MCC -12-

「外科がすぐに来ます!」

ストレッチャーに駆け寄るナースが叫んだ。まるで戦場から帰って来たばかりのような格好の兵士が、誰かの血に塗れた手を挙げて人を呼んでいる。現場からストレッチャーを引っ張って来た救護兵は、軍医の耳元でなにかを叫んでいた。
騒然としたフロアの中を、いくつものストレッチャーが音を立てて引かれて行く。

「脈が弱いぞ!」
「まず血液検査、それとヘマトを図って!」
「おいこっちだ」
「そこ、右に気を付けろ」

連絡を受けて待ち構えていたメディカルチーフが、腕を上げてスタッフ達に指示を飛ばす。

「早く緊急体制を敷け!」

アラスカ、午前4時のマクロス・ベース。基地内の緊急救命室には、次々と重症患者が運び込まれて来る。深夜に息つく暇もなく、スタッフ達は緊迫した表情で受け入れに駆けずり回っていた。

「おい、聞こえるか?!しっかりしろ!」
「気道は異常ないようだ」
「おい、目を開けろ!」
「命令に反応を示さない。グラスゴースケールは、ええと、7だ」
「撃たれてからどのくらい経ってる?」
「分かりません、でも2リットルは出血してます!」
「なんでこんなになるまで遅れたんだ?!」
「知りませんよ!ドンパチの現場で聞いてください!」

続々と血まみれの兵士がストレッチャーで運び込まれて来る。辺りに血の匂いが充満し始めた。

「お願いします、助けてください、ケイト先輩来月結婚するんです」

早足で現れた白衣の男に、泣きながら若いアジア人士官が縋り付く。

「分かったから離れて!おいお前、ナースを2人呼んで来い!」
「今度の移民艦の航宙士ですよ、絶対死なせないで!」
「そら大ごとだな、なんで撃たれる前にそう言わなかったんだ⁈」

ほんの5分前に仮眠から叩き起こされたばかりの当直軍医ヴァルマン・マルホートラは、ぼやきながらも駆け足でストレッチャーの一つに取り付いた。患者はブロンドの若い女。ああ勿体ない、こんなに血塗れで可哀想に。

「ベッドに移すぞ!」

ストレッチャーの取っ手に手を掛ける。運んで来た救護兵と息を揃えた。

「いくぞ、1,2,3!」

ドスンと音を立てて、血塗れの患者を処置ベッドへと移し替えた。かなり揺れたが、意識のない患者は一言も文句を言わない。
42歳のインド人、軍医ヴァルマン・マルホトーラ大尉は患者を目視で確認する。そのあまりの酷い状態に思わず顔を顰めた。これはもう、もしかしたらこのまま目を覚まさないかも知れない…そんな思いを、かぶりを振ってすぐ追い払う。
隣りに駆け付けた同僚の中年女性ドクターが、患者の軍服に素早くハサミを入れ始める。作業しながら口だけは別に動かして指示を飛ばしていた。

「エトミデートとサクシニルコリンを静注して!」

ナースがすぐに準備に走る。ヴァルマンは手を伸ばすと、女性ドクターがハサミで切り開いてくれた軍服の下をチェックする。

「どれ…鼠径部と胸部に銃創…くっそ、まだあるぞ、左右の上腹部に二か所」
「ナンバーエイトを気管内チューブ、血圧は!?」
「まった、酸素飽和度が低い、82」
「だから挿管するんでしょ!血圧を測って!」
「テストチューブキットをくれ」
「セントラルラインが先よ!」
「血圧は90の50です!」
「Oマイナス4単位のうち2単位をラピットディフューザーに繋いで。そこのあなた、輪状軟骨を押して!」

戦場のような雰囲気に、経験の浅そうな若いナースがオタオタと歩き回っている。中年女性ドクターに叫ばれて我に返り、慌ててそちらへと駆け寄った。

「ヴァルマン、大丈夫?」

意識のない患者の喉に、挿管チューブを慎重に押し込むヴァルマン。それを見て同僚の中年女性ドクターが心配そうに声を掛ける。彼が挿管が苦手なのを知っているからだ。思わずヴァルマンは苦笑いで答えた。額には汗が浮かんでいる。

「…よし挿管した、いいぞ!セントラルラインを入れろ!」
「滅菌ドレープをちょうだい」
「クソが、バカ騒ぎしやがって」
「上で何があったの?」
「分かりません、MCCが襲われったって話です!」

返り血で真っ赤に染まった救護兵が忌々しげに答えた。このマクロスの中枢、新統合軍の指揮センター『MCC』。そこが攻撃されたとなれば前代未聞の大事件だ。一体、今の世の中はいつになったら平和や理想といった明るい二文字が、暗い現実に追いついてくれるのだろうか。

「ヴァル、こっちを手伝ってくれ!」

隣りの処置ベッドから声が上がる。ヴァルマンは顔を上げた。同僚の女ドクターと目が合う。両手が血まみれの中年女性ドクターは、素早く頷いて口を開いた。

「行って!こっちは平気!」

多分本当は平気ではないだろう。しかし今はどっちを向いても緊急患者ばかりだ。ヴァルマンは「頼んだ」と一言残して呼ばれた方へと駆けつける。

「ヴァル、傷を見てくれ!」

ヴァルマンを呼んだ顔馴染みの救護兵が叫ぶ。ヴァルマンは返事もせずに処置ベッドに横たわる血まみれの兵士の身体に手を添えた。

「ええと、左わき腹に二か所の銃創、一つは第二腰椎の高さで真ん中から左へ4センチ…二つ目は中肩甲骨線で第五腰椎の高さだ」
「脊髄をやられてるかな?」
「分からん、角度によりけりだ」
「血圧70の50、脈拍120!」
「生食を急速投与しろ、鎖骨下静脈から」
「呼吸音良好、酸素飽和度は93」
「Dr.ヴァルマン、挿管しますか?!」

一瞬、ヴァルマンの顔が引きつる。

「いや、マスクで酸素10リットルだ。外傷時の血液検査、同じ血液型を4単位、ポータブルで胸部写真、腎部造影も一枚」

「おおい、待った!」

驚いた声で、ライフル銃を構えた兵士が割り込んで来た。

「おい、こいつ襲った犯人じゃないか!」

ライフル銃で、ヴァルマンが診ている患者を指し示す。ヴァルマンは興奮した様子の兵士を、次いで馴染みの救護兵の顔を見た。

「そうなのか?」
「知らん、でもウチの軍服を着てるぞ」
「変装して潜り込んだからMCCまで辿り着いちまったんだろうが!」

兵士がライフル銃を構えた。M16自動小銃。直径5.5ミリのライフル弾を秒速1000mで撃ち出す恐怖の殺人兵器。その切っ先は処置ベッドの上の患者に向けられている。

「おい、よせ!」
「殺せよ!みんなこいつらにやられたんだ!」
「待て、待て落ち着け!」
「確かなのか⁈間違いないのか!」
「誰かMPを呼べ!」

ヴァルマンはライフル銃を構える兵士の前に手を突き出す。事情はよく分からないが、運び込まれた患者を目の前で撃ち殺される訳には行かない。というかこんな所で発砲されたらまた大惨事だ。

「犯人かどうか確認したか⁈」
「間違いない、こいつの顔を見た!」
「存命させて、取り調べをせんといかんだろう」
「息を吹き返せばまた暴れるぞ!」

血走った目で、兵士はライフル銃のトリガーに指を掛ける。ヴァルマンは慌てて銃口の射線に割って入った。

「よせ、よせ!まず落ち着け!」

視界の端に、憲兵が走って来るのが見える。せいぜい時間稼ぎとばかりにヴァルマンは兵士へ説得を試みた。

「いま撃って殺せば一瞬だ。むしろ楽にしてやるようなもんさ。でも、命を永らえればもっと苦しめてやれるぞ。なにしろ今のこの世は生き地獄だからな」

馴染みの救護兵は必死にウンウンと頷いている。説得のせいかどうかは怪しいが、兵士は引き金を引くのを躊躇していた。ヴァルマンは腰が引けていたが、なんとか患者を守って銃口の前に立ちはだかった。

「とにかくこの場は俺に任せて、お前さんは急患を運ぶの手伝ってくれ。早くしないとみんな死んじまう」

「おい、お前銃を降ろせ!」

駆け付けた憲兵2人が、兵士に拳銃を向ける。驚いた様子で兵士はそちらに目を剥いた。

「俺に銃口を向けるのか⁉︎このクソ犯人野郎じゃなくて⁈」
「ここは軍隊だ。規律のもとに皆生活している。俺が銃を向けてるのはお前自身にじゃなくて、軍規を乱すバカな違反者にだ」

冷徹な憲兵の言葉に、しかし兵士は返って気を落ち着けた様子だった。ライフル銃を降ろし、両手を上げる。すると憲兵もそれ以上追求しなかった。

「行けよ、報告しないでおいてやる」

兵士は恨みがましそうにベッドの上の患者を睨みながら立ち去った。ホッと息をつくヴァルマンの肩を誰かが掴む。振り返ると、同僚の中年女性ドクターだ。

「ヴァルマン、無茶しないで」
「無茶じゃないさ、平気平気」

ヴァルマンはハハハと乾いた笑いで応える。そして目の前の患者に向き直った。
横から憲兵が患者の顔を覗き込んで来る。眉をひそめながら小さな声で囁いた。

「ホントに犯人なのか?」
「知らん、そっちで調べてくれ。生きてたらな」

ヴァルマンはヤレヤレといった顔で吐き捨てる。フロアにはまだまだ血塗れの患者が運ばれ続けていた。



「わ〜ん、僕死ぬんだ〜」

嵐のような時間が去り、幾分落ち着きを取り戻した緊急救命室にやって来るのは軽症患者ばかりになりつつあった。
疲労の色が見えるヴァルマンは、マッシュヘアの軍曹を治療しながらため息を吐く。

「アホ、驚いてコケておデコを擦りむいただけで人が死ぬか」
「うええ〜ん、男町崎、童貞のまま死ぬのは嫌だ〜」
「良い教訓だな。次の休みにとっとと捨てて来い」

エグエグとえずく町崎軍曹に、ヴァルマンは「ほら、もういいぞ」と頭をペンと叩く。町崎軍曹はグジグジしながら椅子から立ち上がった。
立ち去り際、何とはなしに軍医を振り返る。

「うう、そう言えば、軍医が犯人を助けたって本当ですか?」

ヴァルマンはカルテパッドを打ち込む手を止めた。少しだけ渋い顔になる。

「分からん。…そうなるのかな」

町崎は特に何の感慨もなく、無遠慮に言葉を続ける。

「沢山の人を殺した犯人なのに、なんで助けたんです?」

ヴァルマンの表情が歪む。町崎にしてみればTVの向こう側の話みたいなものだろう。所詮他人事だ。
しかし言われてみればそういう考え方もある、とヴァルマンは思う。冷静に見れば、被害者と加害者が同じフロアで救命治療を受けていたという訳だ。不謹慎だが、何ともシュールな現実だ。

「…さぁな。俺は目の前の命を救うだけさ」

「でも」

町崎軍曹はグスグスと鼻を鳴らしながらも、余計な事を言い続けた。

「テロリストは、多分死刑でしょう?命を助けた意味ってあるんですか?」

ヴァルマンは不機嫌そうに吐き捨てた。

「さあな。目の前の命を救うだけさ」

同じセリフを繰り返して、ヴァルマンは「さあ、もう行った行った」と鬱陶しいマッシュヘアを追い払った。町崎軍曹は「痛いよ〜」と負傷したおデコを抑えながらヨロヨロとフロアを去って行く。

ヴァルマンはフロアを見渡した。辺りには救命具や赤く染まったガーゼなどが散乱している。まるで夜戦病院の様だった。一体、どれだけの怪我人が運び込まれて来たのだろう。どれだけの人が助かったのだろうか。

視線をエレベーターに移す。あのエレベーターで手術室へと運ばれた、最初に診た金髪の若い女は助かっただろうか?たしか来月結婚と言っていたか?

「…なんて事だ、まったく…なんて事だ」

救命医として、やれるだけの事はやった。あとは外科の仕事だ。ヴァルマンは深くため息を吐くと、カルテパッドを閉じて顔を洗いに歩き出した。




関連記事
スポンサーサイト

テーマ : 懐かしいアニメ作品
ジャンル : アニメ・コミック

コメントの投稿

非公開コメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

Re: 死

命とは…




毎日が忙しいこと、とか…?


答えは難しいですね^^;

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

返答

ヴァルマンの町崎に返す言葉にグッときました。

手を差し出さなければならない状況で、手を差し伸べることができる側なら、考える前に動くのかな。

う〜ん。深い。

Re: タイトルなし

わ〜ホントですか、良かったです^ - ^

人間、緊急時は排泄しなくなりますもんねw格闘の練習中とかも確かにあんまり行かなかったですw

あ、「虹の〜」はそうです!良く気が付きましたね。やっぱさすがです∑(゚Д゚)
ケイトちゃんには可哀想ですが´д` ;

Re: 返答

ふふふ
命に答えなどないのです
というかびえりには分かりません( ゚д゚)
むしろ教えてくださいww


> ヴァルマンの町崎に返す言葉にグッときました。
>
> 手を差し出さなければならない状況で、手を差し伸べることができる側なら、考える前に動くのかな。
>
> う〜ん。深い。
カテゴリ
プロフィール

びえり 

Author:びえり 
iPhoneで書いているので「輝」と打てません

FC2の機能がよく分からないので、何か変だったら教えてください(´・ω・`)

最新記事
最新コメント
くせっ毛の飛行機乗り
検索フォーム
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR