MCC -14-

マクロスの左腕部には、かつて太平洋を航行した統合軍の空母「プロメテウス」が改修し接続されている。

元々ここには宇宙戦艦アームド2がドッキングする予定だったのだが、アームド1と2の両艦は最初のゼントラーディ艦隊襲撃の際にあっさりと撃沈されてしまった。
その為、当時のマクロス艦長グローバルの判断により、フォールドで宇宙空間へ放り出されていた空母プロメテウスを代替えとしてくっ付けたのだ。何とも乱暴な話である。

そして戦後の現在、街のど真ん中の淡水湖には巨大な空母がその傷付いた姿を浮かべている。とてもシュールで不思議な光景が、ここシティでは今や日常となっていた。

「こんな時間に珍しいな」

使われなくなったプロメテウスのカタパルトデッキから、甲板整備士のディビット・ジョンソン上等兵は闇夜を飛来して来る大型輸送ヘリに目を凝らした。
雪は止んだが、アラスカの真っ暗な空はまだ風が強く吹いている。ヘルメットを飛ばされないようキツく顎紐を結び直してから、ジョンソンは硬い鉄板の上にアーミーブーツを踏み出した。

戦時中はバルキリー可変戦闘機の発着所として大活躍したこのカタパルトデッキも、戦後はほぼ本来の目的では使われていない。シティの郊外に4000メートル級の滑走路を引いた空軍基地を新設したからだ。今やほとんどの可変戦闘機はそちらに常駐している。

そもそも、空母の甲板からカタパルトで打ち出される出撃方法は事故リスクが大きい。難易度が高いのだ。
パイロットはいらぬストレスに身を削られるし、離着陸に失敗でもすれば大惨事である。
どうしてもそこから出撃しなくてはならない理由が無い限り、どんなベテランパイロットだろうと空母からの発進や着艦を自ら希望したりはしない。みんな広くて長くて安全な平地の滑走路の方が良いのだ。

なので、今やプロメテウスの格納庫はもぬけの殻だった。甲板は、ここマクロス・ベースへとやって来るVIPの為のヘリポートとして使われる程度である。
マクロスはデカい。歩いて基地に入ろうとしたら何時間もかかってしまう。

アフリカ系アメリカ人のディビット・ジョンソン上等兵は、甲板上で吹き荒れる寒風に身を震わせながらコートの襟を立てた。ヘリポートの照明に腕時計をかざして時間を確認する。
AKST(アラスカ標準時間)でまだ午前6時になったばかりだ。朝日も昇らないこんな時間から、大型輸送ヘリが強風を押して飛んで来るなど滅多にない。

「あんな事件の後だしな、緊急なんだろ」

後ろから歩いて来た同僚が、ジョンソンに声を掛けた。「おお寒い」と縮こまりながら、厚い皮手袋に包まれた両手を擦り合わせる。
ジョンソンは一つ頷くと空を見上げた。冬のアラスカの真っ暗な空。そこには電飾に彩られつつも、その巨大過ぎる輪郭を闇の中に溶かしたマクロスの影が広がっていた。
まるでそれは、夜の闇そのもののように人々の頭上に浮かんでいる。

「MCCが襲われたって?」

ジョンソンはマクロスを見上げたまま声を返す。ここからでは、マクロスは大き過ぎて全景を見渡せない。あの夜空に浮かぶ灯りのどこがMCCなのかさっぱり見当も付かなかった。

「詳しくは知らねぇけど、上の連中はそう言ってたぜ」

同僚は足踏みしながら白い息を吐いた。気温は零下をはるかに下回っている。あまり長時間外にいると、肺が冷気を吸い込み過ぎて凍傷を起こしてしまう。ジョンソンは鼻息が凍った口ひげを皮手袋でゴシゴシと擦った。

「こんな馬鹿デカいのを襲おうなんてアホが、まだいるんだな」
「そらいるだろ。世の中は常にアホだらけさ」

一際強い突風が起きる。ジョンソンと同僚は腰をかがめて横風に耐えた。飛行甲板から水面までは20m以上あるが、毎年数人が冬の風に煽られて湖面へと落水する。こんな真っ暗闇の中で溺れれば100%凍え死ぬだろう。

夜間照明に照らされて、夜空から大型輸送ヘリがローター音と共に降りて来た。ティルトローター機は従来のヘリコプター類に比べて音が少ない。だとしても、早朝6時に響き渡るこの轟音は少なからず近隣住宅に影響を与えているだろう。
もっとも、可変戦闘機のジェットエンジンの爆音に比べれば100倍マシだが。

「お出迎えが来たぜ」

同僚がアゴで指し示す方向を、ジョンソンも見る。プロメテウスの甲板室の方向から士官の一団が駆け足でやって来るところだった。きっと輸送ヘリに乗っているVIPを迎えに来たのだろう。事件直後のせいか、中には憲兵隊の姿も見えた。

「ふん、気取ってやがる」

同僚の言葉に棘を感じて、ジョンソンは寒空に苦笑を漏らす。出迎えの士官達は高級そうなファーコートを着込んでいる。ジョンソンら整備士の防寒具とは大違いだ。
集団の中には若い女性もチラホラ見受けられた。きっとエリート養成士官か何かなのだろう。まるで子供みたいなのまでいる。
現場仕事しか知らない甲板整備士のジョンソンにしてみれば、彼らは現実味のない、雲の上のような存在だ。階級もみな、ジョンソンが逆立ちしても届かない尉官ばかりだった。

その出迎え集団が見守る中、大型輸送ヘリはティルトローターを垂直に立てながら安定した動きでゆっくりと着艦する。運搬室の扉がスライドすると、すぐに憲兵の一人が走り寄って手を差し伸べた。アテンドされて、中から一人の女性が降りて来る。

ライトブラウンの長い髪が、ローターの巻き起こす風に大きくはためいている。ホワイトベージュの襟付きコートはとても上品で、女性のほっそりとしたボディラインに良く似合っていた。
軍服を、まるでプレタポルテのモデルの様に着こなしている。すっと伸びた背筋が、女性の清廉さそのものを表しているかの様に感じられた。

一目で分かる。あれは高級士官だ。それもかなりのVIPに違いない。

「いい女だな。かなり若いが」

ジョンソンの言葉に、同僚は驚いたような顔付きになる。

「なんだ、お前あれを知らないのか」
「ああ。有名人なのか?」
「あれだよ、鬼の中佐殿」

その言葉だけで、今度はジョンソンが驚いた顔をする。

「…あれが氷の姫か」

ジョンソンは凍りつく眉毛を寄せて、マジマジとその人物を見つめた。
今度の事件現場となった新統合軍の中枢「マクロス指令センター」。そのセンター長であり、まもなく完成する星間移民艦の初代艦長になると噂される人物。その若さと凛々しさから軍部内に隠れファンが存在し、彼らによって“氷の姫”と敬われるエリート中のエリート士官。
そして何より、「鬼より怖い」と恐れられる超強権的にして畏怖の対象。

噂に名高い早瀬中佐は、出迎えの士官達の報告を受けながら、プロメテウスの甲板を足早に歩き去って行った。風に暴れる長い髪を片手で抑え、厳しい表情で部下の報告を聞いているその様子に、ジョンソンは思わず目を奪われる。

「なんだお前、一目惚れか?」

同僚がニヤついた顔でジョンソンを後ろから小突いた。ジョンソンは「バカ言え」とそれを跳ね除けながら足早に歩き出す。

「さあ、日が出る前に点検を終わらせちまおう。こんなバカみてぇに寒い日は、早く帰って酒飲んで寝ちまうに限る」

「違いない」

同僚は笑いながら頷いた。ジョンソンは分厚い皮手袋を嵌めた手でツールボックスを掴むと、甲板上を吹き荒ぶ冬の寒風に身ぶるいしながら、いつものルートを歩き出す。

歩きながらも、ジョンソンはつい今しがたの光景を密かに思い出していた。
白い肌、翠緑の瞳。細くて華奢なシルエット。見た目にも漂う、智的で聡明な空気感。

「…氷の姫、か」

もう一度、小さくジョンソンは呟いた。
風は益々強く、人々の身体から急激に熱を奪いながらアラスカの空を暴れ回っていた。




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捉え方

マクロスという中で起きた事件なのに、上層部と下層部とのギャップがなんとも皮肉ですね。
共通認識は、氷の姫が目を惹くお方。ということですかね。

Re: 捉え方

へへ、所詮しがない端役の公務員でやすから( ̄▽ ̄)

未沙はやっぱり目立ちますよね~。若いし仕事出来るし出世スピード凄いし家柄良いし。
しかも戦歴バリバリですからね!


> マクロスという中で起きた事件なのに、上層部と下層部とのギャップがなんとも皮肉ですね。
> 共通認識は、氷の姫が目を惹くお方。ということですかね。

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Re: No title

初めまして!お読みくださってありがとうございます^ - ^
マクロスお好きですか?良かったら感想など教えてくださいね。
ただすみません、パスワードに関してのご質問などは全てお答えしていないんです。その理由も過去に書いてるのでまた書き直す事はしていません。
びえり的には普通に読んでいれば分かるようになってると思うんですが、考え方は人それぞれですからね^ - ^
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iPhoneで書いているので「輝」と打てません

FC2の機能がよく分からないので、何か変だったら教えてください(´・ω・`)

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