ナチュラル・ウーマン

’Cause you make me feel
You make me feel
You make me feel like
A natural woman




「…なぁに、この曲」

後部座席から尋ねられて、僕はバックミラーごしに彼女のことをチラリと見た。さっきまでウトウトしていたと思ったんだけれど、いつの間にかその大きくてつぶらな瞳を開いて、車窓の外を流れるシティの夜景を眺めている。

深夜のアラスカ。シティのブロードウェイをひた走るのは、芸能事務所スタジオ・イングリッドバーグマンの社用車だ。黒塗りでピカピカの車体、ぶっといタイヤ。広い室内にフカフカのソファシート。最高のナイト・ドライブだ。
分厚いステアリングを操るのはこの僕…スタジオ・イングリッドバーグマンのオフィシャルスタッフ、ローランド・カムリである。なんとあのリン・ミンメイのマネージャーをやっている(サブだけど)。

我が社の大事な商品であるリン・ミンメイは人気絶頂の歌姫だ。「世紀のアイドル」なんて呼ばれてる。それもそうだろう、何しろ彼女は文字通り歌で世界を救ったリアル人類の救世主なのだ。今の地球で、彼女の名前を知らないのは生まれたばかりの赤子くらいのものじゃないだろうか。

忙しい彼女だから、移動中は貴重な休憩時間である。日頃から「車に乗ってる間は体を休めなさい」とチーフマネージャーからも言いつけられていた。なので僕は割りと穏やかな運転を心掛けていたのだが、気がつけば彼女は目を覚ましていて、カーラジオから流れる音楽に静かに聞き入っている。しまったな、音は全部消しておけば良かったか。

僕はラジオの表示に目を落とす。そこにはアラスカ中央放送局のバンド帯が映し出されていた。多分サイトを見ればNOW PLAYINGを確認出来るのだろうが、いかんせん僕は運転中の身である。あのリン・ミンメイを乗せて万が一にも事故など起こせないから、この両手をステアリングから離す訳にはいかないのだ。
なにか他に解決策がないものか色々と考えたんだけれど、特に思い当たらなかったのでいつも通りの返事を返した。聞かれて黙っているのもなんだしね。

「え〜と…わかんない」

「でしょうね」

期待してなかったわ、と小さく呟くのが聞こえて、僕はちょっぴり傷ついた。なんだよ、こんな古臭い曲知らね〜よ。僕は音楽評論家でも、コーヒーの美味しいジャズ喫茶のマスターでもないんだぞ。
ミンメイは視線を車外に向けたまま、車内に薄く流れる歌声に耳を澄ませている。歌っているのは女性だった。音の古さが、この曲がかなり昔に作られたものである事を教えてくれる。



Looking out on the morning rain
I used to feel uninspired
雨の朝を見つめても
感じるものはなかったの

And when I knew I had to face another day
Lord it made me feel so tired
また違う一日を暮らすだなんて
とても疲れてしまうのよ

Before the day I met you, life was so unkind
But your love was the key to my piece of mind
あなたに会うまでの私は、人生に見放されていた
でもあなたの愛が、私の心の安らぎへの鍵になった

‘Cause you make me feel
だってあなたは私を

you make me feel
あなたは私を

you make me feel like a natural woman
あなたは私をありのままの女でいさせてくれるから




とても優しい感じの曲だった。後で知ったんだけれど、この曲は50年も前に黒人のソウル歌手によって歌われた曲なんだそうだ。タイトルは「ナチュラル・ウーマン」。なんとも聞いていて気恥ずかしくなる繊細なラブ・ソングだ。
最新曲にしか興味のない僕の趣味ではなかったが、ミンメイは何故かこのカビの生えたような歌が気に入ったらしい。すぐに覚えて口ずさみ始めた。かのスーパースター、リン・ミンメイの生ア・カペラ。こればっかりはこの仕事に就いていて良かったと思える瞬間だ。



When my soul was in the lost and found
You came along to claim it
私の魂は遺失物取扱所にあって
あなたがやって来て受け取ってくれたわ

I didn't know just what was wrong with me
Till your kiss helped me name it
何が過ちなのか分からなかったの
あなたのキスが教えてくれるまで

Now I'm no longer doubtful of what I'm living for
‘Cause if I make you happy I don't need to do more
私の生き方を、私はもう迷わない
だってあなたを幸せに出来るなら、他にもうなにもいらないの

’Cause you make me feel
だってあなたは私を

you make me feel
あなたは私を

you make me feel like a natural woman
あなたは私をありのままの女でいさせてくれるから




ミンメイの声は人類の至宝だ。僕は素直にそう思う。
巷ではキャンディボイスなんて言われているが、透明感があってハリと艶があって儚いのに力強くて限りなく甘いガールズボイス…う〜ん、こんな歌姫ほかにいないよね。あとはもうちょっとアルコールを控えてくれたら喉の調子も心配いらないんだけどなぁ。

車はもうじきランウェイ・ストリートの彼女のマンションへ到着する。明日も朝早くからTVの仕事が入っていて、睡眠時間もそんなに取れないだろう。僕は労りの眼差しを彼女に向けるが、ミンメイはじっと街の灯りを眺めているだけだ。

「ねえミンメイ」

話しかけてみたけれど、上の空の彼女は返事もしない。きっと次の新曲のことで頭がいっぱいなんだろう。別に僕に興味がないとかそういう哀しい理由じゃないに違いない。
車は静かに高級マンションの地下駐車場へと滑り込む。警備員に挨拶し、いつもの駐車スペースに停めて車を降りた。後部座席のドアを開くと、ミンメイはまだ小さく歌っていた。余程この曲が気に入ったんだろうか。



Oh, baby, what you've done to me
あああなた、私に何てことをしたの

You make me feel so good inside
心の奥底までとても良い気分よ

And I just want to be close to you
ただあなたのそばに居たいだけ

You make me feel so alive
生きている実感をあなたは与えてくれるから




「明日は5時に迎えに来るから。起きててね」
「うん」

エレベーターに乗り、部屋の玄関まで送る。「荷物を中へ運ぼうか」と僕なりに気を利かせたんだけれど「いい、おやすみ」とあっさりドアを閉じられた。まったく、そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに。
僕は肩をすくめて立ち去ろうとしたが、すぐに立ち止まる。ドアの向こうからミンメイの携帯の着信音が聞こえて来たからだ。

「もしもし、輝!?ううん、全然大丈夫!」

その名前には聞き覚えがある。確かミンメイが熱を上げている軍のパイロットだ。チーフマネージャーからは「どんな些細な事でも報告しろ」と言われているから、僕はこっそりとマンションのドアに張り付いた。決して卑しい出歯亀な気持ちからではないのだ。これもあくまで仕事である。

「うん、うん。え、会えるの!?ホント?嬉しい!!」

聞いたこともないような乙女チックな声でミンメイは電話の相手と話をしている。きっとドアの向こうではピョンピョン飛び跳ねてでもいるんだろう。世紀のアイドルが男性スキャンダルとはけしからん。クソッこれはなんとしても邪魔してやらねば。
そう思ったけれど、まさか扉を開けてミンメイに説教をカマす勇気がある訳でもない。僕はいま見聞きした事実を急いでチーフマネージャーに報告した。チーフからキツくお仕置きでもして貰えば彼女も目が覚めるだろう。アイドルは常にみんなの物でいなくてはならないのだ。

『結構なことじゃない』

電話に出たチーフの返事は想定外だった。僕は勇んで屋根に登った瞬間に後ろでハシゴを外された気分だ。

「えっと、それはどういう意味で…」
『ミンメイ喜んでたんでしょう?なら結構なことだわ。放っておきなさい』
「で、でも男と会う約束をしてたんですよ?ちょっと問題じゃありませんか??」
『別にいいわよ。好きにさせときなさい』

おいおいおいおい、仕事が忙し過ぎてこのオカマついに頭がイカれたか?それともドラッグでもやってやがるのか?自分が言ってる言葉の意味が分かっているのだろうか。

『ミンメイだって、女に戻る時間がちょっとは必要なのよ。アイドルじゃない、人類の救世主でもない、ただの女そのもの(ナチュラル・ウーマン)にね』

あろうことか、その後に『童貞のあんたには分からないでしょうけど』などと言いやがった。ど、童貞ちゃうわ!

『いいわね、好きにさせときなさい。ただし一人で勝手に出掛けさせるのだけはダメよ。ちゃんとシークレットサービスを付けるから』

そう言って電話は切れた。僕は途方に暮れて月夜を仰ぐ。
ハア、人の恋路なんて面白くもなんともない。僕は一体こんな夜中まで何をやっているんだろう。

ブツブツ言いながらエレベーターに乗り込もうとすると、後ろで勢い良くドアの開く音がした。振り返るのと同時に僕は思い切り突き飛ばされる。ああ、見て確認するまでもない。こんな事をするのは一人しか僕は思い当たらない。

「ねえ、車出して!」

ひっくり返った状態のまま、僕はミンメイを見上げる。「あらゴメンなさい」とか「痛くない?」とかいう言葉が出てきそうな気配は微塵もない。

「…車だって?」
「そう!輝に会いに行くの!」
「こんな時間に?」
「輝忙しいのよ!いまならお仕事上がりに少しだけお話出来るの!」

軍のパイロットがどんだけ忙しいか知らないが、君より忙しいなんて事はないだろうと思いながら僕はよろよろと立ち上がった。なんだか脇腹が痛い。バレンタインデーの時に楽屋で突き飛ばされて肋軟骨を痛めた時以来だ。

「…どこまで行くの?」
「すぐそこ!カフェ・ド・ジタン!」

ミンメイは今にも駆け出しそうな勢いで足踏みしている。もうこうなったら止まらないのは彼女の目を見れば明らかだ。僕は痛む脇腹をさすりながら、ようようとエレベーターに乗り込んだ。ミンメイと共に地下駐車場へ逆戻りし、事務所の高級車のエンジンスイッチを押す。車の振動がモロに肋骨に響き渡った。

「なんだろう、変な脂汗が出てきた…」
「そんなのどうでもいいから、早く早く早く!」

ボスボスと後ろからクッションで頭を叩かれる。僕は泣きそうになりながらサイドブレーキを解放した。車は音を立てて地下駐車場を飛び出すと、深夜の街路をひた走る。

「あの人に、会いに行くの。夜通し車を運転して!(I Drove All Night)」

「運転するのは僕だけどね」

ミンメイのつぶやきは多分なにかの曲に掛けたんだろうけど、僕にはそんな事を気にする余裕はなかった。ミンメイも僕の返事なんて気にもとめてなかったしね。
だから丁度いいってなもんだ。…なぜだろう、目から汗が…



Cause you make me feel
だってあなたは私を

you make me feel
あなたは私を

you make me feel like a natural woman
あなたは私をありのままの女でいさせてくれるから




ミンメイは走っている車の窓を全開にして、ご機嫌な調子で歌っている。風に髪をなびかせて、はち切れんばかりの笑顔で深夜のシティに歌声を響かせた。それはとても美しい光景だったけれど、それを楽しむ余裕は今夜はなさそうだ。
少なくとも僕にとっては。


今夜はそんな夜だったよ。







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No title

相変わらずの、ミンメイとサブくんの話が噛み合わない感がいいですね。
ミンメイの乙女スイッチon!も可愛いし、ボリさんのミンメイ愛もクールでいいし。
私のツボにはまったお話しでしたー‼︎(*´꒳`*)

Re: No title

本当ですか、ありがとうございます(*´ω`*)

やっぱりミンメイのお話は書いてて楽しいです。
何故か毎回マネージャーが主役みたくなっちゃいますがw


> 相変わらずの、ミンメイとサブくんの話が噛み合わない感がいいですね。
> ミンメイの乙女スイッチon!も可愛いし、ボリさんのミンメイ愛もクールでいいし。
> 私のツボにはまったお話しでしたー‼︎(*´꒳`*)

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Re: タイトルなし

「虹の彼方に」は結構ご評価頂いてて嬉しいです^ - ^
私も書いてて楽しかったし、自分の考える宇宙での戦闘ってこんな感じじゃないの?っていうのが出せて良かったです。未沙の艦長ぶりもイケてたんちゃうかと勝手に自画自賛してます( ̄▽ ̄)
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