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6月は君の雨 -中編-

この本を未沙が受け取ったのは、中学に上がった6月のことだった。
あの時も、こんな長雨が降っていた。彼は雨に烟る街の中を、青山の早瀬邸まで訪ねに来てくれた。あの頃はまだ母も元気で、三人で一緒にお茶を楽しんだものだ。

「本は好きかい?」

そう言って、小さな紙袋を差し出す年上の彼。ドキドキして中身を開くと、小さな茶色い革表紙が現れた。

「僕の好きな詩人が書いた本なんだ」

優しくそう告げる文学家の彼。ワクワクしながら立派な本を開くと、中には見たことのない言語がビッシリと書かれていた。未沙は少しだけ肩を落とす。

「英語?」
「ロシア語だよ」
「そんなの読めないわ」
「勉強して、読めるようになってね」
「うん、もう、イジワル」

ハハハと笑う彼。本当は、父に用事があったのだろう。私へのお土産はただのついでに過ぎないのだ。分かってはいたが、だがそれでも嬉しかった。
革表紙の読めない本を、未沙はその日から毎晩ベッドで眺めて眠った。夢の中で、本の中身を想像する。それは冒険物語だろうか?恋愛ロマンスか?神話の創世記?偉人の伝記?詩人のエッセイ?

しかし読めない本ほどつまらない物はない。未沙はしばらくすると本への興味を失い、大切に本棚の奥へとしまい込んだ。代わりに、詩が好きな彼に合わせようと中原中也や宮沢賢治など近代詩を読み耽るようになる。
なので、その本の内容を知ったのはもっとずっと後の事だった。

その後、未沙は年上の彼への憧れから同じ軍人としての道を志すようになり、翌年に中学を中退して士官候補養成所へと編入を果たす。反対する父母を説得しての強行だった。この頃から、自分で決めたことをやり抜く気概の強さは際立っていたのかも知れない。
その年の内に火星へと赴任した彼とは、文通でのやり取りを続けていた。淡い気持ちを乗せた手紙を送り、ひたすら彼からの返事を待つ。ようやく届いた返事にさらに返事を書いて送り、はるか7,000万キロ彼方の彼の便りをただひたすら待ち続ける。溜まっていく彼からの手紙を幾度も読み返し、未沙は幼い胸に次第に恋心を募らせていった。
そんな日々を過ごしていた翌年の雨の6月。病弱な母が倒れ、女子寮住まいだった未沙は一時的に実家へと帰省する。
その際に、自室で見つけた彼からの贈り物。一年ぶりに本を開くと、そこには養成所の情報教練で学んだ敵性国家の言語が書かれていた。

僅かだが、中身が読める。未沙はその時始めてその本のタイトルが「桜の園」である事を知った。
元々優秀だった彼女は、読み始めた本の続きを知りたくて夢中になって解読していく。お陰でロシア語の教科はクラスでもダントツの成績になった。
時は折しも梅雨の6月。休みに外へ出かける事もなく、雨の中を未沙は自室でひたすらその本を読み耽る。黒い雨雲が陽光を遮り、ただシトシトと暗い雨が街を濡らす中、窓の外の静かな雨音だけが彼女の世界を支配していた。


…だから雨の日に本を読むと、あの頃の記憶が蘇る。
14歳の6月。未沙は薄暗い部屋の中で、ただひたすら本を読んでいた。それは彼が与えてくれた夢想の世界。目を閉じると当時の興奮とトキメキが蘇る。

私がこの本を読めたこと
私がこの本を読んで感じたこと

それらを彼に伝えたくて、火星から地球へと帰って来る彼のことを今日か明日かと待っていた。
うんと内容を深読みして、彼を驚かせてやろう。そう思って隅から隅まで「桜の園」を読み尽くす。いつの間にかロシア語の原文を丸ごと諳んじられるほど、未沙はその本に夢中になっていた。
彼はきっと目を見張る筈だ。私の成長ぶりを喜んでくれるだろうか。

もう私は子供ではない。自分で決めて自分で行動する一人前の人間だ。
大人の彼に、一歩でも近付きたい。この胸の想いを、帰って来る彼にはっきりと伝えられる大人の女になりたい。


だから、だから早く帰って来て
この想いが、私の躰から溢れてしまう前に



だが、彼は帰って来なかった。




雨の日は、本を読んで過ごしたあの頃を思い出す。
未沙にとって、雨の6月とはそんな季節だった。




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テーマ : 懐かしいアニメ作品
ジャンル : アニメ・コミック

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チェーホフ

「桜の園」タイトルだけはよく耳にするので、検索したら「あら⁉」作者の姓と彼の姓が同じ。確か彼も文学にはたけていましたよね。
あらすじしか読んでいないので不確定なのですが、「桜の園」の作中にも頭の切れ者が主人公を追いつめているように思えました。

猛暑日が続き、ロウソクのように溶けているこの身。クールダウンのために厳冬の話を読み返しみようと思います。

そうそう、14歳。私も14歳の時は自分で自分の事は決めるんだ!なんて肩肘張ってマジで思っていたなあ。
あああ、今思うと青臭い思春期だったなぁ。(/ω\)

Re: チェーホフ

komesaさん、そうなんですよね〜w
キャラ作りの時に、コードネームを文芸家(ピサテル)にしたのでチェーホフという名前にしました。なので言われてみれば元ネタそのまんまですよねw

切れ者というか、あの桜の園の商人は器用に見えて不器用な人なんですよね。惚れた娘に最後まで何も言えずに別れてしまったりとか。まあ嫌な奴なんですがw

いや〜暑いですね!今年は災害並みの天候でビックリです><
各地で災害に合われている方もいるし、本当に油断出来ませんね。komesaさんは大丈夫でしたか??
厳冬のお話ってボリとチェーホフのロシアの十字架ですかね。あれ、個人的には気に入っているお話なんです^^内容が内容ですが^_^;

14歳…中学二年生くらいか〜。という事は、komesaさんも一種の厨二病に…あ、いや、なんでもないですゲフンゲフン。
いやあ、青臭い想い出は年取ると懐かしいですね〜(*´ω`*)


> 「桜の園」タイトルだけはよく耳にするので、検索したら「あら⁉」作者の姓と彼の姓が同じ。確か彼も文学にはたけていましたよね。
> あらすじしか読んでいないので不確定なのですが、「桜の園」の作中にも頭の切れ者が主人公を追いつめているように思えました。
>
> 猛暑日が続き、ロウソクのように溶けているこの身。クールダウンのために厳冬の話を読み返しみようと思います。
>
> そうそう、14歳。私も14歳の時は自分で自分の事は決めるんだ!なんて肩肘張ってマジで思っていたなあ。
> あああ、今思うと青臭い思春期だったなぁ。(/ω\)

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Re: お元気ですか?

台風酷かったですね>_<
まずはお身体がご無事でなによりです。
それが終わったら今度は地震が。なかなか心休ませてくれないスパルタな2018年ですね(@_@)

はい、たしかに今はお話全然書いてないですねf^_^;
何というか、きちんとまとまった時間を取って書き溜めたい気持ちがあるんですが、ありがたい事にお仕事がなかなか忙しくて(@_@)余裕がありません。
また昔のようにバリバリ更新しまくる日が…近々ではありませんがそのうち訪れるかと思いますので、ちょっとだけお待ちくださいませσ^_^;

お、作家さん仲間が増えるのはとても嬉しいです^ - ^
私も同じです、マクロスは初代しか知りませんf^_^; ちょっと前にマクロスプラスというのを初代以外で初めて見ましたけれど、雰囲気とか全然違うお話でした。あれはあれでちゃんと独立したSFアニメですね。内容も良かったんじゃないかと思います。

作品楽しみにしていますよ!
出来たらミンメイの出番多めでよろしくお願い致します( ̄▽ ̄)
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