未沙は悲鳴を上げた。

未沙は悲鳴を上げた。

彼女の目の前で、父親とも言える人物が鮮血に塗れて倒れた。
大きな音を立て、大きな体をスタジオの床に投げ出す。制帽が吹き飛び、グローバルの太く癖のついた髪が小さく揺れた。

「おじ様!」

未沙は膝をついた。グローバルの手を取る。未沙の白い軍服の袖口が赤く汚れた。

「しっかりして下さい、総司令!」

グローバルは口から吐血しながら、目線だけ未沙に寄越した。そのまま目を閉じる。

「誰か、救急車を!」

未沙が叫ぶ。総司令の護衛に来ていた兵士達が慌てて携帯を取り出す。救急車を呼ぶにしても、救急隊員が果たしてここに入って来れるだろうか。

「総司令、聞こえますか⁉︎総司令!」

未沙は呼びかけ続けるが反応がない。背中に冷たい汗が流れる。ぐっと手を握り締めた。かろうじて、グローバルが弱々しくその手を握り返す。

瀕死の新統合軍総司令を、カメラは捉えていた。全世界LIVE中継の討論会。始まる前には予想だにしなかった血の結末が世界中の視聴者に衝撃を与えていた。

バイバルスは総司令を撃った興奮そのままに、未沙に向かって声を荒げる。

「早瀬大佐、選べ!選ばぬなら更に犠牲者が増えるぞ!」

「よせ、やめろ!」

カイフンが席を立とうとするが、後ろからテロリストに押さえ込まれる。歯ぎしりしながらGCCの若き新代表は声を絞り出した。

「やめろ、やめるんだシャリフ!」

カイフンの口にした名前に、テロリスト達の動きが止まる。カイフンは自分を押さえつける腕を振り払うと、覚悟を決めて立ち上がった。

「ナジブ・シャリフ、君だな。妹さんの話で確信した。前に、私に語ってくれたな」

バイバルスは黙ってカイフンを見ている。やがて自らの目出し帽に手を伸ばし、それを外した。中からはとても若い青年の顔が現れる。
アラスカ学生会、“ベイビーパンサー”のナジブ・シャリフだ。
円卓に居た学生会長が驚きに目を見張る。学生だろうか、観覧席からいくつも悲鳴が漏れた。

「…妹の事、覚えていてくださったんですね」

シャリフの頬は少し上気していたが、落ち着いた表情になっていた。カイフンは頷く。

「途中から、もしかしたらと思っていた。何故君がこんな事を…」

「誰かが何とかしなくては。そう仰ったのはあなただ」

シャリフは優しそうな笑みを浮かべた。とても残酷な行為を繰り返すテロリストには見えない。

「世界は知るべきだ、私達の悲しみを。そして苦しめばいい。その為に死ぬ覚悟は出来ています」

シャリフは面出しのまま、遂にカイフンにも銃口を向けた。カイフンは押し黙る。

「あなたであっても、止められはしない。どのみち人類に未来などないのだ」

シャリフの息は荒い。興奮剤が彼に及ぼす影響は、彼自身が想像していた以上に大きかったのかも知れない。

「神を否定する早瀬大佐が、人として選択の勇気を持てないなら2人ともに死んでもらいます。所詮みんな口先だけだ。本当の決断をくだせる者などいない。私がそれを証明して見せる」

シャリフは銃口をミンメイに向けた。カイフンはシャリフに詰め寄ろうとして別のテロリストに銃口を突き付けられる。

「あなたでも殺すぞ!」

恐らくシャリフ同様学生であろう目出し帽の男が叫ぶ。カイフンはシャリフに懇願するような視線を飛ばした。

「頼む、ミンメイだけは殺さないでくれ。この通りだ、彼女だけは…」

「僕も妹だけは殺さないで欲しかった」

シャリフの声は冷たかった。その目がリン・ミンメイを捉える。ミンメイはビクリと身を震わせた。頬から溢れる涙が飛び散る。

「わ、私を殺してもいいから、輝は助けて…」

小さな声で、怯えながら最後の訴えを口にする。カイフンが我慢出来ずに声を震わせた。

「ミンメイ!馬鹿な事を言うな!」

「だってヤだもん!輝死ぬのヤだもん!」

ミンメイが身を捩らせて叫び返す。その濡れた大粒の瞳は、血塗れでグッタリとして動かない最愛の恋人を見つめている。

「早瀬大佐!軍人としての責務を全うしたまえ!一般市民を救うのが君らの存在理由だろう!」

カイフンは未沙に叫ぶ。そしてシャリフを見た。

「頼むシャリフ、ミンメイの代わりに私が犠牲になる。だから、彼女だけはやめてくれ、彼女だけは…」

しかしシャリフはそれにも冷たかった。

「決めるのは大佐です」

一言だけ答える。そして倒れたグローバルに寄り添う未沙を見やる。

「もう結論は出ましたか?早瀬大佐」


未沙はグローバルの手を握り締め、黙って俯いていた。身じろぎひとつしない。
その手で、失われゆくグローバルの命の脈動を感じている。


みんな、死んで行く

未沙は心の中で呟いた。

何もかもが、壊れて行く

しょせん人間はこういう道筋を辿る運命なのだろうか


我々は悪魔の人形、サタンドールなのです


あんな報告、今更噛み締める事になるなんて

未沙は心の中で泣いていた。
とても言葉には言い表せない複雑で暗く深い感情が彼女の中に渦巻いていた。

それは絶望か?失意か?恐怖か?嘆きか?

未沙には分からない。分かっているのはただ一つ。
そう、いま分かるのはたった一つだけだ。


「大佐、答えないならそれでいい。両方とも殺す」

シャリフの結論に、スタジオは声のない悲鳴に包まれた。カイフンが、ミンメイが、ブエノが、GCCの面々が、これから起こるであろう悲劇を予感して顔を強張らせた。


シャリフがまず動かなくなった輝に銃口を向けたところで、初めて未沙が口を開いた。


「…それでもいい」

「…なに?」

シャリフの手が止まる。
皆の視線が一斉に早瀬大佐のもとに集まった。
未沙は顔を上げた。シャリフではなく、動かない愛する癖っ毛の青年を見る。

「それでもいい、みんな死んで、それで済むならそれでもいい」

「…なんだと?」

未沙はカイフンを見た。その表情は静かだった。

「カイフンさん、あなたの勝ちです。私には選べなかった…私には、人には無理な答えです」

カイフンが顔を曇らせる。未沙は立ち上がった。バイバルスことナジブ・シャリフに向き直る。

「殺しなさい。輝のことも、ミンメイさんのことも」

全員が息を飲む。落ち着いた未沙の声は、スタジオに染み入る様に響き渡った。

「そして私も殺しなさい。それで収まるなら、あなたの気が済むならそうしなさい」

未沙は動かない輝を見る。その潤んだ瞳で、彼の癖っ毛を懐かしむように。

「ごめんなさい輝…。本当は、今でもあなたを愛しています。でも、私には選べなかった…。せめて、私と一緒に死んでください」

未沙は無意識に自らの下腹部を摩る。それは生まれて来る筈だった生命への罪悪感からか、それとも失う事への恐怖からか。
未沙はミンメイを見た。

「ごめんなさいミンメイさん、あなたを死なせてしまう事になって。全て私の責任です。私が弱い人間だから…。でも、人は皆弱いわ。きっとあなたにもその弱さがあるからこそ、私と同じように輝を愛していたんだと思います…」

ミンメイは何も言わなかった。後ろに立つテロリストに、泣き腫らした瞳で何か助けを求めるような視線を向けている。
未沙はシャリフを見た。

「生命の為に生命を犠牲にするなんて間違ってる。あなたは絶対に間違ってる。だから、私は自分の弱さと共にあなたと戦う。私は選べない。私は選ばない。殺すなら殺せばいい。私は最後まであなたには従わない」

未沙は凛々しく背筋を伸ばした。
ピンと張った姿勢に、ツンと突き出した形の良い胸。真っ直ぐに相手を見つめるその視線は、正しさとか清楚さとかの類いを束にしても敵わない美しさがあった。

シャリフはそれを真っ直ぐに受け止めた。

「あなたも、カイフンさんも、初めと言っている事が逆になりましたね。…あなたの負けを認めたのですか」

未沙は一度だけ頷いた。

「認めるわ。だから、殺しなさい」

未沙は黙って上を向く。スタジオ全体が息を飲んだ。
シャリフは頷き、銃口をまず未沙に向ける。

全て全世界に放送されていた。
世界中の人々がその様子を見ていた。
その中で、早瀬未沙は死を覚悟した。

瞳を閉じる。
嫌な汗が背中を滴る。
もう一度だけ、あの癖っ毛を目にしたくて瞳を開いた。輝は動かない。1人のテロリストが輝をまさぐっていた。何をしているのだろう。もしかしたらもう輝に意識は無いのかも知れない。

お腹に添えた両手が痺れた。心の中で懺悔の言葉が浮き上がって来る。

ごめんね、私の赤ちゃん

未沙はずっと輝を見ていた。
輝だけを見ていた。
怖くて視線が逸らせなかった。


死ぬって怖い


それだけが、未沙の残された最後の感想だった。




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選ばない

それぞれの決断で、この世界は成り立ってる。何が正しいとかはないもんね
決断の積み重ね
未沙の選ばない決断

私も、今日夏のネイルを選べず、2色買いました…

う~ん、まぁ~良いんじゃない
大きな決断に対して 責任を負う覚悟なんだから
問題は その決断をさせた相手に その自覚の有無が 問題だ!

ボーちん ガントレッドで 蹴り着けちゃえ~!

テロリストに、一切の情け容赦は無用です!
あれから30年!昔に戻れば良いのです(綾小路 公麿の口調) テロリストは、発見しだい 射殺に戻れば良いのです!
政策や国に文句が有れば テロするより政治に出れば良いのです!

カイフン、出しちゃったよ 本音
一般人>公務員 の本音が(/´△`\)

Re: 選ばない

その都度その都度の決断の結果が今の自分なんですね…

私も今夜のお酒どうしよう…ビールかワインか…え〜い両方飲んじゃえ!う〜んバタン…


> それぞれの決断で、この世界は成り立ってる。何が正しいとかはないもんね
> 決断の積み重ね
> 未沙の選ばない決断
>
> 私も、今日夏のネイルを選べず、2色買いました…

Re: タイトルなし

まぁカイフンちゃんは輝ちゃんと初対面の時からそう言ってますからね〜

あれで印象最悪…

> う~ん、まぁ~良いんじゃない
> 大きな決断に対して 責任を負う覚悟なんだから
> 問題は その決断をさせた相手に その自覚の有無が 問題だ!
>
> ボーちん ガントレッドで 蹴り着けちゃえ~!
>
> テロリストに、一切の情け容赦は無用です!
> あれから30年!昔に戻れば良いのです(綾小路 公麿の口調) テロリストは、発見しだい 射殺に戻れば良いのです!
> 政策や国に文句が有れば テロするより政治に出れば良いのです!
>
> カイフン、出しちゃったよ 本音
> 一般人>公務員 の本音が(/´△`\)

拍手コメントありがとうございます!

夏休み、お忙しそうですねww

テロって宣伝のためにやるので、手段よりも「目立ったかどうか」が優先されちゃうんですよね。なんとも理不尽なお話です…

ボリ、何してるんでしょうね〜。
…昼寝?
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