スローなブギにしてくれ

12月24日

少年はその日、一人で静かに待っていた。

ウォータープリンスホテルのトップラウンジ。華やかな装飾に、キラキラと煌めくシャンデリア。薄暗いホールのあちこちで卓上のランプの炎がゆらゆらと揺れている。

少年は、その中でも一等の席に座っていた。目の前にはシティの夜景。クリスマスイヴの、100万ドルの景色が眼下に広がっている。それはとても荘厳で、きらびやかで、美しかった。

少年は目の前のグラスを手に取った。細長いシャンパングラスには、細かな泡の線が立ち上っている。
冷えたグラスの淵を唇に添えると、少年は琥珀色の液体をクッと一息に飲み干した。

胸の奥に、熱いものが広がる。口から強いアルコールを含んだ息を吐き出した。頬は軽く朱色が差し、潤んだ瞳は遠くを眺めている。

ケイン・サンダースは、こうしてもう3時間ほど一人で待っていた。約束の時間はとうに過ぎている。しかし、待ち焦がれる彼の元へと、彼女が現れる事はなかったのである。


「クリスマスイブの最後のコンサートが終わったら、2人でお祝いをしないか。クリスマスのお祝いを」


あの日、思いの丈を打ち明けた。彼女への気持ちを、ずっと胸に抱いていた感情を。
彼女は「うん」とも「いいえ」とも答えなかった。でも後日、この場所と時間をメールしたら、その返事に「分かりました」と応えてくれた。


「21時に、ここで待ってる。君が来てくれるまで、ずっと待ってる」


携帯を手に取り、自分が出したメールを読み返す。彼女の「分かりました」の返事を最後に、二人のやり取りは終わっていた。

ケインはもう一度、ガラス窓の向こうの夜景を眺めやった。
展望台のように、壁一面がガラス張りのトップラウンジからは、360度シティの街並みが見渡せる。
かつて宇宙を飛翔したマクロスも、今日はクリスマスの電飾に彩られて輝いていた。

ケインは携帯でネット記事を開いた。どのニュースサイトも、今日の昼に起きた大事件をトップの見出しに飾っている。

『メガロードまさかの造反!』
『宇宙への逃避行、白昼堂々決行!!』
『シティ上空で真昼の決闘!軍のエースパイロット同士が一騎打ち!』

そして、それらの記事の中に、あの子の名前もあった。


『リン・ミンメイ宇宙へ!』


本当は、分かっている。
ここでどれだけ待っていたって、もうあの子が現れる事はないのだ。
自分の全てを捧げて、この命すら差し出しても構わないほど好きになった相手は、もう絶対に手の届かない所へと行ってしまった。

あの男を追い掛けて?
それとも、以前話していた夢の実現のために?

今となっては確認のしようもない。ただ、間違いのない事実があるとすれば、それはひとつ。

きっともう、あの子に会う事は叶わないという事。


ケインは空のグラスを持ち上げて軽く振る。すると静かにホールスタッフが現れた。

「お代わりをくれないか」

「サンダース様」

ホールスタッフは、礼儀正しく片膝を付いた。

「かなりお進みのご様子です。そろそろお控えになられては如何でしょう」

「構わないよ。君らに迷惑で無ければね」

「迷惑などととんでもない」

ホールスタッフは恭しくケインの手からシャンパングラスを受け取った。そのまま静かに離れて行く。
ケインは酒気に淀んだ瞳で、薄暗いホールを見回した。自分が来た時より大分人の気配も少なくなっている。
それはそうだろう、もう0時を回ろうかという遅い時間だ。イヴを楽しんだ人々は、ホテルの部屋か帰路へと向かう頃合いだろう。

自分は、一人きり。
とても楽しむ気分になどなれない。

新しいシャンパングラスを持って来たホールスタッフに、ケインは自嘲気味に話し掛けた。

「笑ってくれよ。本当は分かっているのに、この席を立って現実を受け入れるのが怖いんだ。…このまま待っていれば、もしかしてあの子が来てくれるかもなんて…バカみたいだろ?」

ホールスタッフは何とも言いようのない困った顔になっていた。「とんでも御座いません」とだけ言うと、ケインを一人にしておこうと静かにその場を離れて行く。

ふと、ケインの目の端に珍しい物が映った。ホールの端にある大きな筐体。それは暗がりの中で、自らが発する淡い光によって幻想的に浮き上がっていた。
あれは何だ?ジュークボックス?まさかこの高級ラウンジに、あんなクラシックな骨董品があるなんて。
ケインは去って行くホールスタッフの背に声を掛ける。

「あれは動くの?」

呼び止められたホールスタッフは、ケインの指差す方に顔を向けた。

「はい。先日ここでパーティをされた方のご希望でご用意しました。見た目は古いですが中身は新品です。もうじき業者が引き取りに来る予定ですが…」

ケインはじっとそれを見つめた。

「鳴らしたら迷惑かな?」

ホールスタッフは、ケインの意外な申し出に驚いた様子だった。しかし、彼に同情したのか、軽く周りを見回してから小さく頷く。

「お客様も少なくなっておりますし、少しでよろしければ」

「ありがとう」

ケインはチップを払おうとしたが、ホールスタッフはそれを固辞した。

「ご希望の曲など御座いますか?」

ホールスタッフの言葉に、ケインは少しだけ考える。

「あの子の歌を」

そう言い掛けて、やめた。
遠くの星空に目を凝らす。
あの光の中の一つに、あの子の笑顔があるのだろうか。

「…スローなブギにしてくれ」

ホールスタッフは恭しく頭を下げて去って行った。
やがてラウンジには、ゆったりとしたピアノが流れ始める。楽しくも悲しいそのboogie-woogieの旋律に、ケインはじっと耳を澄ませて聞き入っていた。

冬のアラスカの星空は、雲ひとつなく美しかった。
まるで大宇宙の彼方のように。


そして少年はまたひとつ、大人になる。




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クサいけど、カッコいい。

「そして少年はまたひとつ、大人になる」かあ。
幼児から少年期へ。少年期から青年期へ。男の子って、ポンと階段を上った瞬間が分かりますよね。
ケイン君はミンメイを好きになったことで、何段も上ったのかなあ。


「スローなブギにしてくれ」
う~ん。このシュチュレーションで、ジュークボックスから流れてきたら私は、腰砕けちゃいますね。

10年後のケイン君が、この曲に似合っている男になっているといいね。

Re: 軽快なの中に

それは大変でしたね(@_@)
長い間お疲れ様でした。そしておかえりなさいませ( ̄▽ ̄)

ウチは相変わらずのボチボチ運転です。
春なのに、思いつきで冬のお話ばっかりです…w

Re: クサいけど、カッコいい。

片岡義男の本を読んでパッと書いたお話なので、実は南佳孝の歌は関係ないのですw
でもやっぱりそっちの方が有名ですよね〜。

「スローなブギにしてくれ」は本の中の少年のセリフなんですが、誰かに言わせたくて「輝ちゃんは似合わね〜な〜。マックスは渋いキャラと違うし、ボリだとオカマ話になるし…」と悩んだ末にミンメイ絡みでケインにしましたw一番少年と言える歳だったので( ̄▽ ̄)



> 「そして少年はまたひとつ、大人になる」かあ。
> 幼児から少年期へ。少年期から青年期へ。男の子って、ポンと階段を上った瞬間が分かりますよね。
> ケイン君はミンメイを好きになったことで、何段も上ったのかなあ。
>
>
> 「スローなブギにしてくれ」
> う~ん。このシュチュレーションで、ジュークボックスから流れてきたら私は、腰砕けちゃいますね。
>
> 10年後のケイン君が、この曲に似合っている男になっているといいね。

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Re: タイトルなし

小説の中のセリフなんですが、本はそんなに面白くはないですよ( ̄∀ ̄;)直木賞候補になったらしいですが、私にはさっぱり意味が分かりませんでした( ̄▽ ̄)まあ時代もあるのかな〜。40年前の本ですしね。

ケインは実写モデルいないんですよね。ジャスティン・ビーバーだとバカ過ぎてイメージが〜みたいなコメントを当時した覚えが…

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