MCC -15-

「こりゃあ酷い」

そのフロアに一歩踏み入れた瞬間、ルシオ・ナバス特別捜査官はむせ返るような血の匂いに顔をしかめた。

ここは新統合軍の中枢、マクロス指令センター。通称MCC。
世界中のありとあらゆる情報がかき集められ、24時間体制で地球上の新統合軍を指揮統率する現代のヴァルハラである。
普段であれば、部外者のナバスなどが絶対に足を踏み入れる事など出来ない機密だらけのシークレット・ゾーンだった。

「で、そのMCCを襲撃した理由ってのは何なんだ?」

ナバスは長尺のマグライトを片手に、照明が半分落ちて薄暗くなった通路を歩きながら呟いた。
ルシオ・ナバスは軍務省の人間だ。マクロス・シティ犯罪捜査局(Macross City Criminal Investigative Service)に所属する特別捜査官である。
軍人ではなく、身分としては文官に当たる。シビリアンコントロールの思想の元、軍は政府によって統率されている。慣習通りであればそれは現場においても通用する筈であった。
だが実際には、現場に築かれた両者を隔てる壁の高さは想像以上の物があったのである。

大事件の一報を聞くや否や、寒さも厳しい冬の早朝に、ナバスは部下を引き連れていち早く現場へと飛び込んだ。仕事熱心なナバスは、いかに現場に早く到着するかがその後の捜査の鍵を握る事を良く心得ていたのだ。
午前7時のマクロス指令センター。しかしその場はすでに軍警察である憲兵隊が群れを成して支配しており、当局側の介入にあからさまな難色を示して来た。

「ここから先は軍の最高機密エリアです。軍属以外の立ち入りはご遠慮願いたい」

事件直後のMCC。そこでナバスら部外者の前に立ちはだかったのは、痩せこけてちょび髭を生やした背の低い憲兵隊長だった。その貧相な顔立ちは、ネズミなどの下品なげっ歯類を想起させる。

「その軍事機密とやらが事件の原因かも知れん。初動捜査の邪魔はせんでもらおう」

ナバスは譲歩を迫ったが、仲間を大勢引き連れたネズミ男は強気の態度で一歩も引き下がらなかった。その場で両者は真っ向から対立する。

数を頼みに行く手を阻む憲兵隊。
令状を手に通せと迫る捜査官達。

「我々は正規の手続きでここに来たのだ!見ろ、書類もある!」

憤慨しながら捜査令状を突き出すナバス。犯罪捜査局長のハンコも付いた正式な書類だ。ここに来る途中に、寝ている局長を叩き起こして無理やり押させた物である。
しかしネズミ男はフンと鼻を鳴らして流し目に見やるだけだった。「そりゃ結構ですな」とチョビ髭をいじるまでで、手に取って確認しようとすらしない。

ナバスは「正式な手続きで抗議するぞ」と脅すが、ネズミ男は「官庁からの苦情は広報部を通して統合参謀本部へどうぞ」と軽く受け流すだけだ。
その後ものらりくらりと話の論点をズラしながら、なかなかナバスらを通そうとしない。

「貴様では話にならん、上の者を出せ」
「上の者とは具体的に誰のことでしょう」
「知るか!基地司令官でも誰でもいい!」
「ではお呼び立てするので、しばしお待ち頂けますかな。そのまま、この場所で」

そう言って、憲兵の一人を使いに出した。しかしいつまで経っても使いの者は帰って来ない。誰も連絡を取ろうと携帯電話を手に取る気配もない。
「早く呼び出せ!」とナバスは怒鳴るが「やれやれ、ラティーノは気が短い」と鼻で息を吐くだけだ。その余裕の態度がまたこちらの神経を逆撫でる。

いかにも憲兵らしい、イヤらしい性格をした相手だった。会話の中に時たま折り混ぜられるネチネチとした嫌味がまた憎らしく、相手を煽るやり口には熟練した職人らしささえ感じられる。
ある種、人を不快にさせる天賦の才能なのかも知れない。その芸術的とも言えるネチッこさは、側で見ていただけならナバスも思わず感心してポンと手の一つも叩きたくなる代物だった。

しかしこれでは捜査がまったく進まない。ナバスは周りにも聞こえるくらい大きな音で舌打ちした。
こいつら憲兵どもの魂胆などハナから分かっている。奴らはただ、自分達のメンツに拘っているだけだ。この現場を自分たちの主導で、我が物顔で仕切りたいだけなのだ。

しかしこちらは天下の軍務省の役人である。憲兵ごときの言うことをイチイチ聞いてやる道理などない。
痺れを切らしたナバスは無理やりにでも現場へ押し入ろうとするが、憲兵隊はアリのように大群で固まり数で対抗して動かない。

苛立ちのあまり声を荒げる場面も増えてきた。いい加減そろそろ我慢の限界だと拳を握り締めたナバスだったが、その時「センター長が来ました!」というMCCスタッフの声がその場の全員の耳を捉えた。
ナバスら捜査官も憲兵達も声のした方へ一斉に振り向く。

「早瀬中佐が入られます!」

その掛け声がホールに響くと、周りの兵士達は直立不動となり敬礼の姿勢を取った。
略式の敬礼は腕を使わない。まっすぐ直立し、斜め上方を見上げるだけだ。

掛け声のあと、すぐにエレベーターホールからその一団は現れた。
空色のオペレーター服に囲まれて、真っ白な生地にエメラルドグリーンのラインが走る高級士官服を来た女性が先頭を歩いて来る。

その場の空気が変わった事を、ナバスはハッキリと感じ取った。周囲の兵士に軽く緊張が走るのが見て取れる。
道を塞いでいた憲兵達が、波が引くようにサァーッと居なくなった。それにつられてナバスら捜査官達も通路の端へと身を寄せる。

その目の前を、まるでモーゼが海を割ったかのように堂々と女性士官は歩いて行った。スラリと細いシルエット、薄い腰付き、姿勢良く伸びた背中、ツンと突き出した形の良い胸、そして艶やかに流れるライトブラウンのロングヘアー。

すれ違う瞬間、チラリと女性士官がこちらを見た。目が合って、ナバスは思わずゴクリと唾を飲み込む。
とても澄んだ、綺麗な翡翠色の瞳をしていた。東洋人か、キルギス辺りの大陸人だろうか?さっきセンター長が来たと言っていたが、こんな若い女性がこの指令センターの責任者なのだろうか。

それはほんの一瞬の邂逅だった。去り際に、女性士官が小声で「この人達はなに?」と隣りのオペレーター服に聞くのを、ナバスの耳は聞き逃さなかった。
しかし女性士官の凛々しい迫力に気圧されてしまい、名乗り出るタイミングを逸してしまう。取り巻きのオペレーター達は「さぁ?」と気のない返事を返しただけだった。

そのまま、一行は足早にMCC内へと消えて行った。それを呆然とただ見送るナバス達。
ふと我に帰ると、女性士官らの通った跡には誰も立っていない。それ今だとばかりにナバスは通路を駆け出した。部下の捜査官たちも一斉に後へ続く。
虚を突かれた憲兵達は、ナバスらのMCCへの進入を許してしまった。慌てて追い掛けるが後の祭りだ。
振り返れば、例のネズミ男は少し離れた所でこちらを眺めていた。不機嫌そうに腕を組んで口をへの字に曲げている。ナバスはこれ見よがしに手を振ってやったが、相手からの返事は無かった。

揉み合う捜査官と憲兵の間を抜けながら、ナバスは未だ血生臭い事件現場へとようやく足を踏み入れる。そこでは、事件直後でもノンストップで活動しているMCCスタッフ達が必死の形相で行き来していた。

案内を頼もうにも、とてもそんな雰囲気ではない。思案にくれる特別捜査官は、ふと何かの書類を踏んづけている事に気が付いた。拾い上げてみると、それはベッタリと血糊の付いたプリントの束だった。
書類の表紙には『GCCに関する調査報告書』とある。報告者の署名は『A.A』となっていた。

「何だこりゃ?」

きっと憲兵らの言うところの「軍機」の一端なのだろう。ナバスはよく分からない書類を、手近なコンソールの上へと放り投げる。

「ナバス特別捜査官、こちらの方がフロア責任者だそうです」

部下に呼ばれてナバスはそちらへ顔を向ける。部下が連れて来たのは、これも若い女性だった。チーノ(中国人)か南アジア人だろうか?ショートカットの黒髪で、少しボーイッシュな雰囲気の女性士官である。
先ほどのセンター長といい、このフロア責任者といい、軍の中枢である筈のMCCのチーフ格がこんな若い娘ばかりで良いのだろうか。

「セクション統括のキャビロフ中尉です」

若い娘は敬礼を寄越した。文官であるナバスは胸に手を当ててそれに応える。

「MCCIS(Macross City Criminal Investigative Service マクロス・シティ犯罪捜査局)のナバス特別捜査官です。こんなクソ忙しい中大変申し訳ないのだが、聞き取り調査のご協力をお願い出来ますか」

「勿論です。あちらへどうぞ」

幾分青ざめた顔をしたキャビロフ中尉は管制コンソールのエリアを指し示した。その指先が少し震えているのに気が付いて、ナバスは神妙な面持ちとなる。


そうだよな、いくら統括だか中尉殿だかでも、こんなに若い娘だもんな


可哀想に、とまで言うのは軍人さんには失礼だろうか。そんな事を考えながら歩き出そうとしたナバスだが、ふとある事に気付く。
つい先ほどその辺に放り投げた、血糊のついた書類が見当たらない。どこかに落ちたのだろうか?それとも、このほんの数十秒の間に誰かが持ち去った?

「どうなさいました?」

キョロキョロしているナバスを不審に思って、キャビロフ中尉が声を掛ける。とてもチャーミングな顔立ちの娘だった。軍人なんかで無ければ、気分を落ち着けるためにお茶のひとつも誘いたいくらいだ。

「いえ、別に」

ナバスはかぶりを振って歩き出した。取るに足らない事案はこの際どうでもいい。今は事件の捜査に集中しなくては。


この後、事件の捜査を通じてルシオ・ナバス特別捜査官はキム・キャビロフ中尉と親しくなり、何度かデートに誘う事に成功する。
が、お互い仕事も忙しく、古典趣味のナバスと流行り物好きのキムとではすれ違う事も多かった。
結局、程なくして振られてしまった様である。




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気になること

消えた血の書類が気になります。どんな報告が…
A.Aだし。 凡ミスないとは思うけどう…

だけど、もっと気になるのが最後のくだり。取って付けたような書き方が、めっちゃ気になります。
キム相手に、どうやって口説いたのでしょう。 ( ̄3 ̄)

さすが、びえりさんならではのお話で独特の視点ですね

ナバロ氏は、軍務省に所属していて、立場は文官ってことは、我が国で言えば「防衛庁の捜査官」ってことでしょうか
それとも、警察みたいな組織か?
憲兵対警察は、なんかゴチャゴチャするみたいですもんね

今の日本なら、間違いなくこんな事件には警察が出て来るけど、軍隊って、そんなに簡単な組織じゃないみたいですもんね。私が知らないだけかもしれないけど
自衛隊には憲兵的な権力を持つ組織が無いから
自衛隊が事故を起こすと大変らしいです。1980年代の浜松のブルーインパルスの墜落事故を警察が調べたから、話が通じなくて双方が疲れきったって話を思い出しました

しかし、やっぱりどんなお話でも憲兵って嫌われものなんですね

その憲兵が守ろうとしてるのが(形だけにしても)未沙達だってのか面白かったです





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Re: 気になること

いやいや、例の三人娘はいつも彼氏を探して回ってますから( ̄▽ ̄)

なんかのCDで、いきなり適当な番号に電話かけて男が出たら誘惑しようとか無茶苦茶な事言うてましたよwww


> 消えた血の書類が気になります。どんな報告が…
> A.Aだし。 凡ミスないとは思うけどう…
>
> だけど、もっと気になるのが最後のくだり。取って付けたような書き方が、めっちゃ気になります。
> キム相手に、どうやって口説いたのでしょう。 ( ̄3 ̄)

Re: タイトルなし

あ、多分そんな感じです( ̄▽ ̄)
私の場合、組織的なモデルが大体米軍なので、国防総省の捜査官って感じですかね^ - ^

憲兵はまあ、大体の場合前線で戦いもせずに味方ばかりを取り締まるお役目ですからねw
必要な組織ですが、ウケは悪いですよね〜。


> さすが、びえりさんならではのお話で独特の視点ですね
>
> ナバロ氏は、軍務省に所属していて、立場は文官ってことは、我が国で言えば「防衛庁の捜査官」ってことでしょうか
> それとも、警察みたいな組織か?
> 憲兵対警察は、なんかゴチャゴチャするみたいですもんね
>
> 今の日本なら、間違いなくこんな事件には警察が出て来るけど、軍隊って、そんなに簡単な組織じゃないみたいですもんね。私が知らないだけかもしれないけど
> 自衛隊には憲兵的な権力を持つ組織が無いから
> 自衛隊が事故を起こすと大変らしいです。1980年代の浜松のブルーインパルスの墜落事故を警察が調べたから、話が通じなくて双方が疲れきったって話を思い出しました
>
> しかし、やっぱりどんなお話でも憲兵って嫌われものなんですね
>
> その憲兵が守ろうとしてるのが(形だけにしても)未沙達だってのか面白かったです

Re: No title

いえいえ〜
ありがとうございます^ - ^
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