制御出来んのかね」

声を掛けられた別のアジア系女性士官はモニターから顔を上げて首を振った。

「カムジン事変以来、重力制御装置はエマージェンシーレベルが5まで行かないと起動してくれないそうです」

「アレも大分オンボロだからなぁ」

「課長、GF-42区画の第三層で漏水を確認しました。いま40区画より上の機密性を確認していますが、作業員が取り残されているエリアは隔離出来ていません」

「ああ、なんてこった…」

ザウネル少佐は頭を抱えた。統合戦争前から続く長い総務畑の人生で、こんな事態は初めてだ。改めてマクロス・ベース全景を映し出したモニターにしょぼしょぼと視線を投げ掛ける。

現在、マクロスはその艦内において汚水漏れを起こしていた。常時数千人が勤務する新統合軍の総本拠地。そこで一日に処理される汚水量はハンパな数字ではない。
しかし、マクロスは宇宙空間を何ヶ月も旅する事を前提に作られた戦闘艦である。汚水処理についても完璧と言って良いシステムが組まれている筈だった。筈だったのだが…

「システムは完璧でも、扱う人間はそうはいかんと言う事か」

ザウネルは脂汗の滲んだ顔を歪ませた。宇宙空間は絶対零度なので、マクロスは常に保温し続けないと乗組員が死んでしまう。なので艦内を温めるヒーターと、外からの冷気を遮断する断熱構造とが一体となって艦内の安全を守っている。
そのお陰で人々はマクロス内で快適な生活を送れるのだ。

そう、ヒーターと断熱構造。
その両方がないと大変な事になる。

ヒーターの管理は当然ながら総務部の仕事だ。艦内管制はかつてはブリッジが主体となってやっていた(キム・キャビロフが主担当)が、飛ばない船となったマクロスでは仕事がより細分化され、今ではこうした雑務は総務部で全て取り仕切っている。
極寒の地アラスカでは、宇宙ほどではないにしても厳しい環境下にあった。決してヒーターを止めてはならない筈なのだ。

そのヒーターの装置を、間違って切ってしまった職員がいる。

ヒーターが消えると、マクロス・ベースはゆるゆると時間を掛けて冷えていく。優秀な断熱構造のお陰ですぐすぐ氷点下になったりはしないが、そのせいで段々と寒くなる空気になかなか誰も気が付かなかった。

「ちょっと肌寒いな」
「エアコン入れる?」

そんなやり取りがあちこちで囁かれた数時間後、冬の寒風に熱を奪われたマクロス・ベースは完全に凍り付き、真っ先に水道管と汚水菅が破裂したのだ。

「上水はともかく、下水はマズいよ下水は…」

ザウネルは頭を抱える。本来ならベース内にある下水処理施設へ送られる筈の数千人分の汚水が、あちこちで漏れ出しているのだ。
その点検と後始末、そして上下水道管の修復。全長2kmのこの船の中を、一つ一つ見て回らなくてはならない。一体どれだけかかるのか見当もつかなかった。

「とにかく、今は漏水を止めるんだ。何としても」

ザウネル少佐は苦虫を噛み潰した表情で呟く。今日はもう家には帰れないだろう。大切な日に妻には悪いが、しばらくは徹夜作業が続きそうだ。

ゲンナリとする少佐に、また新たな漏水箇所の報告が告げられる。赤い表示部分が増え続けるモニターを前に、58歳のドイツ人は深く深くため息を吐いた。




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No title

ザウネル少佐・・ドイツ人なのかぁ・・納得です。だって、ザワークラフトってあるじゃないですか、あのソーセージの付け合わせのキャベツの漬物。

戦闘ネタかと思いきや、リスクマネージメントネタ。。。

リスク回避のパターンを習ったのを思い出しました
アホでも間違えないようにリスクそのものを排除するとか。
この場合は、スイッチを入れたり切ったりしないシステムに変更するとか・・。

とにかく、ザウネルさんには早く家に帰って、健康に良い発酵食品のザワークラフトを食べて頂きたいなぁと思います

No title

びえりさんが描かれる登場人物は皆、生き生きとして居るんですよね。生き生きと、ため息をついていらっしゃる(笑)
びえりさんがMCCを書かれたきっかけとか知りたいです(^_^)

Re: No title

あ、この場合のスイッチというのはプログラム的な物ですね。
流石に部屋の灯りみたいにその辺にボタン式のスイッチがあったらそりゃ「おい!」ってなりますよねww

マクロスは戦闘艦なので、平時とは違う想定外の状況(被弾大破したり)を鑑みるとスイッチ自体は無くせないかもですね〜( ̄▽ ̄)

発酵食品好きです〜

> ザウネル少佐・・ドイツ人なのかぁ・・納得です。だって、ザワークラフトってあるじゃないですか、あのソーセージの付け合わせのキャベツの漬物。
>
> 戦闘ネタかと思いきや、リスクマネージメントネタ。。。
>
> リスク回避のパターンを習ったのを思い出しました
> アホでも間違えないようにリスクそのものを排除するとか。
> この場合は、スイッチを入れたり切ったりしないシステムに変更するとか・・。
>
> とにかく、ザウネルさんには早く家に帰って、健康に良い発酵食品のザワークラフトを食べて頂きたいなぁと思います

Re: No title

ため息とか、顔を見合わせて肩をすくめる感じが好きなんですw
欧米人はみんなやりますよね。日本人はあんまり無いですけど…

MCCを書いたキッカケ…
う〜ん…

久々にマックを食べたからとか…??

> びえりさんが描かれる登場人物は皆、生き生きとして居るんですよね。生き生きと、ため息をついていらっしゃる(笑)
> びえりさんがMCCを書かれたきっかけとか知りたいです(^_^)

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Re: マック食べるか

嬉しいです〜ありがとうございます〜ウルウル(´;ω;`)

いやあしかし相変わらずおっさん好きでいらっしゃる( ̄▽ ̄)
おっさん好きで高校生に混じって…ううん、さすが先生です。キャラが掴み取れませんw

因みにマックはMacとMCCを掛けただけです。浅くてすみませんww
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