I heard the sound of falling in love with her. -6-

一時間ほど汗を流した後、二人は休憩がてら水分補給をしにバーカウンターへとやって来た。
スポーツジムなのでアルコール類の提供は無いが、ここでは酵素ドリンクやアロマ水素バーなどが利用可能だ。会員制のジムなのでフリーで好きな物を楽しめるらしい。

「知ってる?ハイドロゲンウォーターのブームって、工業用機械の余り物を処分する為に作られたのよ」

未沙が水素水のサーバーに群がる人たちを見ながら、皮肉めいた口調でそっと囁く。そもそも世間一般の出来事にすら疎い輝には何の事だかさっぱり分からない。

「??何それ?」

「元々は半導体の洗浄にハイドロゲンを使用していたの。でももっとコストパフォーマンスのいいカーボネイトに取って替わられそうだから、機械の販売先を新たに作る為にマーケットを創作したのよ。健康ブームって良い市場なのよ」

「…ふーん」

半分以上何を言っているのか分からなかったが、取り敢えず輝は感心した様に頷いた。
いつもと格好は違うが、やはり中身は早瀬未沙だ。知的で、舌鋒鋭く、正義感が強くて一部盲目的。
汗ばんだ彼女の雰囲気にドギマギしていた輝は、その何だか分からない事を熱弁するいつもの未沙らしい未沙に、かえって安心感を取り戻した。

「今日は本当にありがとう。誘い先がスポーツジムだなんて、あなたらしいと言えばあなたらしいのかしら」

オーガニックフルーツジュースを片手に、未沙は笑顔で輝に感謝を述べた。表情がとても明るい。指令センターにいる時とは大違いだ。
ここを選んだのはマックスだが、その事はこの際黙っておくとしよう。

「まあね。気分転換には身体を動かすのが一番だろ?」
「そうね。脳の受容体も活性化して一石二鳥だわ」
「そうだね。脳の……がね」

また知らない単語が出て来た。適当な相づちで誤魔化す輝。果たしてこの人は俺と同じ人間なのだろうか。
頭の出来が違うのは分かっていたが、このままでは知性のレベル差があり過ぎて会話がうまく成立しないんじゃないかと思う。
輝は変に相手に合わせるのはやめて、難しいやり取りをせず、正直にここへ誘った心情を語る事にした。

「なんか最近、おたくが大変だって噂を聞いてさ」

「…え?」

コップを持つ未沙の手が一瞬止まる。輝は特には気が付かずに話し続けた。

「なんか今、任務が立て込んでるんだって?周りの奴に聞いたら、少佐がピリピリして堪んないって言うからさ」

輝は笑いながら話している。男むさいパイロット溜まりならこの程度の軽口も毎度の事だ。
しかし千里先を見通すパイロットの目も、すぐ目の前の人の表情に気が付く事は無かった。それは若さ故か、男特有の無神経さ故か。

「しかもおたく、“氷の女”とか呼ばれてるんだって?シャロン・ストーンかっての。でもさ、言い得て妙だよな。少佐ってツンケンしてるしさ、冷たい女って意味じゃ雪女なんてイメージぴったりだよハハハ」

微妙な勘違いと共に、自分で言って自分で爆笑する輝。笑いながら、手持ちの100%マンゴージュースを一口啜る。

「でもさ、あんまりツンツンし過ぎるとお肌の皺が増えるから気をつけ…て…」

そこまで言い掛けて、輝はようやくその場の空気が変わっている事に気が付いた。
快適なエアーコントロールが行き届いている筈のフィットネスジムで、どこからかアラスカの冬の冷気が漂って来る。あれ、いま秋じゃなかったかな。背筋に走る妙な寒気に、輝は思わずぶるっと震えた。

「あ…えと…早瀬…さん?」

輝は恐る恐る声を掛ける。
未沙は、いつの間にか下を向いてじっとしていた。輝の能天気話を、一切口を挟まずただ黙って聞いている。
未沙の背後からは凍てつく風が吹き付け始め、アップスタイルに纏めた栗色の毛先を激しく揺さぶっていた。

「…なに…ソレ…」

低く、低く抑えた声。
あまり聞いた事のない未沙の声色に、輝は何か間違った選択肢をチョイスしていたのではないかとこの時初めて気が付いた。
慌てて言い訳を頭の中で考える。

「あ、えと、つまりさ、ん〜と」

上手い言葉が浮かばない。取り敢えず思い出し思い出し誰かの台詞をそのまま部分部分で踏襲する。

「カ、カリカリするのも良くないって事さ。何てゆ〜の?もうちょっとさ、余裕ってもんを持った方がいいじゃん、周りの奴らもやり辛そうにしてるみたい…だし…」

頑張って話してはいるが、声が段々と尻すぼみになる。次第に周囲の気温が下がって行くのを肌で感じられた。

「う〜んと、え〜と、そ、そうだな。今のおたくには、安定感ってもんが必要だと思うな」

うまく考えが纏まらず、口から出た言葉はほぼヴァネッサの受け売りだった。
そもそも、そうやって偉そうに言っている輝自身は、未沙の苦労にそれ程気が付いていた訳ではない。未沙が大変そうだという事を知ったのはマックスの忠言によるものだ。

しかし今日の輝は「相手を思いやる俺」という変な役に染まり切っていた。
歳上の彼女の前で良い格好をしたかったのと、普段とは違うこのシチュエーションで、自分は大人になったのだという新たな自信を見せつけたかったのである。
確かに以前の輝なら、頭から「おたく最近感じ悪いぜ!」と考えなしに食って掛かっていたかも知れない。しかし今日はこうやってわざわざ場を作り、まるで教え諭す様に相手に話をしてやっている。しかもあの早瀬少佐から感謝の言葉を述べられるだなんて、随分と俺も成長したもんだ。
そんな風に、輝は虫の良い自分の姿を勝手に想像していたのだ。それは、子供特有の痛々しい勘違いから来る一種の背伸びであったかも知れない。

そして未沙はと言えば、かつてなら冷静に輝の今の心境を判断して、軽く受け流すなり言い返してやり込めてやる位は簡単に出来ただろう。
しかし今の未沙はそうでは無かった。張り詰めた厳しい現場、指揮官という孤独な任務。相談すべき上官はおらず、一つ指示を誤れば人命にすら関わって来る。常に緊急性のある判断を連続して求められ、責任は全て自分一人が負う。

それが毎日続くのだ。そのストレスは相当な物で、今の未沙は爆発寸前だった。
そこへ輝のお誘いである。歓喜した未沙は無理矢理にでもスケジュールの空きを作って今日という日に臨んだ。どうしよう、まさか彼の方からこんな風に誘ってくれるとは思わなかった。これは進展と取って良いのだろうか?
食事や散歩に出掛ける事は今までもあったけれども、しかし今日のコレは明らかなデートではないだろうか。未沙は密かな期待に胸を弾ませてこの大切な日を迎えたのだ。
そこで、まさか歳下の下官に説教を食らうとは思ってもいなかった。


輝は、この時完全にヴァネッサの忠告を忘れていた。

「あなたが、早瀬少佐を、誘いたいから誘うんです」

他人の為に一肌脱いでやっているという自分の善人ぶりに酔っていたのだ。そしてことさらにそれを強調してしまっていた。


そして未沙は、輝に対して異性としての魅力を感じてはいたものの、仕事の上では年若い彼の事を無意識に軽く見ていた。
その相手に生意気な事を言われて、最初に思ったのはたった一つだけ。

「何も知らないクセに」


周りがお膳立てしたせっかくの機会も、お互いの精神的な幼さから来る未熟さで、段々と雲行きが怪しくなって来たのである。




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嗚呼、やってもーたー!

何故にこーなるのでしょう。
わかっちゃいるけど、やめられない⁈
続きが、楽しみ(^-^)

若さゆえの?

あーもー、地雷踏み散らかしてますね。

20歳前後の若者の思い込みって面倒だなあ・・・。

過去、ある組織の青年部部長をしていた時の事を思い出しました。
自身を省みてもイタいのですが(^_^;)

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やっぱりね〜

輝くんですね〜〜。ヽ( ̄д ̄;)ノ
やっぱり、輝くんですね。
ヴァネッサ達からたっぷりお説教を捻り込んでもらいなさいな。
ピシュ‼︎

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No title

ええええええ!!!!

なんてことに!っていうか、この二人が後々抱き合うまでになるってのが・・どんな過程なのか興味あるなーーーー

水素水、私も会員になってるけど、あんまり根拠は無い・・のかな。
HH2Oで、水素水・・とか(^_^.)

Re: 嗚呼、やってもーたー!

人生掛け違いですな


> 何故にこーなるのでしょう。
> わかっちゃいるけど、やめられない⁈
> 続きが、楽しみ(^-^)

Re: 若さゆえの?

おお〜人にはそれぞれ歴史がありますな〜( ̄▽ ̄)

まあ今回はある意味お互い様の部分もありますよね。
( ̄∀ ̄;)

> あーもー、地雷踏み散らかしてますね。
>
> 20歳前後の若者の思い込みって面倒だなあ・・・。
>
> 過去、ある組織の青年部部長をしていた時の事を思い出しました。
> 自身を省みてもイタいのですが(^_^;)

Re: 変わりましたね

ですね〜

やっぱつまんなかったですか??

Re: やっぱりね〜

ドSヴァネッサがお気に入りになっちゃってますねww

でも、私が思うに、人の忠告を聞けない状態にある未沙にも問題はあると思うんですよね〜。でもそれが人間という物ですね…


> 輝くんですね〜〜。ヽ( ̄д ̄;)ノ
> やっぱり、輝くんですね。
> ヴァネッサ達からたっぷりお説教を捻り込んでもらいなさいな。
> ピシュ‼︎

Re: ゴゴゴゴ。。。!!

サスペンスw
火曜サスペンスに未沙さん出演スタンバイですww

そうそう、この時期って完全に一方通行なんですよね。未沙にしてみたら嬉しいデートの筈ですよね〜。

え、この後の展開?
う〜む、やはりここはアダルティな感じに…未沙はムチ、輝ちゃんは木馬の上で…え?他所でやれ??失礼しました〜( ̄∀ ̄;)

Re: No title

水素自体は良いんですけどね、嘘商品が多いですよねw
水に溶かした水素の量が少な過ぎたり、そもそも水素量0だったり。
ペットボトルで水素を閉じ込めておける訳ないのに…

一番いいのは湿度の高い気体に水素を混ぜて鼻から吸う事ですかね〜。


> ええええええ!!!!
>
> なんてことに!っていうか、この二人が後々抱き合うまでになるってのが・・どんな過程なのか興味あるなーーーー
>
> 水素水、私も会員になってるけど、あんまり根拠は無い・・のかな。
> HH2Oで、水素水・・とか(^_^.)

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Re: ゴゴゴゴ‥!

そうか、この頃はまだでんでん虫だったんですねww
すっかり忘れてましたwww

あれは、現代風に言えばカールアイロンで毛先を巻いているイメージでいいんでしょうかwそれなら全然アリなんですが…

はい、この後はハードアクション物になります!
(`・ω・´)キリッ
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FC2の機能がよく分からないので、何か変だったら教えてください(´・ω・`)

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