MCC -14-

マクロスの左腕部には、かつて太平洋を航行した統合軍の空母「プロメテウス」が改修し接続されている。

元々ここには宇宙戦艦アームド2がドッキングする予定だったのだが、アームド1と2の両艦は最初のゼントラーディ艦隊襲撃の際にあっさりと撃沈されてしまった。
その為、当時のマクロス艦長グローバルの判断により、フォールドで宇宙空間へ放り出されていた空母プロメテウスを代替えとしてくっ付けたのだ。何とも乱暴な話である。

そして戦後の現在、街のど真ん中の淡水湖には巨大な空母がその傷付いた姿を浮かべている。とてもシュールで不思議な光景が、ここシティでは今や日常となっていた。

「こんな時間に珍しいな」

使われなくなったプロメテウスのカタパルトデッキから、甲板整備士のディビット・ジョンソン上等兵は闇夜を飛来して来る大型輸送ヘリに目を凝らした。
雪は止んだが、アラスカの真っ暗な空はまだ風が強く吹いている。ヘルメットを飛ばされないようキツく顎紐を結び直してから、ジョンソンは硬い鉄板の上にアーミーブーツを踏み出した。

戦時中はバルキリー可変戦闘機の発着所として大活躍したこのカタパルトデッキも、戦後はほぼ本来の目的では使われていない。シティの郊外に4000メートル級の滑走路を引いた空軍基地を新設したからだ。今やほとんどの可変戦闘機はそちらに常駐している。

そもそも、空母の甲板からカタパルトで打ち出される出撃方法は事故リスクが大きい。難易度が高いのだ。
パイロットはいらぬストレスに身を削られるし、離着陸に失敗でもすれば大惨事である。
どうしてもそこから出撃しなくてはならない理由が無い限り、どんなベテランパイロットだろうと空母からの発進や着艦を自ら希望したりはしない。みんな広くて長くて安全な平地の滑走路の方が良いのだ。

なので、今やプロメテウスの格納庫はもぬけの殻だった。甲板は、ここマクロス・ベースへとやって来るVIPの為のヘリポートとして使われる程度である。
マクロスはデカい。歩いて基地に入ろうとしたら何時間もかかってしまう。

アフリカ系アメリカ人のディビット・ジョンソン上等兵は、甲板上で吹き荒れる寒風に身を震わせながらコートの襟を立てた。ヘリポートの照明に腕時計をかざして時間を確認する。
AKST(アラスカ標準時間)でまだ午前6時になったばかりだ。朝日も昇らないこんな時間から、大型輸送ヘリが強風を押して飛んで来るなど滅多にない。

「あんな事件の後だしな、緊急なんだろ」

後ろから歩いて来た同僚が、ジョンソンに声を掛けた。「おお寒い」と縮こまりながら、厚い皮手袋に包まれた両手を擦り合わせる。
ジョンソンは一つ頷くと空を見上げた。冬のアラスカの真っ暗な空。そこには電飾に彩られつつも、その巨大過ぎる輪郭を闇の中に溶かしたマクロスの影が広がっていた。
まるでそれは、夜の闇そのもののように人々の頭上に浮かんでいる。

「MCCが襲われたって?」

ジョンソンはマクロスを見上げたまま声を返す。ここからでは、マクロスは大き過ぎて全景を見渡せない。あの夜空に浮かぶ灯りのどこがMCCなのかさっぱり見当も付かなかった。

「詳しくは知らねぇけど、上の連中はそう言ってたぜ」

同僚は足踏みしながら白い息を吐いた。気温は零下をはるかに下回っている。あまり長時間外にいると、肺が冷気を吸い込み過ぎて凍傷を起こしてしまう。ジョンソンは鼻息が凍った口ひげを皮手袋でゴシゴシと擦った。

「こんな馬鹿デカいのを襲おうなんてアホが、まだいるんだな」
「そらいるだろ。世の中は常にアホだらけさ」

一際強い突風が起きる。ジョンソンと同僚は腰をかがめて横風に耐えた。飛行甲板から水面までは20m以上あるが、毎年数人が冬の風に煽られて湖面へと落水する。こんな真っ暗闇の中で溺れれば100%凍え死ぬだろう。

夜間照明に照らされて、夜空から大型輸送ヘリがローター音と共に降りて来た。ティルトローター機は従来のヘリコプター類に比べて音が少ない。だとしても、早朝6時に響き渡るこの轟音は少なからず近隣住宅に影響を与えているだろう。
もっとも、可変戦闘機のジェットエンジンの爆音に比べれば100倍マシだが。

「お出迎えが来たぜ」

同僚がアゴで指し示す方向を、ジョンソンも見る。プロメテウスの甲板室の方向から士官の一団が駆け足でやって来るところだった。きっと輸送ヘリに乗っているVIPを迎えに来たのだろう。事件直後のせいか、中には憲兵隊の姿も見えた。

「ふん、気取ってやがる」

同僚の言葉に棘を感じて、ジョンソンは寒空に苦笑を漏らす。出迎えの士官達は高級そうなファーコートを着込んでいる。ジョンソンら整備士の防寒具とは大違いだ。
集団の中には若い女性もチラホラ見受けられた。きっとエリート養成士官か何かなのだろう。まるで子供みたいなのまでいる。
現場仕事しか知らない甲板整備士のジョンソンにしてみれば、彼らは現実味のない、雲の上のような存在だ。階級もみな、ジョンソンが逆立ちしても届かない尉官ばかりだった。

その出迎え集団が見守る中、大型輸送ヘリはティルトローターを垂直に立てながら安定した動きでゆっくりと着艦する。運搬室の扉がスライドすると、すぐに憲兵の一人が走り寄って手を差し伸べた。アテンドされて、中から一人の女性が降りて来る。

ライトブラウンの長い髪が、ローターの巻き起こす風に大きくはためいている。ホワイトベージュの襟付きコートはとても上品で、女性のほっそりとしたボディラインに良く似合っていた。
軍服を、まるでプレタポルテのモデルの様に着こなしている。すっと伸びた背筋が、女性の清廉さそのものを表しているかの様に感じられた。

一目で分かる。あれは高級士官だ。それもかなりのVIPに違いない。

「いい女だな。かなり若いが」

ジョンソンの言葉に、同僚は驚いたような顔付きになる。

「なんだ、お前あれを知らないのか」
「ああ。有名人なのか?」
「あれだよ、鬼の中佐殿」

その言葉だけで、今度はジョンソンが驚いた顔をする。

「…あれが氷の姫か」

ジョンソンは凍りつく眉毛を寄せて、マジマジとその人物を見つめた。
今度の事件現場となった新統合軍の中枢「マクロス指令センター」。そのセンター長であり、まもなく完成する星間移民艦の初代艦長になると噂される人物。その若さと凛々しさから軍部内に隠れファンが存在し、彼らによって“氷の姫”と敬われるエリート中のエリート士官。
そして何より、「鬼より怖い」と恐れられる超強権的にして畏怖の対象。

噂に名高い早瀬中佐は、出迎えの士官達の報告を受けながら、プロメテウスの甲板を足早に歩き去って行った。風に暴れる長い髪を片手で抑え、厳しい表情で部下の報告を聞いているその様子に、ジョンソンは思わず目を奪われる。

「なんだお前、一目惚れか?」

同僚がニヤついた顔でジョンソンを後ろから小突いた。ジョンソンは「バカ言え」とそれを跳ね除けながら足早に歩き出す。

「さあ、日が出る前に点検を終わらせちまおう。こんなバカみてぇに寒い日は、早く帰って酒飲んで寝ちまうに限る」

「違いない」

同僚は笑いながら頷いた。ジョンソンは分厚い皮手袋を嵌めた手でツールボックスを掴むと、甲板上を吹き荒ぶ冬の寒風に身ぶるいしながら、いつものルートを歩き出す。

歩きながらも、ジョンソンはつい今しがたの光景を密かに思い出していた。
白い肌、翠緑の瞳。細くて華奢なシルエット。見た目にも漂う、智的で聡明な空気感。

「…氷の姫、か」

もう一度、小さくジョンソンは呟いた。
風は益々強く、人々の身体から急激に熱を奪いながらアラスカの空を暴れ回っていた。




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MCC -13-

憲兵隊長チェチーリオ・バッチは悩んでいた。

本日未明に起きた大事件。人類の護り手、我らが新統合軍の中枢機関MCC(マクロス指令センター)が何者かに襲撃されたのだ。
犯行グループは全員射殺ないし捕縛された様だが、MCCという軍部の頭脳を襲われるという重大な事態に、各方面のショックは相当なものだった。

…が、バッチ少佐にとってはそんな事はどうでも良かった。

今のところ犯行声明も出ておらず、敵の正体も目的も分かっていない。事件の背景については、今後の捜査が待たれるところである。ここからは憲兵隊の出番だ。
明らかに何らかの組織的犯罪と思われるが、バッチ少佐にとって割りとその辺はどうでも良かった。

無防備な所を急襲されたMCCでは負傷者が多数出ている。死者もいるらしい。
現場は血塗れの状態である。しかし24時間稼働が義務付けられているMCCでは、血なまぐさい中で現在も業務は遂行されている。
痛ましい出来事だが、不謹慎にもバッチ少佐にとってはどうでも良かった。

セキュリティについてどこまで責任が問われるものか現時点では分からないが、今後大きく見直されるのは間違いないだろう。もしかしたら憲兵部隊もその責任を問われるかも知れない。
しかしそれすらも、今のバッチ少佐にとってはどうでも良い事だった。


今、ちょび髭のイタリア人の頭を悩ませている問題はただ1つ。
それは、この事件を上長にどう報告するかという事だ。
時刻はようやく午前5時に差し掛かろうかとしている。外では雪もやみ、天候は大分落ち着いて来たようだ。冬のアラスカでは、この時刻は滅多に陽の光を見る事は出来ない。窓の外は真っ暗で、眠らない街マクロス・シティのネオンが眼下でキラキラと輝いていた。バッチ少佐は窓辺で目を凝らしながら、深く深く思案を巡らせる。

憲兵総監はご高齢で、朝は早起きかも知れない。しかし幾ら何でもこんな早朝に電話で叩き起こされたらどう思うだろうか?
表向きは文句は言わないだろう。だが、これはもう終わった事件だ。あとで報告したところで事態は何も変わらない。むしろ拙速過ぎて「気の利かない奴だ」と嫌なイメージで名前を覚えられてしまうかも知れない。ここは総監にはゆっくりとお休みいただいて、ご出勤の途中に事件のあらましをご報告するのが適切ではないのか。それが最も気分を害さずに済ます方法だろう。

「ミラー少尉」
「はい少佐!」
「総監がご出勤時に車内で概要を確認出来るよう、事件の報告をまとめておいてくれ給え」
「Yes,Sir!」

ミラー少尉は敬礼してキーボードを叩き始める。それを満足気に眺めてバッチ少佐は頷いた。
…が、その表情が一瞬曇る。

待てよ。
MCCのトップはキレ者と噂の早瀬中佐だ。詳しくは知らないが、女だてらに「鬼より怖い」と称されるような厳しい仕事人間だと聞いている。そんな女が、ノンビリと事後報告で納得するだろうか?

バッチはMCCのセンター長である早瀬未沙中佐とは特に面識がない。しかし以前からその噂についてはよく耳にしていた。

「ミラー少尉」
「はい少佐!」
「センター長の早瀬中佐に緊急連絡を。事件の発生についてご報告申し上げろ」
「Yes,Sir!」

ミラー少尉はキーを打つ手を止め、目の前の受話器に手を伸ばす。通信士に繋いで早瀬中佐の携帯番号を鳴らすのだ。
それを見て、バッチは満足そうに頷いた。
…が、その表情が一瞬曇る。

待てよ、事件発生からはすでに2時間近く経っている。緊急連絡と称して早朝に叩き起こされたのに、タイムラグがあったら早瀬中佐はどう思うだろう?
一番可能性が高いのは「何故もっと早く知らせなかったのか」と言う叱責だ。「手抜きだ」と糾弾されるかも知れない。それはマズい、マズいぞ。
バッチは右手を上げてミラー少尉を制止する。

「ミラー少尉」
「はい少佐!」
「緊急連絡は無しだ。早瀬中佐にはメールにて事件の概要を報告しろ」
「Yes,Sir!」

ミラー少尉は受話器を叩きつけると、すぐさまキーボードに向き直った。カチャカチャをキーを叩く音が室内に木霊する。
それを確認して、バッチはホッと一息ついた。
…が、その表情が一瞬曇る。

いや待て、早瀬中佐には知らせたのに、憲兵総監閣下には知らせなかったとなるとこれはこれで問題なのではないか。
基地の治安を護る総責任者が知らず、小娘…もとい、センター長だけに連絡があったとなるとこれはマズい。やはりここは総監閣下にもご連絡申し上げた方が後々の責任問題を回避出来るのでは…

「ミラー少尉」
「はい少佐!」
「早瀬中佐の次に、総監閣下にも同様のメールを送るように」
「Yes,Sir!」

ミラー少尉の軽やかなキーボード捌きを眺めながら、バッチはウンウンと何度も頷いた。
…が、その表情が一瞬曇る。

順番はこれで良いのか?
早瀬中佐にメールして、総監閣下にメール。これだと、もしメールの送信時間を確認された時に、総監閣下を蔑ろにしていると受け取られてしまうのではないか。
我輩の直属の上司であり、階級も総監閣下の方が早瀬中佐より上だ。やはりここは総監閣下からご報告申し上げねば…

「ミラー少尉」
「はい少佐!」
「メールの送信順番を入れ替えろ。まず憲兵総監閣下に、次いで1分後に早瀬中佐にだ」
「Yes,Sir!」

ミラー少尉は慌ててマウスで宛先を訂正している。危なかった、自分の素早い判断で何とか間に合ったらしい。
バッチは自慢のちょび髭を撫でながら窓の外を眺めた。闇夜の窓に反射して自分の顔が映り込む。
端正な細長いマスクに、今日もウットリする。突き出た鼻、尖ったアゴ、細長くて離れた両目。まるでげっ歯類のような愛嬌ある前歯に、ハンカチを当ててキュッキュッと磨き始めた。
…が、その表情が一瞬曇る。

待てよ、MCCでは死者も出ている。という事は早瀬中佐は部下を殺されている訳だ。そんな状況で、呑気にメールで事後報告などと許されるのだろうか?後で責任問題を問われるのではないか?

「ミラー少尉」
「はい少佐!」
「やはり早瀬中佐に緊急連絡を…あ、いやメールの表題にそう書き足して…あ、いや総監閣下にまず…」

憲兵隊長の悩みはますます深まって行く。
寒風吹きすさぶ窓の外、冬のアラスカはまだまだ暗かった。




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MCC -12-

「外科がすぐに来ます!」

ストレッチャーに駆け寄るナースが叫んだ。まるで戦場から帰って来たばかりのような格好の兵士が、誰かの血に塗れた手を挙げて人を呼んでいる。現場からストレッチャーを引っ張って来た救護兵は、軍医の耳元でなにかを叫んでいた。
騒然としたフロアの中を、いくつものストレッチャーが音を立てて引かれて行く。

「脈が弱いぞ!」
「まず血液検査、それとヘマトを図って!」
「おいこっちだ」
「そこ、右に気を付けろ」

連絡を受けて待ち構えていたメディカルチーフが、腕を上げてスタッフ達に指示を飛ばす。

「早く緊急体制を敷け!」

アラスカ、午前4時のマクロス・ベース。基地内の緊急救命室には、次々と重症患者が運び込まれて来る。深夜に息つく暇もなく、スタッフ達は緊迫した表情で受け入れに駆けずり回っていた。

「おい、聞こえるか?!しっかりしろ!」
「気道は異常ないようだ」
「おい、目を開けろ!」
「命令に反応を示さない。グラスゴースケールは、ええと、7だ」
「撃たれてからどのくらい経ってる?」
「分かりません、でも2リットルは出血してます!」
「なんでこんなになるまで遅れたんだ?!」
「知りませんよ!ドンパチの現場で聞いてください!」

続々と血まみれの兵士がストレッチャーで運び込まれて来る。辺りに血の匂いが充満し始めた。

「お願いします、助けてください、ケイト先輩来月結婚するんです」

早足で現れた白衣の男に、泣きながら若いアジア人士官が縋り付く。

「分かったから離れて!おいお前、ナースを2人呼んで来い!」
「今度の移民艦の航宙士ですよ、絶対死なせないで!」
「そら大ごとだな、なんで撃たれる前にそう言わなかったんだ⁈」

ほんの5分前に仮眠から叩き起こされたばかりの当直軍医ヴァルマン・マルホートラは、ぼやきながらも駆け足でストレッチャーの一つに取り付いた。患者はブロンドの若い女。ああ勿体ない、こんなに血塗れで可哀想に。

「ベッドに移すぞ!」

ストレッチャーの取っ手に手を掛ける。運んで来た救護兵と息を揃えた。

「いくぞ、1,2,3!」

ドスンと音を立てて、血塗れの患者を処置ベッドへと移し替えた。かなり揺れたが、意識のない患者は一言も文句を言わない。
42歳のインド人、軍医ヴァルマン・マルホトーラ大尉は患者を目視で確認する。そのあまりの酷い状態に思わず顔を顰めた。これはもう、もしかしたらこのまま目を覚まさないかも知れない…そんな思いを、かぶりを振ってすぐ追い払う。
隣りに駆け付けた同僚の中年女性ドクターが、患者の軍服に素早くハサミを入れ始める。作業しながら口だけは別に動かして指示を飛ばしていた。

「エトミデートとサクシニルコリンを静注して!」

ナースがすぐに準備に走る。ヴァルマンは手を伸ばすと、女性ドクターがハサミで切り開いてくれた軍服の下をチェックする。

「どれ…鼠径部と胸部に銃創…くっそ、まだあるぞ、左右の上腹部に二か所」
「ナンバーエイトを気管内チューブ、血圧は!?」
「まった、酸素飽和度が低い、82」
「だから挿管するんでしょ!血圧を測って!」
「テストチューブキットをくれ」
「セントラルラインが先よ!」
「血圧は90の50です!」
「Oマイナス4単位のうち2単位をラピットディフューザーに繋いで。そこのあなた、輪状軟骨を押して!」

戦場のような雰囲気に、経験の浅そうな若いナースがオタオタと歩き回っている。中年女性ドクターに叫ばれて我に返り、慌ててそちらへと駆け寄った。

「ヴァルマン、大丈夫?」

意識のない患者の喉に、挿管チューブを慎重に押し込むヴァルマン。それを見て同僚の中年女性ドクターが心配そうに声を掛ける。彼が挿管が苦手なのを知っているからだ。思わずヴァルマンは苦笑いで答えた。額には汗が浮かんでいる。

「…よし挿管した、いいぞ!セントラルラインを入れろ!」
「滅菌ドレープをちょうだい」
「クソが、バカ騒ぎしやがって」
「上で何があったの?」
「分かりません、MCCが襲われったって話です!」

返り血で真っ赤に染まった救護兵が忌々しげに答えた。このマクロスの中枢、新統合軍の指揮センター『MCC』。そこが攻撃されたとなれば前代未聞の大事件だ。一体、今の世の中はいつになったら平和や理想といった明るい二文字が、暗い現実に追いついてくれるのだろうか。

「ヴァル、こっちを手伝ってくれ!」

隣りの処置ベッドから声が上がる。ヴァルマンは顔を上げた。同僚の女ドクターと目が合う。両手が血まみれの中年女性ドクターは、素早く頷いて口を開いた。

「行って!こっちは平気!」

多分本当は平気ではないだろう。しかし今はどっちを向いても緊急患者ばかりだ。ヴァルマンは「頼んだ」と一言残して呼ばれた方へと駆けつける。

「ヴァル、傷を見てくれ!」

ヴァルマンを呼んだ顔馴染みの救護兵が叫ぶ。ヴァルマンは返事もせずに処置ベッドに横たわる血まみれの兵士の身体に手を添えた。

「ええと、左わき腹に二か所の銃創、一つは第二腰椎の高さで真ん中から左へ4センチ…二つ目は中肩甲骨線で第五腰椎の高さだ」
「脊髄をやられてるかな?」
「分からん、角度によりけりだ」
「血圧70の50、脈拍120!」
「生食を急速投与しろ、鎖骨下静脈から」
「呼吸音良好、酸素飽和度は93」
「Dr.ヴァルマン、挿管しますか?!」

一瞬、ヴァルマンの顔が引きつる。

「いや、マスクで酸素10リットルだ。外傷時の血液検査、同じ血液型を4単位、ポータブルで胸部写真、腎部造影も一枚」

「おおい、待った!」

驚いた声で、ライフル銃を構えた兵士が割り込んで来た。

「おい、こいつ襲った犯人じゃないか!」

ライフル銃で、ヴァルマンが診ている患者を指し示す。ヴァルマンは興奮した様子の兵士を、次いで馴染みの救護兵の顔を見た。

「そうなのか?」
「知らん、でもウチの軍服を着てるぞ」
「変装して潜り込んだからMCCまで辿り着いちまったんだろうが!」

兵士がライフル銃を構えた。M16自動小銃。直径5.5ミリのライフル弾を秒速1000mで撃ち出す恐怖の殺人兵器。その切っ先は処置ベッドの上の患者に向けられている。

「おい、よせ!」
「殺せよ!みんなこいつらにやられたんだ!」
「待て、待て落ち着け!」
「確かなのか⁈間違いないのか!」
「誰かMPを呼べ!」

ヴァルマンはライフル銃を構える兵士の前に手を突き出す。事情はよく分からないが、運び込まれた患者を目の前で撃ち殺される訳には行かない。というかこんな所で発砲されたらまた大惨事だ。

「犯人かどうか確認したか⁈」
「間違いない、こいつの顔を見た!」
「存命させて、取り調べをせんといかんだろう」
「息を吹き返せばまた暴れるぞ!」

血走った目で、兵士はライフル銃のトリガーに指を掛ける。ヴァルマンは慌てて銃口の射線に割って入った。

「よせ、よせ!まず落ち着け!」

視界の端に、憲兵が走って来るのが見える。せいぜい時間稼ぎとばかりにヴァルマンは兵士へ説得を試みた。

「いま撃って殺せば一瞬だ。むしろ楽にしてやるようなもんさ。でも、命を永らえればもっと苦しめてやれるぞ。なにしろ今のこの世は生き地獄だからな」

馴染みの救護兵は必死にウンウンと頷いている。説得のせいかどうかは怪しいが、兵士は引き金を引くのを躊躇していた。ヴァルマンは腰が引けていたが、なんとか患者を守って銃口の前に立ちはだかった。

「とにかくこの場は俺に任せて、お前さんは急患を運ぶの手伝ってくれ。早くしないとみんな死んじまう」

「おい、お前銃を降ろせ!」

駆け付けた憲兵2人が、兵士に拳銃を向ける。驚いた様子で兵士はそちらに目を剥いた。

「俺に銃口を向けるのか⁉︎このクソ犯人野郎じゃなくて⁈」
「ここは軍隊だ。規律のもとに皆生活している。俺が銃を向けてるのはお前自身にじゃなくて、軍規を乱すバカな違反者にだ」

冷徹な憲兵の言葉に、しかし兵士は返って気を落ち着けた様子だった。ライフル銃を降ろし、両手を上げる。すると憲兵もそれ以上追求しなかった。

「行けよ、報告しないでおいてやる」

兵士は恨みがましそうにベッドの上の患者を睨みながら立ち去った。ホッと息をつくヴァルマンの肩を誰かが掴む。振り返ると、同僚の中年女性ドクターだ。

「ヴァルマン、無茶しないで」
「無茶じゃないさ、平気平気」

ヴァルマンはハハハと乾いた笑いで応える。そして目の前の患者に向き直った。
横から憲兵が患者の顔を覗き込んで来る。眉をひそめながら小さな声で囁いた。

「ホントに犯人なのか?」
「知らん、そっちで調べてくれ。生きてたらな」

ヴァルマンはヤレヤレといった顔で吐き捨てる。フロアにはまだまだ血塗れの患者が運ばれ続けていた。



「わ〜ん、僕死ぬんだ〜」

嵐のような時間が去り、幾分落ち着きを取り戻した緊急救命室にやって来るのは軽症患者ばかりになりつつあった。
疲労の色が見えるヴァルマンは、マッシュヘアの軍曹を治療しながらため息を吐く。

「アホ、驚いてコケておデコを擦りむいただけで人が死ぬか」
「うええ〜ん、男町崎、童貞のまま死ぬのは嫌だ〜」
「良い教訓だな。次の休みにとっとと捨てて来い」

エグエグとえずく町崎軍曹に、ヴァルマンは「ほら、もういいぞ」と頭をペンと叩く。町崎軍曹はグジグジしながら椅子から立ち上がった。
立ち去り際、何とはなしに軍医を振り返る。

「うう、そう言えば、軍医が犯人を助けたって本当ですか?」

ヴァルマンはカルテパッドを打ち込む手を止めた。少しだけ渋い顔になる。

「分からん。…そうなるのかな」

町崎は特に何の感慨もなく、無遠慮に言葉を続ける。

「沢山の人を殺した犯人なのに、なんで助けたんです?」

ヴァルマンの表情が歪む。町崎にしてみればTVの向こう側の話みたいなものだろう。所詮他人事だ。
しかし言われてみればそういう考え方もある、とヴァルマンは思う。冷静に見れば、被害者と加害者が同じフロアで救命治療を受けていたという訳だ。不謹慎だが、何ともシュールな現実だ。

「…さぁな。俺は目の前の命を救うだけさ」

「でも」

町崎軍曹はグスグスと鼻を鳴らしながらも、余計な事を言い続けた。

「テロリストは、多分死刑でしょう?命を助けた意味ってあるんですか?」

ヴァルマンは不機嫌そうに吐き捨てた。

「さあな。目の前の命を救うだけさ」

同じセリフを繰り返して、ヴァルマンは「さあ、もう行った行った」と鬱陶しいマッシュヘアを追い払った。町崎軍曹は「痛いよ〜」と負傷したおデコを抑えながらヨロヨロとフロアを去って行く。

ヴァルマンはフロアを見渡した。辺りには救命具や赤く染まったガーゼなどが散乱している。まるで夜戦病院の様だった。一体、どれだけの怪我人が運び込まれて来たのだろう。どれだけの人が助かったのだろうか。

視線をエレベーターに移す。あのエレベーターで手術室へと運ばれた、最初に診た金髪の若い女は助かっただろうか?たしか来月結婚と言っていたか?

「…なんて事だ、まったく…なんて事だ」

救命医として、やれるだけの事はやった。あとは外科の仕事だ。ヴァルマンは深くため息を吐くと、カルテパッドを閉じて顔を洗いに歩き出した。




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MCC -11-

その夜のMCCの当直警備は、サルマ・ファラハニ少尉率いる警備部・第6治安維持小隊が当たっていた。

サルマは回教徒である。勤務中もヒジャブと呼ばれるスカーフで頭をスッポリと覆っている、とても保守的なムスリムだった。
かつて途上国を中心に、世界中で絶大な勢力を誇ったかの宗教も、ゼントラーディとの星間戦争によりほぼ壊滅状態にまで追い込まれている。最盛期に比べて1%にも満たない人口の現生人類において、宗教を信条とする者は極端に減少していた。
これには「ゼントラーディ人」という、とても現実的な“宇宙人“の存在が、大きな理由の一つになっていると思われる。

そんな中で、イスラム世界においても戒律の厳しい部類であるサウジアラビア王国に生まれついたサルマは、世界崩壊後の今日となってもコーランの教えを忠実に守る清廉な女性の一人だった。

勿論、兵士として働くからには、戦前のように「女が男と同等な仕事をしてはならない」という回教国のスタンスからは解放されている。
親欧米派であった当時のサウジアラビア王国でさえ、女性がいかに身体的、権利的、性的に虐げられて来たか、サルマは良く知っている。この世界が当時のままであれば、今の私は存在しなかったであろう。
これは、ムスリムにとって度々持ち上がる戦後の宗教問題の一つでもある。

回教圏の有名な逸話に「名誉殺人」という物がある。イスラムの教えでは、女性は結婚するまで処女でいなくてはならない。しかし犯罪はどの時代、どこの国でも起きるもので、中でも若い女性を狙った強姦事件などは後を絶たない。
しかしムスリムならば処女でいなくてはならない訳で、婚前に処女をムリヤリ散らされてしまった女性は、一体どうすれば良いのだろうか。

イスラム的な正解は「処女でなくなったので殺す」というものだ。
それも「身内にそんな女がいる事は恥だから親族の手で処刑する」というのが正しい道となる。

勘違いのないように整理しておくと、女性は被害者である。ある日突然見知らぬ男に街でレイプされた。すると「婚前性交渉をした」という罪で親や親戚に殺されるのだ。
それを一族の名誉を守る行為「名誉殺人」と呼ぶ。

因みに殺されるのは被害女性だけで、男は(警察に捕まれば)強姦罪で裁かれる事になる。これは古代の話ではない。21世紀でも普通に行われていた事なのだ。

そんな話をすると、部下の女性兵士達は大抵「酷い話です!」と憤慨する。特にキリスト教圏で生まれ育った人間の反応はそれが顕著だった。魔女狩りをしていた彼女らの祖先が聞いたら、果たしてどんな顔をするだろうか。
サルマは半分自虐的に、半分面白がって女同士の茶飲話にこの話題を取り上げたりした。戦後の今だからこそ話せる話題でもある。それぞれの反応は地域性があってとても面白かった。
そころが、ゼントラーディ人の反応は周囲と少し違ったのである。

「不名誉なら死ぬべきでしょう」

初めて持ったゼントラーディ人の部下であるイュスは「落し物を拾いました」とでも言わんばかりの平然とした表情でそう言い放った。若いイュスの見た目が可愛らしかっただけに、その口から漏れた言葉のギャップは大きかった。周りの部下達は若干引いていたかも知れない。話し手のサルマも、その予想外の言葉に少し戸惑った。

ゼントラーディ人には「家族」がいないから、名誉殺人の本当に恐ろしい部分はイマイチ良く分かっていないのかも知れない。
だがサルマは、イュスらゼントラーディ人と日々付き合って行くうちに、消耗品として造られた彼らに「命の尊さ」を理解させるのはかなり困難なように感じられた。

作戦によってはあっさり使い捨てにされるゼントラーディ兵たち。彼らの目には、地球人の「一人も犠牲を出さない」事を至上とする非効率な作戦行動などは、とても奇妙な物に映ることだろう。
それは、戦いという手段そのものが目的になってしまった悲しい生き物のサガなのだろうか。

「その女性の身になって考えてみなさいよ!」

金切り声で反論したのは、たまたま郊外の空軍基地から諸用で来ていたミリオム大尉だった。元々はここMCCの出身で、サルマとも顔馴染みの人物である。
見た目や言動がとても幼く、軍人と言うよりはまるでスクールガールといった風体だが、これでも航空管制主任なのだ。部隊が休憩しているのを見つけて、警備兵詰め所にお茶をたかりに来ていた。

「しかしその女は戦いに敗れた訳ではありませんか。なら処罰されて当然では?」

イュスは怪訝な顔で疑問を口にする。それを聞いて妙な義憤に駆られたミリオム大尉は、両手を振り上げ顔を真っ赤にして凄い勢いで説教を始めた。
警備兵詰め所に響く甲高いキンキン声に、何事かと通りすがりの職員が顔を覗かせて行く。困ったサルマは「まぁまぁ大尉」と20歳も年下の上官を宥めた。

「ゼントラーディ人には、人権や男女差別などの問題は少し難しいのでしょう」
「にしたって酷いわ!そんなの可哀想よ!」

もう何に対して怒っているのか分からないミリオム大尉だが、最後にびしりとイュスを指差して金属質な高音を響かせた。

「じゃあ、その女の人はどうすれば良かったの⁈力尽くで手篭めにされたのに、理不尽じゃない!!」

まさにその通りだ。しかしイュスはさも当然と言わんばかりの顔で平然と答えた。

「犯される前に死ねば良かったのです。それで名誉は守られます」

瞬間、その場は凍り付いた。
恐らくレイプという犯罪についてゼントラーディ人はまだ良く理解していないのであろう。あの時のミリオム大尉の引きつった顔を、サルマは今でも覚えている。

その場では何も言わなかったが、実はサルマもそう思っていた。イスラム社会においては、往々において命より名誉の方が尊ばれる。名誉こそが真の魂なのだ。
なのである意味で、命の価値が軽いゼントラーディ人の方が、よりイスラム的な思想に近かったのかも知れない。それはサルマにとって新しい発見であり、それと同時に悲しい気付きでもあった。


…何故、今になってこんな事を思い出したのかと言えば、イュスの涙を見たからだ。

「ファラハニ少尉、死なないでください!どうか、どうか死なないで…!」

必死に私に取り縋るイュス。彼女の泣き顔を初めて見た。いや、そもそもゼントラーディ人が泣いているのを見たのは初めてかも知れない。

思えば、彼らにとって地球は異世界の様なものだ。得体の知れない習慣、未体験のルール。文化などという言葉に集約しきれない、理解の難しい出来事が日常的に彼らを襲っている。それはとても不安な毎日だった事だろう。

だから、なるべく面倒を見てあげた。あの戦争で死んでしまった夫や子供の代わりに、彼らゼントラーディ人を私が母親代わりになって育ててあげるつもりでいたのだ。
それは単なる思い上がりだっただろうか。それとも、大いなる神の意志に沿う行いだったのか。

私は背中の感覚がなくなりつつある事を感じながら、冷たい通路に静かに横たわっていた。何とか動く右手を上げて、泣いているイュスの顔にそっと触れる。その手は真っ赤に染まっていて、イュスの頬を私の血で汚してしまった。ゴメンねイュス、でも最後にあなたに触れておきたかったの。

「何です、何が言いたいんですか少尉⁈」

イュスは頬に触れる私の手を、その上から強く握り締めた。ゼントラーディ人の女性は厳つい顔付きの人が多いけれど、イュス、あなたは特別に可愛い顔をしていたわね。ゼントラーディ社会では無意味だったあなたの容姿も、この地球ではきっとあなたを良い方向に向かわせてくれるでしょう。

唇は動いたが、声は出なかった。私は瞼が重くなって来て、ゆっくりと目を閉じる。全身が寒くて気が遠くなって行くのが分かる。

「ダメです少尉、目を開けて!メディーック!メディックはまだなの⁈」

衛生兵を呼ぶイュスの声が遠ざかる。もういいのよイュス、もう…。

最後に、あなたが命の尊さを感じてくれて嬉しかった。大切に思う人を失うって、とても悲しい事よね。


きっと…ゼントラーディ人にだって…それが理解出来るはず…



サルマ・ファラハニ少尉は、アラスカ標準時間の深夜3時過ぎに起きた『MCC襲撃事件』において、侵入者の銃弾を腹部に受けて死亡した。38歳だった。




テーマ : 懐かしいアニメ作品
ジャンル : アニメ・コミック

MCC -10-

深夜2時のマクロス・ベース。人気のない薄ら寂しいフロアを、2人の警備兵が巡回に回っている。

窓の外は真っ暗だが、通路の灯りに照らされた吹雪がひっきりなしにガラスへ叩きつけられる。宇宙空間でも平気な分厚い超硬ガラスは音も振動も通さないので、まるで外と内とでは別世界のようだった。

「ツァムハグは今度のお休みどうするの?」

カツン、カツンと2人の足音だけが通路に響いている。背の低い女性警備兵は、手にしているマグライトをクルクルと弄びながら質問した。背の高い男性警備兵はジロリと女性警備兵を見下ろす。

「休暇は家で過ごすよ。出掛けるアテもないし」

「じゃあさ〜、私の買い物に付き合ってくれる?」

女性警備兵の申し出に、男性警備兵は驚いた顔になる。戸惑い気味に質問を返した。

「か、買い物って、2人で出掛けるのか?」
「そうよ。イヤ?」
「い、イヤじゃない。だが、その…」
「何よ、荷物持ってもらうだけよ?」
「あ、ああ、うん。勿論だよ、分かってるさ」
「じゃあ決まりね」

女性警備兵はニコリと微笑んだ。笑うとリスのような前歯がむき出しになる。ソバカスだらけの丸い顔。美人ではないが、愛嬌のある顔だった。
男性警備兵は頭をポリポリと書きながら、真っ赤になって「うん」と俯く。

ラララ〜と鼻歌を歌いながら先を歩いて行く小柄な女性警備兵の背を眺めながら、ツァムハグと呼ばれた巨大な男性警備兵…ゼントラーディ人は、きたる次の休日が大変なイベントになってしまった事に、喜びと畏れとを同時に胸中に抱いていた。


マクロス・ベースに勤務するゼントラーディ人警備兵のツァムハグは、実はスパイだ。
元々はあの宇宙での決戦で、ミンメイ・ショックを受けて文化に憧れ、地球側に寝返った沢山のゼントラーディ人の一人だった。しかし戦後に迎えた平和な生活は退屈で、鬱屈したストレスは日に日に加算されていく。期待と違って別にミンメイに会える訳でもなかったし。
作業現場において、非力なマイクローンごときにアゴでコキ使われる事に耐えられず、職場放棄をして街を飛び出したツァムハグは、遂にあの悪名高いカムジンの元へと走った。そこでテロリストの一員となる。

噂に聞いていたカムジンは、想像以上に男気に溢れ、カリスマ性のある魅力的な人物だった。しかしバカだった。
組織にはかのラプラミズ司令官も席を置いていたが、その言動はすっかり様変わりしていて、かつてのような冷徹な叡智は微塵も感じられなかった。この荒んだ環境がそうさせたのか、それとも「文化」を知って兵士から女になってしまったのか。

「マクロスを倒すんだ!」と常に息巻くカムジンだが、特に具体的な長期構想がある訳でもない。
日々行き当たりばったりの戦いが続き、部隊はまともな補給もままならない。組織が次第に疲弊して行く中、ツァムハグは試しにリン・ミンメイを誘拐する作戦を提言してみた。あわよくばあのミンメイに触れてみたいという願望も密かにあった。
カムジンはそのアイディアに大いに喜び、早速行動に移す。彼の思い切りの良さ、決断力、行動力は正直賞賛に値する。思慮は浅いが指揮官としては優秀な男だった。
が、やはり浅慮から敵の罠にかかり作戦は失敗した。せっかく捕らえたリン・ミンメイもあっさり救い出されてしまった。奸計においてはやはり地球人の方が一枚上手だという事か。

ツァムハグは諦めずに新たな策を献上する。自分がマクロスに忍び込んでスパイ活動をするというものだ。しかしこうした搦め手にカムジンは興味がなく「勝手にやれ」と言い放つだけだった。なのでツァムハグはそうする事にした。

戦後に樹立された新統合政府は、地球人とゼントラーディ人との融和政策を推し進めている。文化に憧れ、軍人以外の生き方を模索する帰化ゼントラーディ人への支援を積極的に行っていた。しかしそう簡単に「今日から民間人です」とはなかなかいかないものだ。そこで軍属にもゼントラーディ人を数多く迎え入れている。なのでツァムハグは志願兵として割りと簡単にマクロスへ潜り込むことに成功した。

そして、そこでハンナと出会った。

ハンナは背が低く、子供のような体格をしている女性だった。前歯の二本だけが大きくて、笑うとそれがニュッと現れる。「私、チンチクリンだから」とよく彼女が口にするのをツァムハグはすぐに覚えた。しばらくの間、チンチクリンとは褒め言葉だと思っていた。

警備班に配属となり、素性を知られぬよう誰とも距離を置こうと注意していたツァムハグだが、気さくなハンナは積極的にツァムハグに話し掛けて来た。適当に誤魔化しているうちに会話も増え、いつしか一緒にいる時間も長くなる。
「2人はお似合いね」と同僚に茶化された事もあった。「やだ〜」と赤くなって否定するハンナが、少しだけ嬉しそうに見えたのは気のせいだろうか。

やがてツァムハグは潜入スパイとしての任務を忘れ、真面目に一警備兵として働くようになる。何度か組織から報告を求められたが全て無視した。そのうち諦めたのか、何の連絡も来なくなる。
ところがある日、カムジンがゼントラーディ戦艦でマクロスに特攻を仕掛けて来た。特に事前の連絡などなかったのは、死んだと思われたか、もはや忘れられていたからか。しかしツァムハグにとって今やそんな事はどうでも良くて、ただ戦いの中でハンナの事だけが気掛かりだった。
攻撃を受け炎上するマクロスの中で、ツァムハグはハンナを探し求める。彼女は通路で倒れていた。爆発の衝撃で気を失っていたのだ。

「もう大丈夫だ、俺が必ず助ける!」

生粋の戦闘民族であるゼントラーディ人が、たった一人の負傷兵を連れて戦場から逃げた。それは、平和を嫌ってテロリストとなったかつての自分からすれば信じられないような不名誉な事だったが、ツァムハグはもうそんな事はどうでも良かったのだ。
ただ、ハンナを助ける事だけがその時の彼の頭の中を支配していた。

ハンナは軽傷で、すぐに目を覚ました。野戦病院で彼女に付きっきりだったツァムハグは、無事だった彼女の笑顔を見れてようやく全てを悟った。


「彼女が私の『文化』なのだ」


あの戦闘で、カムジンは死んだらしい。でももうそんな事すらどうでも良い。
戦後落ち着いていたゼントラーディ人への偏見も、一時的に強くなった。だが彼女さえ無事なら他のことはもうどうでも良かった。



「初めてのデートだね」

リスのように前歯を出してハンナは笑った。ちょっとだけ気恥ずかしそうに。
ツァムハグは映画や小説の中でしか知らないその単語に、目眩さえ覚えかねないくらいの衝撃を覚えた。心臓が高鳴る。息が苦しい。

「何着ていこうかな〜」

前を歩くハンナを見つめながら、かつて戦いだけを求めて銀河系を彷徨ったゼントラーディ人兵士は、一つの想いを確信へと昇華させていた。


「やはり唯一、文化こそは戦いに勝るのだ」


いつか、この宇宙に広がる他の多くのゼントラーディ同胞らにも、この事を伝えてあげたい。
そんなほのかな想いが、彼の中に密かに生まれつつあった。




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