チョコと僕らの水曜日 1

「輝くん、ちょっといい?」

廊下の角を曲がろうとして、少年は呼び止められた。その独特なくせっ毛を揺らして振り返ると、同級生の女子生徒が立っている。手にはピンクの包装紙に包まれた可愛らしい小箱。

「あの、これ」

女子生徒は頬を赤らめて小箱を差し出す。くせっ毛の少年は目を見開き、ゴクリと唾を飲み込んだ。

「え?お、俺に?」
「マックスくんに渡してくれる?」
「…あ、ああ、うん」

よろしくね、とにこやかに去って行く女子生徒。渡されたピンクの小包みを片手に呆然と立ち尽くすのは、幕露須(マクロス)高等学園2年3組、一条輝17歳だ。
平凡な男子高校生の日常に、ピンク色の非日常が飛び込んで来たかと思いきや、そこはお約束というオチが待っていた。予想通りの裏切りに、輝は小さくため息を吐いてトボトボと廊下を歩き出す。

今日は2月14日、聖バレンタインデー。女子がチョコレートを渡して意中の男子に愛の告白をする、少年少女にとって特別な意味を持つ一日である。女子は意味深な紙袋を手に伏し目がちにモジモジし、男子は朝から意味もなく校内をウロつきながらソワソワしていた。何とも微笑ましく、何とも許しがたい空間が今まさにここにある。

輝も、期待が無かった訳ではない。男子高校生であれば一度は夢見るシチュエーション。女子に校舎裏へと呼び出され、手渡される小さなプレゼント。箱を開けば中にはハート型の手作りチョコレートが。

「輝くん、好きです」

妄想の中の女子は耳まで真っ赤にして俯いている。輝は白い歯をキラリと光らせて微笑んだ。

「ありがとう、嬉しいよ」

こうして2人は結ばれる。今まさに夢色の学園生活の始まりである。

…が、現実はそう簡単ではない。
この手にあるのは自分ではなく、他人のために用意されたチョコレートだ。そして実は同じパターンがこれで三人目。みんな後輩のマックスに当てたチョコレートだった。

「凄いじゃん、輝」
「わわっ!」

不意に、傍からニュッと現れた藍色の頭に驚く輝。思わず手にしていたチョコレートをバタバタと取り落とした。

「ひーふーみ、チョコが3つもある!輝、意外にモテるのね〜」
「ミ、ミンメイ…」

自分より頭一つ低い位置にある、藍色のくりくり巻き毛。大粒の星空のように輝く瞳。形の良い耳。長いまつ毛。
輝より1つ歳下でまだ幼い顔立ちをした少女、リン・ミンメイがそこにいた。

「ち、違うよ」

輝は廊下に転がった色とりどりの箱を拾い集める。口を尖らせながらミンメイに向き直った。

「全部、マックスの分だ。頼まれたんだよ」
「あ〜、なるほどね〜」

小さな顎に手を当てて、ミンメイはウンウンと頷いた。

「マックス君モテるもんね〜。でも、ミリアちゃんがいるからチョコを渡すのも命がけ…」

「で、俺の出番って訳さ」

輝は肩をすくめる。後輩のマックスは幕露須学園始まって以来の秀才として有名だ。勉学に限らずスポーツ万能、人柄も優秀。先生から先輩たち、同級生に至るまで受けが良く、まさに学園みんなの人気者である。
ヨーロッパからの留学一年生で、同じく留学生であるミリア・ファリーナと付き合っている。

「輝、マックス君と仲良いもんね」
「う〜ん、最初にアテンドしてから懐かれちゃってな」

輝はポリポリとくせっ毛頭を掻く。輝は幼少期、今は亡き父親に連れられて世界中を旅して回った過去があった。父はショー・パイロットという特殊な職業だったので、子供時代からアチコチの国を連れ回されたのだ。なので他の教科はともかく、語学だけは優秀だった。
そんな輝が留学生の面倒を押し付けられたのも、仕方ないと言えば仕方ないのかも知れない。結局、天才君は日本語もペラペラだったので、自分が手助けする必要も大して無かったのだが。

「じゃ〜自分の分は無しか〜。悲しいね〜、男子高校生」
「う、うるさいな」

輝はムッとなってマックス宛てのチョコレートをポケットに押し込む。それを愉快そうにミンメイは見ていた。

「そういう自分はどうなんだよ」
「え?」

輝はミンメイの鼻先を指差す。

「自分は、チョコを渡す相手もいないのか?学園のアイドルも現実は寂しいもんだなぁ」
「まあ、あげてはいないんだけどさ」

ミンメイは後ろ手に持っていた紙袋をパッと開いて見せた。輝が覗き込むと、袋の中には大小様々な包みがいっぱいだ。

「…何これ」
「チョコレート」
「配るのか?」
「ううん、貰ったの」
「お、男から?」
「そんな訳ないでしょ、女子から」

輝は目をまん丸くする。袋の中の小包は10個以上はありそうだった。
リン・ミンメイはチャイニーズハーフで、横浜中華街の出身だ。そのキュートなルックスやあどけない仕草から、幼い頃より周囲に可愛がられて育った典型的な「愛され少女」である。
昨年の春、1年生になる彼女が入学して来た時は学園中が騒然となった。

「誰だ1年のあの子は⁈」
「か、可愛い…」
「お人形さんみたい!」

あまりに話題になり過ぎて、輝は自分が彼女と同じ家へ居候している事をすぐには言い出せなかった程である。
輝は母親を早くに亡くし、数年前に父親も亡くしていた。天涯孤独のまま日本へ帰って来た彼は、とある事件を経てミンメイの親戚が営む中華料理店『娘々』に一室を借りる事となったのだ。
この辺についてはまた別の話となる。

そんな『学園のアイドル』ミンメイだから、男子からの注目度は全学年でピカイチだった。彼女がバレンタインの今日、誰にチョコを渡すのか?意中の相手はいるのかいないのか?まさにそれを全校中が注目している所なのである。

しかしそれ以前に、ミンメイ自身がチョコを受け取っていたらしい。異性はもとより、同性からもこうした人気が出るのは高校生ならではの“ノリ”なのだろうか。

「で?」

ミンメイはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。

「輝は誰かから貰える予定あるの?」

明らかに分かっていて聞いている表情だ。輝は仏頂面になってそっぽを向く。

「さあな、そんなのいちいち考えてないよ」
「ふ〜ん、随分余裕なんだ〜」
「違うよ、そんなのに興味がないんだよ」
「またまた〜」

ミンメイはコロコロと笑う。笑うと大粒の瞳が猫のように細くなった。その笑顔を見るたびに輝は胸の奥がドキリと高鳴る。

「と、とにかくほっとけよ」

輝は振り払うように腕を振り上げ、廊下を速足で歩き出した。
後ろから「あ、ちょっと輝〜」とミンメイの声が追いかけて来たが、輝は無視して歩き続ける。ポケットに手を突っ込もうとしたが、マックス宛てのチョコレートが詰まっていて指先を弾かれた。
輝は舌打ちすると、首をすくめながら廊下の角を素早く曲がった。




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おぉ、これは!

いわゆる学園物ではないですか。
びえりさんの作風からは、変化球投げこんできた感じです。
奇しくも、本編も今は学園物的な一節ですよね。
これはこれで、とてもたのしめます。

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Re: おぉ、これは!

バレンタイン企画ものです〜( ̄▽ ̄)

昔は企画もの良くやっていた気がするんですが、今はやる余裕がなくて…ふと思い立ってなんとか書いとります( ̄∀ ̄;)

それより本編書き進めたい


> いわゆる学園物ではないですか。
> びえりさんの作風からは、変化球投げこんできた感じです。
> 奇しくも、本編も今は学園物的な一節ですよね。
> これはこれで、とてもたのしめます。

Re: 斬新な物語ですね

どこにでもありそうなネタではありますがw取り敢えずびえり風学園ものという事でご容赦を( ̄▽ ̄)

未沙さんもちろん出ますよ〜(∩´∀`∩)

ギャーインフルですか(@_@)
40度近くなると幻覚みますよね。マジ辛かった記憶が…最近はないですが。
しかし雪は参ります。非日常で楽しくもありますがw
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Author:びえり 
iPhoneで書いているので「輝」と打てません

FC2の機能がよく分からないので、何か変だったら教えてください(´・ω・`)

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