MCC -9-

アラスカ標準時間、深夜一時のマクロス・ベース。
眠らない街マクロス・シティにおいて、この巨大な要塞は街の中心地で24時間電飾を輝かせ続けている。

MCCやSIS(Strategic Information Section:戦略情報部)といった、世界を相手にする司令部エリアは特に眠らない。基地内の他のフロアから人気が無くなったこんな時間でも、部屋部屋には煌々と明かりが灯され、忙しそうに職員があちこち行き来している。

そんな中を、一人の男性士官が歩いて行く。両手に大量の書類の束を抱え込み、しかし特に重そうでもなく淡々と無表情のまま深夜の通路を進んでいた。
司令部では特に珍しい光景でもない。何か他と違う点があるとすれば、彼の髪の色が燃えるようなオレンジ色だった事だろうか。

彼の名はウルセン。かつて第67グリマル級分岐艦隊(通称ブリタイ艦隊)の一員として地球人類と戦っていた、帰化ゼントラーディ人である。

ウルセンの様な、戦後に地球人類へ帰化したゼントラーディ人は相当な数に上る。彼らの多くはリン・ミンメイを初めとする『文化』に憧れて市井へと下野して行ったが、一部は新統合軍に入隊して軍属に残る道を選んだ。戦いから離れることを、長く戦に身を置き続けた彼らは恐れたのだ。ウルセンも元々はそんな臆病な一人だった。

政府からの公式な発表はされていないが、元々遺伝子コントロールして生成されているゼントラーディ人は、能力に関しても生まれつき決まっている部分が多い。
成長過程において多少の差異は生まれるものの、基本性能は大体同じなのだ。
例えば、参謀型で生成されたゼントラーディ人は知能が高く、筋力体力など肉体的なスペックは低い。前線兵士はその逆だ。
ミリアなど、一部の特殊なエース級兵士は優れた資質を持って生まれて来るが、生成コストや組織ストレスが割りに合わないので大量生産はされなかった。

そのミリアとマクシミリアン・ジーナスとの間に子供が生まれた事で、地球人とゼントラーディ人の「血の融合」が可能である事が証明された。今後、地球人の遺伝子が混ざる事で、こうした固定化されたゼントラーディ人の種別にも、新たに多様性が生まれる事が予想されている。

しかし、帰化第一世代である現在のゼントラーディ人の多くは“一般兵士”として生成された者ばかりだ。そのため平均的な知能レベルが低く、高度な知的活動を行うのは困難を極めた。
そうした姿が蔑視され、巷ではゼントラーディ人に対する社会的な差別を助長する傾向が見られる。

ウルセンは、そんな現状をなんとかしたいと考えるゼントラーディ人だった。
彼自身はごく普通の一般兵士として生成された。同じタイプの遺伝子構造を持つゼントラーディ人は、この宇宙にゴマンといるだろう。しかし彼にとって幸いだったのは『環境』に恵まれていた事だ。

「確かにかつての私は、愚かな捨て駒の量産兵士だったかも知れない。でも今は違う。
地球で文化に触れ、戦争以外の沢山の事を学んだ。ゼントラーディ人として、いや、人間として一つステージを上がったのだ」

ウルセンの様な存在は、ゼントラーディ人が「環境次第で個性を持つ事が出来る」ことの証明ともなっていた。ベースが同じでも、学習能力のある彼らは、学ぶことでその後の人生を自分の手で変えることが出来るのだ。
これは全ての帰化ゼントラーディ人にとって希望の光となる報告である。政府や軍上層部も積極的に後押しした。

こうしてウルセンは、数少ない司令部勤務のゼントラーディ人となった。
いま世界では、地球規模での文明再建を目指している。そのため土木建築関係の人手需要が高く、ほとんどのゼントラーディ人はそうした現場の仕事に就いていた。
かの有名なゼム二級記録参謀エキセドルのような特例を除けば、個人の努力でこうした職務に就いているウルセンはとても珍しい存在なのだ。そしてその事を彼自身も誇りに思っていた。

こうして大量のペーパー資料を運ぶのにも慣れた。後方である司令部は女性士官が多く、ウルセンのような腕力に秀でた兵士は意外に重宝される。ゼントラーディ艦隊にいた頃は触った事もないような「紙の書類」に、ウルセンは今や愛着すら持っていた。

「植物の繊維をなめして作ったのか。なんて手軽なメディアなんだ」

紙の手触り、匂い、ツヤ感など、ウルセンは「紙」という存在に感動すら覚えていた。原始的だが理にかなった発明だ。ただし、あくまでもミニマムメディアとしての話だが。

無表情に見えて、実は紙の重みにうっとりしながら通路を歩いていたウルセン。明日の朝一の会議で使う資料らしく、夜間勤務のみんなでデータをプリントし、レジュメに整理した。運ぶ役は自ら買って出た。目指すブリーフィングルームはその角を曲がったすぐそこだ。

「さて、急ぐとしよう」

一人呟くと、ウルセンは足を早めた。通路の角に差し掛かり、歩速を緩めずに曲がろうとする。その瞬間、軽い何かにぶつかってそれを勢いよく弾き飛ばした。
体格的に相手を圧倒したウルセンだったが、その際に両手いっぱいの書類を思わず取り落としてしまう。

「ああ!」

ウルセンは叫んだ。大量の書類が一斉に通路の床へバサバサと広がって行く。ヒラヒラと目の前を飛んでいた数枚だけキャッチしたが、そんな物は焼け石に水だ。乾いた音を立てて、大切な書類たちが通路の床を眩しい白色に染めて行った。
やっちまったと失意のウルセンの眼に、無数の書類の海に埋もれた新統合軍の制服が映る。
そうだ、私は誰かにぶつかって大切な書類を落としてしまったのだ。こいつが原因か、おのれ何奴…

ウルセンは顔をしかめて倒れ込む相手を睨みつける。しかしすぐにその眼から攻撃色が失われた。

「疼〜(いった〜い)…」

倒れていたのはアジア系の女性士官だった。線のように細い眼、陶器のような白い肌、艶やかなミディアムロングの黒髪ストレートヘア…胸元の階級章は中尉を表している。曹長のウルセンよりずっと上官だ。
しかし、それより何よりウルセンの眼を奪ったのは、彼女の傍らに落ちている千切れたクロワッサンの方だった。

「OMG⁈コーヒー溢したじゃない!」

女性士官は憤慨し、両手を震わせて叫んだ。彼女の言う通り、空のコーヒーカップが床に転がり、中身の黒い液体を盛大に床へ撒いてしまっている。散らばった書類もいくつかそれに浸かっていた。

「あなた、手くらい貸せないの⁈」

女性士官は怒りながら細い腕を伸ばす。ウルセンは慌ててその手を取った。とても軽い身体をひょいと引っ張り上げる。

「通路の角を曲がる時は、ちゃんと気を付けなさい!」

立ち上がった女性士官はウルセンを叱り付けた。ぶっちゃけお互い様な気もするが、相手は三階級も上である。反論するのは難しそうだ。
しかしウルセンは謝るでもなく、じっと相手の顔を見つめている。女性士官はウルセンの様子が変なのに気が付いて、綺麗に整った眉根を寄せた。

「なに?何かあるの?」

ウルセンは答えない。女性士官をじっと見つめている。あまりに不気味で、女性士官の方が思わず一歩退いたその時。ウルセンはようやく口を開いた。

「自分は統計局のウルセン曹長であります」

「あ、あらそう」

女性士官は落ち着かない様子で髪を撫でた。クセなのだろうか?それはとても艶やかで美しい髪だった。

「貴官のお名前は何ですか」

「こ、広報部のリン中尉です」

ウルセンは両眼を閉じて、まるで噛み締めるように「広報部のリン中尉」と復唱する。リン中尉は段々と不気味になって来たのか、そろりそろりと後ずさりした。

「こ、これからは気を付けてね。それじゃあ」

立ち去ろうとするリン中尉。その細身の背中にウルセンは声を掛けた。

「お待ちください、運命の人」

「はぁ⁈」

振り向いて、驚いた顔のリン中尉。線のように細い目を目一杯見開いている。ウルセンは何か意を決したような表情で一歩前に出た。

「いま、何て?」

「運命の人、リン中尉」

ウルセンは至極真面目な顔である。リン中尉は口をへの字に曲げると、額に親指と人差し指を添えた。

「え〜と、あなたゼントラーディ人よね」
「はい、運命の人」
「その、運命の人っていうのは何?」
「あなたは私の運命の人です」
「え〜と、ちょっと待って頂戴ね」

リン中尉はこめかみに人差し指を突き立てて、記憶を探るかのような仕草をした。頭の中で「ゼントラーディ人の習慣」についてフルスピードで検索を掛ける。が、どの記憶にも「運命の人」なる単語は当てはまらなかった。

「あなたは私の運命の人だ」

ウルセンはそう言って床を指差した。リン中尉は視線でその先を追う。
そこには、夜食用に齧っていたクロワッサンが落ちていた。

「…クロサーントが何?」
「何って、地球人なのに知らないのですか?」
「だから何を?」
「ブレッドを咥えた女性と角でぶつかったら、やがて二人は結ばれるのです」
「…何それ」
「そう町崎塾で習いました」

リン中尉は細い目を点にして立ち尽くす。このゼントラーディ人が何を言っているのかさっぱり分からない。
広報部のベネディクト少佐が、政治家への深夜の接待から戻るのを残業して待っていたリン・チーリン中尉は、夜食を取りに高級士官用サロンへ行った帰りだった。突然この岩のような大男とぶつかり、特別に淹れて貰ったブレンドのコーヒーを床にぶちまけてしまった。その上訳のわからない事を言われて戸惑っている。
まったく、今夜は厄日だ。後で中華街でお札を買って帰ろう。

ウルセンが言っている「町崎塾」とは、MCCの町崎健一曹長が帰化ゼントラーディ人達に向けてボランティアで開いている「文化の勉強会」だった。
そこでの人気講座は「どうしたら恋人が出来るのか」という物で、人種が違えどやはり人間の本能は変わらないものだと町崎曹長は感心したものだ。
しかし、塾長である町崎自身に恋人がいた経験などない。なのでうまく誤魔化す為に「街角でパンを咥えた異性とぶつかったら、それは運命の出会い」という説をまことしやかに唱えたのだ。

「これは20世紀から続く恋愛現象で、実例もある信憑性の高い情報です」

そう自信満々に語る町崎塾長を、尊敬の眼差しでウルセン達は見つめていた。

…が、リン・チーリンがそんな事を知るよしもない。「町崎塾?」と聞きなれない言葉に、新しい教育プログラムかしらと首をひねるだけだ。

ウルセンはとても真摯に、情熱を込めた眼差しでリン・チーリン中尉を見つめた。そのあまりの迫力に、チーリンは二歩三歩と後ずさる。

「な、なによあなた」

「リン中尉…」

ウルセンは自分の分厚い胸に手を当てた。心臓がドキドキと高鳴っている。自分が興奮状態にあるのが分かった。ああ、もしやこれが『恋』という物なのか。町崎塾長、いよいよ私にも文化の目覚めの時が…!

「リン中尉、どうか安心してください」

ウルセンは潤んだ瞳で語りかける。そしてぶっとい両腕を広げて、彼女を迎え入れるポーズを取った。
ああ、運命の出会い万歳。ビバ・デ・カルチャー!


「あなたの胸囲が一般女子の平均サイズを大幅に下回っていたとしても、私はそんな事を気にしません。だから安心してこの胸に飛び込んで来てください」


数瞬の間があって、リン中尉の平手打ちが閃いた。
乾いた音が、深夜一時のマクロス・ベースに響き渡る。



帰化ゼントラーディ人の初恋は、こうしてあっけなく終わった。




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非公開コメント

ウルセンいいです!

ウルセンいいですね‼︎‼︎(≧∇≦)
ハッキネン以来の上玉キャラです‼︎びえりさんありがとうございます。

帰化したゼントラーディ人の話は興味深いです。
また、よろしくお願いします。
あと…エキセドル参謀のプライベート、こそっと教えてください。(゚∀゚)

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

Re: ウルセンいいです!

わ〜いホントですか、ありがとうございます^ - ^

エキセドル閣下は…夜な夜なアイドルソングを練習しています( ̄▽ ̄)
彼の目標はガチのデビューですwww


> ウルセンいいですね‼︎‼︎(≧∇≦)
> ハッキネン以来の上玉キャラです‼︎びえりさんありがとうございます。
>
> 帰化したゼントラーディ人の話は興味深いです。
> また、よろしくお願いします。
> あと…エキセドル参謀のプライベート、こそっと教えてください。(゚∀゚)

Re: タイトルなし

まっちーはあくまでも本気で教えているんですw
そういう悪戯とはちがいますwww

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Re: キョーレツ!

先生〜(^o^)ノ
どうぞどうぞ、のし付けて差し上げますw可愛がってやってくださいww

町崎塾は非公式なアングラの集まりなので、有志の間でだけ有名ですw
人数は増え続け、やがて街崎塾となり、平成の松下村塾と呼ばれるようになります( ̄ー ̄)

ゼントランにちーはハードル高そうですよねwww
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