MCC -11-

その夜のMCCの当直警備は、サルマ・ファラハニ少尉率いる警備部・第6治安維持小隊が当たっていた。

サルマは回教徒である。勤務中もヒジャブと呼ばれるスカーフで頭をスッポリと覆っている、とても保守的なムスリムだった。
かつて途上国を中心に、世界中で絶大な勢力を誇ったかの宗教も、ゼントラーディとの星間戦争によりほぼ壊滅状態にまで追い込まれている。最盛期に比べて1%にも満たない人口の現生人類において、宗教を信条とする者は極端に減少していた。
これには「ゼントラーディ人」という、とても現実的な“宇宙人“の存在が、大きな理由の一つになっていると思われる。

そんな中で、イスラム世界においても戒律の厳しい部類であるサウジアラビア王国に生まれついたサルマは、世界崩壊後の今日となってもコーランの教えを忠実に守る清廉な女性の一人だった。

勿論、兵士として働くからには、戦前のように「女が男と同等な仕事をしてはならない」という回教国のスタンスからは解放されている。
親欧米派であった当時のサウジアラビア王国でさえ、女性がいかに身体的、権利的、性的に虐げられて来たか、サルマは良く知っている。この世界が当時のままであれば、今の私は存在しなかったであろう。
これは、ムスリムにとって度々持ち上がる戦後の宗教問題の一つでもある。

回教圏の有名な逸話に「名誉殺人」という物がある。イスラムの教えでは、女性は結婚するまで処女でいなくてはならない。しかし犯罪はどの時代、どこの国でも起きるもので、中でも若い女性を狙った強姦事件などは後を絶たない。
しかしムスリムならば処女でいなくてはならない訳で、婚前に処女をムリヤリ散らされてしまった女性は、一体どうすれば良いのだろうか。

イスラム的な正解は「処女でなくなったので殺す」というものだ。
それも「身内にそんな女がいる事は恥だから親族の手で処刑する」というのが正しい道となる。

勘違いのないように整理しておくと、女性は被害者である。ある日突然見知らぬ男に街でレイプされた。すると「婚前性交渉をした」という罪で親や親戚に殺されるのだ。
それを一族の名誉を守る行為「名誉殺人」と呼ぶ。

因みに殺されるのは被害女性だけで、男は(警察に捕まれば)強姦罪で裁かれる事になる。これは古代の話ではない。21世紀でも普通に行われていた事なのだ。

そんな話をすると、部下の女性兵士達は大抵「酷い話です!」と憤慨する。特にキリスト教圏で生まれ育った人間の反応はそれが顕著だった。魔女狩りをしていた彼女らの祖先が聞いたら、果たしてどんな顔をするだろうか。
サルマは半分自虐的に、半分面白がって女同士の茶飲話にこの話題を取り上げたりした。戦後の今だからこそ話せる話題でもある。それぞれの反応は地域性があってとても面白かった。
そころが、ゼントラーディ人の反応は周囲と少し違ったのである。

「不名誉なら死ぬべきでしょう」

初めて持ったゼントラーディ人の部下であるイュスは「落し物を拾いました」とでも言わんばかりの平然とした表情でそう言い放った。若いイュスの見た目が可愛らしかっただけに、その口から漏れた言葉のギャップは大きかった。周りの部下達は若干引いていたかも知れない。話し手のサルマも、その予想外の言葉に少し戸惑った。

ゼントラーディ人には「家族」がいないから、名誉殺人の本当に恐ろしい部分はイマイチ良く分かっていないのかも知れない。
だがサルマは、イュスらゼントラーディ人と日々付き合って行くうちに、消耗品として造られた彼らに「命の尊さ」を理解させるのはかなり困難なように感じられた。

作戦によってはあっさり使い捨てにされるゼントラーディ兵たち。彼らの目には、地球人の「一人も犠牲を出さない」事を至上とする非効率な作戦行動などは、とても奇妙な物に映ることだろう。
それは、戦いという手段そのものが目的になってしまった悲しい生き物のサガなのだろうか。

「その女性の身になって考えてみなさいよ!」

金切り声で反論したのは、たまたま郊外の空軍基地から諸用で来ていたミリオム大尉だった。元々はここMCCの出身で、サルマとも顔馴染みの人物である。
見た目や言動がとても幼く、軍人と言うよりはまるでスクールガールといった風体だが、これでも航空管制主任なのだ。部隊が休憩しているのを見つけて、警備兵詰め所にお茶をたかりに来ていた。

「しかしその女は戦いに敗れた訳ではありませんか。なら処罰されて当然では?」

イュスは怪訝な顔で疑問を口にする。それを聞いて妙な義憤に駆られたミリオム大尉は、両手を振り上げ顔を真っ赤にして凄い勢いで説教を始めた。
警備兵詰め所に響く甲高いキンキン声に、何事かと通りすがりの職員が顔を覗かせて行く。困ったサルマは「まぁまぁ大尉」と20歳も年下の上官を宥めた。

「ゼントラーディ人には、人権や男女差別などの問題は少し難しいのでしょう」
「にしたって酷いわ!そんなの可哀想よ!」

もう何に対して怒っているのか分からないミリオム大尉だが、最後にびしりとイュスを指差して金属質な高音を響かせた。

「じゃあ、その女の人はどうすれば良かったの⁈力尽くで手篭めにされたのに、理不尽じゃない!!」

まさにその通りだ。しかしイュスはさも当然と言わんばかりの顔で平然と答えた。

「犯される前に死ねば良かったのです。それで名誉は守られます」

瞬間、その場は凍り付いた。
恐らくレイプという犯罪についてゼントラーディ人はまだ良く理解していないのであろう。あの時のミリオム大尉の引きつった顔を、サルマは今でも覚えている。

その場では何も言わなかったが、実はサルマもそう思っていた。イスラム社会においては、往々において命より名誉の方が尊ばれる。名誉こそが真の魂なのだ。
なのである意味で、命の価値が軽いゼントラーディ人の方が、よりイスラム的な思想に近かったのかも知れない。それはサルマにとって新しい発見であり、それと同時に悲しい気付きでもあった。


…何故、今になってこんな事を思い出したのかと言えば、イュスの涙を見たからだ。

「ファラハニ少尉、死なないでください!どうか、どうか死なないで…!」

必死に私に取り縋るイュス。彼女の泣き顔を初めて見た。いや、そもそもゼントラーディ人が泣いているのを見たのは初めてかも知れない。

思えば、彼らにとって地球は異世界の様なものだ。得体の知れない習慣、未体験のルール。文化などという言葉に集約しきれない、理解の難しい出来事が日常的に彼らを襲っている。それはとても不安な毎日だった事だろう。

だから、なるべく面倒を見てあげた。あの戦争で死んでしまった夫や子供の代わりに、彼らゼントラーディ人を私が母親代わりになって育ててあげるつもりでいたのだ。
それは単なる思い上がりだっただろうか。それとも、大いなる神の意志に沿う行いだったのか。

私は背中の感覚がなくなりつつある事を感じながら、冷たい通路に静かに横たわっていた。何とか動く右手を上げて、泣いているイュスの顔にそっと触れる。その手は真っ赤に染まっていて、イュスの頬を私の血で汚してしまった。ゴメンねイュス、でも最後にあなたに触れておきたかったの。

「何です、何が言いたいんですか少尉⁈」

イュスは頬に触れる私の手を、その上から強く握り締めた。ゼントラーディ人の女性は厳つい顔付きの人が多いけれど、イュス、あなたは特別に可愛い顔をしていたわね。ゼントラーディ社会では無意味だったあなたの容姿も、この地球ではきっとあなたを良い方向に向かわせてくれるでしょう。

唇は動いたが、声は出なかった。私は瞼が重くなって来て、ゆっくりと目を閉じる。全身が寒くて気が遠くなって行くのが分かる。

「ダメです少尉、目を開けて!メディーック!メディックはまだなの⁈」

衛生兵を呼ぶイュスの声が遠ざかる。もういいのよイュス、もう…。

最後に、あなたが命の尊さを感じてくれて嬉しかった。大切に思う人を失うって、とても悲しい事よね。


きっと…ゼントラーディ人にだって…それが理解出来るはず…



サルマ・ファラハニ少尉は、アラスカ標準時間の深夜3時過ぎに起きた『MCC襲撃事件』において、侵入者の銃弾を腹部に受けて死亡した。38歳だった。




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鳥肌たちました‼︎

うわあぁぁぁ。なにぃぃい。
すごい‼︎この話 (≧∇≦)
『MCC襲撃事件』びえりさんワールド。プンプンしてる‼︎(@_@)

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Re: 鳥肌たちました‼︎

あ、すみません、その辺はサラッと流しますw
( ̄▽ ̄)


> うわあぁぁぁ。なにぃぃい。
> すごい‼︎この話 (≧∇≦)
> 『MCC襲撃事件』びえりさんワールド。プンプンしてる‼︎(@_@)

Re: タイトルなし

マクロスって異文化交流のお話ですけど、実際に文化が交わる場面ってあんまりないですよね〜( ̄▽ ̄)
ゼンちゃん達は、白人から見たインディアンみたいな扱いなのかな〜
その辺の裏話的なのをあんまり見掛けない…

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Re: No title

アメリカって特殊な国で、キリシタンが集団で移民して「聖書の通りの理想国家を作ろう!」とよーいドンで始めた国なんですよ。こんな成り立ちの国って、現存する国家には他に例がないんですよね。
だから唯一移民政策というか、多民族でもそれなりにやって来れたんだと思います。いまヨーロッパで移民が失敗しまくってるのは当たり前っちゃー当たり前の話なんですよね。日本もやれば失敗しますね。

もっとも、こうしたアメリカの話って現代の白人側から見た話で、当時のネイティブアメリカンからして見れば土地を奪われ民族浄化されちゃってますけどもw
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