残るもの、残されるもの

「キム」

呼び掛けると、彼女が振り向いた。青灰色の瞳が、どこか大人ぶった笑みを浮かべている。

「あら、今日は早いんですね」

早朝のMCC(マクロス指令センター)。セクション2の統括を務める彼女は、いつも誰よりも出勤が早い。交代勤務で入れ替わるスタッフの一人一人をチェックしながらフロアを回る彼女を、ビッグ・ウィンドゥから差し込む朝日がふわりと浮き立たせていた。


キム・キャビロフはアジア人の母とロシア人の父の元で育った。しかし幼い頃に亡くなった両親は養父母で、本当の両親は不明なのだそうだ。戦争の影響で正確な血筋や出身地までは分からない。
でも彼女の顔立ちを見るに、恐らく純粋なアジア系なのだろう。一見すると日本人の自分と大差ないようにも見える。

性格は明るい方だ。一言で表すならちゃっかり者だろうか。飲み会でいつの間にか支払いをせずに消えてしまうようなタイプ。合コンでは目立つものの、意外に撃墜率は低かったりする。
異性に求めるのはフィーリングよりも堅実さ。もっとも現実的に世の中を見ているようなOLタイプ。貯金も意外に多くて仕事の評判も良い。総じて世渡りが上手いキャラというのが、キム・キャビロフの大まかなイメージだと言える。

アップバングのショートヘア。本人のこだわりで、流行りに流されてショートボブにしたりはしないのだそうだ。
なのでいつもボーイッシュで強気な雰囲気を纏っている。我関せずといった不遜な態度。時折り見せる、人をからかう様なその笑顔。それら全てがキム・キャビロフらしいキム・キャビロフらしさなのだろう。

でも本当は強気なんかじゃない。その事は、あの日彼女に触れるまでまったく気が付かなかった。



シティのディスコ・クラブなんてのには大して興味はない。その日はたまたま、仲間に誘われて地下クラブに入っただけだった。爆音でファンキー・ポップが響き渡る空間に馴染めず、周囲から浮き気味の自分は仲間から離れてフロアの端っこに避難する。
そこで、彼女を見つけた。

キムは一人だった。ディープグリーンのパーティドレスに真っ白なロンググローブ。胸元には大粒のパールネックレス。ボリューミーで濃紺な髪には、小さなコサージュが可愛らしくちょこんと乗っている。
その彼女がカウンターで細長いカクテルグラスを口に運ぶ物憂げな表情は、男達の視線を釘付けにするのに充分な破壊力があった。まるでそこだけ切り取られた古い映画のワンシーンのようだ。
見ている間にも、次々と男が声を掛けに来る。しかし誰ひとりとして彼女の首を縦に振らせる事は出来なかった。いつものハツラツとしたイメージと違い、どこか退廃的な匂いを漂わす彼女に興味が沸いて、俺は思わず席を立った。顔見知りの気安さからか、遠巻きに見つめる男たちの輪の中を堂々と歩いて彼女の隣りに腰掛ける。
俺に気が付いた彼女は「Hi」と取り繕った笑顔で挨拶をしてくれた。ずっと取り付くシマもなかった彼女の反応に、周りの男達がざわつくのが分かる。俺は少しだけいい気分になって彼女に話し掛けた。

「素敵な衣装だね」
「ありがとうございます。こんな所に来るなんて意外ですね」
「俺も意外だ。言っておくけど、来たくて来た訳じゃないぞ」
「最初はみんなそう言うんです」

気持ち、彼女の表情が和んだような気がした。俺は手にしたグラスビールを呷ると、思い切ってこの不思議な空気に切り込んでみる事にした。普段とは違う空間に、ドンと背中を押されたのかも知れない。

「なんか元気ないな。君がそんな顔するなんて意外だ」

言われたキムは少しだけ苦笑いをする。細く泡の立つカクテルグラスを一口舐めて、カウンターに戻すと俺の方に向き直った。

「酷い言われようですね。私そんなにいつも能天気に見えます?」
「そうは言わないけど、暗い表情は似合わないよ」
「なんだか聞きようによっては口説いてるようにも聞こえますね」
「そんなに器用なタチじゃないさ」

それはたしかに、そう言ってキムは笑った。その明るい笑顔に俺も一安心する。今までプライベートな付き合いはなかったので、彼女の事を深く知っている訳ではない。しかし軍服にその身を包み、ピシッと背筋を伸ばしたいつものキム・キャビロフを知っていると、なんだか薄暗がりの中に消え入ってしまいそうな危うい雰囲気はとても放っておけなかった。

「何があったか知らないが、元気出せよ。気晴らしに飲みにでも行くか?あ、もう飲んでるか」

我ながらバカな事を喋っているが、聞いていたキムはおかしそうに笑った。良かった、俺も釣られて笑う。すると彼女は真っ白なロンググローブに包まれた手を伸ばして、俺の武骨な手のひらを掴んだ。

「笑ったら全部忘れちゃった。踊りましょう!」

キムは手を取ってフロアへ俺を連れ出した。周囲の視線が突き刺さる。こんなイケてない野郎がなんでこの子と…いやいや、君らの想いはよく分かるよ。正直俺も驚いてるところだから。
ダンスフロアではクラシックなファンキーポップを、DJが軽快なハウス・ミュージックでミクスチャーしている。良くは分からないが、ノリやすいテンポで身体は自然とスイング出来た。キムははしゃぐ様にパーティドレスの裾を翻す。彼女のダンスはとても決まっていて、オシャレでカッコいい。俺は一緒に踊りながら「こんな子が彼女だったら楽しいだろうな」とふとした考えが頭の片隅に浮かんでいた。
パンプスがローヒールだから、最初から踊るつもりで来たのだろう。でもいつも一緒にいる仲間がいないのはどういう訳だろうか。

「楽しいね!」

キムの汗ばんだ笑顔がカクテルビームに眩く弾ける。彼女の華麗なステップに翻弄されながら、俺は足元をもたつかせつつ、なんとかかんとか「そうだね!」と笑顔で頷いた。



シティの巨大湖岸。マクロスレイクのほとりは、広々とした公園になっている。
ひとしきり踊り疲れた俺たちは、酔い覚ましに外気を吸おうとマクロス・パークにやって来た。11月ともなればアラスカは雪の季節だ。今もチラホラと雪が舞っている。

「寒くない?」

俺は着ていたフライトジャケットをキムの肩に掛けてあげる。しかし今度は自分がかなり寒くなって身震いした。キムは笑って「入ります?」と大きめのフライトジャケットの片方を空けてくれる。俺はいそいそとそれを背中に掛けると、2人で並んでベンチに座った。

「昨日、友達が死んだんです」

マクロスの電飾に彩られた真っ暗な湖面を見つめながら、キムが唐突に独白を始めた。俺は声もなくただ頷く。キムは両手に顎を乗せて、じっと漆黒の湖を眺めながら言葉を続けた。

「病気ですって。血管からね、血が溢れて、その勢いで破れちゃうの。凄く痛いらしくて。きっと最後まで辛かったんだろうな」

キムの横顔を見る。青灰色の瞳はすぐそこにある。唇は、小さく噛み締められていた。こんな顔するんだな、といつものキムとの違いに、不謹慎ながら扇情的な気持ちを煽られる。

「せっかくあんな大きな戦争を生き延びて、お互いの無事を喜び合えたのに。古い付き合いのある仲間なんて、本当に残り少ない…」

キムは背を起こし、ギュッと両手を握り締める。俺はどう言っていいか分からなかったので、そっとキムの握られた拳の上に手を添えた。キムの小さな手はとても冷たかった。

「昔はよく一緒に悪さもしたんです。寄宿舎を抜け出して朝まで踊りに行ったりして。ミセス・マーガレットに見つかって丸一日食事抜きにされたり。あれはキツかったなぁ」

キムは薄く笑った。遠くを見るような目つきで淡々と言葉を続ける。
人にはそれぞれ歴史がある。キムにも、俺にも、その他大勢の人々にも。そしてきっとその亡くなったキムの友人にも。

「もう、そんな昔の想い出すらあんまり残っていないんだなぁって。そう思ったら、凄く寂しくて。思い出そうって踊りに行ったのに、全然踊れなくて…」

キムはコトンと頭を傾け、俺の肩に乗せて来た。俺は初めて嗅ぐ彼女の匂いにドキドキして、話の半分も入って来なかった。酷いけれど正直な話だ。

「人ってなんで生きてるんでしょうね。楽しかった頃の事なんか、歳を取るとどんどん忘れちゃうのに」

彼女の問いかけに、明確な答えなんて出せる訳もない。そんな究極の命題、俺みたいな凡人が知る筈もないのだ。

「そうさなぁ…」

俺は思わずため息を吐いた。冷たい外気に、白い息がふわっと広がる。それを目で追っていたら、不意に気が付いた。そういや、今夜は妙に明るいなぁと思っていたのだ。

「なぁ、あれ」

俺の呼びかけに、キムは頭を起こす。俺が指差す方向を見ると、彼女も思わず息を飲んだ。

冬季のアラスカは四六時中厚い雲が空を覆っている。星の光は遮られ、月すら見えない。夜空には漆黒の闇がただ広がるだけだ。
しかし稀に晴れる日もある。そんな夜は、銀河の星々がまるで手の届くかのように瞬いているものだが…

今夜はレベルが違った。
夜空には、見渡す限りの光の奔流が満ち溢れていたのだ。

「オーロラだわ…!」

キムのつぶやきは感嘆に溢れていた。俺は黙ってそれに頷く。
それはあまりにも美しく、雄大で、荘厳な光景だった。まるで光がカーテンを広げたようにゆるやかに鳴動している。無数の色彩が生まれては消え、消えてはまた生み出される。聞こえない筈の光の音が、しんしんと聞こえて来るかのように錯覚さえした。

アラスカは立派にオーロラ帯に含まれる極域だ。太陽風のプラズマと大気の条件さえ揃えばいつでも観れる。しかし、実際にシティで目にしたのは初めてだった。
街の灯りが強いと、星空は見えなくなると言う。繁栄を取り戻したマクロス・シティでも似たような現象になっていた。
でも、それらを圧倒して天空に広がるノーザンライトに、少しずつシティの住人も気が付き始めているようだ。ひっそりと木陰で戯れていた夜の恋人たちも、街灯の下に現れて息を飲んで夜空を見上げている。

「凄い…凄い!あんなにキレイ…!!」

キムは興奮したように声をうわずらせた。いつになく弱気な彼女にどうして良いか戸惑っていた俺は、突然現れた救いの女神に感謝の祈りを捧げたい気分だ。なんて劇的な演出だろう。

「凄いよな。あれ、宇宙からも見えるんだぜ」

「え?そうなんですか?!」

「ああ。まるで光の帯みたいに、地球の曲線に沿って光るんだ。神秘的な何かが生まれてきそうな景色だよ」

俺はそう言いながら、キムがしっかりと俺の手を握り返している事に気が付いた。
それはとても気持ち良い強さで、俺はこの時間がずっと止まればいいと思った。

「宇宙って広いんですよね…」

夜空を見上げるキムはそう呟く。マクロスで太陽系を旅した頃でも思い出しているのだろうか。俺は小さく頷いた。

「何せ無限に広がってるくらいだからね。それに比べたら、人間なんてちっぽけなもんさ」

昔からある常套句だが、今の気分にはピッタリの言葉だった。キムの心にも刺さったらしい。彼女は光のパレードを眺めながら「宇宙は広い…人間なんてちっぽけ…」と小さく小さく呟いた。

「人間がどんなに泣こうが喚こうが、宇宙はただそこにある。空も、大地も、マクロスもね」

俺は湖にそそり立つ巨神を見上げた。それは自らの電飾と、夜空に広がるオーロラとを纏って古代神話のように神々しくそびえ立っていた。

「時間は流れ、明日は必ずやって来る。どんなに悲しくてもそれは止められない。だったら、思い悩むなんて無駄なんじゃない?」

少し戯けた調子でそう言った。キムは俺の顔を見る。青灰色の瞳は、少し穏やかな輝きになっていた。

「…良い事言いますね。似合わないですよ」

「ほっとけ」

「でもありがとう。少し気が楽になりました」

キムは立ち上がった。ヒラリと身を翻すと、オーロラを背にして俺に向き直る。少し身をかがめ、ベンチに座る俺と目線を合わせた。

「これはお礼」

一瞬だけ触れた唇は、柔らかくて艶かしくて、脳髄の底まで俺を痺れさせた。屈託無く笑う彼女は、姿勢を起こすと軽くステップを踏み始める。

湖のほとり、オーロラの光の下でダンスを踊る彼女。その光景は、本当にローマ神話の暁の女神アウロラの様にも見えた。もしかしたら大分贔屓目が入っていたかもだけど。


その夜は、シティが建造以来初めてのオーロラを観測した日として記録に残っている。
そして、俺と彼女の記憶にも、ずっと残っている。



kim.jpg




関連記事
スポンサーサイト

テーマ : 懐かしいアニメ作品
ジャンル : アニメ・コミック

コメントの投稿

非公開コメント

可愛いよ〜う。

びえりさんのキムの話好きです。
快活でクセの強いイメージのキムですが、戦果を潜り抜けるたびに、積ってきた悲の感情が溢れ滲み出る時の彼女の姿の描写がグッときます。

ミンメイも可愛いけど、キムも可愛いよ〜う。

オーロラ、生で見たい‼︎
還暦オーロラツアーが夢です。まだ先だけど…

胸元を握り締めながら読みました。

びえりさん家の輝未沙のキーワード(と勝手に思っている)、「今を精一杯生きよう」が頭を巡ります。
キムのご友人も苦しい息のなか、精一杯の事を成し遂げたのだろうかと思うと、涙も鼻水も止まりません。
今は痛くないといいなぁ。

うちの猫は後を悔やまず先を恐れず、毎日をのんびりと精一杯に生きています。見習いたいです。

嗚呼、泣けます!

泣けます。
ただ、それだけです。
初代ファンの方たちも
同じ気持ちだと思ってます。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

鶴ひろみさん

鶴ひろみさんが亡くなったニュースを聞いて、信じられないと言うのが第1回の印象でした。

まさか・・・・と

年少から慣れ親しんだ声優の一人であり、キムを始めブルマや右京などのキャラなどが好きでした。

突然すぎ若すぎる死にショックで、キムの話を書こうにもあまりの辛さで話がかけません。

鶴ひろみさんのご冥福を祈ります。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

Re: 可愛いよ〜う。

ね〜、キム可愛いですよね〜^ - ^
今思えば声もその一因だったのかと…

オーロラ、私も是非見てみたいんですが、さ、寒いのがダメです…(´;ω;`)
アラスカツアーとか、夏しか行きたくないww
常夏の島に行きたい今日この頃です( ̄▽ ̄)


> びえりさんのキムの話好きです。
> 快活でクセの強いイメージのキムですが、戦果を潜り抜けるたびに、積ってきた悲の感情が溢れ滲み出る時の彼女の姿の描写がグッときます。
>
> ミンメイも可愛いけど、キムも可愛いよ〜う。
>
> オーロラ、生で見たい‼︎
> 還暦オーロラツアーが夢です。まだ先だけど…

Re: 胸元を握り締めながら読みました。

ああ、はい、そうです〜よくぞ覚えていてくださいました(´Д⊂
まさに今日一日が大切だという事を実感する昨今です。
鶴さんのご病状はかなりキツいやつだったみたいですね。突然来るのは本当に怖いです(´;ω;`)

人生に悩むのは人間だけですものね。本能に悩みは関係ないのでしょう。そこまで達観は出来ませんが…


> びえりさん家の輝未沙のキーワード(と勝手に思っている)、「今を精一杯生きよう」が頭を巡ります。
> キムのご友人も苦しい息のなか、精一杯の事を成し遂げたのだろうかと思うと、涙も鼻水も止まりません。
> 今は痛くないといいなぁ。
>
> うちの猫は後を悔やまず先を恐れず、毎日をのんびりと精一杯に生きています。見習いたいです。

Re: 嗚呼、泣けます!

残念ですよね〜。
現実的にはあり得ないんですが、初代マクロスのメンバーで作品作ってくれたらという夢もはかなく消え去りました…


> 泣けます。
> ただ、それだけです。
> 初代ファンの方たちも
> 同じ気持ちだと思ってます。

Re: タイトルなし

どんなに嘆き苦しんでも必ず明日は来ますからね〜。
1番の薬はやっぱり時間なんでしようね。

Re: 鶴ひろみさん

ミンメイとか以外、あんまり声役の人に興味なかったんですが、鶴さんて鮎川まどかの声役だったんですよね。
私オレンジロード大好きだったので悲しいです…


> 鶴ひろみさんが亡くなったニュースを聞いて、信じられないと言うのが第1回の印象でした。
>
> まさか・・・・と
>
> 年少から慣れ親しんだ声優の一人であり、キムを始めブルマや右京などのキャラなどが好きでした。
>
> 突然すぎ若すぎる死にショックで、キムの話を書こうにもあまりの辛さで話がかけません。
>
> 鶴ひろみさんのご冥福を祈ります。

Re: No title

う〜ん、そんな事が…
お気持ち、分かります。身内に近しい出来事があると感情が沸き立ちますよね。しかし本当にご運があって良かったですね。あれってかなりの大病ですものね>_<

作品は世界観が大切ですが、マクロスのそうした世界観の一翼を担った方のリタイアは悲しいですね。個人的にはまったく知見がないので、正直に言えば感傷はあまりないのですが、世界観が失われて行くという事実に寂しさを感じます…
カテゴリ
プロフィール

びえり 

Author:びえり 
iPhoneで書いているので「輝」と打てません

FC2の機能がよく分からないので、何か変だったら教えてください(´・ω・`)

最新記事
最新コメント
くせっ毛の飛行機乗り
検索フォーム
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR