チョコと僕らの水曜日 1

「輝くん、ちょっといい?」

廊下の角を曲がろうとして、少年は呼び止められた。その独特なくせっ毛を揺らして振り返ると、同級生の女子生徒が立っている。手にはピンクの包装紙に包まれた可愛らしい小箱。

「あの、これ」

女子生徒は頬を赤らめて小箱を差し出す。くせっ毛の少年は目を見開き、ゴクリと唾を飲み込んだ。

「え?お、俺に?」
「マックスくんに渡してくれる?」
「…あ、ああ、うん」

よろしくね、とにこやかに去って行く女子生徒。渡されたピンクの小包みを片手に呆然と立ち尽くすのは、幕露須(マクロス)高等学園2年3組、一条輝17歳だ。
平凡な男子高校生の日常に、ピンク色の非日常が飛び込んで来たかと思いきや、そこはお約束というオチが待っていた。予想通りの裏切りに、輝は小さくため息を吐いてトボトボと廊下を歩き出す。

今日は2月14日、聖バレンタインデー。女子がチョコレートを渡して意中の男子に愛の告白をする、少年少女にとって特別な意味を持つ一日である。女子は意味深な紙袋を手に伏し目がちにモジモジし、男子は朝から意味もなく校内をウロつきながらソワソワしていた。何とも微笑ましく、何とも許しがたい空間が今まさにここにある。

輝も、期待が無かった訳ではない。男子高校生であれば一度は夢見るシチュエーション。女子に校舎裏へと呼び出され、手渡される小さなプレゼント。箱を開けば中にはハート型の手作りチョコレートが。

「輝くん、好きです」

妄想の中の女子は耳まで真っ赤にして俯いている。輝は白い歯をキラリと光らせて微笑んだ。

「ありがとう、嬉しいよ」

こうして2人は結ばれる。今まさに夢色の学園生活の始まりである。

…が、現実はそう簡単ではない。
この手にあるのは自分ではなく、他人のために用意されたチョコレートだ。そして実は同じパターンがこれで三人目。みんな後輩のマックスに当てたチョコレートだった。

「凄いじゃん、輝」
「わわっ!」

不意に、傍からニュッと現れた藍色の頭に驚く輝。思わず手にしていたチョコレートをバタバタと取り落とした。

「ひーふーみ、チョコが3つもある!輝、意外にモテるのね〜」
「ミ、ミンメイ…」

自分より頭一つ低い位置にある、藍色のくりくり巻き毛。大粒の星空のように輝く瞳。形の良い耳。長いまつ毛。
輝より1つ歳下でまだ幼い顔立ちをした少女、リン・ミンメイがそこにいた。

「ち、違うよ」

輝は廊下に転がった色とりどりの箱を拾い集める。口を尖らせながらミンメイに向き直った。

「全部、マックスの分だ。頼まれたんだよ」
「あ〜、なるほどね〜」

小さな顎に手を当てて、ミンメイはウンウンと頷いた。

「マックス君モテるもんね〜。でも、ミリアちゃんがいるからチョコを渡すのも命がけ…」

「で、俺の出番って訳さ」

輝は肩をすくめる。後輩のマックスは幕露須学園始まって以来の秀才として有名だ。勉学に限らずスポーツ万能、人柄も優秀。先生から先輩たち、同級生に至るまで受けが良く、まさに学園みんなの人気者である。
ヨーロッパからの留学一年生で、同じく留学生であるミリア・ファリーナと付き合っている。

「輝、マックス君と仲良いもんね」
「う〜ん、最初にアテンドしてから懐かれちゃってな」

輝はポリポリとくせっ毛頭を掻く。輝は幼少期、今は亡き父親に連れられて世界中を旅して回った過去があった。父はショー・パイロットという特殊な職業だったので、子供時代からアチコチの国を連れ回されたのだ。なので他の教科はともかく、語学だけは優秀だった。
そんな輝が留学生の面倒を押し付けられたのも、仕方ないと言えば仕方ないのかも知れない。結局、天才君は日本語もペラペラだったので、自分が手助けする必要も大して無かったのだが。

「じゃ〜自分の分は無しか〜。悲しいね〜、男子高校生」
「う、うるさいな」

輝はムッとなってマックス宛てのチョコレートをポケットに押し込む。それを愉快そうにミンメイは見ていた。

「そういう自分はどうなんだよ」
「え?」

輝はミンメイの鼻先を指差す。

「自分は、チョコを渡す相手もいないのか?学園のアイドルも現実は寂しいもんだなぁ」
「まあ、あげてはいないんだけどさ」

ミンメイは後ろ手に持っていた紙袋をパッと開いて見せた。輝が覗き込むと、袋の中には大小様々な包みがいっぱいだ。

「…何これ」
「チョコレート」
「配るのか?」
「ううん、貰ったの」
「お、男から?」
「そんな訳ないでしょ、女子から」

輝は目をまん丸くする。袋の中の小包は10個以上はありそうだった。
リン・ミンメイはチャイニーズハーフで、横浜中華街の出身だ。そのキュートなルックスやあどけない仕草から、幼い頃より周囲に可愛がられて育った典型的な「愛され少女」である。
昨年の春、1年生になる彼女が入学して来た時は学園中が騒然となった。

「誰だ1年のあの子は⁈」
「か、可愛い…」
「お人形さんみたい!」

あまりに話題になり過ぎて、輝は自分が彼女と同じ家へ居候している事をすぐには言い出せなかった程である。
輝は母親を早くに亡くし、数年前に父親も亡くしていた。天涯孤独のまま日本へ帰って来た彼は、とある事件を経てミンメイの親戚が営む中華料理店『娘々』に一室を借りる事となったのだ。
この辺についてはまた別の話となる。

そんな『学園のアイドル』ミンメイだから、男子からの注目度は全学年でピカイチだった。彼女がバレンタインの今日、誰にチョコを渡すのか?意中の相手はいるのかいないのか?まさにそれを全校中が注目している所なのである。

しかしそれ以前に、ミンメイ自身がチョコを受け取っていたらしい。異性はもとより、同性からもこうした人気が出るのは高校生ならではの“ノリ”なのだろうか。

「で?」

ミンメイはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。

「輝は誰かから貰える予定あるの?」

明らかに分かっていて聞いている表情だ。輝は仏頂面になってそっぽを向く。

「さあな、そんなのいちいち考えてないよ」
「ふ〜ん、随分余裕なんだ〜」
「違うよ、そんなのに興味がないんだよ」
「またまた〜」

ミンメイはコロコロと笑う。笑うと大粒の瞳が猫のように細くなった。その笑顔を見るたびに輝は胸の奥がドキリと高鳴る。

「と、とにかくほっとけよ」

輝は振り払うように腕を振り上げ、廊下を速足で歩き出した。
後ろから「あ、ちょっと輝〜」とミンメイの声が追いかけて来たが、輝は無視して歩き続ける。ポケットに手を突っ込もうとしたが、マックス宛てのチョコレートが詰まっていて指先を弾かれた。
輝は舌打ちすると、首をすくめながら廊下の角を素早く曲がった。




テーマ : 懐かしいアニメ作品
ジャンル : アニメ・コミック

I don't want you and I don't need you

I don't want you and I don't need you
Don't bother to resist, I'll beat you
It's not your fault that you're always wrong
The weak ones are there to justify the strong

The beautiful people, the beautiful people,
It's all relative to the size of your steeple
You can't see the forest for the trees,
And you can't smell
Your own shit on your knees


お前なんて欲しくない お前なんていらない
抵抗したけりゃすればいい 俺はお前をひっぱたく
お前が間違っていてもお前に罪はない
弱者が強者を裁くためにここにいる

美しい人々 金持ちのお偉い人々よ
全てはお前の尖塔の大きさと関係があるのさ
木々にとらわれていたら森は見えないものだ
お前の膝は自分のクソで塗れてる








重々しく、おどろおどろしいベースラインに、スピーカーノイズのごとき切り刻むようなザリザリしたギターリフが喰い込んで行く。
オープニングナンバーに続いて間髪入れずに始まったセカンドナンバーは、胃が痛くなるようなヘビィで横揺れの曲だった。オーディエンスたちは重厚な音に合わせてモッシュの流れを変化させる。

フロアの後方。騒乱に巻き込まれない安全地帯で、そんな人々のうねりを遠目に眺めながら、俺はこの時ようやく気が付いた。
ステージ上のあの黒ずくめのギタリスト、俺にチケットを売りつけたニューク・ブラウンだ。ヘッドバンギングしながらノリノリでチョーキングしてやがる。
舌を出したり歯を剥き出したりと、もうドップリ自分の世界観にハマっている様子だ。はたから見ると将来の黒歴史になりそうで若干引くが、何故か下手クソなギターを夢中になってかき鳴らすあの男がカッコよく見えた。まあ、多分気のせいだろう。

それより何より、問題なのはミックだ。あのボーカルのエナメル女は、俺の知ってる未来なのか?それともまったくの別人か?
ライダースゴーグルに隠された素顔をハッキリと覗いて見たかったが、ステージ上のボンデージ・ガールは観客を煽りながら右に左に暴れ回っている。このステージが終わるまで、確認はお預けとするしかないだろう。

「凄いな」

迫力に押されたのか、「こんな音楽には興味ない」と言っていたミンメイフリークのゼントラーディ人ツォフが、いつの間にか俺の隣りまで来ていた。ずっと奥のカウンターに腰掛けていたのに、黙っていられなくなったのだろう。身体が音圧に同調しながら小刻みに震えているのが分かる。

「あの中に、飛び込んで来たら?」

俺はステージ下の群れを指差す。そこはモッシュの嵐が吹き荒れていて、人種性別を問わず狂乱の渦と化していた。
さすがにそれは遠慮したツォフだったが、ソワソワと何か落ち着かない様子でステージをジッと見つめている。
まあ気持ちは分かる。実は俺も、何だかあの渦の中に飛び込んで行きたい気分だった。初めて聞くナンバーばかりなのに、そんな気持ちにしてしまう位あのボーカルの伸びやかな声質のハイパワーぶりはヤバかった。



Hey you, what do you see?
Something beautiful, something free?
Hey you, are you trying to be mean?
If you live with apes, man, it's hard to be clean

なあ お前 何が見たいんだ? 美しい何かか?自由な何かか? なあ お前 お前は人並みでいようとしてるのか?
もしお前が人真似猿と暮らしていく気なら 綺麗にしてるなんて無理な話さ



サビに入ると、そのボーカルがまた動き出す。太ももまである編み上げブーツを高く振り上げると、そのまま勢い良くステージを飛び降りて来たのだ。
降り立ったのはモッシュゾーンのど真ん中。人々は熱狂してこの無謀なる芸術家を迎え入れようとするが、歌い続ける声の迫力が凄すぎて誰もその身にタッチ出来ない。
それはまるで旧約聖書のモーゼが海を割るかの様に、あれだけ荒れていた人の波がサァーッと2つに分かれて行く。そこを悠々とボンデージのボーカルは歌いながら歩き出した。



There's no time to discriminate,
Hate every motherfucker
That's in your way
The works will live in every host
It's hard to pick which one they eat most

誰彼となく寄生虫がはびこっている
連中がどれを1番喰らったかなんて はっきりさせるのは難しいことさ

The horrible people, the horrible people
It's as anatomic as the size of your steeple

恐ろしい人々 恐ろしい人々よ
そいつはあんたの尖塔の大きさみたいに 解剖科学的なことさ



まるで暗黒の預言者の様に、「ミック」は歌いながら人々の間を進み続けている。そしてそれを誰一人止められない。
その時、気が付いたツォフが俺に耳打ちした。

「こっちに来るぞ…!」

俺は頷く。両手をギュッと握りしめて、足を踏ん張ってその場に仁王立ちになった。
顔を上げ、まっすぐライダースゴーグルの中の見えない顔を見つめる。ボーカリストは歌うのをやめずに歩き続け、どんどんとこちらへ近付いて来る。



Capitalism has made it this way,
Old-fashioned fascism
Will take it away

資本主義はこういうやり方をやってきた
オールド・ファッションなファシズムが
そいつを駆逐するだろう



「お、おい…」

ツォフが何だか情けない声を上げた。まるでオーラか何かを纏っているような迫力のボーカルは、凄まじいプレッシャーと共に俺たちの目の前にやって来た。耐え切れず、逃げるようにツォフが後ずさりして行く。
俺は目を逸らさず、ボーカリストをジッと見据えた。意外に背が低い。ステージで歌っていた時は、あんなに大きく見えたのに。

フロア中の人々が注視する中、俺とボーカリストとは真正面から1対1で対峙する。歌は後奏に入っていて、間もなく曲も終わりそうだ。
不意に、ボーカルは顔のライダースゴーグルに手を掛けた。革グローブの嵌められた手が、一気に大きなゴーグルを取り去ると…その下から、見覚えのある翠緑の瞳が現れる。

「航!あなた航でしょ⁈」

驚きに見開かれたヘイゼルの瞳が、ほんの瞬きの一瞬で遠い記憶の中にいたあの子と一致した。
想い出の中の7歳の未来。
そして今、目の前にいる17歳のミック。

「凄い!何年ぶりなの⁈久し振り!!」

歌をほっぽり出して、ミック…いや、未来は俺に抱きついた。
クラブ・イエローの全ての人の目が、驚きと疑問符と共に俺と未来の上へと注がれていた。


エデンの1月。
実に10年の刻を経て、同じ日、同じメガロードで生まれた2人は今宵再会を果たしたのだ。

未来とはそんな劇的な邂逅だった。




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ジャンル : アニメ・コミック

All the children say

All the children say
We hate love
We love hate
I am so all-Edenian, I'd sell you suicide
I am totalitarian, I've got abortions in my eyes
I hate the hater, I'd rape the raper
I am the animal, who will not be himself

Fuck it Fuck it Fuck it Fuck it

Hey victim, should I black your eyes again?
Hey victim, you were the one who put the stick in my hand
I am the ism, my hate's a prism
Let's just kill everyone and let your God sort them out

Fuck it Fuck it Fuck it Fuck it

Everybody's someone else's nigger
I know you are so am I
I wasn't born with enough middle fingers
I don't need to choose a side

I better, better, better, better not say this
Better, better, better, better not tell
better, better, better, better not say this
Better, better, better, better not tell
I hate the hater, I'd rape the raper
I am the idiot who will not be himself

Fuck it Fuck it Fuck it Fuck it

Everybody's someone else's nigger
I know you are so am I
I wasn't born with enough middle fingers
I don't need to choose a side

Edenian cannot see anything
Edenian cannot see anything
Edenian cannot see anything
History was written by winners
Fuck it Fuck it Fuck it
Fuck, fuck, fuck
Everybody's someone else's nigger
I know you are so am I
I wasn't born with enough middle fingers
I don't need to choose a side



全ての子供が言う
私たちは愛が嫌いだ
私たちは憎しみを愛してる

俺はどっぷりエデン人さ お前の自殺も売りに出す
俺は全体主義者だ 俺はこの目で何回も物事が失敗するのを見てきた
増悪するものを憎む 強姦者を犯す
俺はそいつ自身にはなりきれないアニマルさ

クソくらえ
クソくらえ
クソくらえ
クソくらえ

なあ 被害者さん お前の目をもう一度見えなくしてもいいか?
なあ 被害者さん あんたは俺の手に棒を刺し貫いたやつらの1人だったな
これは主義そのものさ 俺の増悪はプリズムさ
さあ誰もかれも殺してしまえ そしてお前の神に連中を選り分けさせろ

クソくらえ
クソくらえ
クソくらえ
クソくらえ

誰もが他の誰かにうんざりだ
俺はお前がそうだと知っている
俺は生まれたときに中指が満足になかった
俺は片方を選ぶ必要はないのさ

言わない方が ずっと ずっと ずっと ずっといいんだ
ずっと ずっと ずっと ずっといいんだ 語らない方が
言わない方が ずっと ずっと ずっと ずっといいんだ
ずっと ずっと ずっと ずっといいんだ 語らない方が
増悪するものを憎む 強姦者を犯す
俺は自分自身にはなれない間抜けだ

クソくらえ
クソくらえ
クソくらえ
クソくらえ

誰もが他の誰かにうんざりだ
俺はお前がそうだと知っている
俺は生まれたときに中指が満足になかった
俺は片方を選ぶ必要はないのさ

エデンは何も見ることができない
エデンは何も見ることができない
エデンは何も見ることができない
歴史は勝者によって書かれた
クソくらえ
クソくらえ
クソくらえ
クソ クソ クソ
誰もが他の誰かにうんざりだ
俺はお前がそうだと知っている
俺は生まれたときに中指が満足になかった
俺は片方を選ぶ必要はないのさ



シンプルかつパワーのあるコードでガツガツと突き進むギター・リフ。アクセント的にオクターブを重ね合わせてダークにメロディアスなプレイを顕現させるその奏法は、恐ろしいほど背徳的で暴力的でキャッチーな音の洪水だった。
ステージのすぐ下で暴れ回る連中は、興奮し過ぎて我を忘れてモッシュしている。その中から幾人かがステージによじ登り、そのまま押し競饅頭状態の観客たちの頭上にダイブする。ある者は上手く観客達に受け止められ、ある者は床にそのまま墜落した。しかしすぐに観客達の足踏みに飲み込まれて見えなくなってしまう。そしてまた別の者がステージへとよじ登り、暗闇に向かってダイブする。

バンドの繰り出す音の圧力、観客達の熱気と振動、それらの異様なまでの迫力に俺は完全に気圧されていた。
その場から一歩も動けず、ただ口を開けて目を見開いている。鼻をつく血と汗の匂い。目の前の光景は、こりゃ何だ?戦争か?暴動か?それとも狂信者たちの何かの復活祭か?

今までだって、ライブには何度も行った事はある。ロックンロールやR&B、ジャズやダンス・ミュージック。でも、ここまで酷いライブ・コンサートは初めてだ。なんというか、根源的な畏れの感情。この場にいてはイケないような、足の裏をくすぐる肌で感じる恐怖感。

「あとでミックに紹介してくれよ!奢るからさ!」

そう言って、レイはステージへ向けて駆けて行った。その言葉にようやく俺はハッと我に帰る。
そうだ、ミック…あれがミックだって?あの、ステージのど真ん中でピカピカのブラック・エナメルのボンデージを着ている編み上げブーツのゴーグル女が?

凄まじい声量だった。艶のある、良く伸びる強い声。シャウトをしても少しも擦れない。一体あの細い身体のどこからあんな声が出ているのだろうか。爆音のギターにも、重低音のベースにも、叩き潰されるようなドラムにも負けない厚みのあるまっすぐな声。粗野で乱暴な演奏を、この声一本で全てまとめてしまう力のあるボーカルだった。俺は思わず聞き入ってしまう。

「どうだ⁈コーの幼馴染みで間違いないか⁈」

ツォフが聞こえるように後ろで叫んだ。俺は真ん中でマイクを握るボンデージ女を凝視する。
大きめのライダースゴーグルが上半分を覆っていて、顔の方は確認出来ない。声も…分からん。聞き覚えがあるのか無いのかさっぱりだ。
7歳当時の未来の歌声なんて参考にならない。何しろ7歳と17歳とじゃ声質なんて全然違う。
歌はたしかに好きだったが、あの頃の未来が歌っていたのは教会の賛美歌か流行りのディーバ・ソングくらいだ。こんなオルタナティブ・ロックなんて縁のかけらも無かった。

「分かんねぇ…」

俺は困惑した表情で呟く。ただ一つ言えるのは、とにかくこれが予想外だったと言う事だ。
あの未来が、あんな格好で、こんな音楽をやっているかも知れないだなんて想像だにしなかった。

「ほ、本当に未来なのか…⁈」

俺はひたすら目を凝らす。ボディラインがハッキリと分かるそのボンデージ・ファッションは、どちらかと言うと細身な彼女にとても似合っていた。まるでゴスロリータのファッションモデルの様だ。しかし、それが未来かどうかの判断基準にはとてもなりそうにない。

俺は呆然と立ち尽くす。
今はただ、その迫力満点なステージ・アクションを黙って堪能する他、俺には術が無かった。








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ノースポート校とサウスポート校は

ノースポート校とサウスポート校は、その名の通り街の北港と南港に面した正反対に位置する学校だ。
学内にはミドル(中等部)とハイ(高等部)があり、大学を除けばエデンの首都アイランド・シティの中でも一番大きな学校になる。

お互い、「首都で一番の母校」という名誉を掛けて色々と対立する事も多いらしい。人種で大別されているのも、そうした諍いを煽る大きな要因になっている事は否めないだろう。
北はホワイト、南はカラードという寸法だ。まるでかつてのアメリカ大陸のようである。

「あまりサウスポート校の連中とは絡まないでくれ、揉め事になるから」

ツォフはそう俺に忠告した。俺だって別に知らない連中と絡みたい訳じゃない。だが、先ほどのウー・レイのように、こちらが知らなくてもあちらにとってはそうじゃない事もある。噂の“地球帰り”としては、何ともメンドくさい状況にあると言わざるを得ない。

「今日の対バンもノースとサウスの対決なんだ」

ツォフは壁に貼られたペーパーフライヤーを指差してそう言った。真っ赤に刷られたフライヤーには確かに「North VS South」とデカデカと書かれている。まったく、せっかく平和な世の中になったって言うのに、何を好き好んでこんな小さな世界で争っているんだろうか。

「よう、あんた“地球帰り”だってな」

まただ、知らない顔が声を掛けて来た。俺はコカ・コーラをチビチビしながら「ああ、どうも」と適当に返事をした。

「なあ、地球でリン・ミンメイに会ったりしたかい?俺大ファンなんだ」
「さあ、どうだったかな」
「地球に行くには政府に移民登録しないとイケねぇって言うじゃねぇか。それって酷くねぇか?俺、将来地球で働きてぇんだよ」
「俺に言われても知らないよ」

意外にしつこく話し掛けられたが、俺はあまり相手にしなかった。いい加減この手の話題にウンザリしていたのと、ツォフの「あまりサウスポート校と絡むな」という忠告とで、俺は意識して素っ気ない態度を取っていたのだ。
会う奴全てに愛想良く出来るほど暇じゃない。だが、今回はそれが裏目に出た。

「おい、お前」

不意に別の奴が俺の肩を掴んだ。明らかに憤慨した顔をしている。

「こいつは真面目に話してるんだ、なのにお前のその言い草はなんなんだよ」

冷静に考えると悪いのは俺なのかも知れない。だが、こちらの気持ちなどお構いなしにズケズケと入り込んで来る相手にも落ち度はある。俺はメンドくさくて肩に置かれた手を強く払い落とした。

「知らねえよ、つーか誰だよお前」

その一言に、相手はカチンと来たらしい。瞬間的に手が出た。「この地球野郎!」という言葉と共に、俺は左の頬を思い切りぶん殴られてカウンターの椅子から転がり落ちた。

「キャアアアア!」

目から火花が飛んだ。どこかで悲鳴が上がったみたいだ。ああ、こういう時って本当に女の子は悲鳴を上げるんだな。
ひっくり返りながらもどこか頭の片隅で冷静だった俺は、そのままの状態で天井を見上げる。頭を打ったのか、後頭部がガンガンと痛んだ。上からツォフが「平気か?」と呑気に見下ろしている。つーか止めろよ、お前何のために一緒に来たんだよ。

「おいコラ、何してやがる!」

別の声が上がり、ドカドカと重いブーツの音が響き渡った。ツォフに助け起こされて周りを見ると、イカつい格好をした連中が、さっき俺を殴った奴の胸ぐらを掴んでいた。何人か見覚えがある。多分昼に学校で会った奴らだろう。
と言う事は…

「サウスの奴が“地球帰り”を殴ったぞ!」

そう声が上がって、俺を殴ったサウスポート校の生徒らしい奴は、ノースポート校の連中に殴られた。するとそれを見ていた群衆の中から「サウスの仲間を守れ!」「ノースのクズどもをやっちまえ!」とワラワラと血気盛んな連中があれよあれよと飛び出して来る。

あっという間に、ダンスフロアは乱闘の渦と化していた。あちらこちらで罵り合い、殴り合い、逃げ回ってはひっくり返る。女の子の悲鳴は止む事がなく、聞くに耐えない罵声や物が壊れる騒音がそれらをまとめて覆い尽くした。事態はもはや収集不可能に近かった。

「大ごとになったな」

後ろでツォフが呟いた。俺はため息を吐いて「お前にも責任あるだろ」と小さく突っ込みを入れる。

「何にしても、こりゃライブどころじゃなくなっちゃったな」

痛むアゴをさすりなら騒乱状態のフロアを見渡す。かなりの人数が入り乱れてやり合っている。ある意味凄い光景だった。
見れば見知った顔がチラホラと。あいつスゲー鼻血出てるな。確かジョエインと言ったっけ、多分鼻骨がいっちゃってるな可哀想に。ヒューイはさっきから後ろから殴り掛かってばかりいる。こういう時って何となく性格が出るよな。あいつと仲良くするのはやめておこう。
俺は怒ると血の気が引くタイプだ。スーッと頭から血が引いて妙に冷めた目でそれらを眺めている。すると後ろから「大丈夫、ライブはやるよ」と能天気な声が上がった。振り向けば、調子の良い中国人ウー・レイが笑顔でそこに立っている。

「ほら、ミックが出て来たよ」

レイはステージを指差す。俺とツォフはつられてステージに顔を向けるが、突然カッと強烈なライティングに照らされて思わず両手で顔を覆った。

『なんだお前ら〜、元気が有り余ってんなぁ〜』

マイクの声は女だった。俺は腕の隙間から、薄目で眩しいステージを覗き見る。
そこには、バックライトで真っ黒になった人影が浮き上がっていた。強烈なステージライトとフロアに響き渡るその一声で、押し合い圧し合いしていた連中は一斉にピタリと動きを止める。

『これから暴れる体力は残ってるんだろうな?途中でヘバったら許さねぇぞ!』

マイクを握り締めて、乱暴なセリフを吐くその女性…いや、これを女性と言っていいものか?
黒いエナメルのボンデージ、太ももまである編み上げのロングブーツ、顔の半分を覆う無骨なライダースゴーグル…その上にあるのは、黒髪の“酷いくせっ毛”頭…

『ジョーヌの登場だ、お前ら耳をかっぽじって良く聞きやがれ!』

強烈なギター・リフがフロア全体に響き渡る。それと同時に、反射的に人の波がステージへ向けて押し寄せ始めた。
先ほどまでとは違う熱気に、地下空間は一瞬のうちに支配される。熱狂的な歓喜が渦巻き、沸騰し、床を踏み鳴らすブーツの振動が全ての人を腹の底から揺らしめした。

「あれがミックだ!!」

突如現れた強烈な音圧に負けないよう、俺の耳元でツェフが叫んだ。俺は驚いた顔でオレンジ頭を振り向く。

「え?ミック⁈え?なんで?⁈」
「見掛けたら教えろって言ってたろ⁈」
「え、あ、うん、たしかに、でも…」

『FUCKER〜!!!』

フロアの暗がりを引き裂くシャウト。堂々とした放送禁止用語から、そのライブはスタートした。

「嘘だろ…」

俺は愕然とした顔でステージを見ながら、ただただその場に呆然と立ち尽くすしか無かった。




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クラブ・イエローがある区画は

クラブ・イエローがある区画はイースト・ヴィレッジと呼ばれ、アベニューAなど犯罪が多発する事で知られた場所だった…と言うのは、クラブへと向かう道すがら、ゼントラーディ人のツォフに教えてもらった話だ。

ゴミゴミとした、ちょっと薄汚れた風景のストリート。道端にはよく分からないゴミ屑が散乱し、浮浪者と思われる灰色の人影があちこちに見受けられる。
大きなドラム缶で何か物を燃やして暖を取っている人たちや、紙袋に包まれた酒瓶を昼間から呷って道端に転がっている人など。ずっとエデンに対して抱いていたイメージとはかけ離れた街の景色に、俺は少なからずショックを受けていた。

「この街は大きいんだ。色んな場所があって、色んな人が住んでるのさ」

オレンジ頭のツォフはそう言った。俺は黙って頷く。
世界中が貧困と暴力に憂いているのは、ソリビジョンでニュースを見ていれば常識としてはよく分かる。だが、今までそうした事実を現実として触れる機会はほとんど無かった。いかに自分が恵まれた環境にいたのかを思い知らされる。

「マクロス・シティは良い街だった?」

ツォフの質問に、俺は「うん」としか答えられなかった。まるで自分が甘やかされた子供のように感じられて恥ずかしかったからだ。

サブウェイの駅から15分も歩くと、クラブ・イエローが見えてきた。雑居ビルの地下にあるクラブで、螺旋階段を降りて行くと巨大なホールが広がっている。
地球にいた頃も、年齢を誤魔化してこっそりクラブへ遊びに行った事が何度かあった。このフロア内の雰囲気だけは、どこの国でも変わらない気がする。まるでこの空間だけ世界から切り離されて同期し合っているみたいだ。

カウンターでコカ・コーラを注文し、薄暗いホールをウロついていると何人か知っている顔に出会った。どうやらノースポート校の連中が結構いるみたいだ。まあ、同じハイスクールの奴が出演るのだから当然と言えば当然だろう。
そんな中で初対面ながら声を掛けて来たそいつは、何故か別のハイスクールの奴だった。

「きみ、噂の“地球帰り”だろう?」

東洋人だった。ウー・レイと名乗ったその青年は、サウスポート校の二回生だそうだ。自分と同じイエロースキン。名前の感じからすると中国人だろうか。アラスカでも中国人は多かった。

「ツォフも来てたんだ、意外だな」
「ただのお付き合いさ。こういう雰囲気は苦手だ」

レイとツォフは知り合いらしい。「顔が広いんだな」とツォフに言うと、オレンジ色の頭を横に振った。

「顔が広いのは俺じゃない、レイの方だ」
「そんな事ないさ。“Thinking giant”(考える巨人)はどこの学校でも有名だよ」

Thinking giant?ロダンのThe Thinker(考える人)の事だろうか?
この時は意味が分からなかったが、後で聞いた話によるとツォフは一回生の時に数学オリンピックでノースポート校の代表に選ばれた秀才なのだそうだ。偏見はいけないけれど、一般的なゼントラーディ人としてそれはかなり凄い事なんじゃないだろうか。

「でも意外だったよ」

レイは不思議そうな顔で俺に問い掛ける。

「アジア人の君がノースポート校に行くとは思わなかった。やっぱりエリート意識とかあったりする訳?」

レイの言っている事が分からない。「ん?どう言う事?」と聞き返すと、レイは「ああ、“地球帰り”だから何も知らないのか」と勝手に納得していた。

「君、ノースポート校にいて周りがコーカサス・ホワイト(白人)ばっかだと思わなかった?」
「う〜ん、そう言われてみればそうかも」
「サウスポート校はアジア人とかアフリカン・ブラック(黒人)ばっかりだよ。ああ、最近はヒスパニックも多いね」

そこまで言われれば、レイの言わんとする事が何となく理解出来る。つまりノースポート校はホワイトの溜まり場で、有色人種はサウスポート校へ通うという不文律のような物がある訳だ。
人種差別というのはどの世界においても永久不滅なルールなんだろうか。今や宇宙開拓をしようというこの時代に、何とも懐古主義的なお話だ。

「…それは、考えた事もなかったな」
「親が決めたクチかい?」
「ああ、親父が手配してるから」
「じゃあ親父さんもレイシストなのかもね」

特段、悪意があった訳ではないのかも知れない。レイは笑顔でそう言った。しかし俺はさすがにカッとなってレイの胸ぐらに摑みかかる。

「お前、俺の親父の何を知ってるってんだ!」
「アハハ、ごめんごめん。今のは口が過ぎたよ」

謝っている態度じゃないが、知らない土地でいらない揉め事はゴメンだ。俺は突き飛ばすようにレイを放した。レイは笑顔のまま少しだけ咽せる。
それらの様子をジッと見ているだけで、ツォフは止めようともしなかった。コイツはコイツで問題ありそうな奴だ。

「でも、俺たち期待してたんだよ」

レイが両手の平を天井に向けて弁解した。

「“地球帰り”は絶対ウチに来るって、楽しみにしてたんだ。そしたら北(ノースポート校)なんかに行っちゃっただろう?だから悔しくてさ」
「知るかよ」

他人の期待など知ったことか。そんな風に勝手な思い込みをされても迷惑なだけだ。そもそもノースポートにだって白人しかいない訳じゃない。というか、ゼントラーディ人はどっちに通うんだ?ツォフがノースポート校にいるのは変じゃないのか?

「まあ、機嫌直してくれ。あとでなんか奢るよ」

そう言ってレイは笑う。なんか調子のいい野郎だ。もし俺がサウスポート校に転入していたとしても、きっと友達にはなれなかっただろう。絶対そうだ。
ツォフは「気にするな」とだけ言っていたが、この後味の悪さは当分忘れられそうになかった。

「じゃあね、また」

そう言って立ち去ろうとしたレイが、思い出したように振り向いた。ツォフに向かって声を掛ける。

「そういやミックは元気?」

不意に飛び出したその名前に、俺は大きく反応した。ツォフは頷く。

「今日来てる筈だ。その辺で会えるだろう」
「そうか、挨拶しときたいな」
「そう言えば、こいつミックの幼馴染みらしいぞ」

ツォフの言葉に、レイは目を見張る。「え?マジで?なんで?」と俺に問い掛けた。
なんでも何も、未来とは同じ日、同じ病院で生まれた仲だ。家も隣り同士だったし、兄弟同然にずっと過ごして来た。理由なんてありゃあしない。
勿論、そのミックとやらが俺の知っている未来だったとしたら、の話だが。

ていうかミックが来てる?そんなの聞いてないぞ。

「え?だから今日来たんじゃないのか?」

逆にツォフに不思議そうな顔をされた。俺は「いや、知らなかった」と首を横に振る。レイは先程までとは明らかに違う態度で「なあ、ミックに俺を紹介してくれないか?」と目を輝かせて訴えて来た。なんだコイツ、本当に調子のいい野郎だ。

そう言えば、耳を澄ませばあちこちから「ミックに会えるの久しぶり!」とか「ミックはどっちに行った?」「これミックに渡しといて」など、噂のミックの話題が漏れ聞こえて来る。

「なあ頼むよ〜。今度奢るからさ、な?」

レイはしつこく付きまとって来る。そんなにミックとやらと仲良くなりたいのだろうか。

ミックって一体何者なんだ?

俺は、自分の知っている未来とミックが本当に同じ人物なのかどうか少し不安になって来た。
でも、その答えももうじき分かる筈だ。俺はツォフに「ミックを見かけたら教えてくれ」とコッソリ耳打ちしておいた。

今夜、10年ぶりに。
あの“未来”に会えるかも知れない。
そう思うと、胸が高鳴った。




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