若きメイジャーの悩み

シティの北東に位置する流行発信地シュヴァンニュ・アベニュー。
の、更に北側。
あまり華やかとは言い難いうら寂れた飲み屋街に、その店はあった。

「あら、お久しぶり」

店の扉をくぐると、すぐに女の顔を見つけて店のママが声を掛けて来た。
薄いベージュのトレンチコートの下に見え隠れする、白い軍服。胸元のグリーンのライン。白いハイヒール。
肩まで流れるライトブラウンの艶やかなロングヘアは、外の霧雨のせいか、しっとりと濡れて肌に張り付いている。

憂いを含んだ翠緑の瞳が、その女の存在感を一層際立たせていた。店には客はまばらだったが、幾人かが女の存在に気が付いてグラスを運ぶ手を止める。
女は薄く微笑むと、カウンターの端っこに腰掛ける。かつての、通いの席だった。

「ご無沙汰だったじゃない。今日はまたどうしたの」

そんな顔して、とは舌の先まで出掛かって止まった。何も答えない女に、ママは静かにミルストンモルトのロックグラスを差し出す。
女が店を訪ねたのは数ヶ月ぶりだ。何でも「故人の故郷の酒」を出す店がシティではここしか無いらしい。その為、以前は頻繁に店へ通って来ていた。
過去に少し酒に溺れた経験があるみたいだ。その気配を感じ取ったママに注意を受けてからは、自制したのかあまり足を運ばなくなっていた。
それでもたまにこうしてふらりと訪れる。そんな時は、大体何かしらを引きずっている時と相場が決まっていた。

女はグラスを手に取ると、軽く唇を冷たいガラスに触れた。一口だけ、琥珀色の液体を口に含む。ゆっくりと粘膜で強いアルコールを味わい、柔らかな舌触りを確認してから細い喉へと飲み下した。
色白の喉が妖しく蠢き、近くでその様子を見ていた男の客が我慢出来ずに声をかけるべく席を立とうとするが、ママが鋭く顎で「やめときな」と制するとそのまま大人しく腰を降ろした。

「この薫り…」

女は懐かしむかの様に眼を細める。かつて想いを寄せていたあの人と、お酒を飲み交わす事は無かったが、あの人の生まれた土地の味を知る事で、少しだけ死んだ彼に近付けるような気がした。
あの頃は、このライ麦の香ばしさと蜂蜜の甘みに現実の厳しさを誤魔化したものだ。恋い焦がれた彼への郷愁と、全てを喪い失意のどん底にいた時の気持ちとが同時に蘇り、女は瞳に深い陰を落としながら更にグラスを傾ける。
そんな様子を見ていたママが「今日は付き合わないといけないみたいね」と独り言を言いながら自分のグラスを作り始めた。


スナックあけみ

新興都市であるシティでも珍しい、古臭い作りの店である。オーナーママは自称日本人だが、その国籍不明な外見からは怪しさが炸裂していて“初見殺しのあけみ”とも呼ばれていた。
見た目は40〜50といった所だが、噂では実年齢は90近いという話もある。贔屓目に見てもただの化け物だった。

「元気だったかい?」

しゃがれ声のママがグラスを上げると、それに応えて女もグラスを高く掲げた。チンと澄んだ音がしてガラス同士が小気味好く触れ合う。

「私の人生、どうしていつもこうなのかしら」

口にグラスを運び掛けて、女が呟く。そのまま俯いて黙ってしまった。ママはクッとグラスを一息で飲み干すと熱い息を吐いて見せる。

「話してご覧よ。ここじゃなきゃ話せない様な事だろう?」

女は、溜め込んだ物を吐き出しにここへ来たのだ。それを分かっているママは彼女の受け皿になってあげようとしている。女は無意識に、この人生の先達に甘える選択肢を選んだ。

「歳下なんです。だから、なんか負い目があって…」
「彼氏かい?」
「いいえ」

女は細い首を横に降る。

「…彼には、好きな人がいるの。それも歳下の、とびきり可愛い子…。私なんか比べ物にならない…」
「あんたも結構イケてるけどね」

ママはチラリと店の中を見渡す。そこかしこに散らばる男性客の殆どが、じっとこちらに聞き耳を立てているのが見て取れた。ママは店のバーテンに顎で「注文とって回りな」と指示を出す。

「あんたがそんなにイカれちまう位のいい男かい」
「まさか」

女は笑った。そのお相手を思い浮かべながらグッとグラスをあおる。

「ただの坊やよ。ただのガキだわ」
「でも、好きなんだろう?」
「…ええ」

女は不愉快そうにその細い眉を歪めた。事実を認めるのが口惜しいのかも知れない。

「好きだわ。…気が付いたら彼の事が頭から離れない…。何でかしら、全然好みのタイプなんかじゃないのに…」
「もう抱かれたのかい?」

ママの質問に、女は顔を真っ赤にする。

「まさか!そんな、不潔よ」
「ふふ、不潔とは恐れ入ったね」

ママはカラカラと笑うと、女に新しいグラスを差し出した。今度はこっそり水で割って出す。

「男と女なんて出逢ったらする事は一つさ。さっさとやる事やらないとあたしみたいなお婆ちゃんになっちまうよ」
「無理よ、そんな…」

女は大きくため息を吐いてカウンターに顔を伏せた。水分を含んで重くなったライトブラウンの髪が、木製のカウンターテーブルにしとしとと音もなく広がる。

「この想いを、打ち明ける事すら出来ないのに…」
「あらあら、純情だねぇ」

ママは楽しそうに喉を鳴らす。

「で、あんたはどうしたいのさ。その、坊ちゃんの片思いがうまく行く様に応援したいのかい?」
「…どうかしら。うまく行くとは思えないわ」
「つまり本音ではうまく行って欲しくない訳だ」

女は顰めっ面を上げた。反論しようとするが言葉に詰まる。ママはまたカラカラと笑った。

「構やしないさ、素直におなりよ。女なんてそんなもんさね。好きな男が他の女と添い遂げるのを、誰が心から応援なんて出来るもんかい」

薄い唇を噛み締めて、女は視線をママから外す。

「彼とは、仕事上の付き合いなの。だから安心していられるのよ。…会おうと思えばいつでも会える。必要以上に親密にはならないし、適度な距離を保っていられるの」

「でも本当はそんな事望んじゃいないんだろう?」

少しの間を置いて、女は陰鬱そうに頷いた。

「…本当は、もっとプライベートな関係になりたい。だから彼の家に、掃除や洗濯をしに押し掛けたりして…。なのに彼は、私の事をただの世話焼きのお姉さん位にしか思っていないのよ。ああいう奴だとは分かっていたけれども、ほんと私ったらバカみたいだわ…」

女はグラスに口を付ける。半分ほど一気に飲み下して「薄いわ」とまっすぐグラスを突き返した。ママは苦笑いしながらそれを受け取る。

「その彼と、喧嘩でもしたかい?」

ウィスキーの栓をひねる。キュッポンッと聞き慣れたコルクの音が耳に心地良い。

「喧嘩なんてしょっちゅうよ。むしろ逆…とても優しくされたの。私の為に、色々考えてくれたみたい。フフ、頭を使うのは得意じゃない人なのにね」

「なら、良かったじゃない」

「良くなんかないわ」

女は即座に否定する。

「彼にとっての優しさは、職場の仲間に対する信頼の証なのよ。私の事を、女とも思っていないんだわ。…それはとても残酷な優しさよ」

「そんなもんかねぇ」

ママはノンビリと応える。ネーデル産のモルトウィスキーをロックで作り直し、グラスを女の前にコトリと置いた。
返事を聞いているのかいないのか、女はグラスをあおるとまた深くため息を吐く。アルコールに灼かれた喉からハーと色っぽい吐息を漏らしながら、コルクのコースターにグラスを戻した。

「一体、私の人生ってなんなのかしら。明けても暮れても仕事仕事。好きな男は他の女が好き。なのに彼の態度に一喜一憂して…バカみたい。みっともないったら無いわ」

女は両手の平で顔を覆うと小さく呻いた。

「最近、自分が何のために生きているのか分からなくなって来たの」

女はまだ若く、その憂いを帯びた様子は情欲をそそる位の良い女だった。そんな女の口から漏れる他人には計り知れない悩み事に、ママはゆっくりと耳を傾け、手にした細身の煙草に火を付ける。ゆっくりと、紫煙が宙に立ち昇った。
女の独白は続く。

「…時折、世の中から自分だけ取り残されているんじゃないかと不安になるの。誰も私みたいな堅物を必要としていない。みんな、あの子みたいに愛想のいい、可愛い女の子の所へ行ってしまうんだわ」

「なら、あんたも可愛く振る舞ったらどうだい」

ママの言葉に、女は自嘲気味に笑った。

「…出来るわけ無い。私なんかに」

グラスの残りを飲み干すと、女は「ワンモア」と更なるお代わりを要求した。ママは煙草を咥えたまま首を横に振る。

「ピッチが速いよ。悪い酒になる」
「お願い。飲んで忘れたいの」
「後始末はお断りだよ」
「頼ったりしないわ」

フーと鼻から煙りを吐き、ママは渋々新たなグラスを用意した。女はそれを待つ間、カウンターに両肘をついて両手の指を絡める。
細くて長い、綺麗な指だった。

「子供の頃は、もっと世界は自由だと思ってた。これから先の未来はずっと明るいんだと思っていたの。軍人になるなんて思ってなかったし、初めて好きになったあの人と、ドラマみたいな恋をしたいと願っていたわ。…あの頃の私は、一体どこへ消えてしまったのかしら」

ママは黙って丸い氷の入ったグラスに琥珀色の液体を注ぐ。軽く一度氷を回すと、カランと聞き慣れた天使の音が耳を叩いた。
この一手間で、ほんの少しだけ氷が溶ける。グラスの中で濃淡の差が生まれ、それがウィスキーの味に深みを与えるのだ。

「まるで毎日灰色の砂漠を歩いているみたい。私の人生に、ドラマなんて無いのよ」

ズイダム・ミンストンのグラスをカウンターに置く。自分の人生の4分の1も生きていない目の前の若い女に目尻を細め、酒灼けしてしゃがれ声のママはこう告げた。

「そりゃああんたなんて素人なんだから。自分で脚本書いて演じない限り、ドラマなんて無いわよ」

女はその暗く輝く瞳をバーのママに向けた。しかし、特に何も言い返さなかった。黙って新しいグラスに手を伸ばす。
グラスを傾け、細い喉を鳴らして勢い良く強いアルコールを流し込んだ。鼻の中を燻製した様な麦の香りが抜けて行く。

「待ってたって、誰もあんたの為に筋書きなんて用意しちゃくれないわ」

紫煙の向こうでママは微笑む。その笑みの中に、積み重ねて来た歳月の味わいが幾ばくか見え隠れした様にも見えた。
女は酔いの回った視線をカウンターに落とすと、震える小さな声で話し出す。

「この前、また彼と喧嘩したの。彼は私の為に叱ってくれたのに」

うんうん、とママは頷くだけだ。

「分かってるのよ、彼の言う事が正しい事くらい。みんなが私の事を陰で噂してたのも知ってるわ。でも、だからこそ彼には私の味方をして欲しかった。君の事は分かってる、辛かったねって、そう言ってくれるだけで良かったのに…」

女は瞳に涙を溜めて俯いている。ポトリと一粒の雫が落ちた。ママは何も言わず、頷きながら自分のグラスに口を付ける。

「彼が優しくしてくれるのが怖いの。でも、優しくしてくれないとイヤなの」

女の独白は続く。
どうやら今夜は長くなりそうだ。そう覚悟を決めたママは、バーテンに表の看板の灯りを落とすように顎で促した。

アラスカの秋の夜は、果てしなくゆっくりと更けて行った。




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No title

トレンチコートの未沙。マクロストランプにありましたねー。

どっちも転んでも怖いって気持ち・・未沙的にはキツイ感情。でも吐き出せる場所があって、良かったね。

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Re: No title

マクロストランプいいなー!
ミンメイ可愛いんですよねアレ(*´∀`*)

未沙はお酒に溺れすぎな気がしますwww
酒キャラww


> トレンチコートの未沙。マクロストランプにありましたねー。
>
> どっちも転んでも怖いって気持ち・・未沙的にはキツイ感情。でも吐き出せる場所があって、良かったね。

Re: 若き少佐

間違いなく二日酔いですね〜( ̄▽ ̄)
まさに「ロマネスク」の回と同じような朝を迎える事でしょうww

悩みの解決はTV版の最終回までお預けですね!

ね、残念ですよね。
ちょっと事情が分からないので何とも言えませんが、読者として本当に残念です。勿体無いし…。

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ママ〜〜(*≧∀≦*)

ママ〜〜。会いたかった‼︎‼︎再び会えて嬉しいでーす(*≧∀≦*)
男には鼻であしらう素振りが堪らんのですが、女には程よい距離を置いて隣から見ているのがいいー。

あけみママ。びえりさん、ママに名を名乗らせましたね。
ふふふふ。今後、ますます楽しみです。ヽ(´▽`)/

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Re: アラスカのため息かしらん

ジャジーで渋いところを突いて来ましたね!
私のイメージでのBGMは「津軽海峡冬景色」だったんですがwww
そっちの方がカッコ良いのでそっちだった事にさせて頂きますw

いや、続きは無いのですw

Re: ママ〜〜(*≧∀≦*)

あけみって名前がピッタリかと思いましてw
全国のあけみさんすみませんwww

びえりは名無しから進化して後から名前が付く人が多いんですが、その方がキャラクターがなんか固まるんですよね( ̄▽ ̄)


> ママ〜〜。会いたかった‼︎‼︎再び会えて嬉しいでーす(*≧∀≦*)
> 男には鼻であしらう素振りが堪らんのですが、女には程よい距離を置いて隣から見ているのがいいー。
>
> あけみママ。びえりさん、ママに名を名乗らせましたね。
> ふふふふ。今後、ますます楽しみです。ヽ(´▽`)/

Re: Re: ママ〜〜(*≧∀≦*)

そういや、別URLのヴァネッサのネタで、コメントでママの事書かれた時はドキッとしましたよw
超能力者ですかww


> あけみって名前がピッタリかと思いましてw
> 全国のあけみさんすみませんwww
>
> びえりは名無しから進化して後から名前が付く人が多いんですが、その方がキャラクターがなんか固まるんですよね( ̄▽ ̄)
>
>
> > ママ〜〜。会いたかった‼︎‼︎再び会えて嬉しいでーす(*≧∀≦*)
> > 男には鼻であしらう素振りが堪らんのですが、女には程よい距離を置いて隣から見ているのがいいー。
> >
> > あけみママ。びえりさん、ママに名を名乗らせましたね。
> > ふふふふ。今後、ますます楽しみです。ヽ(´▽`)/

Re: タイトルなし

そうです〜、その枇杷を食べさせて貰ってたママです( ̄▽ ̄)

でも未沙って結果的には勝ち組ですよね。だってこんな状況から逆転したんですから凄いですw
リアルだとそんなのなかなか無いです。相手を好きになるのって、本能的に自分とは違う遺伝子を嗅ぎつけて種の多様性を促進しようとする場合か、付き合いが長い中で情が生まれるかだと思うんですよね。

未沙と輝ちゃんはどんなパターンに該当するものか…。追われるより、逃げる相手の方に惹かれちゃっただけだったりして。
でもそう考えると全部当てはまる( ̄▽ ̄)
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Author:びえり 
iPhoneで書いているので「輝」と打てません

FC2の機能がよく分からないので、何か変だったら教えてください(´・ω・`)

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