Minmay on my Back

僕の名はローランド・カムリ。大手芸能事務所「スタジオ・イングリッドバーグマン」のオフィシャルスタッフだ。

今はあの「世紀のアイドル」リン・ミンメイのサブマネージャーをやっている。最近は社長やチーフからの信頼も得て「あ、僕ってバリバリやってる」と人生の充実を実感出来る毎日だ。
やり甲斐のある仕事っていいよね。自分の成長を日々感じるよ。


そうポジティブな気持ちを盛り上げてから、ゴミの様に群がるマスコミ陣の中へと飛び込んだ。
目指すミンメイの控え室はこいつらのずっと向こう側だ。タレントクロークへの入り口は、この所いつもこんな大渋滞になっている。みんなミンメイのコメントを取りたいのだ。連中に顔を覚えられている僕は当然ながら無事に通しては貰えない。

「あ、マネージャーさん!コメント頂戴!」
「今日ミンメイは何か言ってた⁈」
「ファンに向けて一言どうぞ!」

僕が一言言ってどうするんだろう。襟首を掴まれ、マイクでどつき回されながら、僕は涙目でそれでも懸命に前へと進む。あ、鼻血が垂れてきた。
ミンメイは人気者だ。そりゃあ記事にすれば雑誌も売れるしサイトのPV数もウナギのぼりになる。だから必死になってマスコミみんなが群がって来るのは分かるけれど、最近の報道の過熱ぶりはちょっと異常なんじゃないかと心配になるレベルだ。本当に毎日世の中がひっくり返ったのかと思う程の大騒ぎが演じられている。
勿論これには理由がある。先日ミンメイが漏らした主演映画での試写会におけるコメントが原因なのだ。

「ストリープの顔は乱れたベッドのシーツみたい」

M.ストリープは映画業界で五本の指に入る大物女優だ。出演した名作も数多く、ほとんどの映画協会の女優賞を受賞している。年齢も芸歴もミンメイの倍以上。いかにリン・ミンメイが「世紀のアイドル」と言えど、さすがにこの暴言は頂けない。デジタル配信で報道されて以来、連日トップページ扱いのスキャンダルとなっている。

『リン・ミンメイ、ストリープを“乱れたシーツ”呼ばわり』
『“ストリープの顔はセックスの残骸”と発言』
『ミンメイ、増長と思い上がり。銀幕女優への暴言連発』

報道は過熱するばかりだ。内容はどんどん過激になり、どこまでが本当か書いてる側ももう良く分かっていないだろう。そのうち「ミンメイとストリープが深夜の殴り合い!」とか「ミンメイがストリープを殺害予告!」とかいった適当報道が捏造されかねない勢いだ。

「参っちゃうねどうも」

僕は他人の足に蹴つまずき、床を這いつくばり、上から踏みつけられ、罵声を浴びせられ、人混みをかき分けかき分けマスコミ陣が占拠するスペースを命からがらに突破する。殴られ、引っ張られ、ヨレヨレのズタボロになりながら何とかタレントクロークまで辿り着いた。
ここまで来ればTV局の警備員が守ってくれる。僕は這々の態でヨロヨロと奥へ進むと、目指すタレント控え室の扉を開いてようよう中へと転がり込んだ。
ああ、助かった。

「やだ、ノックしてよ」

入ってすぐ、文句を言われた。
僕は鼻血を垂らしながら「あ、ごめん」と謝る。きっと情けない面をしているんだろうけれど、そんな自分の顔をこの目で見なくて済むのは不幸中の幸いだった。姿見でもあったら耐え切れなくて泣いていたかも知れない。

「頼んでたフレッシュジュースは?」

僕の千切れた上着には目もくれず、タレント控え室で片膝を立ててお行儀悪くしているこの小娘…もとい美少女は、僕が担当するビッグネーム「世紀のアイドル」リン・ミンメイだ。



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Illustrated by michy.


淡い光沢を放つピンクパープルのイブニングドレス。際どく胸元を抉り、ウェストをキュッと絞ってフレア気味のロングスカートへと続いている。
その艶やかなシルク生地の下には生白くイヤらしい太ももが伸び、さらにその奥には世界中の男子が恋い焦がれる秘密の花園が、割りと堂々と顔を覗かせていた。
花園は水色をしている。僕はこっそりとそれを確認して、注意…はせずに黙って網膜に焼き付けた。

「あ、ごめん。落としちゃった」
「も〜、何しに行ったのよ〜」

ミンメイは口を尖らせる。
僕は頭をポリポリ掻きながら「ハハハ」と笑って誤魔化した。人混みに突っ込む前には確かに手に持っていた筈だが、いつ無くしたのかまったく記憶にない。
代わりに控え室のポットを手に取り、コーヒーを紙コップへと注ぐ。それをお詫びとしてミンメイに差し出すが、ミンメイは「いらない」と頬を膨らませて首を振った。
仕草や表情だけは可愛い。黙っていればとても良い子だ。見た目だけは。

「機嫌直してよ。マスコミが騒いで外は大変なんだから」
「も〜面倒くさい〜」

ミンメイは両の脚を投げ出した。パールホワイトのヒールサンダルが踵を離れてプラプラと宙に揺れる。

「なんでみんなこんなにしつこいの?他に行くところ無いのかしら」
「無くはないんだろうけど、君の記事を書いた方がPV数稼げるからね」
「人気者はツラいわね〜」

ミンメイはあぐらをかき、自分の太ももに頬杖を付いてため息を零した。あられもなく開かれたお股からは更に水色の花園がはっきりと顔を出したので、僕は居住まいを正してしっかりとそれを凝視する。
今日はドレスだからTバックの筈だ。うん、最高の眺め。

「まあ、君の失言がなければここまで大騒ぎにはならなかったんじゃない?」

僕の皮肉に、ミンメイは益々頬を膨らませた。まるで風船の様にぷっくらと顔が丸くなる。表情豊かなところも彼女の魅力の一つだ。今はキュートなお顔より剥き出しのパンティを覗き見るのに忙しいが。

「あたし、あんな事言ってないもん!」

ミンメイは細腕を振り上げて抗議する。スリーブレスのドレスは艶かしい脇がモロに見えてとても卑猥な感じがした。

「まあ、面白おかしく書かれちゃうよね」

僕は軽く肩をすくめてみせる。
ミンメイが例の「失言」をした時、僕もその場に居た。確かに今の報道内容は100%正しいとは言い難い。
あの日、ミンメイは主演映画の試写会へ舞台挨拶に来ていた。そこでの囲み取材中の出来事だ。最近の芸能界で「整形が多い」と言う話題を記者に振られたミンメイは「私はしてないけど」と明るく笑いながら応えていた。そこで、記者の質問に引っかかったのだ。

「じゃあミンメイさんは整形をどう思う?」
「う〜ん、別にどうともかな〜。したい人はすればいいんじゃない?」
「整形が流行るのは、整形した方が若く見えて人気が出るからでは?」
「それはどうかしら。ストリープは整形してないけど一流のアクトレスだし、今でも人気者よ」

ミンメイがM.ストリープの名前を出したのは、彼女に敬意を払っていたからだ。しかしその後に続けた言葉に記者が飛びついた。

「整形して綺麗に着飾った美人よりも、乱れたシーツみたいに皺の刻まれた顔の方が人間味があったりするものよ」

やり取りの全部を初めから終わりまで聞いていれば、何の違和感もない会話だった。しかし記者の思惑を混ぜて短く省略するとこうなる。


「ミンメイがストリープを『乱れたシーツみたいな顔』と呼んだ」


嘘とは言わないが…いや、嘘だなコレは。
偏向報道って怖いね。


「まあ、仕方ないよ。ストリープには事務所を通して謝っておいたからさ」

そう宥める僕の言葉に、ミンメイはそっぽを向く。

「あたし悪くないのに、何で謝るの」

それを言われるとぐうの音も出ないが、まあ社交辞令は世の中を平和に生き抜くために必要な労力だ。経費コストと思えば腹も立たない。
僕は手にした紙コップを一口啜る。う〜ん、マズい。豆が安いやつかも知れない。
最近のTV局は経費をケチってるな。必要コストだろうに。

「ミンメイさん、そろそろお願いします」

控え室の扉がノックされ、スタッフADが顔を出した。拗ねているミンメイの代わりに僕が返事をしておく。

「さあ行こうよ。今日は笑顔で機嫌良く歌ってイメージを回復しないと」
「あたし悪くないのに」
「ハイハイそうだね」

不機嫌なお姫さまをあやすのもお手の物だ。本来この手の仕事はゲイのチーフマネジャーの仕事になる。きっと女同士(心は女だろう?)通じるものがあるんじゃないだろうか。けれど忙しい彼が居ない時はこの僕が全部任されているという訳だ。やれやれ、こんなお子様一人なだめるのにご大層な事さ。まあ、あんまり僕の言葉で機嫌を直してもらった例は無いんだけれど。
プリプリしているミンメイを先頭に、連れ立って収録予定のスタジオへと向かう。しかしその途中で局のスタッフが慌てて僕らを引き止めに来た。

「ミ、ミンメイさんはこちらからお願いします!」
「?何で?こっちの方が近いんじゃない」
「いえ、今そちらは通れないんです!」
「ウッソ〜、さっきからみんなあっちから歩いて来るじゃない」
「あ、違うんです、そっちはマズくて…あ!」

話している途中で、唐突にスタッフの顔が青くなる。僕はスタッフの視線の先を振り向いた。ああ、成る程ね。これは青くなるよね。

「あらミンメイ」

声を掛けて来たのは、いまやミンメイとニュースサイトの一面を二分するもう片方の相手…M.ストリープだ。
名女優の名を欲しいままにし、数々の賞に輝くビッグスター。齢48にしてあらゆる役目をこなす演技派アクトレス。決して背が高くないし、なで肩の普通の体格だが、そこに立っているだけで絵も言われぬ迫力があった。

今日はどちらも同じ局でお仕事だったらしい。周囲ももう少し気を使ってくれればいいのに。連絡ミスか、タイムスケジュールが当初と違ったりしたのだろうか??

「あ、ミス・ストリープ」

ミンメイは特に緊張した風でもなく軽やかにお辞儀をした。
元々二人は面識がある訳ではない。あの時ミンメイがストリープの名を上げたのは、あくまでも「整形なんかしなくても売れているナチュラルなムービースターの代表例」としてである。
確かにストリープは美人じゃない。外見的にさほど際立った特徴もなく、押しの強い近所のおばちゃんといった風態だ。しかしその平凡な容姿の女が演技をさせると化けるのである。そうしたプロとしての表現力にミンメイも敬意を持っていた。
だから名前が出たのだ。

そんな気持ちを相手に伝える間もなく、今や2人は親の仇の様な関係だ。ストリープの方は今度の件に対してダンマリを決め込んでいるし、我が陣営も「報道は事実無根で、ミンメイはストリープをリスペクトしている」と公表している。だからお互いにしこりなど無い筈なのだが、マスコミをはじめ周囲の煽りの酷さで海面は嵐のように一面荒波だ。

ミンメイとストリープの偶然の鉢合わせ。
周りの空気がサーっと変わり、青い顔をした局スタッフから目を輝かせて様子を伺っている報道マンまで、辺りに人垣が出来始める。僕はどうしたらいいか分からなくて(主に怖くて)声も出せなかった。
というか平然と挨拶出来ちゃうミンメイの神経の強さ(図太さ?)には激しく感心する。

スタジオへと続く通路のど真ん中。
周囲が息を飲む中、2人はゆっくりと歩みを進めた。手の届く範囲まで近付いて行く。
シックでセクシーなドレス姿のミンメイに対して、カジュアルなチェックシャツにビビットレッドのスニーカーを履いたストリープ。動きやすさ重視なのだろうか?イメージ的には真逆の装いだ。

両者が足を止める。微妙な距離だ。空気がピーンと張り詰めた。その場の誰一人言葉を発しない。
真顔で見つめ合う二人。あまりの怖さにちょびっとだけチビる僕。ああ、どうしよう。誰か助けて。チーフ、生意気言ってすみませんでした。今すぐ助けに来て下さい。

「素敵なドレスね。どちらかお出掛け?」

初めはストリープからミンメイに声を掛けた。軽い先制ジャブ。果たしてこれはジョークなのか皮肉なのか?この判断は相当に難しい。僕はさらにもうひと絞りオシッコをチビった。

「これからマイケルズの収録(※Saturday Night LIVEの製作総指揮者)なんです。第6スタジオで」

「あら、お隣りね。私はこれからエレンよ(※トークショー“エレンの部屋”の司会)」

「あ、エレンによろしく伝えて下さい」

「分かったわ」

和やかな会話に聞こえる。文面だけを追えばそんな感じだ。しかし、どちらの声も冷たく張り詰めている。そもそも顔が笑っていない。


女の戦い


そんな言葉が僕の頭の中に浮かぶ。
「世紀のアイドル」リン・ミンメイ VS 「超本格派女優」M.ストリープ。この争いは、どちらにも責任は無い。この戦いに悪者はいないのだ。
しかし舞台の登場人物はいずれもシティのスーパーセレブ。お互いに立場があり、意地があり、プライドがある。携わるバックグラウンドの関係者達も巻き込みながら、これはもはやただの「誤解」ミスアンダースタンディングでは済まされない問題となっていたのである。

ミンメイとストリープは見つめ合う。そこには温かみや友愛といった粒子は一ミリも感じられない。しかし同時に、憎しみや怒りといった強い火花も感じられなかった。
不思議で、緊迫した時間がゆっくりと流れて行く。周囲で見守る者達は誰一人手出し出来ない。幾人かはこの場のプレッシャーに耐えきれずに密かに後ずさりして消えて行った。
僕はミンメイの斜め後ろで、半分失神しかけながらその様子を見守っている。いや、見守るというよりは今さら目をそらすのが怖くて出来なかったというのが正直なところだ。

たっぷりと、5分ほどもそうしていたんじゃないだろうか。
実際にどの位の時間だったのかは分からない。あの場で呑気に腕時計なんか確認出来る人間が居たらそれこそアカデミー賞ものだ。ショーン・コネリーにだって不可能だっただろう。

「じゃあ、行くわ」

またも先に言葉を発したのはストリープだった。やはり愛想笑いもせずに、片手を上げて軽く挨拶しただけでミンメイの横を通り過ぎる。ミンメイは一歩も動かずにそれを目だけで見送った。
あのストリープが僕の横を通る時、僕は心臓が止まるかと思った。思わず目を瞑ってしまったが、開いた時にはもう名女優はそこにいなかった。
瞬間、強烈な脱力感が全身に襲って来る。

まるで全てが夢だったんじゃないだろうか…。そう思いたかったが、周囲のスタッフの土気色の顔を見渡す限り、こいつら全員僕と同じ心境なのは聞かずとも分かってしまう。ああ、世の中辛い事は願うだけでは消えて無くならないものなのだ。

「ミ、ミンメイ…」

僕はようやく絞り出すような声を出した。ミンメイは軽く僕に頭を向けると「さあ、行きましょ」とくるりと踵を返す。目指す第6スタジオへと、足早に真っ直ぐ歩き出した。

「だ、大丈夫??」
「何が?」
「その、これから本番だけれど…」
「別に?」
「あ、ああ、そう…」

ミンメイは飄々と受け答えしている。歩く足取りもまったくブレがない。スタジオの方からは、事務所のスタッフに混じって専属スタイリストの大女がこちらへ歩いて来るのも見えた。ミンメイは親しそうに「ミラ」と名前を呼んで大きくブンブンと手を振った。
僕はちょっぴり、濡れた下着が陰嚢にこびりついていて、気持ち悪くて密かにポジションを直していた。なんだか情けなくて、ちょっぴり悲しい気分になった。


アラスカ最大のTVショー「Saturday Night LIVE」。戦前から40年以上ずっと続くこのビッグ・プログラムに、ミンメイはレギュラーでこそないけれどちょくちょく呼ばれている。
彼女がそれだけのスーパースターであるのと、アラスカのTV業界で最高のプロデューサーであるローン・マイケルズのお気に入りなのとがその理由だ。ミンメイは今夜その番組で歌を披露する事になっている。

Saturday Night LIVEはその名の通りLIVE配信だ。生放送のスタジオから収録VTRなどを紹介しつつ2時間のTVプログラムが進行する。
ミンメイが歌うのは彼女の新曲の予定だったが、リハ直前に急遽切り替えて違う歌を歌いたいと言い出した。

まあ、毎度のことだ。局のスタッフは慌てたが、ローン・マイケルズや僕ら事務所側の人間は言い出したら聞かない彼女の性格を良く知っていた。だから「“仕方ない”んだから早くやろう。愚痴を言うだけ本番が遅れる」と目で語り合っていた。
そう、ミンメイのワガママは“仕方ない”と割り切るしかない。世の中、そういうのってあるでしょう??


「で、この曲を選んだ理由は何なんだ?」

リハ中にローン・マイケルズが僕に話し掛けて来た。普段はチーフとしか口を聞かない大物の質問に僕は慌てる。

「あ〜、えと、その、う〜ん、多分ですね」
「知らんのか」
「まあ、そうとも言います」

マイケルズは小さく舌打ちをして去って行った。もしかしたら凄いビッグチャンスを逃した可能性もあるが、知らないものは知らない。出来ないことは出来ないというのが僕のモットーだ。だからこれも“仕方ない”ことさ。

でも悔しかったのでこっそりとスタイリストの大女に聞いてみた。ミンメイはチーフの次くらいにこのゼントラーディ人並みのデカ尻女に懐いている。もしかしたら知ってるかと思ったんだけれど、デカ女には何故だか冷たくあしらわれた。

「そんな事も分かんねぇならミンメイのマネージャーなんて辞めちまいな」

捨て台詞を吐かれて、僕は愛想笑いを浮かべながらデカ女の前から逃げ出した。くそう、バカ女め。今に見てろ。

「Quiet,please,This will be a take」

スタッフの注意と共にミンメイの歌が始まった。直前の楽譜の差し替えにバックオーケストラはかなり戸惑った様だったが、さすがは一流のプロ集団。しっかりと音がまとまっていて素晴らしい演奏に仕上がっている。






I'll be waiting for you
Here inside my heart
I'm the one who wants to love you more
You will see I can give you
Everything you need
Let me be the one to love you more

ずっとあなたを待っています
この心の中で
あなたをもっと愛する存在になりたいから
見えるかしら 私があなたに与えられるのは
あなたが望む全てのこと
あなたをもっと愛する存在になりたいの



歌い終えたミンメイは、まるで泣いているみたいだった。頭を深々と下げてしまったので良く見えなかったし、演奏後のスタジオが暗転している間にさっさと通路へ飛び出してしまったので顔までは確認出来なかった。


でも、しばらく彼女の控え室には誰も入れて貰えなかった。僕らは廊下で所在なく立ち尽くすだけだ。
部屋の中からは、押し殺す様に咽び泣く声だけが小さく小さく聞こえていた。


「今日の出来、最高だったよ」
「ホント?ありがとう」

帰りの車へと向かう時、もうミンメイは笑顔だった。素直な態度で僕からの賛辞を受け取る姿は、年相応に可愛い女の子だ。
用事を終えて駆け付けたゲイのチーフマネージャーが地下駐車場で待っている。そこへ向かうミンメイ、僕、そしてスタイリストのデカ女。三人が地下へ降りるエレベーターに乗っていると、途中の階で止まったエレベーターへ乗り込んで来たのは…よりによって「名女優」ストリープとその一行。

今日は厄日だ。ピンと張り詰めた空気のエレベーターの中で、僕は窒息しそうになりながらひたすら神への呪詛を心の中で呟いていた。
すると、静寂を破って今度もストリープが最初に言葉を発した。

「あなたの歌、素敵だったわ」

当事者の二人以外、エレベーター内の人間全員が驚いたと思う。だって僕死ぬほど驚いたもの。
ストリープはミンメイをじっと見つめる。ミンメイは何も言わず黙っていた。

「私も48年生きてるから、色んな出会いや別れを経験した。さっきの歌、まるで私の人生を切り取ったみたいよ」

ストリープは穏やかな表情で右手を差し出す。

「歌は人の人生を詠うものだわ。あなた、一流のシンガーね」

エレベーターが地下階に着いた。電子音と共に扉が開く。しかし誰一人身動きが出来ない。
ミンメイは、じっと差し出された右手を見ていたが、ややあってその手を握り返した。
顔は…笑顔だ。華やかな、彼女らしい光に満ち溢れた可愛い笑顔。

「ありがとう、ミス・ストリープ。私、あなたを表現者として尊敬してるの」

ストリープはニヤリと笑った。

「知ってるわ」

2人はハグをした。そしてさっさとエレベーターを出て左右に分かれて行く。まるで何事も無かったかのように。僕は慌ててミンメイの後を追った。今見た事が信じられない。
一体、アーティストってのはどんな心の色をした生き物なんだろう。常識人の僕には理解不能な事ばかりだ。

「ね、ねぇ、ミンメイ」
「なぁに?」

前方にゲイのチーフマネージャーが見える。ミンメイは大きくブンブンと手を振って合図をした。
僕は、これが最後のチャンスとばかり思い切って聞いてみる。

「今日はなんで突然、あの曲にしたの?」

ミンメイは一瞬だけ、動きを止めた。横でデカ女が凄い形相で僕を睨んでいるのが分かる。ああ、この後こいつに殺されちゃうかも知れないな。父さん母さん、先立つ不孝をお許しください。

でもミンメイは、一応は僕の質問に応えてくれた。振り返りもせずに、下を向いて小さな声で。

「あの人が、見てくれてるかなぁって思ったから…」

「え?なんて??」

囁きが小さすぎて、僕は思わず聞き返した。
するとミンメイは勢い良く顔を上げ、打って変わってさっぱりとした声を出す。

「さあね、忘れちゃった!」

チーフー!そう叫んで駈け出すミンメイ。デカ女は「死ね!」と僕のお尻を思い切り蹴りつけてからその後を追っていった。
僕はと言うと、前のめりに倒れこんで膝小僧を擦りむいた。ああ、痛い。チクショウ、あのデカ尻いつか覚えてろよ。


こうして、今日も僕の仕事は終わりを告げた。
こんな大変な毎日がきっと明日も待っている。
でも、やり甲斐があるから全然平気さ。

だって僕の仕事は、スタジオ・イングリッドバーグマンのオフィシャルスタッフ。
あのリン・ミンメイのマネージャーなんだもの。



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No title

ワガママで一途なミンメイ、かわいいね(^_^)

あのイラストでのお話といえば、ボリさんかなーと思ったけど、セコくんやったのですね
セコくん、かわいいなー

No title

Celine Dionで一番好きな歌がこの『To Love You More』でした。
この曲が聴きたいために、好きでもないトレンディドラマ観てたもんです。(曲とシーンが絡むところが好きなんですよ~)

パワフルなCeline も勿論素敵ですが、美しいミンメイの調べでも聴きたいなぁ。


‥情けないキャラ、相変わらず上手いです。どこか町崎風でワロタww

サブマネ奮闘記

相変わらず、ドジで空気読めないサブマネのカムリさん。彼の「ミンメイのマネージャー」としての忠誠と根性だけはゆるぎないのですよね。
大した男です。サブマネの報われない感満載の奮闘記好きです。

それと、久々のミラ登場と期待したら・・・カムリのお尻蹴りだけでしたねー。
まあ〜、お約束みたいでいいか。
でも、もうちょっとミンメイとの絡みがあればな〜。(我儘)

Re: No title

良かったです~( ´∀`)ノ

勝手にインスパイアされて勝手に書いたのですww

Re: No title

michyさんイラストお借りしました~( ´∀`)ノ

セコいいですか?
では次はセコのイラストを…あ、嘘です。全然うれしくないww

またミンメイおなしゃす!



> ワガママで一途なミンメイ、かわいいね(^_^)
>
> あのイラストでのお話といえば、ボリさんかなーと思ったけど、セコくんやったのですね
> セコくん、かわいいなー

Re: No title

この曲いいですよね~(*´ω`*)
日本の先行発売だったんですよね。この頃のバブリージャパンは凄い…

なんか結婚式でよく流れる曲ですってTVでやってたんですが、これって恋人に去られた女が「いつまでも待ってます」って曲なんですよねwwいいのかw

ミンメイというか、飯島さんの声が今も変わりなかったら色んな歌をうたって欲しかったです。
さすがに今はもう厳しそうですよね(;´∀`)

というか、ぱよぷ~さんダメ男好きですよねw

是非今度ダーティペアのSS書いてください~
お願いします~ヘコヘコ


> Celine Dionで一番好きな歌がこの『To Love You More』でした。
> この曲が聴きたいために、好きでもないトレンディドラマ観てたもんです。(曲とシーンが絡むところが好きなんですよ~)
>
> パワフルなCeline も勿論素敵ですが、美しいミンメイの調べでも聴きたいなぁ。
>
>
> ‥情けないキャラ、相変わらず上手いです。どこか町崎風でワロタww

Re: サブマネ奮闘記

そうか、彼こそはもっとも忠実なるミンメイの下僕ですねw
言われてみればww
これぞ無償の愛…ううむw

実は本編でも、最後にミラがミンメイの移民に反対して引き留めようとするのをセコが「好きに生きなよ」って助けてくれる予定だったんです。でも最後にバタバタとキャラが交わりすぎると印象がとっちらかっちゃうから却下になりました。所詮セコですからw

ミラ出番なかったですねw
まあびえりの事ですから、また性懲りもなくミンメイ周りのネタ書きやがりますわよオホホ



> 相変わらず、ドジで空気読めないサブマネのカムリさん。彼の「ミンメイのマネージャー」としての忠誠と根性だけはゆるぎないのですよね。
> 大した男です。サブマネの報われない感満載の奮闘記好きです。
>
> それと、久々のミラ登場と期待したら・・・カムリのお尻蹴りだけでしたねー。
> まあ〜、お約束みたいでいいか。
> でも、もうちょっとミンメイとの絡みがあればな〜。(我儘)

No title

うう~。ミンメイらしくて好きお話なんですが。
彼女は、パンツが見えても平気な女の子だとは思えなくて。
そこだけはちょっとだけ、(/ω\)イヤンでした。

40歳を超えると、ミンメイが可愛く思えるものですね(笑)。

Re: No title

あ、簡単ですよ(*´▽`*)
セコは人とは思われていないんです。
ペットと同じです、犬とか猫とかハムスターとか



> うう~。ミンメイらしくて好きお話なんですが。
> 彼女は、パンツが見えても平気な女の子だとは思えなくて。
> そこだけはちょっとだけ、(/ω\)イヤンでした。
>
> 40歳を超えると、ミンメイが可愛く思えるものですね(笑)。
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