MCC -10-

深夜2時のマクロス・ベース。人気のない薄ら寂しいフロアを、2人の警備兵が巡回に回っている。

窓の外は真っ暗だが、通路の灯りに照らされた吹雪がひっきりなしにガラスへ叩きつけられる。宇宙空間でも平気な分厚い超硬ガラスは音も振動も通さないので、まるで外と内とでは別世界のようだった。

「ツァムハグは今度のお休みどうするの?」

カツン、カツンと2人の足音だけが通路に響いている。背の低い女性警備兵は、手にしているマグライトをクルクルと弄びながら質問した。背の高い男性警備兵はジロリと女性警備兵を見下ろす。

「休暇は家で過ごすよ。出掛けるアテもないし」

「じゃあさ〜、私の買い物に付き合ってくれる?」

女性警備兵の申し出に、男性警備兵は驚いた顔になる。戸惑い気味に質問を返した。

「か、買い物って、2人で出掛けるのか?」
「そうよ。イヤ?」
「い、イヤじゃない。だが、その…」
「何よ、荷物持ってもらうだけよ?」
「あ、ああ、うん。勿論だよ、分かってるさ」
「じゃあ決まりね」

女性警備兵はニコリと微笑んだ。笑うとリスのような前歯がむき出しになる。ソバカスだらけの丸い顔。美人ではないが、愛嬌のある顔だった。
男性警備兵は頭をポリポリと書きながら、真っ赤になって「うん」と俯く。

ラララ〜と鼻歌を歌いながら先を歩いて行く小柄な女性警備兵の背を眺めながら、ツァムハグと呼ばれた巨大な男性警備兵…ゼントラーディ人は、きたる次の休日が大変なイベントになってしまった事に、喜びと畏れとを同時に胸中に抱いていた。


マクロス・ベースに勤務するゼントラーディ人警備兵のツァムハグは、実はスパイだ。
元々はあの宇宙での決戦で、ミンメイ・ショックを受けて文化に憧れ、地球側に寝返った沢山のゼントラーディ人の一人だった。しかし戦後に迎えた平和な生活は退屈で、鬱屈したストレスは日に日に加算されていく。期待と違って別にミンメイに会える訳でもなかったし。
作業現場において、非力なマイクローンごときにアゴでコキ使われる事に耐えられず、職場放棄をして街を飛び出したツァムハグは、遂にあの悪名高いカムジンの元へと走った。そこでテロリストの一員となる。

噂に聞いていたカムジンは、想像以上に男気に溢れ、カリスマ性のある魅力的な人物だった。しかしバカだった。
組織にはかのラプラミズ司令官も席を置いていたが、その言動はすっかり様変わりしていて、かつてのような冷徹な叡智は微塵も感じられなかった。この荒んだ環境がそうさせたのか、それとも「文化」を知って兵士から女になってしまったのか。

「マクロスを倒すんだ!」と常に息巻くカムジンだが、特に具体的な長期構想がある訳でもない。
日々行き当たりばったりの戦いが続き、部隊はまともな補給もままならない。組織が次第に疲弊して行く中、ツァムハグは試しにリン・ミンメイを誘拐する作戦を提言してみた。あわよくばあのミンメイに触れてみたいという願望も密かにあった。
カムジンはそのアイディアに大いに喜び、早速行動に移す。彼の思い切りの良さ、決断力、行動力は正直賞賛に値する。思慮は浅いが指揮官としては優秀な男だった。
が、やはり浅慮から敵の罠にかかり作戦は失敗した。せっかく捕らえたリン・ミンメイもあっさり救い出されてしまった。奸計においてはやはり地球人の方が一枚上手だという事か。

ツァムハグは諦めずに新たな策を献上する。自分がマクロスに忍び込んでスパイ活動をするというものだ。しかしこうした搦め手にカムジンは興味がなく「勝手にやれ」と言い放つだけだった。なのでツァムハグはそうする事にした。

戦後に樹立された新統合政府は、地球人とゼントラーディ人との融和政策を推し進めている。文化に憧れ、軍人以外の生き方を模索する帰化ゼントラーディ人への支援を積極的に行っていた。しかしそう簡単に「今日から民間人です」とはなかなかいかないものだ。そこで軍属にもゼントラーディ人を数多く迎え入れている。なのでツァムハグは志願兵として割りと簡単にマクロスへ潜り込むことに成功した。

そして、そこでハンナと出会った。

ハンナは背が低く、子供のような体格をしている女性だった。前歯の二本だけが大きくて、笑うとそれがニュッと現れる。「私、チンチクリンだから」とよく彼女が口にするのをツァムハグはすぐに覚えた。しばらくの間、チンチクリンとは褒め言葉だと思っていた。

警備班に配属となり、素性を知られぬよう誰とも距離を置こうと注意していたツァムハグだが、気さくなハンナは積極的にツァムハグに話し掛けて来た。適当に誤魔化しているうちに会話も増え、いつしか一緒にいる時間も長くなる。
「2人はお似合いね」と同僚に茶化された事もあった。「やだ〜」と赤くなって否定するハンナが、少しだけ嬉しそうに見えたのは気のせいだろうか。

やがてツァムハグは潜入スパイとしての任務を忘れ、真面目に一警備兵として働くようになる。何度か組織から報告を求められたが全て無視した。そのうち諦めたのか、何の連絡も来なくなる。
ところがある日、カムジンがゼントラーディ戦艦でマクロスに特攻を仕掛けて来た。特に事前の連絡などなかったのは、死んだと思われたか、もはや忘れられていたからか。しかしツァムハグにとって今やそんな事はどうでも良くて、ただ戦いの中でハンナの事だけが気掛かりだった。
攻撃を受け炎上するマクロスの中で、ツァムハグはハンナを探し求める。彼女は通路で倒れていた。爆発の衝撃で気を失っていたのだ。

「もう大丈夫だ、俺が必ず助ける!」

生粋の戦闘民族であるゼントラーディ人が、たった一人の負傷兵を連れて戦場から逃げた。それは、平和を嫌ってテロリストとなったかつての自分からすれば信じられないような不名誉な事だったが、ツァムハグはもうそんな事はどうでも良かったのだ。
ただ、ハンナを助ける事だけがその時の彼の頭の中を支配していた。

ハンナは軽傷で、すぐに目を覚ました。野戦病院で彼女に付きっきりだったツァムハグは、無事だった彼女の笑顔を見れてようやく全てを悟った。


「彼女が私の『文化』なのだ」


あの戦闘で、カムジンは死んだらしい。でももうそんな事すらどうでも良い。
戦後落ち着いていたゼントラーディ人への偏見も、一時的に強くなった。だが彼女さえ無事なら他のことはもうどうでも良かった。



「初めてのデートだね」

リスのように前歯を出してハンナは笑った。ちょっとだけ気恥ずかしそうに。
ツァムハグは映画や小説の中でしか知らないその単語に、目眩さえ覚えかねないくらいの衝撃を覚えた。心臓が高鳴る。息が苦しい。

「何着ていこうかな〜」

前を歩くハンナを見つめながら、かつて戦いだけを求めて銀河系を彷徨ったゼントラーディ人兵士は、一つの想いを確信へと昇華させていた。


「やはり唯一、文化こそは戦いに勝るのだ」


いつか、この宇宙に広がる他の多くのゼントラーディ同胞らにも、この事を伝えてあげたい。
そんなほのかな想いが、彼の中に密かに生まれつつあった。




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文化ってね

カムジンとラプラミズのくだり、うーん。そうだよねえ。と納得しきり。
ラプラミズが、「女」じゃなくて「姐さん」になっていたら、カムジンなんて、使える特攻隊長になっていたかもね。
2人の最後のシーンはちょっと切なかったなぁ。

ツァムハグとハンナは、小さな恋の物語。みたいでかわいいですね。応援しちゃいます。(*´꒳`*)

Re: すごく、いいです

嬉しいです〜ありがとうございます^ - ^

そうなんですよ、まさにそういう気持ちで書いてました。何でも分かっちゃうんですねwさすが先生です(`・ω・´)キリッ

主役たちを出さずに〜のところは、読んでるこっちもテンション上がりましたw

Re: 文化ってね

ラプラミズ姐さんの場合、立場的にも微妙ですよね〜( ̄∀ ̄;)
組織の中心はカムジン一家な訳で、主導権はどうしてもそっちに取られちゃう。多分指揮系統順で姐さんが指揮官になっても、多分カムジン言うこと聞かないでしょうしw

でもまあ、ある意味ゼントラーディ女性として文化に目覚めた分かりやすい例なのかも知れませんね。生き残っていたらまた違う展開があったかも知れないw


> カムジンとラプラミズのくだり、うーん。そうだよねえ。と納得しきり。
> ラプラミズが、「女」じゃなくて「姐さん」になっていたら、カムジンなんて、使える特攻隊長になっていたかもね。
> 2人の最後のシーンはちょっと切なかったなぁ。
>
> ツァムハグとハンナは、小さな恋の物語。みたいでかわいいですね。応援しちゃいます。(*´꒳`*)
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