MCC -6-

アラスカ標準時間、午後22時。
夜間巡回の警備兵が総務部のフロアに足を踏み入れると、普段は閑散としている深夜の部署は、まるで戦場のような有様だった。

書類が乱れ飛び、ファイルの束が頭上を行き交い、ペンとマウスとコーヒーカップが卓上でタップダンスを踊っている。
誰もかれもが必死の形相でモニターに向かい合い、五本の指はキーボードを激しく叩く。その音に被せるように、口々に呪詛の念と神への冒涜と放送禁止用語とが口汚く連呼されていた。

そのあまりの喧騒ぶりに、警備兵は踏み出した一歩をそろりと引き戻す。そのまま踵を返すと、こっそりエレベーターホールへと消えて行った。
フロアのスタッフは誰一人その気配に気がつかなかったのである。


「スミス少尉、現状の最前線は何処か」

新統合軍総務部総務課長のフランツ・ザウネル少佐は、数字と文字列とを愛する白髪頭の平和なデスクワークマンだ。毎朝8:45分きっかりに出勤し、18:00丁度に執務室を後にする。
温かな我が家には、愛する妻と可愛い愛犬。成人した二人の子供はとっくに家を出て行ってしまったが、このラブラドール犬のお陰で寂しさはない。
勤務中はキッチリと仕事をこなし、帰宅すれば良きハズバンド。絵に描いたような「総務畑」の官僚軍人である。

…が、今日ばかりは勝手が違った。ドイツ人のザウネル少佐は元から青かった顔を更に青くさせ、紫色に変色した唇を細々と震わせている。テカテカとポマードで固めたオールバック。そこから流れた前髪が、額に掛かる度に神経質そうにそれをかき上げていた。
時計を見れば時刻は既に22時を過ぎている。本当なら今夜は妻との結婚記念日を我が家でお祝いする筈だったのに。なのに、こんな時間まで自分はこのデスクで残業を強いられている。

そりゃ、若い頃はザウネルも残業は沢山したものだ。総務と言えば、軍隊で一番喧騒とは縁遠い部署であるが、新統合軍という巨大な組織を運営する上でやる事は山の様にある。
兵站関係から福利厚生、陳情の受け付け、基地内のインフラ整備、人事評価や兵士の給料計算まで。毎晩日付が変わるまでクタクタになって働き、家にはシャワーだけ浴びに帰ってすぐに職場へとんぼ返り。家族と食事をする暇もなかった。あの地獄の日々に比べたら、3年前のゼントラーディ大艦隊の襲撃だって屁みたいなものだ。

…が、自分も歳を取った。もうじき60を迎えようとしている。
少佐という階級は、職業軍人にとって1つの頂きだ。どれ程戦争で活躍しようとも、大体の軍人はこの『少佐』の階級までが栄達の上限となる。
これより上は、勝ち残ったキャリア組が数少ない席を奪い合う熾烈な椅子取りゲームになっている。そっちは総務畑の叩き上げであるザウネルには関わりのない世界の話だった。
少なくとも、自分はこうやって佐官にまで登り詰める事が出来た。そして今、総務課の長としてここマクロス・ベースの総務を取り仕切っている。

ここまで来たら、残業などしない。勤務時間の間に大まかな決済だけ済ませ、細かな作業は若い連中に任せて定時きっかりに席を立つ。これには「残業を減らして職場環境を改善しよう!」という、(上が勝手に決めた)スローガンを自分が率先して守ってみせる必要もあったからだ。
何にしてもザウネルがこの課長の椅子に座ってからというもの、毎日18時には薄くて不味いコーヒーをキチンと飲み終えて鞄を手に取るのが日課であった。それが58歳を迎え、平和な日常と温かな家庭を愛するザウネル少佐の生き様である。

…なのに、なのに今日は違うのだ。
昼間でさえけっして賑やかとは言えないここ総務課の区画は、夜も深まる時間帯だと言うのに喧々轟々大勢のスタッフが入り乱れ、さながら戦争が始まったかのような興奮状態だった。

「現在GF-43区画で漏水を確認しています。恐らく右脚部の付け根辺りは完全に全滅かと」

呼ばれた黒人のスミス少尉は、色黒な肌に玉の汗を浮かべながら振り返った。疲労からか、肌と対照的に真っ白な結膜が赤く充血している。

「課長、このままですと右脚部の旧居住区にまで影響が及びます。あそこはバカ広いので、一度広がるとカビや腐食の後始末が…」

ザウネル少佐の渋い顔がさらに渋くなる。

「機関部に連絡して重力制御出来んのかね」

声を掛けられた別のアジア系女性士官はモニターから顔を上げて首を振った。

「カムジン事変以来、重力制御装置はエマージェンシーレベルが5まで行かないと起動してくれないそうです」

「アレも大分オンボロだからなぁ」

「課長、GF-42区画の第三層で漏水を確認しました。いま40区画より上の機密性を確認していますが、作業員が取り残されているエリアは隔離出来ていません」

「ああ、なんてこった…」

ザウネル少佐は頭を抱えた。統合戦争前から続く長い総務畑の人生で、こんな事態は初めてだ。改めてマクロス・ベース全景を映し出したモニターにしょぼしょぼと視線を投げ掛ける。

現在、マクロスはその艦内において汚水漏れを起こしていた。常時数千人が勤務する新統合軍の総本拠地。そこで一日に処理される汚水量はハンパな数字ではない。
しかし、マクロスは宇宙空間を何ヶ月も旅する事を前提に作られた戦闘艦である。汚水処理についても完璧と言って良いシステムが組まれている筈だった。筈だったのだが…

「システムは完璧でも、扱う人間はそうはいかんと言う事か」

ザウネルは脂汗の滲んだ顔を歪ませた。宇宙空間は絶対零度なので、マクロスは常に保温し続けないと乗組員が死んでしまう。なので艦内を温めるヒーターと、外からの冷気を遮断する断熱構造とが一体となって艦内の安全を守っている。
そのお陰で人々はマクロス内で快適な生活を送れるのだ。

そう、ヒーターと断熱構造。
その両方がないと大変な事になる。

ヒーターの管理は当然ながら総務部の仕事だ。艦内管制はかつてはブリッジが主体となってやっていた(キム・キャビロフが主担当)が、飛ばない船となったマクロスでは仕事がより細分化され、今ではこうした雑務は総務部で全て取り仕切っている。
極寒の地アラスカでは、宇宙ほどではないにしても厳しい環境下にあった。決してヒーターを止めてはならない筈なのだ。

そのヒーターの装置を、間違って切ってしまった職員がいる。

ヒーターが消えると、マクロス・ベースはゆるゆると時間を掛けて冷えていく。優秀な断熱構造のお陰ですぐすぐ氷点下になったりはしないが、そのせいで段々と寒くなる空気になかなか誰も気が付かなかった。

「ちょっと肌寒いな」
「エアコン入れる?」

そんなやり取りがあちこちで囁かれた数時間後、冬の寒風に熱を奪われたマクロス・ベースは完全に凍り付き、真っ先に水道管と汚水菅が破裂したのだ。

「上水はともかく、下水はマズいよ下水は…」

ザウネルは頭を抱える。本来ならベース内にある下水処理施設へ送られる筈の数千人分の汚水が、あちこちで漏れ出しているのだ。
その点検と後始末、そして上下水道管の修復。全長2kmのこの船の中を、一つ一つ見て回らなくてはならない。一体どれだけかかるのか見当もつかなかった。

「とにかく、今は漏水を止めるんだ。何としても」

ザウネル少佐は苦虫を噛み潰した表情で呟く。今日はもう家には帰れないだろう。大切な日に妻には悪いが、しばらくは徹夜作業が続きそうだ。

ゲンナリとする少佐に、また新たな漏水箇所の報告が告げられる。赤い表示部分が増え続けるモニターを前に、58歳のドイツ人は深く深くため息を吐いた。




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ジャンル : アニメ・コミック

MCC -7-

マクロス・ベース内の士官用サロン。
明るい時間帯であれば、ひと時の安らぎを求めて大勢のマクロス職員が集う憩いの空間である。

しかし時は既に23時過ぎ。昼間の喧騒が嘘のようにサロンからは人気が絶え、その寂しい空気の中でポツンと2人の士官が不味そうにコーヒーを啜っていた。
据え置き型の大型ソリビジョンを見上げ、そこに映し出された深夜番組を見るとはなしに眺めている。

「…平和だな〜」

ポツリと呟いたのは、アンニュイなウェーブヘアをした男性士官だった。
年の頃は30代そこそこといった所か。少し長めの黒髪に、よく整った細面をしている。肌は浅く日焼けしていて、細い眼の中に小さなサファイア色の虹彩が輝いていた。
セクシーなヒゲは不揃いで、彼の秀麗な顔に絶妙なアンバランスさを加えている。

ブラジル生まれのペデロ・ペレストレオはモテる男だった。イケメンだし、独身だし、背も高いし仕事もまあまあ出来る方だ。
階級は昨年末に少尉となり、MCCの運用システム主任としてそれなりに権限を持った職務に就いている。

女性職員の比率が高いMCCにおいて、ペデロは金のエンゼルである。言い寄る女は数知れない。
しかし、彼は一切職場の女性達に靡かなかった。以前は金切り声のスオミ(フィンランド人)の上官に積極的にアタックされていたが、その上官も郊外に新設された空軍基地の航空管制主任へと栄転して去って行った。
やれやれ助かったと思っていたら、お邪魔虫は居なくなったとばかりに一斉に周りからのアタックが激しくなる。
みんな同じ職場の仲間だし、あまり無下にも出来ずに困り果てる毎日が続いていた。今日もここに来るまでに数人に声を掛けられた。それらをやんわりと断って、向かいの席に座る相手とこのガラ空きのサロンへと逃げて来たところだ。

そんなペデロの相席相手は彼の話を聞いている風もなく、赤毛を耳上でかき上げながら「チャンネル回してもいい?」と大型ソリビジョンのリモコンに手を伸ばした。

そのほっそりとした手がリモコンを掴むのを、ペデロはぼんやりと眺めている。白くてスベスベとした肌はサロンの照明を受けてまるで輝いているようだった。…いや、どうやら本当に輝いている。なんだかキラキラするその細腕を見て、ペデロは太くて立派な眉毛を寄せた。

「お前、またパール入り塗ってるだろ」

「へへ、分かる?」

ちょっと嬉しそうに相手は自分の細腕を撫でた。笑うといたずらっ子の様な表情になる。
チャーリー・ソミック・チャンは見た目はとても『可愛らしいお嬢さん』といった風体だった。アイメイクの感じなどちょいロリータゴシックが入っていて、軍人というよりは「ただ普通の女の子が軍服を無理やり着させられています」といった印象を受ける。

極東ロシア、ハバロフスクで生まれたチャーリーはまだ17歳と極端に若いが、人手不足の新統合軍においては立派な戦力だ。MCCでは通信担当オペレーターとして活躍している。

細く華奢な体に、腰まである真っ赤なストレートヘア。大きなペールグリーンの瞳をしていて、顎は細く小さかった。プックリとした桃色の唇のすぐ上には小さな黒いピアスを刺していて、それがまるでホクロのように見える。
そのロングの赤毛を撫でながら「新しいコンディショナーが髪に合わないみたい」と愚痴をこぼしている。それを眺めるペデロはやれやれと肩をすくめて見せた。

「そんな勤務中にあちこちキラキラさせちまって。またキャビロフ統括に嫌味を言われるぜ。『ここはハイスクールのクラスルームじゃありません!』ってな」

ペデロがセクション2統括官の口調を物真似したので、チャーリーはプクッとした唇に手を当ててクスクスと笑った。澄んだ色合いの大粒の瞳が揺れる。

「あの子、あたしと歳たいして違わないのに。なんであんなに威張ってるのかしら」

「威張ってるって…そりゃ上官だからだろう」

ペデロは呆れたように言う。チャーリーは「そっかー」と呟いてまた笑った。笑えば、長い赤毛がサラサラと揺れた。


夜も更けた時間にガラガラのサロン。たった二人の客は夜間勤務の休憩時間をここで過ごしている様だった。
パッと見は、美男美女の仲の良いカップルといった態である。しかしMCCのメンツは彼らの事を良く知っている。いや、正確には『可愛らしいお嬢さん』の方の素性を良く知っていると言うべきか。

チャーリー・ソミック・チャンはLGBTだった。見た目は完全にゴシックロリータ女子だが、身体的特徴を言えば彼女には…いや、彼にはペニスが付いている。胸は完全にペタンコで、少女期特有のほんのりとした膨らみのカケラもない。新統合軍の女性士官用の軍服を着てはいるが、その中身は完全に男…健全なる青少年そのものであった。

「あたし乾燥肌だから、クリーム塗ってないと痒くて掻いちゃうのよ」
「ニベア塗っとけ、ニベア」
「臭いからヤダよ」
「だからって軍人がパール入りはマズいだろう。この前もそれで注意されたじゃないか」
「キラキラしてると、女の子は気分が上がるの」

お前は女じゃねぇだろ、と密かに心の中で突っ込むペデロ。

「このぐらい良いじゃない。ていうか、むしろ軍規で積極的に推進するべきよ。『女子は常にキラキラした物を身に付けて、精神衛生管理に邁進すべし』って!シャネルの販売員だって、女子が性的に興奮する香水を付けて仕事してるのよ」

「どこのバカ司令官がそんな指示出すんだ」

「いいじゃない、ケチ」

理不尽な非難を浴びて、ペデロは「俺に言うなよ」とまた肩をすくめた。

「あ、ミンメイ!」

チャーリーが唐突に声を上げる。客のいない夜のサロンに彼女…いや、彼の黄色い声が響き渡った。
ペデロが大型ソリビジョンを見上げると、派手なヒラヒラ衣装の少女が可愛らしくステップを踏んでいる。曲のイントロだろうか、その笑顔はまるでその場にパッと華が咲いたかの様で、見る者全てを魅惑して止まなかった。
あの笑顔を、世界中の誰もが知っている。人類を歌で救った「世紀のアイドル」リン・ミンメイの天使の笑みだ。

「あたしミンメイ大好き。あの子なんであんなに可愛いのかしら。ああ、ミンメイになりたい」

チャーリーはうわ言のように呟く。ソリビジョンの中のアイドルを見つめる瞳は熱く潤んでいた。プックリとした桃色の唇は自然に動き、流れて来る曲に合わせて小さく歌を奏でている。

そんな様子を横目に見ながら、ペデロはあご髭を撫でてポツリと呟いた。

「…お前の方が全然可愛いよ」

「え?なんて??」

聞き取れなかったのか、チャーリーはペデロに向き直る。ペデロは途端に口ごもり「な、なんでもねーよ」とそっぽを向いた。
チャーリーは「変なの」と笑うと、再び憧れのアイドルに視線を戻す。今度は振り付きで熱唱し始めた。

腰まである長い赤毛が、サロンの照明を反射してキラキラと揺れている。弾けるような笑顔でミンメイソングを歌う17歳の男の娘(おとこのこ)を、ペデロは優しい眼差しでずっと見つめていた。




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MCC -8-

女性で身長180cmを越えれば、かなり長身の部類に入る。
グリグリのスパイラルパーマ、キリリと太い眉、分厚い唇。ネイティヴ・アフリカンらしい褐色の肌を持つケイリー・モレイラ准尉は、一言で言って迫力のある女性だった。同じ部署のスタッフと並び立つと、ほとんどの場合彼女は相手を見下ろしながら話をする。
いつもムスッと不機嫌そうな表情をしているので、会話の相手は余計にケイリーに気を使う傾向にあった。
特に同僚の中で一番背の低いクリクリ頭のジェニファーなどは、ケイリーの事を怖がってさえいる気配がする。

ケイリー自身は、決して気難しい性格という訳ではなかった。故郷のアンゴラでは友人も普通に居たし、10人いる兄妹とも仲は良かった。みんな戦争で死んでしまったが。

うまく自分の気持ちを表現出来ない人というのは、どのコミュニティにもいる。楽しい時に楽しい気持ちを、感謝している相手に感謝の気持ちを、ケイリーは表現するのが下手だった。だからついムクれた表情をして誤魔化してしまう。それが彼女なりの自己防衛となり、クセというか日常となってしまったのだ。

「モレイラ准尉、何か不満かね」

上官の命令にも、反抗的だと指摘を受ける。本人は決してそんなつもりは無いのだが、言われれば言われるほど内なる殻に閉じこもってしまう。だから士官学校の同期の中でも昇進は遅い方だった。あの宇宙戦争で大勢死ななかったら、今でも尉官になっていなかったかも知れない。

「ケイリー、ちょっと来てくれる?」

そんな取っ付きにくい自分に、この女だけはいつも平然と話し掛けて来る。同じブラック・アフリカンである気安さからか、もしくはただの変わり者か。

「何でしょう、ラサール中佐」

司令部の秘書室を代表する首席秘書官に、ケイリーは敬礼しながら返事をした。かつてマクロスが宇宙においてゼントラーディ大艦隊と戦っていた頃、火器管制官として最前線にいた人物らしい。現在の新統合軍においてはかなりの有名人だ。

いつも笑顔で、周りへの気遣いも完璧で、余裕のあるオーラを放っている。私とはまったく正反対の人間。

「ちょっと仕事があるのよ。あなたにしか頼めないの、お願い出来る?」

落ち着いた口調で、慈愛に満ちた笑顔で話し掛けて来る。この人はいつもそうだ。
普通の人間なら愛想良く「喜んで!」と返事をする所だろうが、ケイリーとしてはそうした態度を取る事で何かに負けてしまうような気がして抵抗があった。
卑屈である事は自覚している。だが、素直になるにはケイリーはもう長い時間自分を演じ過ぎていたのだ。

「…ご命令とあらば」

仕方がないから、という態度がありありと見て取れた。ラサール中佐はやれやれといった表情で「じゃあこちらへ来て」とケイリーを隣室へといざなう。


マクロス・ベースのトップフロア。ここには、新統合軍の中枢である司令部が設営されている。ケイリーはそこの秘書室に勤務していた。
仕事の実直さには定評があったが、仕えるべき将官には人気が無い。「無愛想過ぎる」「いつも不機嫌そう」「あの子は笑顔とか出来ないのかね」等々苦情の嵐で、担当先をたらい回しにされた結果、今は秘書室の待機要員として扱われている。
周囲からの視線も痛い。ケイリーは益々無愛想になり、頑固な堅物として秘書室のお荷物になっていた。

そんな私に、出来る仕事なんてない

ケイリーは不機嫌そうな顔をして、ラサール中佐の後に付いて行く。首席秘書官は「あなたにしか頼めない」と言った。この私にしか頼めない?どうせ高い所にあるケースを取ってくれとか、素行の悪い将官の所へ行くのに付いて来いとか言うのだろう。
こんな深夜勤にご苦労な事だ。もうじき日付も変わろうかという真夜中に、くだらない仕事に付き合わされるとは如何にも私らしい。

「暗いから気を付けてね」

ラサール中佐はそう言ってとある部屋へ入って行く。確かにその部屋は真っ暗だった。明かりがついていないのは何故だろう?

「何の作業なのですか?」

ケイリーは嫌な予感しかしなくて、部屋へ入るのを躊躇った。しかしラサール中佐は「いいから入って」と気軽に闇の中から呼び掛ける。

「明かりを点けないのですか?」
「照明が故障しているのよ」
「管理の者を呼んではいかがですか?」
「もうすぐ0時になるのに?明日の朝まで誰も来ないわ」
「暗闇の中では何の作業も出来ないと思いますが」

こういう面倒臭いところが将官から避けられる原因なのだが、ケイリーは気が付かない。なかなか部屋の中へ入ろうとしないケイリーに、ラサール中佐が小さなため息を吐くのが聞こえた。

「大丈夫よ。次の定例会のレジュメのチェックをしたいから、それを運んで欲しいの」

「レジュメのチェック?こんな真夜中にですか?」

ケイリーは文句を言いつつも、暗闇の部屋へとようやく一歩を踏み入れる。するとラサール中佐の声の調子が少しだけ明るくなった。

「そうね」

クローディア・ラサール中佐は闇の中で笑った。

「ちょうど0時だわ」

その言葉と同時に、部屋の明かりがパッと点いた。突然の眩しさにケイリーは眼をつぶる。が、両耳は複数の破裂音を捉えていた。

パパンッ パパンッ

「「「Happy birthday, Kaley!!」」」

ケイリーは銃撃されたのかと思って驚いた。床に伏せようとして腰を屈めた時に、眩しさを我慢して開いた薄眼がタイトスカートに包まれた複数の脚を目撃する。

「ケイリー、驚いた⁈」

喜色満面にそう聞いて来たのはクリクリ頭のジェニファーだった。中腰で構えたままのケイリーは、目を見開いてその秘書室で一番背の小さな同僚を見つめた。

部屋の真ん中にテーブルが置かれ、その周りには秘書室の同僚たち。手に手にクラッカーを持ち、頭にはカラフルな三角帽子をかぶっている。みんな笑顔で、固まっているケイリーを見て笑っていた。
テーブルの上には小さなホールケーキ。チョコレートの板には「Happy birthday Kaley」の文字が。

「…え?」

「今日はあなたの誕生日でしょう?」

そう言ってケイリーにグラスを差し出したのはラサール中佐だ。細長いグラスをケイリーに渡すと、自分のグラスをそれにカチンと合わせる。

「勤務中だからジュースよ」

「…はあ」

ドヤドヤとケイリーの周りに同僚が集まって来た。一人一人がケイリーのグラスにカチンカチンと音を立てて合わせて行く。

「…そうか、今日は私の…」

ケイリーはようやく得心した。腕時計を確認すると、まさについさっき0時を回って日付を更新したばかりだ。
そして新しく迎えた今日という日は、ケイリー・モレイラの30歳の誕生日なのだ。

「ケイリーのお誕生日、どうやって祝おうかってみんなで話したんだけど、サプライズが良いじゃんって」

クスクスと笑う小さなジェニファー。この子、私の事を怖がって近付かないと思っていたのに…。

「ホラ、私たち毎日おじんの相手ばっかりで気が詰まるでしょう?たまにはこうして息抜きしないとね」

ラサール中佐はグラスを掲げてウィンクしてみせた。みんなそれに合わせてグラスを高々と掲げる。

「おっさん将官どもに乾杯!」
「若い高級士官を寄越せ!」
「出来ればイケメンで、ダンスが上手くて、背が高くて、あとあと…」

深夜の司令部の一室。秘書官の面々は勝手な事を言いながらキャアキャアと盛り上がっていた。
ケイリーは喜んでいいのか呆れるべきなのか、微妙な顔で立ち尽くしている。
そんなケイリーに、ラサール中佐がケーキを切り分けたペーパーソーサーを差し出した。

「ホラ、今日くらいは笑って過ごしなさい。ケーキ美味しいわよ」

ケイリーは渋面でそれを受け取ると、プラスチックフォークで生クリームとスポンジを口へと運んだ。途端に顔がほころぶ。

「…甘い」

「そうそう、その顔」

ラサール中佐が笑い掛ける。この人は何故いつもこんなに優しげな笑顔を人に向けられるのだろう。ケイリーは悪いクセで、また変に意固地に身構えてしまいそうになる。
が、何故か今だけは素直な気持ちになれそうな気がしたので、頑張ってラサール中佐に笑顔を返した。馴れないせいか、少し、いやかなり硬い笑顔だった。

「良い笑顔よ」

中佐がケイリーの背中を叩く。続いてジェニファーが、他の同僚たちが次々とそれに続いた。

「ケイリーお誕生日おめでとう!」

ケイリーは少しだけ恥ずかしかったが、「ありがとう」とお礼の言葉だけは何とか言えた。




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MCC -9-

アラスカ標準時間、深夜一時のマクロス・ベース。
眠らない街マクロス・シティにおいて、この巨大な要塞は街の中心地で24時間電飾を輝かせ続けている。

MCCやSIS(Strategic Information Section:戦略情報部)といった、世界を相手にする司令部エリアは特に眠らない。基地内の他のフロアから人気が無くなったこんな時間でも、部屋部屋には煌々と明かりが灯され、忙しそうに職員があちこち行き来している。

そんな中を、一人の男性士官が歩いて行く。両手に大量の書類の束を抱え込み、しかし特に重そうでもなく淡々と無表情のまま深夜の通路を進んでいた。
司令部では特に珍しい光景でもない。何か他と違う点があるとすれば、彼の髪の色が燃えるようなオレンジ色だった事だろうか。

彼の名はウルセン。かつて第67グリマル級分岐艦隊(通称ブリタイ艦隊)の一員として地球人類と戦っていた、帰化ゼントラーディ人である。

ウルセンの様な、戦後に地球人類へ帰化したゼントラーディ人は相当な数に上る。彼らの多くはリン・ミンメイを初めとする『文化』に憧れて市井へと下野して行ったが、一部は新統合軍に入隊して軍属に残る道を選んだ。戦いから離れることを、長く戦に身を置き続けた彼らは恐れたのだ。ウルセンも元々はそんな臆病な一人だった。

政府からの公式な発表はされていないが、元々遺伝子コントロールして生成されているゼントラーディ人は、能力に関しても生まれつき決まっている部分が多い。
成長過程において多少の差異は生まれるものの、基本性能は大体同じなのだ。
例えば、参謀型で生成されたゼントラーディ人は知能が高く、筋力体力など肉体的なスペックは低い。前線兵士はその逆だ。
ミリアなど、一部の特殊なエース級兵士は優れた資質を持って生まれて来るが、生成コストや組織ストレスが割りに合わないので大量生産はされなかった。

そのミリアとマクシミリアン・ジーナスとの間に子供が生まれた事で、地球人とゼントラーディ人の「血の融合」が可能である事が証明された。今後、地球人の遺伝子が混ざる事で、こうした固定化されたゼントラーディ人の種別にも、新たに多様性が生まれる事が予想されている。

しかし、帰化第一世代である現在のゼントラーディ人の多くは“一般兵士”として生成された者ばかりだ。そのため平均的な知能レベルが低く、高度な知的活動を行うのは困難を極めた。
そうした姿が蔑視され、巷ではゼントラーディ人に対する社会的な差別を助長する傾向が見られる。

ウルセンは、そんな現状をなんとかしたいと考えるゼントラーディ人だった。
彼自身はごく普通の一般兵士として生成された。同じタイプの遺伝子構造を持つゼントラーディ人は、この宇宙にゴマンといるだろう。しかし彼にとって幸いだったのは『環境』に恵まれていた事だ。

「確かにかつての私は、愚かな捨て駒の量産兵士だったかも知れない。でも今は違う。
地球で文化に触れ、戦争以外の沢山の事を学んだ。ゼントラーディ人として、いや、人間として一つステージを上がったのだ」

ウルセンの様な存在は、ゼントラーディ人が「環境次第で個性を持つ事が出来る」ことの証明ともなっていた。ベースが同じでも、学習能力のある彼らは、学ぶことでその後の人生を自分の手で変えることが出来るのだ。
これは全ての帰化ゼントラーディ人にとって希望の光となる報告である。政府や軍上層部も積極的に後押しした。

こうしてウルセンは、数少ない司令部勤務のゼントラーディ人となった。
いま世界では、地球規模での文明再建を目指している。そのため土木建築関係の人手需要が高く、ほとんどのゼントラーディ人はそうした現場の仕事に就いていた。
かの有名なゼム二級記録参謀エキセドルのような特例を除けば、個人の努力でこうした職務に就いているウルセンはとても珍しい存在なのだ。そしてその事を彼自身も誇りに思っていた。

こうして大量のペーパー資料を運ぶのにも慣れた。後方である司令部は女性士官が多く、ウルセンのような腕力に秀でた兵士は意外に重宝される。ゼントラーディ艦隊にいた頃は触った事もないような「紙の書類」に、ウルセンは今や愛着すら持っていた。

「植物の繊維をなめして作ったのか。なんて手軽なメディアなんだ」

紙の手触り、匂い、ツヤ感など、ウルセンは「紙」という存在に感動すら覚えていた。原始的だが理にかなった発明だ。ただし、あくまでもミニマムメディアとしての話だが。

無表情に見えて、実は紙の重みにうっとりしながら通路を歩いていたウルセン。明日の朝一の会議で使う資料らしく、夜間勤務のみんなでデータをプリントし、レジュメに整理した。運ぶ役は自ら買って出た。目指すブリーフィングルームはその角を曲がったすぐそこだ。

「さて、急ぐとしよう」

一人呟くと、ウルセンは足を早めた。通路の角に差し掛かり、歩速を緩めずに曲がろうとする。その瞬間、軽い何かにぶつかってそれを勢いよく弾き飛ばした。
体格的に相手を圧倒したウルセンだったが、その際に両手いっぱいの書類を思わず取り落としてしまう。

「ああ!」

ウルセンは叫んだ。大量の書類が一斉に通路の床へバサバサと広がって行く。ヒラヒラと目の前を飛んでいた数枚だけキャッチしたが、そんな物は焼け石に水だ。乾いた音を立てて、大切な書類たちが通路の床を眩しい白色に染めて行った。
やっちまったと失意のウルセンの眼に、無数の書類の海に埋もれた新統合軍の制服が映る。
そうだ、私は誰かにぶつかって大切な書類を落としてしまったのだ。こいつが原因か、おのれ何奴…

ウルセンは顔をしかめて倒れ込む相手を睨みつける。しかしすぐにその眼から攻撃色が失われた。

「疼〜(いった〜い)…」

倒れていたのはアジア系の女性士官だった。線のように細い眼、陶器のような白い肌、艶やかなミディアムロングの黒髪ストレートヘア…胸元の階級章は中尉を表している。曹長のウルセンよりずっと上官だ。
しかし、それより何よりウルセンの眼を奪ったのは、彼女の傍らに落ちている千切れたクロワッサンの方だった。

「OMG⁈コーヒー溢したじゃない!」

女性士官は憤慨し、両手を震わせて叫んだ。彼女の言う通り、空のコーヒーカップが床に転がり、中身の黒い液体を盛大に床へ撒いてしまっている。散らばった書類もいくつかそれに浸かっていた。

「あなた、手くらい貸せないの⁈」

女性士官は怒りながら細い腕を伸ばす。ウルセンは慌ててその手を取った。とても軽い身体をひょいと引っ張り上げる。

「通路の角を曲がる時は、ちゃんと気を付けなさい!」

立ち上がった女性士官はウルセンを叱り付けた。ぶっちゃけお互い様な気もするが、相手は三階級も上である。反論するのは難しそうだ。
しかしウルセンは謝るでもなく、じっと相手の顔を見つめている。女性士官はウルセンの様子が変なのに気が付いて、綺麗に整った眉根を寄せた。

「なに?何かあるの?」

ウルセンは答えない。女性士官をじっと見つめている。あまりに不気味で、女性士官の方が思わず一歩退いたその時。ウルセンはようやく口を開いた。

「自分は統計局のウルセン曹長であります」

「あ、あらそう」

女性士官は落ち着かない様子で髪を撫でた。クセなのだろうか?それはとても艶やかで美しい髪だった。

「貴官のお名前は何ですか」

「こ、広報部のリン中尉です」

ウルセンは両眼を閉じて、まるで噛み締めるように「広報部のリン中尉」と復唱する。リン中尉は段々と不気味になって来たのか、そろりそろりと後ずさりした。

「こ、これからは気を付けてね。それじゃあ」

立ち去ろうとするリン中尉。その細身の背中にウルセンは声を掛けた。

「お待ちください、運命の人」

「はぁ⁈」

振り向いて、驚いた顔のリン中尉。線のように細い目を目一杯見開いている。ウルセンは何か意を決したような表情で一歩前に出た。

「いま、何て?」

「運命の人、リン中尉」

ウルセンは至極真面目な顔である。リン中尉は口をへの字に曲げると、額に親指と人差し指を添えた。

「え〜と、あなたゼントラーディ人よね」
「はい、運命の人」
「その、運命の人っていうのは何?」
「あなたは私の運命の人です」
「え〜と、ちょっと待って頂戴ね」

リン中尉はこめかみに人差し指を突き立てて、記憶を探るかのような仕草をした。頭の中で「ゼントラーディ人の習慣」についてフルスピードで検索を掛ける。が、どの記憶にも「運命の人」なる単語は当てはまらなかった。

「あなたは私の運命の人だ」

ウルセンはそう言って床を指差した。リン中尉は視線でその先を追う。
そこには、夜食用に齧っていたクロワッサンが落ちていた。

「…クロサーントが何?」
「何って、地球人なのに知らないのですか?」
「だから何を?」
「ブレッドを咥えた女性と角でぶつかったら、やがて二人は結ばれるのです」
「…何それ」
「そう町崎塾で習いました」

リン中尉は細い目を点にして立ち尽くす。このゼントラーディ人が何を言っているのかさっぱり分からない。
広報部のベネディクト少佐が、政治家への深夜の接待から戻るのを残業して待っていたリン・チーリン中尉は、夜食を取りに高級士官用サロンへ行った帰りだった。突然この岩のような大男とぶつかり、特別に淹れて貰ったブレンドのコーヒーを床にぶちまけてしまった。その上訳のわからない事を言われて戸惑っている。
まったく、今夜は厄日だ。後で中華街でお札を買って帰ろう。

ウルセンが言っている「町崎塾」とは、MCCの町崎健一曹長が帰化ゼントラーディ人達に向けてボランティアで開いている「文化の勉強会」だった。
そこでの人気講座は「どうしたら恋人が出来るのか」という物で、人種が違えどやはり人間の本能は変わらないものだと町崎曹長は感心したものだ。
しかし、塾長である町崎自身に恋人がいた経験などない。なのでうまく誤魔化す為に「街角でパンを咥えた異性とぶつかったら、それは運命の出会い」という説をまことしやかに唱えたのだ。

「これは20世紀から続く恋愛現象で、実例もある信憑性の高い情報です」

そう自信満々に語る町崎塾長を、尊敬の眼差しでウルセン達は見つめていた。

…が、リン・チーリンがそんな事を知るよしもない。「町崎塾?」と聞きなれない言葉に、新しい教育プログラムかしらと首をひねるだけだ。

ウルセンはとても真摯に、情熱を込めた眼差しでリン・チーリン中尉を見つめた。そのあまりの迫力に、チーリンは二歩三歩と後ずさる。

「な、なによあなた」

「リン中尉…」

ウルセンは自分の分厚い胸に手を当てた。心臓がドキドキと高鳴っている。自分が興奮状態にあるのが分かった。ああ、もしやこれが『恋』という物なのか。町崎塾長、いよいよ私にも文化の目覚めの時が…!

「リン中尉、どうか安心してください」

ウルセンは潤んだ瞳で語りかける。そしてぶっとい両腕を広げて、彼女を迎え入れるポーズを取った。
ああ、運命の出会い万歳。ビバ・デ・カルチャー!


「あなたの胸囲が一般女子の平均サイズを大幅に下回っていたとしても、私はそんな事を気にしません。だから安心してこの胸に飛び込んで来てください」


数瞬の間があって、リン中尉の平手打ちが閃いた。
乾いた音が、深夜一時のマクロス・ベースに響き渡る。



帰化ゼントラーディ人の初恋は、こうしてあっけなく終わった。




テーマ : 懐かしいアニメ作品
ジャンル : アニメ・コミック

MCC -10-

深夜2時のマクロス・ベース。人気のない薄ら寂しいフロアを、2人の警備兵が巡回に回っている。

窓の外は真っ暗だが、通路の灯りに照らされた吹雪がひっきりなしにガラスへ叩きつけられる。宇宙空間でも平気な分厚い超硬ガラスは音も振動も通さないので、まるで外と内とでは別世界のようだった。

「ツァムハグは今度のお休みどうするの?」

カツン、カツンと2人の足音だけが通路に響いている。背の低い女性警備兵は、手にしているマグライトをクルクルと弄びながら質問した。背の高い男性警備兵はジロリと女性警備兵を見下ろす。

「休暇は家で過ごすよ。出掛けるアテもないし」

「じゃあさ〜、私の買い物に付き合ってくれる?」

女性警備兵の申し出に、男性警備兵は驚いた顔になる。戸惑い気味に質問を返した。

「か、買い物って、2人で出掛けるのか?」
「そうよ。イヤ?」
「い、イヤじゃない。だが、その…」
「何よ、荷物持ってもらうだけよ?」
「あ、ああ、うん。勿論だよ、分かってるさ」
「じゃあ決まりね」

女性警備兵はニコリと微笑んだ。笑うとリスのような前歯がむき出しになる。ソバカスだらけの丸い顔。美人ではないが、愛嬌のある顔だった。
男性警備兵は頭をポリポリと書きながら、真っ赤になって「うん」と俯く。

ラララ〜と鼻歌を歌いながら先を歩いて行く小柄な女性警備兵の背を眺めながら、ツァムハグと呼ばれた巨大な男性警備兵…ゼントラーディ人は、きたる次の休日が大変なイベントになってしまった事に、喜びと畏れとを同時に胸中に抱いていた。


マクロス・ベースに勤務するゼントラーディ人警備兵のツァムハグは、実はスパイだ。
元々はあの宇宙での決戦で、ミンメイ・ショックを受けて文化に憧れ、地球側に寝返った沢山のゼントラーディ人の一人だった。しかし戦後に迎えた平和な生活は退屈で、鬱屈したストレスは日に日に加算されていく。期待と違って別にミンメイに会える訳でもなかったし。
作業現場において、非力なマイクローンごときにアゴでコキ使われる事に耐えられず、職場放棄をして街を飛び出したツァムハグは、遂にあの悪名高いカムジンの元へと走った。そこでテロリストの一員となる。

噂に聞いていたカムジンは、想像以上に男気に溢れ、カリスマ性のある魅力的な人物だった。しかしバカだった。
組織にはかのラプラミズ司令官も席を置いていたが、その言動はすっかり様変わりしていて、かつてのような冷徹な叡智は微塵も感じられなかった。この荒んだ環境がそうさせたのか、それとも「文化」を知って兵士から女になってしまったのか。

「マクロスを倒すんだ!」と常に息巻くカムジンだが、特に具体的な長期構想がある訳でもない。
日々行き当たりばったりの戦いが続き、部隊はまともな補給もままならない。組織が次第に疲弊して行く中、ツァムハグは試しにリン・ミンメイを誘拐する作戦を提言してみた。あわよくばあのミンメイに触れてみたいという願望も密かにあった。
カムジンはそのアイディアに大いに喜び、早速行動に移す。彼の思い切りの良さ、決断力、行動力は正直賞賛に値する。思慮は浅いが指揮官としては優秀な男だった。
が、やはり浅慮から敵の罠にかかり作戦は失敗した。せっかく捕らえたリン・ミンメイもあっさり救い出されてしまった。奸計においてはやはり地球人の方が一枚上手だという事か。

ツァムハグは諦めずに新たな策を献上する。自分がマクロスに忍び込んでスパイ活動をするというものだ。しかしこうした搦め手にカムジンは興味がなく「勝手にやれ」と言い放つだけだった。なのでツァムハグはそうする事にした。

戦後に樹立された新統合政府は、地球人とゼントラーディ人との融和政策を推し進めている。文化に憧れ、軍人以外の生き方を模索する帰化ゼントラーディ人への支援を積極的に行っていた。しかしそう簡単に「今日から民間人です」とはなかなかいかないものだ。そこで軍属にもゼントラーディ人を数多く迎え入れている。なのでツァムハグは志願兵として割りと簡単にマクロスへ潜り込むことに成功した。

そして、そこでハンナと出会った。

ハンナは背が低く、子供のような体格をしている女性だった。前歯の二本だけが大きくて、笑うとそれがニュッと現れる。「私、チンチクリンだから」とよく彼女が口にするのをツァムハグはすぐに覚えた。しばらくの間、チンチクリンとは褒め言葉だと思っていた。

警備班に配属となり、素性を知られぬよう誰とも距離を置こうと注意していたツァムハグだが、気さくなハンナは積極的にツァムハグに話し掛けて来た。適当に誤魔化しているうちに会話も増え、いつしか一緒にいる時間も長くなる。
「2人はお似合いね」と同僚に茶化された事もあった。「やだ〜」と赤くなって否定するハンナが、少しだけ嬉しそうに見えたのは気のせいだろうか。

やがてツァムハグは潜入スパイとしての任務を忘れ、真面目に一警備兵として働くようになる。何度か組織から報告を求められたが全て無視した。そのうち諦めたのか、何の連絡も来なくなる。
ところがある日、カムジンがゼントラーディ戦艦でマクロスに特攻を仕掛けて来た。特に事前の連絡などなかったのは、死んだと思われたか、もはや忘れられていたからか。しかしツァムハグにとって今やそんな事はどうでも良くて、ただ戦いの中でハンナの事だけが気掛かりだった。
攻撃を受け炎上するマクロスの中で、ツァムハグはハンナを探し求める。彼女は通路で倒れていた。爆発の衝撃で気を失っていたのだ。

「もう大丈夫だ、俺が必ず助ける!」

生粋の戦闘民族であるゼントラーディ人が、たった一人の負傷兵を連れて戦場から逃げた。それは、平和を嫌ってテロリストとなったかつての自分からすれば信じられないような不名誉な事だったが、ツァムハグはもうそんな事はどうでも良かったのだ。
ただ、ハンナを助ける事だけがその時の彼の頭の中を支配していた。

ハンナは軽傷で、すぐに目を覚ました。野戦病院で彼女に付きっきりだったツァムハグは、無事だった彼女の笑顔を見れてようやく全てを悟った。


「彼女が私の『文化』なのだ」


あの戦闘で、カムジンは死んだらしい。でももうそんな事すらどうでも良い。
戦後落ち着いていたゼントラーディ人への偏見も、一時的に強くなった。だが彼女さえ無事なら他のことはもうどうでも良かった。



「初めてのデートだね」

リスのように前歯を出してハンナは笑った。ちょっとだけ気恥ずかしそうに。
ツァムハグは映画や小説の中でしか知らないその単語に、目眩さえ覚えかねないくらいの衝撃を覚えた。心臓が高鳴る。息が苦しい。

「何着ていこうかな〜」

前を歩くハンナを見つめながら、かつて戦いだけを求めて銀河系を彷徨ったゼントラーディ人兵士は、一つの想いを確信へと昇華させていた。


「やはり唯一、文化こそは戦いに勝るのだ」


いつか、この宇宙に広がる他の多くのゼントラーディ同胞らにも、この事を伝えてあげたい。
そんなほのかな想いが、彼の中に密かに生まれつつあった。




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