第19話 バースト・ポイント

「A-316の患者さん、5番の診察室へどうぞ」

受付の呼び出しで、男は手にした番号札を何度も確認してからゆっくりと立ち上がった。
気怠げに診察室の扉をくぐると、白衣を着たいつもの医者が深刻そうな顔でモニターと睨めっこをしている。医者は頭頂部が広くハゲていた。何となく、随分昔に死んだ父親に似ていて、たったそれだけの事でも、今の男の心境にはほんのりと慰めになっていた。

「どうかね、先生」

男は丸椅子に腰掛けると同時に切り出した。むき出しの頭皮をポリポリと掻きながら、白衣の医者は渋い表情を崩さず男に向き直る。

「まだ仕事を続けてるのかい」
「当然だ。それが俺の生きる唯一の理由だ」
「しかし、このままではその生きる事すら難しくなってしまうよ」

医者はことさら大きくため息を吐く。

「あんた、もっと自分を大事にしなさい。何故そんなにしてまで仕事に打ち込むんだ」

医者に問われ、男は無言で俯いた。
ややあって、顔を上げた男の目には青く小さな炎が宿っている。

「待っているからだ。…俺の事を、待っている奴がいるからだ」



男の名はユルマズ・ギュネイ。トルコはケフケンの漁村出身だ。
彼の生まれ育った村では、男は皆漁師になる。村のどこにいても必ず視界に入ってくる巨大で勇壮な黒い海。7つの国に囲まれたカラ・デニズ(黒海)の存在が、村人達の生活を遥か昔から支配している。
人々の生活を支え、食と文化と交通を育み、何百年にも渡って自然の恵みを与えてくれた偉大なる海カラ・デニズ。硫化鉄を多く含み、黒く重い水質のその海のほとりで、人々は生まれ、育ち、そして死んで行く。

カラ・デニズに生まれた男は皆、幼い頃から海に出る。そして死ぬまで海と生活を共にするのだ。それが村の人間にとって至極当たり前の事であり、ユルマズも幼い日からずっとそう信じて疑わなかった。

事件が起きたのは少年時代。父に連れられて、親族のいるイスタンブールの街へ行った時の事だ。
ユルマズの村などと違い、イスタンブールは世界的な大都市だ。見る物触る物、何もかもが初めてで、ユルマズは驚愕と興奮に目が回りそうになっていた。

そこで出会う。
奇跡の料理に。

「ユルマズ、それは牛の肉だ。旨いだろう」

親族の叔父は、目を白黒させるユルマズを面白そうに眺めていた。目の前に出された皿の上には、巨大な焼いた『肉の塊り』が乗せられている。
ユルマズの村では肉など食べない。カラ・デニズ(黒海)ではアンチョビ漁が盛んで、アジやイワシ、ニシンやチョウザメなどタンパク質の摂取には事欠かない。
村からもう少しだけ内陸に行けば、羊や鶏を飼っている村もある。ユルマズも鶏の卵を焼いて食べた事なら何度かあった。

でも、牛を食べるなんて初めてだ。トルコに牛はいない。気候的に牛の畜産に適さないからである。
しかしここはイスタンブール。アジアとヨーロッパを結ぶ、世界有数の大貿易港なのだ。
この世にあって、イスタンブールにない物など存在しない。

ユルマズは、叔父さんが切ってくれた肉の塊りを恐る恐るフォークで口元へと運ぶ。

一口、噛んだ。

いっぱいに広がる肉汁。
溢れる脂。
沁み入る熱量。
肉塊に詰め込まれた生命力の一欠片一欠片が、まるで自分の細胞一つ一つにまで浸透するかの様な感覚に、少年時代のユルマズは身を震わせて戦慄いた。

言葉もなく、ユルマズは肉の塊りを次々と口へと運びまくった。無心になって命の残骸を喰らう。そんな必死な少年を愉快そうに見ている叔父。

肉料理について知ったのは、もっとずっと後の事だった。村に帰ってからもあの衝撃が忘れられず、ユルマズは食事のたびにアンチョビの塩漬けを噛み締めながら、あの“脂の味”を思い浮かべていた。

「イスタンブールに行く」

18歳になった翌日、そう両親に告げた。父親には殴られ、母親には泣かれた。それでもユルマズは村を出て行く。
イスタンブールへ行ってどうするのか?計画なんて何も無かった。とにかくあの街へ。
あの味を忘れられない。あの味を求めて。あの味のある街へ。

何のアテもないユルマズだったが、アフリカからの流入民を集めた工事現場で住み込みの仕事に何とかありつく。
2年後、どうしても肉の仕事がしたくて精肉会社の冷蔵倉庫で働き始める。かなりハードな仕事環境で、この時に氷点下に長時間居たため血圧が上がり過ぎ、ユルマズの健康に後々まで響く事となる。

肉の卸先からケバブ料理屋を紹介してもらい、28歳で初めて料理の道へ。しかしケバブはほとんどが羊肉で、ユルマズの求める脂の味は得られなかった。
その後彼の勤勉さが認められ、35歳でミュンヘンの肉料理店へ修行に行かされる事になる。

ここでようやく、ユルマズは牛肉を主体とした料理を学ぶ。自分が求めていた味。ずっと探していた味。

「汁を漏らすな。肉の旨みはそこに凝縮されてるんだ。まずはどう肉を固めて焼くのかを考えろ」

師と仰いだコックはドイツ人だった。ドイツにはトルコ人が労働移民として大勢流れ込んでいる。その為、仕事を奪われると現地では移民への人種差別が凄まじく、ユルマズも仕事場や日々の生活の中で日夜その洗礼を受けていた。
しかしユルマズには肉へ対する信念があった。ようやく巡り会えたあの時の味。それを自分の手で完成させるまで、彼はこのドイツから離れる訳にはいかなかったのだ。

「肉は必ず常温にしてから焼け。スパイス、ハーブ、ガーリックパウダーは肉料理の血液だ。O型の肉にはO型のスパイスを、A型の肉にはA型のハーブを選ぶんだ」

強火にかけたフライパンにオイルを敷き、厚めのもも肉をおろす。
片面ずつ15秒。ひっくり返してまた15秒。それを6回繰り返し、弱火にしてから蓋をして蒸らす。トータルきっかり2分40秒。

「すぐ皿に移せ!余計な熱を与えるな!」

少しずつ、少しずつ周りのユルマズを見る目が変わって行く。彼に対する態度も、敵意から仲間意識に、そしてやがて尊敬へと移り変わって行った。
そんな中、ユルマズ40歳の時。故郷で父親が漁の最中に行方不明になったとの報らせを受ける。
22年振りに帰った故郷で、彼は父親の死に顔と対面する事になった。

「父さんは村の男らしく海で死んだ。兄さんはどこで何をしているんだ?」

残してきた弟や、村人らからの冷たい視線。ユルマズは静かに答えた。

「俺は肉を焼いてる。それが俺の選んだ道だ」

やがてイスタンブールに帰って来たユルマズに、極東の島国での新店舗オープンの話が持ち掛かる。

「ヤポン?どこですかそれは」

訝しるユルマズに、オーナーは満面の笑顔で答えた。

「新しい統合政府のな、大きな街があるんだ。南アタリア島と言って、例の宇宙船が落ちた島だな。これから大規模な開発が始まるらしくて、政府が補助金をエサにテナントを募集してる」

時は2008年。
ユルマズは50歳になっていた。持病の高血圧が悪化していたが、それを押して彼は不思議な宇宙からの落し物…SDF-1マクロスの座する南アタリア島へとその足跡を記す事となる。
翌年、第一次星間戦争が勃発。ユルマズは店舗ごとマクロスのフォールドに巻き込まれ、地球へと帰る長い長い旅路にその身を投じた。

そして現在。
ようやく地球へと帰り着いたばかりのマクロス。その中にある市民病院へ、彼は定期的に通っている。



「仕事の為に自分の命を削ってるなんてバカげてる。悪い事は言わない、もう仕事をやめて引退しなさい」

ハゲ医者は諭すように言う。しかしユルマズは首を縦には振らない。

「親父は海で死んだ。漁師だからな。俺はコックだ、肉を焼きながら死ぬ」

そう言うとユルマズは立ち上がる。医者は大きなため息を吐いて、諦めた様に薬の処方箋を書き出した。

「それがターキー魂ってもんだ」

死んだ親父の口癖だった。今は自分の口癖になっている。



「おはようございますシェフ」

店に入ると、スタッフがダイニングの準備をしていた。皆と挨拶を交わして更衣室へ。いつものコックコートに着替えると、さぁ今日も戦闘開始だ。

「シェフ、病院は如何でしたか?」
「ん、何も無かった。薬を貰っただけさ」

吊るされたフライパンを手にする。良く手入れされていた。この店のスタッフは多国籍に渡るが、皆真面目で要領がいい。ここはマクロスで最高のレストランだ。

「いつもの彼らが来ましたよ」

ホールスタッフの声に、ユルマズは厨房から店の入り口を見やる。例の三人組だ。若手の軍人連中、何でも戦闘機のパイロットをやっているらしい。

酷い癖っ毛の少年兵、気取ったサングラスの優男、一際デカい木偶の坊。

あんな小僧どもが命を懸けて戦ってるだなんて、本当に世も末だ。
せめて、うんと旨いものでも食わせて送り出してやりたい。
俺に出来るのはそれだけだ。

「なんだお前ら、また来たのか」

いつもの歓迎の言葉。若造共は勝手に席に着くと「腹へった〜」とか「ビール下さい」とか品のない態度で若さを撒き散らす。

「おやっさん、なんか体調悪いんだって?平気なの??」

癖っ毛の小僧が口を開く。きっとスタッフが余計なことを口走ったんだろう。ユルマズは「バカ言え、俺は漁師の息子だぞ。お前ら生っちろい小僧共と一緒にするな」と笑い飛ばした。

「それより何にするんだ、もうじき店は混みだすから早く食って早く出て行け」
「ひでーよな、それが常連客に言うセリフかよ」
「何が常連客だ。お前らもっと品性を磨いてから来い、うちは高級レストランだぞ」
「あ、今日は隊長のオゴリでしたよね?」
「僕は取り敢えずこのロゼのワインを」
「俺この特大サーロインステーキ!一度食べてみたかったんだ〜」
「あ、お前高い方頼みやがって!」
「ふん、お前らごときに儂の肉の味が分かってたまるか」

笑いながら、ユルマズは厨房へと戻って行く。後ろでは三人組がワイワイと子供の様に騒いでいた。


儂に子供がいたら、あんな歳だったかな


今日は特別に取ってある背中肉を卸してやろう。ユルマズは最高のステーキを焼く手順を、頭の中で繰り返し繰り返し反芻しながら歩いていた。


「まず肉を常温に…」




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No title

おーー!どうバーストポイントになるかと思ったら!
色んな人生があって、それに輝たちも関わって…ってお話作りも楽しいですね〜!そして読みやすい。さすが!

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視点がさすがです。

うーうん。と唸るお話でした。さすが、びえりさん。(^_^)a
さぞや柿崎、胃袋を満たしたかったでしょうな。

バースト・ポイント ちょっと重めに感じたので、レストランの3人のやり取りが面白かったな。

Re: お久しぶりです

どうもです〜(^-^)/

どうでもいいお話をお読み頂いてありがとうございましたw

このお話の本当の主役は…柿崎なんですww

Re: 復活でしょうか

ありがとうございます〜(^-^)/

ボチボチな感じですww

Re: No title

「マクロスでステーキは鬼門」って話を聞いて思いつきましたw
まさにバースト・ポイントwww

でも気が付いてなくて「なんだこの話?」ってなってる人多そうですww


> おーー!どうバーストポイントになるかと思ったら!
> 色んな人生があって、それに輝たちも関わって…ってお話作りも楽しいですね〜!そして読みやすい。さすが!

Re: あら?

思いつきですww
はい、この後すぐに出撃しますw分かってくれる人には「そう来たか」となれば良いんですが( ̄∀ ̄;)

新カテゴリーはですね、どうしようかなって思ってます。

Re: 視点がさすがです。

ありがとうございます(^-^)/
柿崎とステーキですぐに反応して頂けると嬉しいですww
もっと有名なネタなのかと思ってましたが意外にそうでもないみたいです…??


> うーうん。と唸るお話でした。さすが、びえりさん。(^_^)a
> さぞや柿崎、胃袋を満たしたかったでしょうな。
>
> バースト・ポイント ちょっと重めに感じたので、レストランの3人のやり取りが面白かったな。

ああ、柿崎~!

最初、お肉焼きのおじさんがどう絡むのかと思っておりましたが、柿崎君でしたか。
いやあ、世界を軽やかに広げられますね、びえりさん!

ぬぉぉぉぉぉ‼

トルコ料理!
シシケバブ~! ドルネケバブ~!
エトソテー! グリルケバブ~!
アジアとヨーロッパの間には、サバ・サンドイッチw
鬼門のケバブ・サンドイッチは ドイツに渡ったトルコ人が開発(諸説有り)
マクロス鬼門 ビフテキ! トルコが絡んでたんだ!(諸説有り?かな 輝が部下にを奢るったら・・・不吉)

僕は トルコ料理が大好物です!
エフェス・ビールにラク(度数のキツい酒)が お気に入りですw((o(^∇^)o))
宗教の都合上 トルコ料理に豚肉が無いのが難点ですぅ(*´;ェ;`*)

柿崎君は、何百グラムのビフテキだったのか 気になるですハイ!
バボは常に800g~1000gのレアで注文してるから 1k~1.5kgを予想して 篠沢教授に2000点w

Re: ああ、柿崎~!

「柿崎のステーキ」と言えば有名ですが、あのステーキだって焼いた人がいる筈だ、なんて勿体無いんだという適当な発想でしたww

というか、こうやって日常は軽いノリで過ぎて行くのに、その一瞬先では命が散っちゃったりするんですよね…( ̄∀ ̄;)


> 最初、お肉焼きのおじさんがどう絡むのかと思っておりましたが、柿崎君でしたか。
> いやあ、世界を軽やかに広げられますね、びえりさん!

Re: ぬぉぉぉぉぉ‼

1kgってマジすか( ̄∀ ̄;)
400kgでいっぱいいっぱいですよw

柿崎のステーキは実際に絵になってますし、見た目で勘定してみて下さいww

(諸説あり)ってエグスプロージョンの「本能寺の変」みたいですww



> トルコ料理!
> シシケバブ~! ドルネケバブ~!
> エトソテー! グリルケバブ~!
> アジアとヨーロッパの間には、サバ・サンドイッチw
> 鬼門のケバブ・サンドイッチは ドイツに渡ったトルコ人が開発(諸説有り)
> マクロス鬼門 ビフテキ! トルコが絡んでたんだ!(諸説有り?かな 輝が部下にを奢るったら・・・不吉)
>
> 僕は トルコ料理が大好物です!
> エフェス・ビールにラク(度数のキツい酒)が お気に入りですw((o(^∇^)o))
> 宗教の都合上 トルコ料理に豚肉が無いのが難点ですぅ(*´;ェ;`*)
>
> 柿崎君は、何百グラムのビフテキだったのか 気になるですハイ!
> バボは常に800g~1000gのレアで注文してるから 1k~1.5kgを予想して 篠沢教授に2000点w

柿崎ィィィ!

こんな命を賭けたステーキを食べ損なったのですね、柿崎は‥。
美味しそうだな~。ステーキ職人の焼く店!

勤め先の近くに外人さんだらけのケバブ専門店がありますが、いつもいい香りなんですよね~。
先日勇気を出して?ケバブサンド食べたのですが、ひよこ豆がだらけでちょっと苦労しました‥(T-T)

Re: 柿崎ィィィ!

ケバブってそうですよねw
みんなあの肉の柱に惹かれてフラフラやって来るんですけど、肉はコショコショっとナイフで削っただけで、ケバブの中身はほとんど野菜だというw詐欺やw優良誤認と違うんかそれww

しかしお勤め先にそんなミステリアスなお店があるなんていいですね〜( ̄▽ ̄)

カッキーのステーキ、マジ旨そうですよね〜
カッキーがスイスイとナイフで切ってるので、かなり柔らかく焼いてあるな〜と思います*(*´∀`*)


> こんな命を賭けたステーキを食べ損なったのですね、柿崎は‥。
> 美味しそうだな~。ステーキ職人の焼く店!
>
> 勤め先の近くに外人さんだらけのケバブ専門店がありますが、いつもいい香りなんですよね~。
> 先日勇気を出して?ケバブサンド食べたのですが、ひよこ豆がだらけでちょっと苦労しました‥(T-T)

嗚呼、いつの間に!

お久しぶりじゃないですか!
いつの間に新作。
忘れた頃にやってくれますね(^-^)
相変わらずの細かな設定。
読んでて、引き込まれます。
ステーキネタか。
初代好きには、たまらないネタですね〜。

ノー拍手コメンテイターがまた一人?

結局そんなもんなんだろうな~と思う
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