MCC -16-

AKST(Alaska Standard Time:アラスカ標準時間)午前8時。
未だ陽の昇らない真っ暗な窓の外を眺めながら、アンナ・スビトナヤ少尉は深々とため息を吐いた。

ここはマクロスの中腹、総務部人事会計課のオフィスである。月末の兵士向け給与計算で大わらわのため、いつもより1時間早く出勤したアンナを待っていたのは、マクロスの頭脳とも呼べるMCCが襲撃されたという前代未聞の事件報告だった。

窓辺から視線をデスクに落とすと、そこには死傷者のリストが並べられている。この事件の犠牲者達だ。
これから保険課と掛け合って、死傷者には遺族に対する給付金の審査を、負傷者には軍が負担する入院費の査定を行わなくてはならない。
この月末のクソ忙しい最中に、まったくとんでもない話だ。

「どうせ事件を起こすなら月初にやれよクソが」

たびたび”言葉遣いの悪さ”を指摘されるアンナ・スビトナヤ少尉は、その下馬評通りの口の悪さで現在の心境を吐き捨てた。
薄いペールイエローの金髪をショートカットボブに切り揃え、細い銀ブチの眼鏡をクイッと人差し指で押し上げる。
レンズの下で光る細く切れ長の双眸は、目付きの鋭さから「いつも睨んでいるみたいで怖い」と陰で囁かれているのをよく耳にする。虹彩の色が“くすんだ灰色”である事も、その評判に一役買っている要因であると思われた。

28歳のロシア人は、全体的にモノトーンが配色された薄暗い絵画のような印象の女性だった。戦前はカタブツな銀行員だった彼女は、生まれて来た時に「面白味」という言葉を母親の胎内に置き忘れてしまったのだと言われている。入隊後、その経歴から当たり前のようにお金を扱う部署へと配属になり、本人曰く「世界一面白味のない部署」に勤務している。
アンナは言う。そもそもお金とは個人や組織の信用を数字で表したものである。目には見えない「信用」という概念を、誰にでも分かりやすく換算してあげた物が貨幣制度なのだ。まれに「人の命をお金で計るな」と批難する者がいるが、それは価値基準を正しく理解していないだけである。


デスクにズラリと並べられたリストから、アンナは手前にあった一枚の資料を適当に手に取る。実に関心も無さそうにペラペラと中身をめくった。
それは死亡した女性士官の経歴書で、表紙には黒インクでデカデカと『Dead』のハンコが押されている。

「26歳か。人生なんて分からないもんね」

アンナは下品にもピューと口笛を吹く。この経歴書、見れば見る程エリートの経歴だ。国立防衛学校から士官学校卒、そして移民艦の幹部候補生。相当優秀な人物だったのだろう。

「その子生きてるわ」

不意に掛けられた声に視線を向けると、会計課のフロアをズンズンとこちらへ歩いて来る巨大な雪だるまがいた。
周りのスタッフ達が驚きながら雪だるまに道を譲る。アンナは冷めた目でその雪だるま…の格好をした着ぐるみの女性、ジョージィー・バディール少尉を眺めやった。

「あんたのその格好については特に何も聞かないわ、説明もいらない」

「来週の戦災孤児院の慰問用よ。衣装合わせの途中に呼び出されたの。これ、一回脱ぐとまた着るのに10分くらいかかるのよね」

アンナの断りを無視して話し出したジョージィー・バディール少尉は、人事部保険課の人間だ。ブルキナファソ出身で、特別にメラニン色素が濃い、漆黒の肌を持つ影のようなネグロイド女性である。
確か同い年だと記憶していたが、“モノトーンの女”アンナと圧倒的に違うのは、その「脳みそが抜け落ちてるんじゃないか」と思わず足元を探してしまうほどの陽気なキャラクター性だった。

「メンドくさいからこのままでいいでしょ。あ、コーヒー貰える?」

「…なんでスノーマンなのよ」

「私、ディビッド・ボウイ大好きなの!あ、お砂糖入れないでね」

手近にいた男性下士官に注文を付けて、巨大な雪だるまはドッカとデスクに腰掛けた。丸々とした真っ白なシルエットがアンナの視界を無遠慮に占領する。

「黒人が雪だるまとか、配色ミスだろ」

「ん?なんか言った?」

「いえ別に」

アンナは口笛を吹いて誤魔化す。ジョージィーは紙カップのコーヒーを受け取ると男性下士官に「ありがとう」とウィンクした。雪だるまの着ぐるみのままなので色気のカケラもない。

「で、生きてるってこのブロンド女?」

アンナは「Dead」のハンコが押された資料をヒラヒラとさせる。ジョージィーはコーヒーを一口含み「アチチ」と感想を漏らしてから頷いた。

「ええ、そう。さっき一命を取り留めたってホスピスから。MCCのレイヤード補佐官がくれぐれもよろしくって」

「はいはい、そりゃめでてぇこって」

「それがそうでもないのよ」

保険課のジョージィー・バディール少尉は眉根を寄せた。両手の平を天井に向けてみせるが、何しろ雪だるまなので何をしても格好が決まらない。

「その子、今度の移民艦の航宙士なのよ」

「そうみたいね、資料に書いてあった。そら補佐官様も気にするわな」

「多分さっき膵臓とか腎臓とか摘出しちゃってるからもう乗れないわ」

「…あ〜、そう」

口の悪いロシア人もさすがに言葉を失くす。一瞬、色んな想いが頭の中をグルグルと駆け巡った。
本人は意識を取り戻したらどう思うだろう。命が助かって神に感謝するか、もしくは自分の現状に対して絶望するか。
にしても…

「エラい額の損失だわ」

「そうなのよ〜」

雪だるまは額に手を当てて天を仰いだ。何をやってもよく分からない丸っこい生き物にしか見えない。
中身の本体はスリムでモデル体型のセクシーネグロイドなのに、着ぐるみの存在が全てを帳消しにしてしまう。

「生き残った場合、障害者だと死ぬまで傷病保険を払い続けなきゃならないわ。腎摘だと透析も必要だし、かなりの額ね」

「そんなのはどうでもいい。こいつ一人を育成するのに一体軍がいくら払ったと思ってるんだ」

ブルキナファソ人の嘆きをロシア人の不満が鼻息で吹き飛ばす。

「教育費だけじゃないぞ。毎日の衣食住から人件費、プログラムコストやシミュレータ費用まで。コーヒー一杯飲むのだってタダじゃないんだ。専門職の航宙士一人作ろうと思ったら、戦闘機一機作るより何倍も金が掛かってるんだぞ」

人情のカケラもないカネの話が、会計課と保険課の間で繰り広げられる。近くで聞いている数人が思わず顔を見合わせた。

「そんなもんなんでしょうか」

思わず口を挟んだのは、先ほど雪だるまにコーヒーを持ってきてくれた男性下士官だった。今度は”モノトーン女”アンナにコーヒーの紙カップを渡す。アンナはお礼も言わずに受け取った。

「人間一人が頑張って成果を出して、みんな毎日必死に生き抜いているのに。それをデータの上の数字だけで判断して、ましてお金がどうこうって」

モノトーン女と雪だるまは同時に男性下士官を見やった。確かに普通の人の感覚はそういうものなのかも知れない。しかしそれは、目の前のあやふやな日常という”かすみ”に視界を奪われているからだ。

「あら、別に卑下してる訳じゃないのよ」

雪だるまはにこやかな笑顔で両手を広げた。もう深夜TVのコメディショーにしか見えない。

「私たちは現実のお話をしているの。限りあるリソースをどう活用するかは社会全体の問題だわ。それと感情論は別の問題よ」

「でも人の命に値段は付けられません」

「付けられるよ。お前さんなんかせいぜい10万ドルだな」

アンナは嫌味な笑いを浮かべる。男性下士官は少しだけムッとした顔をした。

「あんたタバコは吸うかい?」
「す、吸います」
「なら他の人より早死にするね」
「そんなの分かりませんよ!」
「統計上の仮説よ、か・せ・つ」
「あんたがタバコ吸って早死にすると政府が儲かるんだ。この儲けが命の値段って訳さ」

男性下士官は意味がわからないといった顔をした。アンナは童話に出てくる意地悪いおばあさんのような笑いを浮かべる。

「あんたがタバコ吸って病気になれば、若いうちは医療費が掛かる。これは政府の損失だ。でも統計通り早死にすれば老後の医療費は払わなくて住む。年金も浮く。オマケにタバコ税も入る。これでチャリンチャリンとお釣りが来るって寸法だ」

雪だるまは顎に手を当ててため息を吐いてみせた。

「人間、生産者世代を過ぎると生きてるだけで金食い虫なのよね〜」

アンナが男性下士官を指差す。

「まあ今の若いあんたなら、働いてる限りは黒字だけどね。今はね」

「その黒字度合いを金額に算出するの。社会そのものの富の割り合いに比例するんだから、別に変じゃないでしょう?」

雪だるまは明るくニッコリと笑う。異様な雰囲気の2人に畳み掛けるように迫られて、男性下士官は言葉を詰まらせた。
そしてアンナはいつも通りの言葉を紡ぐ。

「命に値段を付けてるんじゃない。その人間の信用を数字で測ってるんだ。算出する金額は、その人間の行いそのものなんだよ」

「そ、そんなの、功利主義の言い分じゃないですか」

「功利主義は経済学の母だろう。世の中の有り様を否定したいなら政治家にでもなんな」

アンナはシッシッと犬を追い払うような仕草をした。男性下士官は納得できないといった顔でその場を後にする。

「もうちょっと優しく諭してあげればいいのに」

雪だるまことジョージィー・バディール少尉はヤレヤレといった顔で笑った。アンナは軽く鼻を鳴らすだけだ。

「…でも、まあ」

アンナ・スビトナヤ少尉は紙カップのコーヒーを一気に飲み下すと、再び手にした資料を見下ろした。
高画質で印刷されたエリート士官の顔写真は笑っていた。ブロンド巻き毛のセクシーないい女だった。

「生きてて良かったわね、この子」

「そうね」

雪だるまは微笑んだ。こんな素直じゃないところもアンナの実に可愛いところだ。
アンナは窓の外を眺める。8時を過ぎても空はまだ青黒かった。
アラスカの厳しい冬の朝は、まだ暖かな陽の光を拝むのには早過ぎるようだった。




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人の価値

組織に配属している者にかかる人件費とわ違う、その人個人の総単価費。
面白いお金の値段付けに、非常に興味がわきました。

ドライな二人の女性に対し、人情的な男性の押しの弱さが面白かったです。
ホーホーと、フクロウの鳴き声のように関心するばかりでした。

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Re: No title

とんでもないです〜先生ありがとうございます(*´∀`*)
そういう目で見てくれる先生大好きです!

最近は少数の大きな声が一番力を持っている世の中になってますからね。その流れを都合良く利用されないようになって行くと良いんですけどね〜。

Re: 人の価値

昔、アメリカで車の不良が発覚したんですけど、「全部リコールするより事故車の補償をした方が安い」という事でメーカーはほっといたんですよ。
その結果バンバン人が死んで、メーカーは保険を払い続けたんですが、儲けはちゃんと残ったんです。
酷い話ですよねw


> 組織に配属している者にかかる人件費とわ違う、その人個人の総単価費。
> 面白いお金の値段付けに、非常に興味がわきました。
>
> ドライな二人の女性に対し、人情的な男性の押しの弱さが面白かったです。
> ホーホーと、フクロウの鳴き声のように関心するばかりでした。

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びえりさん作品

びえりさんの作品には、様々な職業の人たちが登場し、よりリアルさを感じます
今回は戦闘現場とは離れている私の職業の語句が1度登場、心の中でガッツポーズ!

脱線しますが昨日、ネットニュースで
"ニューヨーカーが語った「恋に落ちる」ってどんな音?"との記事を発見
びえりさんの作品
"I heard the sound
of falling in love with her. "が直ぐ思い浮かびました
"水が一滴落ちて、波紋が広がる時の微かな音"とか"薔薇の花が開く時の音"や"驚天動地の音"など記事にあり作品と絡めて読みました

輝はどうなのでしょう
また読み返したくなりました
びえりさん作品は様々な角度で展開され、どの描写も現実的に迫ってきますが、ラブコメも筆が冴え渡り、油断ならない程心を奪われます!

Re: びえりさん作品

おお〜そうですか(・Д・)
どの辺がジャッキーさんのお仕事にヒットされたかは分かりませんが良かったです〜^ - ^
今回は世界観を描きたかったんです。その辺の雰囲気を感じて頂けたのなら嬉しいな〜。

輝ちゃんが恋に落ちた瞬間…さて、本人がそう自覚していればいいんですがwやっぱり天然野郎には難しいですよねw

そう言って頂けると本当に嬉しいです( ̄▽ ̄)
ありがとうございます!

> びえりさんの作品には、様々な職業の人たちが登場し、よりリアルさを感じます
> 今回は戦闘現場とは離れている私の職業の語句が1度登場、心の中でガッツポーズ!
>
> 脱線しますが昨日、ネットニュースで
> "ニューヨーカーが語った「恋に落ちる」ってどんな音?"との記事を発見
> びえりさんの作品
> "I heard the sound
> of falling in love with her. "が直ぐ思い浮かびました
> "水が一滴落ちて、波紋が広がる時の微かな音"とか"薔薇の花が開く時の音"や"驚天動地の音"など記事にあり作品と絡めて読みました
>
> 輝はどうなのでしょう
> また読み返したくなりました
> びえりさん作品は様々な角度で展開され、どの描写も現実的に迫ってきますが、ラブコメも筆が冴え渡り、油断ならない程心を奪われます!
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