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「お兄ちゃん、こっちこっち!」

「お兄ちゃん、こっちこっち!」

妹の深雪に呼ばれて、俺はバックパックを片肩に担ぎながら早足でセントラル・ゲートをくぐった。
ここは惑星エデンのスペースポート。地球やその他の惑星からやって来る人々が最初に訪れる、宇宙の玄関口だ。
宇宙港は見渡す限りの人の渦だった。よくこれだけ人間が集まるもんだと感心してしまう。もしかしたら地球を出た時のアラスカのスペースポートより混雑しているかも知れない。
長い旅を経てこの星へとやって来た者、逆にこの星を去る者、出迎える者、見送る者。目的は人それぞれだろうけれど、新しい惑星らしく皆活気に満ち溢れている。こうした喧騒は湿っぽくなくて気分が良い。

生体認証による入星チェックを受けた俺は、すでにゲートの外で待っていた親父と妹の所へと急ぐ。
視線をウィンドゥの外に向ければ、灰色の空にチラホラと雪が舞っていた。今日は新しい年の最初の日New Year's Dayだ。日本風に言えば『元旦』である。アラスカほどではないだろうが、エデンにも冬は存在するのだから雪は珍しくない筈だ。
俺は目を細めて、幼い頃に見ていたはずの景色を眺める。10年ぶりに見るエデンの冬空。正直、地球とそんなに変わらない気がする。

「お兄ちゃん、前!」
「きゃっ」
「うわっ」

余所見をしていた俺は、早足のまま他の通行人にぶつかってしまった。しなやかで軽やかな感触の後、勢いのままその相手を押し倒す。

「す、すみません!」

慌てて身を起こそうとして、右手の柔らかな感触に気が付いた。まず自分の右手を確認し、次いで相手の顔を確認する。翠緑の瞳とバッチリ目が合った。
押し倒したのは年上の女性だった。年の頃は20代後半か、30代といった所だろうか。薄いピンク色の唇、すっと通った鼻すじ、ライトブラウンの長い髪。肌は白くて陶器のようだった。長い睫毛、小さな耳朶、そして何よりその深く透き通ったライムグリーンの静かな瞳…

「手…どかしてくれる?」

相手の女性は少し困ったような顔をして、俺の右手を指差す。俺は素早く右手をパッと引き戻した。でも、手のひらには確かに…その双丘の膨らみの柔らかな感触が残っていた。顔がカァッと熱くなる。

「す、すみません!」

もう一度謝って、勢い良く立ち上がる。相手の女性に手を貸そうと右手を差し出し掛けて、すぐに左手に差し替えた。なんだかこの不届きな手で助け起すのは失礼な気がしたから。

「ありがとう」

女性は俺の左手を取ってゆっくりと立ち上がった。何と言うか、ただ立ち上がるだけでもとても優雅な仕草だった。
背丈は俺と同じくらい。いや、少し低いかも知れない。ゴールドの金具がアクセントになったアイボリーのトレンチコートを羽織り、ダックイエローのハイヒールを履いている。胸元からはチラリとターコイズブルーのアンダーシャツが覗いていて、真っ白なデコルテには小さな金細工のネックレスが揺れていた。
スラリとしたスタイルで、とても腰が細かった。まるでファッションショーのモデルさんみたいだ。

女性はサッとコートの埃を払うと、俺に向かって「大丈夫?怪我はない?」と聞いて来た。俺は気を使うべきなのは自分だと気が付いて恥ずかしくなる。

「だ、大丈夫です、あなたこそお怪我は…」
「平気よ、ありがとう」

女性は笑った。白い歯がキラリと光って、艶のある長い髪がサラサラと揺れる。よく整えられた細眉が美しいカーブを描いていた。
綺麗な人だ、俺は純粋にそう思った。

「前をよく見て歩いてね」

女性は笑顔でそう言うと、俺の肩をポンポンと叩いて「それじゃあ」と身を翻した。何故か俺はその人に立ち去って欲しくなくて「あ、あの!」とその背に声を掛ける。女性は立ち止まり、振り向いてくれた。

「さ、触っちゃってすみません…」

女性は一瞬えっという顔になったが、すぐにクスリと笑って「Happy new year」とだけ応えて去って行った。ハイヒールの立てるコツコツという音だけがスペースポートの喧騒の中で俺の耳を捉えて離さない。
人混みへと消えて行く女性の後ろ姿を呆然と見送る俺。その尻を後ろから誰かが蹴りつけた。

「イテッ」
「なぁにボケっとしてんのよ」

振り返ると、妹の深雪が腕を組んで立っていた。仁王のように両の眉尻が吊り上っている。

「デレっとしちゃってさ、このスケベ」
「べ、別にデレっとしてねぇよ」
「どうだか」

深雪はベーっと舌を出すと、さっさと俺を置いて先に歩き出した。「お、おい待てよ」と追いかけようとする俺の肩を誰かが掴む。

「航、今の女性は?」

親父だった。蓼丸 勇(たでまる いさむ)46歳、政府の役人をやってる。俺が7歳の時に、エデンを離れて地球へと移り住んだのもこの親父の仕事関係によるものだった。
今回、深雪と一緒にエデンへ帰って来たのもまた親父の仕事の都合だ。

「いや、余所見してたらぶつかっちゃってさ。別に何でもないよ」

俺は照れ隠しに肩をすくめて見せる。親父は「そうか…」と呟いただけでそれ以上何も言わなかった。何だろう、好みのタイプだったのかな?
でもまあ親父みたいなおっさんじゃあ、あんな美人はちょっとハードルが高いよね。

「男ども〜!早くしろ〜!」

深雪がチューブトレインのゲート前で大声を張り上げる。腰に手を当てて鼻から荒い息を吐いていた。俺は「はいはい」と呟きながら歩き出す。親父は何も言わずその後に続いた。

窓の外は相変わらずの雪である。2029年1月1日、年明けのエデンは真冬の真っ只中だった。




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