I heard the sound of falling in love with her. -7-

「という訳なんだが、どうしたらいいと思う?」
『そうですね。取り敢えず一回死んで貰えます?』
「だからさ、そういう嫌味は後にしろよ」
『嫌味というか、本音ですよね』
「…ヴァネッサ、俺はドイツ人じゃないぞ…」

輝は携帯電話を片手に顔を顰めた。
フィットネスクラブの階段の踊り場。未沙と2人で楽しい会話をしていた筈の輝は、野生の勘から不穏な空気を察知して「ト、トイレに行って来る」とその場を逃げ出して来たのだ。

背後からは北極海並みの寒気がゾワゾワと漂ってきていて、襟元が凍り付きチリチリと音を立てている。氷の絶対圏から何とか命からがら逃げ出すと、輝はすぐに携帯をタップして本作戦の参謀役である指令センターのヴァネッサ大尉を呼び出した。

「少佐がなんで怒ってるのかよく分かんないんだが、とにかく怒りを鎮めないとどうしようもないんだよ。まったく、あんな怖い顔してたらお嫁の貰い手も無いぜ」
『そうですね。一条大尉がバカなのはこの際置いておくとして、もっとも現実的な対処方法を考えましょう』
「…大分引っかかる部分もあるが、現状を鑑みるに取り敢えず『Yes』と応えておく」

ヴァネッサの物言いに多少の抵抗感があったものの、輝は藁をも掴む想いで電話先の「お喋りな頭の良い女」に助力を懇願した。
ヴァネッサは現場にいないにも関わらず、この場で起きている事を当事者の輝よりも遥かに的確に把握している様だった。キビキビとオペレーション更新の指示を出す。

『とにかく仕事の話はしなくていいです。ていうかむしろするな。一条大尉が、早瀬少佐と今日一日を楽しむ事だけ考えて下さい』

「俺は充分楽しいけれど」

『ならそれを素直に言葉にして相手に伝えて下さい。変にカッコつけて、思ってもいない事を口にするからトラブるんですよ』

「でも俺は少佐の為にと思って…」

『それがバカだと言うんです。ブスに向かって「ブスだから整形した方がいいですよ」と言ってあげるのは本人の為ですか?正しいですか?』

「…いや、さすがにそれは…」

『なら答えは簡単です。あなたが今やるべき事は、少佐に仕事を忘れさせる事です。それなのにそんなくだらない事を口にするなんて逆効果でしょう。アホですか』

ちょいちょい挟まれる罵詈雑言に一言ない訳では無かったが、立場上抵抗出来ない輝は叱られた子供の様に段々と縮こまって行く。
ヴァネッサは容赦がないというよりも効率的に文句を言う達人みたいだった。こうした強弁力が仕事の上で役立っているのだろう。本当、こういう女はやりにくいったらありゃしない。

『まず、相手の気分を上げる為に褒める。これに尽きます。なるべく具体的に細かく、「今日の君はセクシーだね」とか「そのスニーカーお洒落だね」とか「君って爽やかな汗が似合うな」とか、何でも良いんです。ただの取っ掛かりですから』

「う、うん」

『そしたら次にバカっ話の一つも振って場を盛り上げて下さい。自分の失敗談でも他人のでもいいです。明るく、ユニークに。ジョークセンスの無い人はモテませんよ』

「そ、そうなのか」

『後は笑顔で黙って相手の話に頷いていればOKです。たまに相手の言葉をオウム返しして相槌の代わりにして下さい。それだけで今夜彼女はあなたの物』

「な、なんだそりゃ」

『という訳で検討を祈る。あ、コンサル料はHell's Kitchenで一杯でお願いします』

「ハイハイ、HellでもHevenでも奢ってやるよ」

輝は眉を寄せながら電話を切った。まったく、女って生き物はこれだ。色々と面倒くさいったらありゃしない。
輝は携帯をトレーニングウェアのポケットにしまうと、重い足取りで元いたバーカウンターへと歩き出した。


未沙は、先程と同じように座って待っていた。
さすがに周囲の寒気は収まっていたが、エメラルドグリーンの冷たいままの視線が帰って来た輝を捉える。輝は背筋に寒気を感じながら「んっんっ」と咳払いをしてイスを引いた。

「…あ〜、その、早瀬さん」

うっかり「少佐」とは呼ばない様に。ヴァネッサに改めて繰り返し注意された通りに気を付ける。
未沙は冷めたままの視線をまっすぐ輝の童顔に向けて「何かしら」と素っ気なく応えた。声まで冷たく感じられる。

「その、何だな、え〜と」

輝は人差し指で鼻を掻きながら口ごもる。ヴァネッサは「少佐を褒めろ」と言っていたが、輝は女性を褒めた事など一度もない。ミンメイにさえ「可愛い」の一言も言った事がない位だ。
歳上のエリート女性士官を相手に、19歳の童貞にとってはハードルの高い任務だった。

どこを褒めるべきだろう。仕事を離れて会話しろと言うからには「早瀬さんて仕事出来るよね」みたいな会話がNGだという事は輝にも理解出来る。となると、例えば彼女の容姿を褒めるとかになるのだろうが…

改めて、輝は未沙をマジマジと見つめる。
ライトブラウンの髪の毛は細くて柔らかそうに見える。良く整った眉は綺麗なカーブを描いていて、眼は細く横に切れ長だ。まつ毛もくっきりと大きい。
瞳は…彼女の最大の特徴だが、翠緑色をしている。グリーンの虹彩を持つ人は北欧や中央アジアに多いが、彼女の場合は問題のない先天性の遺伝子異常によるものらしい。赤目のアルビノに近いイメージだ。
日本では九州地方に一部淡褐色(ヘイゼル)の瞳を持つ人もいるが、未沙の場合はそれよりも遥かに澄んだグリーンだった。細目なのであまり見開いたりしないが、こうして見るとかなり大きな虹彩を持っている。
そして、とても美しい輝きを放っていた。まるで宝石みたいだと輝は思った。

「早瀬さんって綺麗な目だね」

その言葉は自然に出た。特に意識したわけでも無く、ありのままの心からの一言だったと言える。見たこと、感じたことを事実としてそのまま述べたのだ。
しかし上出来だった。

「な、なによ藪から棒に」

輝の唐突な方向転換に、未沙は最初驚いて目をパチクリとさせていた。しかしすぐに言葉の意味を理解して、頬を赤らめて顔を逸らす。
すると輝の目に、彼女の白いうなじが飛び込んで来た。とても艶かしく息づいているそれは、輝にとっては初めて感じる未沙の「女の部分」だった。

「くだらない事言って」
「くだらなくないさ、事実を言ったまでだよ」
「何よそれ、どうせからかってるんでしょう」

文句を言いつつも、未沙の表情は一変していた。明らかに先程の一言が嬉しかったらしい。目線を合わさず、小さな声で「何よ」を連発している。
しかしヴァネッサも計算外だったのは、未沙は他人に女性として褒めそやされる事に慣れていなかった事だ。かつてライバーを失って以来、異性との個人的な接触を極力避けて生きて来た彼女にとって、いま心惹かれる男がいるという事自体が本人にとっても驚愕すべき事態だったのだ。

なので、素直に相手の賛辞を受け入れる下準備が出来ていなかった。自分に対する間違った劣等感。歳上であるという引け目。それらが、輝の言葉に要らないフィルターを掛けてしまっていた。
一番大人の筈の未沙が、一番子供のような反応を見せる。その意味が理解出来るほど相手が大人ならば良かったのだが、この相手も未熟な事に掛けては未沙に輪をかける強者だった。

「なんだよ、素直じゃないな」

輝は腹を立てて言った。ムッとした表情で言葉を続ける。

「綺麗な目だから綺麗だって言ったんだ。別におかしな事ないだろ⁈」

その口調に、未沙も反発する。

「何でそんな言い方をするの⁈やっぱりふざけてるんだわ」

「ふざけてるのはオタクだよ!」

「何よ、歳上をからかって楽しいわけ⁈」

「こんな時ばっか歳上ぶるなよ!俺が歳下なのは俺のせいじゃないだろ!」

「どうせ私の事なんておばさんだと思ってるんでしょう!」

「知るかよ!何だよそれ!」


彼女の瞳が綺麗か否か。
そんな話題で喧嘩している2人を、バーカウンターのスタッフが目を細めながら眺めていた。

若いっていいな〜…




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非公開コメント

盛り上がってきましたよ。

イイ展開ですね。
ヴァネッサのキャライメージが、だいぶ変わってきましたよ。チョイ御節介姐さんしてますね。
しかし、この二人はお子ちゃましてますね〜。さて、どーなりますでしょう?
バーカウンターのスタッフさん。
隠れキャラですか?某作品の隊長さんでは?

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高校生から中学生に⤵︎

二人の掛け合い。中学生レベルの痴話喧嘩‼︎
下校途中で、本人達は隠れてケンカしているつもりが、丸見え状態…周りの大人がほんわかニコニコ見守ってあげてる状態と同じですね〜。(*^^*)

しかしこのミッション、ヴァネッサの才能でも、未沙の恋愛お子ちゃま脳は読み取れなかったか様ですね。
輝は彼女の軽いジャプ&ボディーブロー。何処まで蓄積されるでしょう。
そして、解放(開放?)されるのか?( ̄◇ ̄;)

No title

えええええっ!
このやりとり面白い!がんばれ輝!

Re: 盛り上がってきましたよ。

ヴァネッサは口うるさくて嫌味っぽいフランス人のステレオタイプにしてみました。
隊長さん?はちょっと分かんないです。

> イイ展開ですね。
> ヴァネッサのキャライメージが、だいぶ変わってきましたよ。チョイ御節介姐さんしてますね。
> しかし、この二人はお子ちゃましてますね〜。さて、どーなりますでしょう?
> バーカウンターのスタッフさん。
> 隠れキャラですか?某作品の隊長さんでは?

Re: ナイス

お互いに原因があるから揉めるんですかね〜。
どっちもまだ20そこそこですからね。

Re: 高校生から中学生に⤵︎

2人の喧嘩って、未沙が叱って輝が反発するのが常なんですけどね。今回はちょっと逆になったみたいな感じです( ̄▽ ̄)

ヴァネッサのキャラに迷いはあるんですがwでもただの優等生キャラは勿体無くて。そのままだとなんか日本人っぽいし。
ううむ、難しい( ̄∀ ̄;)


> 二人の掛け合い。中学生レベルの痴話喧嘩‼︎
> 下校途中で、本人達は隠れてケンカしているつもりが、丸見え状態…周りの大人がほんわかニコニコ見守ってあげてる状態と同じですね〜。(*^^*)
>
> しかしこのミッション、ヴァネッサの才能でも、未沙の恋愛お子ちゃま脳は読み取れなかったか様ですね。
> 輝は彼女の軽いジャプ&ボディーブロー。何処まで蓄積されるでしょう。
> そして、解放(開放?)されるのか?( ̄◇ ̄;)

Re: No title

あ、ホントですか( ̄∀ ̄;)
良かった〜そう言って頂けると一安心ですう〜


> えええええっ!
> このやりとり面白い!がんばれ輝!

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自然に

いいっすね!
こんな時代もあったんですね。
読んでいて自然ににやけてしまいます。
それにしても、ヴァネッサ優秀すぎ!


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中坊か!

若いっていーなー。
‥ホント、これに尽きます(笑)

Re: 夫婦漫才??

マジですかwどんな記憶力してはるんですかww

ええ、こういう夫婦漫才ありますよねw
まあ2人の場合は処女と童貞ですがw

ジャグジーだと、ほら、裏ページのネタになっちゃうから…
(*´∀`*)ゞ

Re: 自然に

一部でいうと「ミクロコスモス」がそんな微妙な関係の時代ですよね〜。あのお話、私的には輝ちゃんとミンメイのすれ違いが切なくて好きです(そっちかい)。

ヴァネッサはね〜、正直悩んでるんですよ。TV版の普通の日本人ぽいキャラのままにするか、人種的なキャラを後付けするか。
マクロスって国際色豊かじゃないですか。あの設定勿体無くて。


> いいっすね!
> こんな時代もあったんですね。
> 読んでいて自然ににやけてしまいます。
> それにしても、ヴァネッサ優秀すぎ!

Re: No title

そう軽く考えちゃえば良いんでしょうね、ありがとうございます!

なんかホッとします(*´∀`*)ゞ

Re: 中坊か!

いやあ、精神年齢だけなら我々も負けておりませんですよ!

…え?びえりは5歳児並み?
失礼致しました( ̄∀ ̄;)


> 若いっていーなー。
> ‥ホント、これに尽きます(笑)
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