MCC -1-

「ありゃ、こんな時間か」

左手首にかかる細身の腕時計を見て、ユアン・アイフェイは「ん〜っ」と一つ大きく伸びをした。

ピンクのバンドに小ぶりで上品な長方形をした腕時計。繊細な針の動きを見ていると、何だかいつまでも飽きずにぼうっと眺めていられるから不思議だ。
戦前に流行ったカルティエタンクの復刻モデル。ピンクゴールドの照りがとってもキュートで、ユアンが最近お気に入りのアクセサリーの1つだった。

まつ毛の長い瞳を上げる。ふとセンター正面のビッグウィンドゥに視線を移せば、薄暗い灰色の空と激しく流れる雲海とが目に入った。
冬のアラスカは一日中暗い雲に覆われている。外は割りと激しめに雪が降っていて、地表から800メートルの高さに位置するここからの視界は、氷と雪で出来た分厚い流動雲によってすっぽりと覆われていた。

ここは世界の中心、マクロス指令センター。通称MCC(macross military command center)。かつて宇宙を飛翔した超時空要塞マクロスの頭部に位置し、1秒刻みで地球上のあらゆる情報が集まる総合オペレーションセンターだ。
北米をはじめ、人類の空の安全を一手に担っている。今日もどこかで何かが起きていて、センターでは24時間体制で不眠不休の臨戦体制が敷かれていた。

灰色の雪雲が右から左へと激しく流れる様を見ていると、意味もなく心がザワついて来る。漠然とした不安感に身を浸しながら、ユアンはすっかり冷めてしまったコーヒーカップに口を付けた。
太陽が見えなくなってこれで幾日が過ぎただろう。いつも薄暗くて気分が滅入る。
これが夏だったら、ビッグウィンドゥからは燦々と太陽の光が降り注ぎ、青い山々が視界の果てまで続いている。アラスカの美しい光景に、忙しない中でも気分が晴れやかになるのだが…

レッドアラートに気が付いて、ユアンは視線を手元のモニターへ落とした。またスクランブルの要請が出ている。慣れた手つきで素早く該当地区への指示を打ち込むと、インカムで処理更新した旨を連絡した。

戦術情報オペレーターであるユアン・アイフェイ少尉は、中国黒竜江省出身の29歳だ。長い黒髪に色白の肌。長く整ったまつ毛が自慢のパーツで、笑った顔がチャーミングだ(と自分では思っている)。
ここMCCにおいて、早朝から夕方に掛けての8時間に渡る昼勤務をまもなく終えようとしていた。今日も実に忙しい1日だった。

中指を折り曲げ、こめかみをグリグリと刺激する。目が疲れた。最近眼精疲労がとても気になる。身体も疲れやすくなっている気がするし、これも歳のせ…いやいや、私はまだ若い。気のせい気のせい。

頭に浮かんだ言葉をブンブンと振り払って、ユアンは乱暴にキーボードを叩いた。こんなつまらない考えが浮かぶのもきっとこの冬のせいだ。冬季のアラスカは自殺者が急増するというデータも出ているが、人間にとって太陽の光がいかに大切かを切実に実感する。そもそも太陽光を浴びないとセロトニンが効率良く精製されないのだ。

勤務の残り時間も少なくなり、空になったコーヒーカップを眺めてお代りしようかどうか悩んでいると、視界の隅に細身の女性士官が歩いて来るのが映った。こちらににこやかに手を振っている。

「Hi レイチェル、早いのね」

ユアンは立ち上がり、ブルーアイズの女性士官に軽く敬礼した。相手は答礼してから親しげにユアンに微笑みかける。

「あなたの交代勤務に遅刻出来ないでしょ」

2人は軽くハグを交わす。気の知れた友人同士、軽く頬を触れ合ってお互いの調子を確かめ合う。
軍隊という規律の厳しい世界において、ここMCCだけは少し勝手が違う部分がある。勤務するオペレーターの殆どが若い女性士官である為か、キリリと綱紀の厳しい現場というより女子社員の多いオフィスルームといった風情だった。

「これもマクロスの伝統よ」

オペレーターフロアの統括を務めるキャビロフ中尉はそう言って笑っていた。ユアンよりずっと歳下で、少年のような風貌をしたショートカットの可愛らしい上官である。
ああ見えて例の宇宙戦争を戦って生き延びた歴戦の勇者だと後で聞かされた。人はなんとも見かけによらないものだ、とユアンは感じたものである。

「今日の調子はどう?」

レイチェルがその特徴的なブルーアイズでモニターを覗き込む。友人の綺麗な横顔を見ながら、ユアンは鼻で息を吐いた。

「ここ1時間でスクランブルの要請が6回。西アフリカじゃ3個中隊がずっとCAP(空中哨戒)しっ放しよ。お陰でトイレに行く暇も無いわ」

「つまりいつも通りって訳ね」

ユアンの不満気な態度に、レイチェルはお茶目にウィンクして見せた。
最近は帰化ゼントラーディ人の暴動が各地で頻発していて、航空部隊の出撃回数も年々増え続けている。かつてのカムジン事件ほどの規模ではないが、マイクローン化していないゼントラーディ人が暴れれば、単独犯であっても大きな損害を生み出しかねない。

そうした対テロ事案の増大を懸念して、新統合軍ではMCCの戦略情報部門の強化育成に力を注いでいた。ユアンらはまさにその最前線に立っている。

「事件の数に対して、こっちの手が足りないのよ」
「帰化ゼントラーディ人の人口を考えると無理もないわ」
「数に質で対応するのは後手後手で効率良いとは思えないけど」
「お陰で勤務時間が早く経ってありがたいじゃない」

レイチェルが冗談まじりに呟く。ユアンは大きく両手を広げて唇を尖らせた。

「その代わり、勤務明けはドッと疲れが来ておばあになった気分だわ」

なにそれ、とブルーアイズの友人は笑った。まつ毛の長い中国人は軽く肩をすくめて見せる。
MCCの戦略情報部門と言えば、激務中の激務現場として知られている。24時間休みなく、世界中で各エリアごとに割り当てられた空路・海路・陸路・宙路の管制監視から運行管理、治安維持、指揮統率をこなすまさに地球の心臓部だ。それは世界の治安を守る司令塔であり、人類を脅威から救う神の守り手である。
ここに配属されるという事は、軍人としてその能力を高く評価されている証でもある。エリートの集まる専門の教育機関を経て、ふるいに掛けられた一部の者だけがその席に座る事が出来るのだ。

その栄誉ある席…強化繊維で編み上げられたシンプルなオペレーターチェアから腰を上げて、ユアンはレイチェルへと当番勤務を交代した。レイチェルは印象深いブルーアイズをモニターに走らせながら、顔を見ずに歳上の友人に話し掛けた。

「少し早いけれど、もう上がったら?」

「ありがとう。一応報告書の写しだけアップしておくわ」

サブデスクに移動したユアンは軽くコンソールを操作する。17時でユアンの昼勤務は終了だ。ここからは夜勤務にバトンタッチする事になる。

「お茶淹れる?」
「うん、お願い」

ユアンは本日最後の仕事をやりに給湯室へと向かった。その後ろ姿を見送って、レイチェル・クック少尉はその特徴的なブルーアイズをモニターへと戻す。
液晶画面に五指を触れて指紋照合をすると、補佐AIが「Welcome,Rachel」と迎えてくれた。

「今日もよろしくね、ボーイ」

レイチェルは物言わぬ画面に向けてウィンクした。すると液晶モニターはレッドアラートでそれに応える。

「早速か〜い」

ブルーアイズのオペレーターはそう呟いて、素早くキーボードを叩き出す。
時刻は16時49分。今日も忙しいMCCの夜間勤務が始まった。




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No title

びえりさん

このリアルとSFの世界観って感じの融合、すごく好きです
続き楽しみにしてます!

それと、カルティエのタンクはわたしも憧れてる時計です
秒針がないので、お仕事には使えないので手が出せずにいますが…

おっと、新作だ!

久々の新作ですね。
またまた、緻密なびえり・ざ・ワールドの世界が広がっていくのかぁ‼︎
楽しみにしてますからね。

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Re: No title

はい、これからも似非リアルを追い求めて行きたいと思いますw

カルティエはやっぱりピンクですね!キュートさが違います(*´ω`*)

> びえりさん
>
> このリアルとSFの世界観って感じの融合、すごく好きです
> 続き楽しみにしてます!
>
> それと、カルティエのタンクはわたしも憧れてる時計です
> 秒針がないので、お仕事には使えないので手が出せずにいますが…

Re: おっと、新作だ!

いえいえ、ノンビリ適当で行きますよ( ̄▽ ̄)

びえりももうおじいですから。悟りを開いたのですw


> 久々の新作ですね。
> またまた、緻密なびえり・ざ・ワールドの世界が広がっていくのかぁ‼︎
> 楽しみにしてますからね。

Re: 待ってました!

花粉症、私は体質改善でかなり克服しましたw
オススメですよ、体質改善!腸内クレンジングが効果大です( ̄▽ ̄)

みんなは…果たしてどうなんでしょうww
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