チョコと僕らの水曜日 5

「ただいま〜」

シャオチンおじさんが営む中華料理店「娘々」。身寄りのない輝はいま、好意でこの店の三階に住まわせて貰っている。

「あら輝ちゃん、お帰りなさい」

忙しそうにしながらも、笑顔で迎えてくれるフェイチュンおばさん。何やら訳知り気に「もう貰ったの?」と妙にニヤニヤしながら聞いて来る。

「え?な、何が?」

輝は見透かされたようにドキリとして赤くなる。ポケットの中の赤い小箱を思わずギュッと握りしめた。

「ふふ、いいのよ。青春よね」

フェイチュンおばさんはそう言って笑顔で給仕に戻って行った。何故俺がチョコを貰った事を知っているんだろうと輝は不思議に思ったが、取り敢えずそそくさと奥の階段を昇って三階の部屋に逃げ込んだ。

バタンとドアを閉じると、床にカバンを放り捨ててベッドへ身を投げ出す。
夕暮れの薄暗い天井を見上げながら、ゴソゴソとポケットに手を突っ込んだ。取り出したのは赤い小箱。緑のリボンが掛かっていて、あの人の翠緑の瞳を思い出す。

「みんなには内緒よ」

そう言ってウィンクする“教師もどき”。

「目を閉じて、想像してみて」

自分の顔に触れた彼女の指先が、手のひらの感触が、今でもハッキリと思い出せる。

「だから、勉強頑張ろう?」

まつ毛が長かった。歯が白かった。髪の毛が、夕陽を浴びてキラキラと輝いていた。

笑うと、綺麗に整った顔が可愛らしく見えた。初めて歳上の…大人の女性を「かわいい」と思った。

輝は制服のまま仰向けにベッドに寝そべり、じっと手にした赤い小箱を見上げている。
なんで俺にコレを?どういう意味で?いや、バレンタインにチョコなんてそういう意味じゃないのか?でも相手は大学生だし、こういうの慣れてるかも知れないし、実際大した意味なんてないのかも…

グルグルと頭の中を色んな考えが巡って行く。気持ちはどんどん塞ぎ込んで、堂々巡りの思考が気分をますます落ち込ませてしまう。

ほんのついさっきまで有頂天でいた17歳の男子高校生は、奇妙な喪失感を味わっていた。
好きですとか、付き合いましょうとか言われた訳じゃない。ただチョコレートを貰っただけだ。

これって、どういう意味のチョコなんだ?

部屋の電気も点けず、輝はただ無言でじっと手の中の赤い小箱を見つめていた。



「ただいま〜!」

同級生たちとワイワイキャッキャしながら帰宅したミンメイが、元気良く中華料理店「娘々」の自動ドアをくぐる。
異性同性問わずに人気のミンメイはいつも誰かしらと一緒だ。変に気を使わない性格なので、親しみやすくて友達も多い。
そんな自慢の姪っ子が可愛くて仕方のないフェイチュンおばさんは満面の笑みで帰りを迎える。

「おばさん、お腹空いた〜!ラーメン食べたい!」
「あらやだ、年頃の娘が帰って来て第一声がそれなの⁈」
「だってお腹ペコペコなんだもの!」

ミンメイは厨房に駆け込み、調理中のシャオチンおじさんに声を掛ける。

「おじさん、ラーメン一丁!大至急でね!」

チャーミングにウィンクするミンメイ。その花のように明るい笑顔に、シャオチンおじさんは目尻を下げて「すぐ作るから、座って待ってるナ」と甘々に応える。ミンメイは「やった〜!」と大喜びで厨房を飛び出す。

「ちゃんと手を洗ってからよ!」
「は〜い!」
「まったく、もう」

鼻で息を吐きながらも、姪っ子の明るさに微笑みの絶えないフェイチュンおばさん。これが「娘々」のいつもの日常だった。


「ねぇ、聞いておばさん。私またスカウトされちゃった!」

シャオチンおじさんの作ったラーメンをものの数分で平らげたミンメイが、器を片付けながら楽しそうに言う。

「あら、今度はなに?」
「モデル事務所だって!読モらしいんだけど、私ってモデルってガラじゃないじゃない?だから断っちゃった!」

あっけらかんと言うミンメイ。両袖をめくり、エプロンを付け、シンクに溜まった洗い物とスポンジ片手に格闘し出す。

「あなた目立つものねぇ」

自分のことの様に、目を細めて喜ぶフェイチュンおばさん。

「でもいいの?毎回断ってばかりだけれど、芸能界には行きたいんでしょう?」

ミンメイは鼻の頭に泡を付けながらおばさんを振り向いた。

「いいの!だって、私の夢はおばさんみたいな歌手だもの」

そう言われて益々嬉しそうに目を細めるフェイチュンおばさん。中国人のおばさんは昔歌手をしていて、後援会の会長だったシャオチンおじさんと結婚して早々と引退した。
あまり記憶に残っていないが、ミンメイも幼い頃にTVで歌うフェイチュンおばさんを見て「私も絶対歌手になる!」とみんなの前で歌マネを披露していたのだそうだ。

「フフ、あなたならきっと私なんかより凄い歌手になるわ」

何か確信めいた物を感じながらフェイチュンおばさんはそう呟く。ミンメイは「え?なぁに⁈」とまた振り向くが、おばさんは「ううん、何でもないわ」と笑顔で返した。

「そう言えば」

両手のひらを胸の前でパンと叩いて、フェイチュンおばさんはニヤニヤと笑い出す。

「輝ちゃんに渡したのね、あのチョコ」

前日の夜、この厨房で手作りチョコを作るのをおばさんは手伝わされていた。
ミンメイだけでなく、ミリアとかいう外国人のお友だちも一緒になって悪戦苦闘していた様を思い出して頬が緩む。
しかしミンメイは頬を赤く染めて俯き「…ううん、まだ…」と小さく零した。意外な返事におばさんは「え⁈」と大きく目を見開く。

「なんか、改めてだと…恥ずかしくて…」

もじもじと泡まみれのお皿を弄っているミンメイ。そんなエプロン姿のミンメイを微笑ましく眺めながらも、おばさんは先ほど輝ちゃんが帰って来た時の反応を思い出して眉根を寄せる。

「…あの子にチョコをあげるような変わり者が、この子以外にいるとは思えないけれど…」

「え?なぁにおばさん」

何でもないわ、とフェイチュンおばさんは笑顔で返事をすると、新しくお店へ入って来たお客さんを出迎えに「いらっしゃいませ〜」と厨房から出て行った。


「まあ、どちらにしたってそれが青春よねぇ」




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甘酸っぱいやねえ~

( *´艸`)♪♪
サクラピンクに染まっているねえ~。甘酸っぱいねえ~。
ミンメイかわいいなあ~。ファイト!(^^)!

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Re: 甘酸っぱいやねえ~

オホホ
もはやkomesaさんもミンメイ派に引きずり込まれておりますですわ。勝手に同志として認定してしまうでごわす( ̄▽ ̄)

マクロスの青春もの、美樹本さんやってくれないかな〜。


> ( *´艸`)♪♪
> サクラピンクに染まっているねえ~。甘酸っぱいねえ~。
> ミンメイかわいいなあ~。ファイト!(^^)!

Re: 待望の新作が出た〜

信じられないかと思いますが、昔は朝昼晩と毎日3本ずつUPしてたんですよw
あの頃はちょっと時間に余裕があったので思うがままに書いてたんですが、さすがにもうそういうのは厳しい…( ̄∀ ̄;)

春はありがたいです^ - ^
花粉で死んでますが(@_@)

Re: わーい

ですよね!
あの頃って、たった学年が違うだけでも凄い差があったのに、小学校・中学・高校と進むにつれ物凄い環境の変化に晒されてました。
それが大学生ともなれば…男子高校生から見た女子大生だなんて…お、大人の女性過ぎて…(〃∀〃)ゞ

たしかに、TVとは立ち位置が逆ですね!輝ちゃんには、ミンメイを追いかけて欲しいという想いもありますが、未沙さんの大人の女の香りに惑わされて欲しいという妄想もありますw
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iPhoneで書いているので「輝」と打てません

FC2の機能がよく分からないので、何か変だったら教えてください(´・ω・`)

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