MCC -17-

「ありゃ、こんな時間か」

左手首にかかる細身の腕時計を見て、ユアン・アイフェイは一人呟いた。まもなく午前9時になろうとしている。今日という一日の始まりの時間だ。
ユアンはコーヒーの紙カップを飲み干してトラッシュカンに放り投げると、人混みを避けるように足早に通路を歩き始める。

まつ毛の長い瞳を上げる。ふとセンター正面に見えるビッグウィンドゥへ視線を移せば、青灰色の空と黒い雲海…そしてその向こうに、ほんのりと薄オレンジ色の光が見て取れた。

冬のアラスカは一日中暗い雲が厚く立ち込めていて、眩しい太陽を拝める機会はかなり稀だ。
しかし今、雲海に浮かぶ僅かな光を捉え、人々は「久し振りに朝日が拝めるかも」と小さな希望に胸を膨らませている。

荒れていた天候も大分収まって来たようだ。ここは地表から800メートルの高さにあり、下層域に広がる雨雲を突き抜けてしまっているので良く分からないが、下界で吹き荒れていた猛吹雪はようやく止んだらしい。
ウィンドウの向こうに広がるのは落ち着きを取り戻した雲の平原と静かな青灰色の空。そこに生まれた小さな小さな日の光とが渾然一体となって、まるで創世記の夜明けのような色彩に世界は包まれている。


世界の中心、マクロス指令センター。通称MCC(macross military command center)。かつて宇宙を飛翔した超時空要塞マクロスの頭部に位置し、1秒刻みで地球上のあらゆる情報が集まる総合オペレーションセンターである。
北米をはじめ、人類の空の安全を一手に担っている。今日もどこかで何かが起きていて、センターでは24時間体制で不眠不休の臨戦体制が敷かれていた。

眼下に広がる灰色の雲海を眺めながら、ユアンは幾分閑散としたMCCのセンターフロアを歩いて行く。
今日はお気に入りのライトブルーのパンプスを履いて来た。朝のTV占いでは「七月生まれのあなた、今日のラッキーカラーはブルー!」と言っていた。
特に占いを信じる方では無かったが、今朝はなんとなくゲンを担ぎたい気分である。何しろ、自分のいない間に職場では大変な事件があったのだから。

巻き込まれなくて良かったとホッとする想いと、顔見知りが犠牲になっているかも知れないという不安とが、今まさにその現場を歩いているユアンを交互に襲っている。
見渡せば、明らかに事件のものと思われる痕跡があちこちに見受けられた。
中にはまだ清掃も終わっていない、生々しく赤黒い血痕まで残っている。そういえば空気もどことなく火薬の臭いが混じっているような気さえした。空調設備は正常な筈だから、気のせいなのかも知れないけれど。

人死にが出ているからだろうか。いつになくピリピリと荒んだホールの雰囲気に、ユアンとしてもどうしても過敏になってしまう。

いつもの指令センターの風景にまったく馴染んでいない黄色いKEEP OUTテープを横目に見ながら、早足に進んで行く。
見たこともない重武装の警備兵達があちこちに屯していて、通り過ぎるユアンをチラチラと眺めやった。その間を幾分緊張しながら抜けて行くと、なんとも予想外の顔がユアンを待っていたのである。

戦術航空管制のオペレーターシートでは、昨夕挨拶して別れた筈のブルーアイズが、顰めっ面でインカムの向こうの相手とやり合っていた。

「いえ、ですからレッド1はNE-4のチャクラム中隊と一緒に…いえ、ブルーリーダーはSWなのでまったくの逆方向からの進入になりますから同行はダメです…そうです、はい、いやだから勝手な進路を取らないでくださいってば!」

特徴的な濃いターコイズブルーの瞳をした、整った小顔の女性士官。緩いウェーブスタイルの金髪を怒りに震わせて、どこかのパイロットと押し問答している。
ユアンの親友レイチェル・クック少尉だ。

ユアンはあれ?と眉根を寄せる。彼女は昨日の夜間勤務(17時〜25時)を担当していた筈だが、25時からの深夜勤務(25時〜9時)と交代しなかったのだろうか?

「いいえ、それだとNEが手薄に…は?マックスと一緒がいい?だってあなた中隊長でしょ⁈自分の部隊への責任は…ハロー?もしも〜し!もしも〜し!!」

呼び掛けは虚しくこだまする。
レイチェルは相手の反応がないと分かると、小さな拳で力一杯スチール製のコンソールを叩いた。バンと弾むような音が響いて、周囲のスタッフ達が驚いて視線をそちらに向ける。
ユアンは苦笑しながらレイチェルに近付き、そっと怒りに震える肩へ手を添えた。

「Morning sister!ま〜たミリア・ジーナス中尉に振り回されてるの?」

「ええ!またよまた!!あのイチャイチャ女…ああ、おはようユアン」

頭から湯気を立てていたレイチェルが、ユアンに気が付いてハッと我に返った。んっんっと咳払いすると、オペレーターチェアに座ったまま親友とハグする。
直後に微妙な表情になって「私、匂わない?」と小さな声で聞いて来た。

「別に?いつものフレグランスはしないみたいだけど」

「シャワーを浴びる暇も無かったのよ。昨夜何があったか聞いた?」

ゲッソリとした表情のレイチェルの問いに、ユアンは頷く。

「聞いたわ、酷い事件ね。…あなたが無事で何よりよ。っていうか深夜勤と交代しなかったの?」

レイチェルは背もたれに身体を預け、細く長い脚を伸ばして膝で組んだ。口をへの字に曲げて肩をすくめる。

「昨夜の風雪で、交代勤務が事故って来れなかったのよ。お蔭で16時間働きっ放しな上に、人生初の銃撃戦に巻き込まれたわ。まさにFeels like so shit today!(最悪の一日よ!)」

レイチェルはベーッと舌を出す。
普段はお茶目で可愛らしいレイチェルが珍しく毒づくのを見て、ユアンは思わず笑ってしまった。

「ちょっと、笑い事じゃないのよ」

「アハハ、ごめんごめん」

ユアンは笑いながら、もう一度親友を抱き締めた。そして追い出すようにレイチェルをオペレーターシートから押し出すと、代わりにそこへ腰掛ける。
強化繊維で編み上げられたシンプルで機能的な椅子。独特の低反発がお尻にうまくフィットする。
親友から手渡されたインカムを装着し、どこかの空域管制でのやり取りが漏れ聞こえて来ると、「お仕事モード」のスイッチが入る。
ユアンは右手を伸ばし、コンソールの液晶画面に五指を触れて指紋照合した。補佐AIが「Welcome,Yuan」といつも通りに迎えてくれる。

「Hi,ボーイ。今日もよろしくね」

ユアンは液晶画面にウィンクした。補佐AIはレッドアラートでそれに応える。

「はいはい、今日の駄々っ子ちゃん第一号ね」

ユアンは素早くコンソールに指を走らせた。オペレーターの交代を認識した補佐AIが、自動的に画面右端へ12時間以内に起きた出来事をリストアップ表示して行く。それに視線を走らせながら、ユアンは発生したアラートへの対処に取り掛かる。

「コーヒー持って来るわ」

青い目のレイチェルがユアンの肩を叩く。ユアンは目線だけで「ありがとう」とお礼を言った。
頷いて顔を上げたレイチェルが、その時初めて気が付いて嬉しそうな声を上げる。

「太陽が出てる…!」

その言葉に周りのオペレーター達も反応する。皆、正面のビッグウィンドゥに目を向けた。
ユアンもつられて顔を上げる。その目には、灰色の雲海から昇り来る眩い太陽の光が映し出された。
実に数週間ぶりの太陽だ。冬のアラスカの厳しい気候の中で、久方ぶりに目にした強烈な恒星の光線は人々の目に強く焼き付いた。
誰もが言葉を失くして、しばしの間オレンジに燃える雲海のかなたに魅入っていた。

「…陽はまた昇る、か」

ユアンの呟きに、特に意味はなかった。ただふと浮かんだ言葉をそのまま口にしただけだった。でもレイチェルは深く頷いた。

「そうよ。どんな事があったって、毎日は続いて行くんですもの。夜は明けて、また朝が始まる。世界はずっとその繰り返しよ」

何気ないレイチェルの言葉に、ユアンはなにか心の奥底を揺さぶられるような感慨を覚える。
何てことはない、古臭いありふれた文句。しかし何故だろう。一瞬、まるで何かを諭されたかのような気持ちになる。


この小さな私達の世界には色んな朝がやって来て、辛い事も悲しい事も全て終わりがある事を教えてくれる。
明けない夜はない。いつしか朝は必ずやって来るのだ。


太陽を拝むのがあまりに久し振りだからだろうか。来光に霞む視界をゴシゴシと指で擦ると、ユアンは再び視線をコンソールのモニターに落とした。
気持ちを入れ直そう。今日の仕事はまだ始まったばかりだ。

「Blue reader, MCC,Contact onogi Control on 103.9」

ほんの瞬きの間を置いて、再び喧騒に包まれるMCC。
新しい一日の始まりに、ユアン・アイフェイは明るく元気に声を張り上げた。


忙しいMCCの1日が、今日も始まる。





MCC おわり


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Re: ありがとうございました

先生!ありがとうございます(`・ω・́)ゝ
とんでもないです〜。私の原点はやはり先生でございます。

読み返して頂いてありがとうございます。
はい、そうなんです。ちょっとカメラワークがズレているお話でした。なのでつまらない人には全然つまらなかったと思います。でも、こうして分かって読んでくださる方がいらして本当にうれしいです(´Д⊂ヽ
先生はやはり流石ですわ…

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