I heard the sound of falling in love with her. -14-

2人きりの会議は、きっかりアラスカ標準時16:00に始まった。

輝が申請したのは、マクロス・ベース内のEV地区にある第37セクション・12Aオペレーティングルームという長ったらしい名前の部屋だった。
全長1.2kmの戦艦である。部屋の数だけは無駄に多い。

約束の時間の5分前に輝がオペレーティングルームへ入ると、未沙はもう席に座って待っていた。そこまで広くはない、軍艦らしい質実剛健の部屋である。有り体に言えば、机と椅子以外何も無い質素でつまらない冷めた空間。でもまあ、軍隊なんてそんなものだ。せめてこの大きな窓から広がる景色を楽しむとしよう。

「待たせちゃったかな」

輝は事務イスを引き、テーブルを挟んで未沙の対面に腰掛ける。二人は雄大なアラスカの山々を見渡せる景観を横目に、静かに向かい合った。

「いいえ、時間通りよ」

冷静な態度の未沙は、左手の腕時計を確認する。ピンクの革ベルトのアングレーズ。輝に銘柄など分かる筈も無かったが、どことなく気品のある細いシルエットが「この人にピッタリだ」とひっそりと感じていた。

「さあ始めましょう。あなたのBluetoothに繋げてくれる?」

未沙は冷めた声でそう言うと、卓上に置いていたA4サイズのモバイルタブレットに指で触れる。弄りながら、輝が何か手持ちの機器を取り出すのを待ったが、輝は軽く肩をすくめただけで何もミーティングらしい準備をしなかった。

「…一条君?」

訝しがる未沙に、輝は窓の外を指差す。未沙が指の先に視線を投げると、そこには凄まじいばかりのクォータービューが広がっている。

「ミーティングなんて嘘っぱちさ。…少佐に見せたかったんだ、この景色」

輝の言葉に、未沙は驚いて背の高い若者を振り返る。輝は席を立つと、歩いて来て未沙の隣りに座った。未沙はドギマギと胸が高鳴るのを自覚する。

「凄い景色だろ?ここ。本当は、空からの景色を見せたかったんだけど、少佐をバルキリーに乗せるとなるとちゃんとした理由がいるしね。…いやホント、地上からの眺めも捨てたもんじゃないよ」

雄大なアラスカの山々を遠くに見て、空軍のエースパイロットは目を細める。
輝がここを選んだ理由は、以前何かの作戦会議で使用した時に眼下の景色が美しかったのを覚えていたからだ。12Aオペレーティングルームはマクロスの外壁面に接した部屋で、大きな耐圧ガラスが窓の役割をしている。
そこから眺める下界の景色は、まるで観光地にでも来たかの様な感動を見る者に与えてくれた。海抜800m超という超超高層建築からの眺め。天気によっては雲の中に埋まってしまう程の高さだ。
その時のミーティングでは、参加していた女性士官が「わぁ凄い!」とはしゃいでいたのが輝の記憶に残っている。輝自身は、子供の頃に父親に連れられて行ったアルプスの景観を思い出した。

「…どういう事なの?」

未沙は弾む心を自制しながら、すぐ真横の輝の顔を見る。自分は全指揮官のトップであり、今や新統合軍の司令塔とも言えるマクロス・ベースの現場責任者である。少なくとも、こんな勤務中に「景色を見よう」などと言っている暇はない立場だ。
一介の、パトロール隊の隊長などと比べて欲しくはないが、輝は私が忙しい人間なのだという事をちゃんと分かっているのだろうか…⁈

未沙の視線を受けて、輝は顔をマクロス指令センター長へと向ける。そして優しく微笑んだ。未沙は抑えていた心臓が一気に爆発するのを感じた。

「別に。ただ、少佐と一緒にノンビリしたかっただけ」

輝は余裕の笑みを浮かべている。
正直に言えば嬉しかった。こんな言葉を掛けられるだなんて、今までには無かった事だ。これが平時であれば未沙も時間を忘れて彼とアラスカの大自然を楽しんでいただろう。
だが、自分は人類の趨勢を背負う責任を持った人間である。個人の感情や趣味趣向の為に、任務を忘れて余暇を得られる立場ではなかった。
ましてこんな風に、仕事に対して侮られた態度を取られては、まだまだ現状の厳しさに対する周知徹底が足りないと言わざるを得ない。

「一条大尉。私はこんな事をしている暇は…」

キツい口調で注意しようと未沙が口を開くが、輝は右手を上げてそれを制した。グッと黙る未沙に、輝は窓の外を眺めながら一人勝手に喋り出す。

「世界って広いよな。俺、ガキの頃に親父に連れられてショーツアーで世界中を回ったんだけれど、色んな人が居てさ。船乗りの喧嘩っ早いのとか、南の島で毎日昼寝して過ごしてる人とか。飛行機に乗れもしないのに人生を飛行機レースに捧げてる奴、女遊びばっかして何度も刺されてるのもいたな。いつも忙しそうにしてるおっさんや、自慢気に自分の作った料理を俺に『食え』ってくれるおばさんとか。金持ちから貧乏人まで。人権運動で戦ってる団体の人なんかも居てさ、肌の色が違うとどういう扱いを受けるのかとか、良い事も嫌な事も沢山のことを学んだよ」

輝にしては珍しい話だった。彼の子供時代の事など、未沙は聞いた事がない。彼の家に何度も出入りはしているが、古いアルバムなどは戦争でみんな焼けてしまったので彼の過去の写真などを見た事はない。
…最近のアルバムならあったが。

「でさ、俺思うんだ。世界は広くて、沢山の人が居て、みんな考えてる事、好きな事嫌いな事が違うんだって。いや、まあ今は大分減っちゃったけどさ」

輝は窓の外を指差す。黙って聞いて居た未沙もそちらに顔を向けた。

「アラスカだけだって、こんなに広いんだ。もしこの大地全部を耕して、黄金色の麦畑にしろって言われたら、少佐ならどうする?」

輝は未沙を見た。未沙も輝を見る。黒い瞳と翠緑の瞳がお互いを捉え合う。

「誰の力も借りずに、一人でだぜ?」

「…そんなの無理よ」

未沙は苦笑する。ここから目視出来るだけでも、アラスカの荒れた大地は100万ヘクタールはある。一生掛かっても一人で耕すなんて不可能だ。
未沙の返事を受けて、輝はしっかりと頷いた。

「そうだよな。一人じゃ無理だ」

輝はじっと未沙の目を見ている。未沙は彼が何を言いたいのか、もう全部分かっていた。

「みんなの力を合わせないと、畑なんて作れやしない。畑が出来なきゃ、大地の復興なんて夢のまた夢だ。俺達人類にとって何より大切なのは、根を張って生きられるこの大地なのにな」

未沙は頷く。この星を蘇らせるのが、私達の一番の使命だ。今後人類が続いて行くのなら、未来の子供達の為にも美しい大地を残してあげなくてはならない。
人が生きて行く為の土壌を。

「だったら、みんなでやろうぜ?一人で何でも気負わないでさ。志を同じにする奴らで力を合わせれば、何年かかるか分かんないけど、このアラスカも秋には黄金色の小麦が一面に咲いてるんじゃないの?」

未沙はアラスカの黒い大地に目をやった。この辺りは特に戦争の爪痕が濃い。なので今は見渡す限りの荒地だが、いつの日か、秋の日には風になびく黄金色の波が広がっているのだろうか。瞳を閉じて、そんな豊かな未来を想像する。

「一人で全部背負うなよ。俺達にも、手伝わせろって」

輝の言葉に、未沙は心が震えた気がした。ジェイドグリーンの瞳を開き、隣りにいる癖っ毛の若者を見る。少年は微笑んでいた。

「俺達、同志だろ?いつも一緒に戦って来たじゃないか」

微笑み返そうとした未沙の表情が固まる。失意の色が瞳の奥の方に浮かんだ。
同志…そう、同志なのよね。分かってるわ。貴方にとって、私は…

輝が手を伸ばす。握手を求めていた。未沙は心の中で深くため息を吐くとその手を握る。

「仲直りだ。俺や、みんなとも」
「別に喧嘩なんかしていないわ」
「みんなの方はどうかな。少佐に怒られてばっかだからビビってるぜ」
「そうね…少し気を付けるわ。萎縮されたら能率が下がってしまうもの」
「だから、そうじゃないだろ?仲間なんだからさ」
「ええ、分かってるわ。大丈夫」

未沙は微笑んだ。輝が、自分を心配してこういう行動に出てくれたのが素直に嬉しかった。
例えそれがただの善意に過ぎなかったとしても。
同志として…友人としての行為だったとしても。

「本当にキレイね…。こんな穴場があったなら、早く教えてくれれば良かったのに」

未沙は砕けた調子になって、背中を椅子の背もたれに預けた。何だろう、急に何かから解放された様な気分になる。不思議と心も体も軽くなった様な気がした。
ここ数ヶ月、ずっと悩まされて来た胸の中のモヤモヤが、すぅっと晴れて行くのが良く分かる。
とても気分が良かった。景色も、どうして今まで気が付かなかったのか、本当に綺麗だった。地球は荒れ果てて、見るべき所などもうどこにも無いと勘違いしていたみたいだ。アラスカの黒い山々は、変わらずそこに在ったというのに。

2人きりのオペレーティングルーム。静かな時間が過ぎて行く。隣りの青年の息遣いを感じた。
このまま思い切って、彼の肩に寄りかかってしまいたかったが、今はまだ我慢しておこう。彼の気持ちが、こちらを向いていない今はまだ…。

一方で、瞳を真っ直ぐ外の景色に向けている未沙の横顔を、輝は優しげな眼差しで見ていた。
どうやらつかえの様なものが取れたらしい、明らかに表情が違う。マクロスがまだ宇宙を飛んでいた、あの頃の少佐に戻ったみたいだ。

この人とは、ゼントラーディ軍に拉致されてからの付き合いだ。それまではただ反発するだけの相手だったが、あの事件をキッカケにお互いを深く分かり合えた気がする。
その後のゼントラーディ人の亡命事件や、停戦に向けた試みなど、気持ちを同じくして共に戦い、襲い来る困難に立ち向かって来た。
志を同じくする大切な戦友だ。


「自分で気が付いていないだけじゃない?」

在りし日のクローディアの言葉が蘇る。

「身近に居過ぎるから、分からないって事が良くあるのよ。だから心を許して、我儘な言い合いでケンカになる。でも、心の底では違うの。あたしとロイの時もそうだった」


輝は未沙の横顔を見つめている。どこからか風が吹いて来て、彼女の栗色の髪を軽く靡かせた。ふわりと見えた白い耳に、輝は視線を奪われる。

昨日。
未沙のフィットネス姿を見て、輝は心中密かにトキメキが溢れ出るのを止められなかった。
女性らしい丸みのあるボディライン。汗に濡れる肌。激しい息遣い。
冷たい軍服姿の普段とはかけ離れたその様子に、今まで意識した事のない、驚きの気付きが輝に訪れていた。


少佐も女の人なんだよな…


それも、綺麗な女の人。
いや、少佐が綺麗なのは分かっていた。いつもパイロット仲間と「黙ってれば美人だよな」と憎まれ口を叩いていたものだ。
でも、こんな風に自分の胸の内が熱くなるなんて、今までまったく意識した事のない現象だ。

未沙が輝の視線に気付き、少し頬を赤らめた。

「な、なに見てるのよ」

輝は慌てて視線を逸らす。誤魔化す様に、鼻先をポリポリと指で掻いた。

「来年の秋には、ちょっとくらい麦が咲いてるかな」
「どうかしら。シティ近郊はあまり農業政策を進めていないから」
「だからさ〜。どうしてオタクはそう夢のない物言いをするのさ」
「だって事実だもの。大体一条君、小麦が『咲く』なんて変だわ」
「あれ、そうだっけ?そんな歌なかったかな」

どうでも良い雑談をしながら、輝と未沙はしばし笑顔で語り合った。
12Aオペレーティングルームでの会話は、服務規程により議事録音されていたが、指令センターの悪巧み三人組によりしっかりとリアルタイムでチェックもされていたのである。


- プレイヤーのクリティカルヒットである -

- うむ。今度ばかりは褒めてつかわす -

- 吹雪警報も今日限りとなった -


こうして、マクロス指令センターは落ち着きを取り戻すのである。
アラスカの秋は益々深まって行った。





恋に落ちる音がした おわり


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人肌の温もり

秋は、人肌恋しくなりますね〜。( ´∀`)

山麓の温泉宿の露天風呂から見る、彩り豊かな秋の景色は格別です。
その景色を空から見れば、また違った感動しますよね。
秋は収穫の時期でもあり。二人の実の収穫はいつ頃ですかね〜(^ω^)

上出来じゃないの!

やりますね。輝くん。
ポイント高いですよ。
もー少しで、未沙嬢をknockout出来そうな感じ。
果たして次ラウンドは?

Re: さわやかですねえ

異性を意識するって、大人への階段の一つですよね。
友達から気になる人へ。まさに青春時代の淡い思い出です。
輝ちゃんはミンメイに失恋してからしばらく経つし、そろそろ周りを冷静に見れる頃だと思うので、近くにいる人に目が行くタイミングがあったと思うんですよね〜。

Re: 人肌の温もり

ううむ、そんな羨ましい旅行に行かれているのですか。
びえりも温泉行きたい…大江戸温泉とかじゃなくてw

秋って良い季節ですよね〜。春は過ぎ、夏は終わり、秋は深まって冬は明けると。
日本語って美しい。


> 秋は、人肌恋しくなりますね〜。( ´∀`)
>
> 山麓の温泉宿の露天風呂から見る、彩り豊かな秋の景色は格別です。
> その景色を空から見れば、また違った感動しますよね。
> 秋は収穫の時期でもあり。二人の実の収穫はいつ頃ですかね〜(^ω^)

Re: 上出来じゃないの!

次ラウンドはもう無いみたいッスよ( ̄▽ ̄)


> やりますね。輝くん。
> ポイント高いですよ。
> もー少しで、未沙嬢をknockout出来そうな感じ。
> 果たして次ラウンドは?

海抜800mからの眺望

800mってびえりさん。素晴らしいビューポイントをありがとうございます!今の季節とも相まって、清々しい空気が二人の間に感じられました。

あと、頼むよ輝君。早く己の気持ちに気付いてくだされ。

PCを修理に入れたのち、ガラケーしか持っていない私は辛抱たまらず、マンガ喫茶にて拝読させていただきました!(^^)!

No title

こっこれは未沙の恋心を察したうえで、未沙に穏やかになって欲しい三人娘の作戦⁈

コンプリート!

Re: 海抜800mからの眺望

PC無いと不便ですよね(´;ω;`)

マクロスは脚が水没してるので、肩の主砲部分を除けば高さ的にそんな感じかな〜と思いました( ̄▽ ̄)
スカイツリーが634m(武蔵)なので、あれより3割くらい高いイメージです。

輝ちゃんが気持ちを確認するまではあと9話くらい必要ですwww


> 800mってびえりさん。素晴らしいビューポイントをありがとうございます!今の季節とも相まって、清々しい空気が二人の間に感じられました。
>
> あと、頼むよ輝君。早く己の気持ちに気付いてくだされ。
>
> PCを修理に入れたのち、ガラケーしか持っていない私は辛抱たまらず、マンガ喫茶にて拝読させていただきました!(^^)!

Re: No title

裏ボスですな( ̄▽ ̄)
まさにRPGのごときww

三人組のお話って、こっちでは書いた事ないから何かお話考えたいですね〜

> こっこれは未沙の恋心を察したうえで、未沙に穏やかになって欲しい三人娘の作戦⁈
>
> コンプリート!
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